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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 【挿話】
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唯一無二の①

時は少し遡り、紗貴(さき)(きょう)、そして、(あまね)の救出して戦線離脱した(しょう)蘭子(らんこ)は、正宗(まさむね)の隠れ家に戻るなり、紗貴の応急処置をはじめた。


だが、なんの意味もなさない。



無力さを嘲り笑う様に、とめどなく血が流れていく。


「くそ!!!」


蘭子が思わず悪態をつく。


「移動させるにしても、今のさっちゃんに負担は掛けられないし……」


紗貴はもちろん、蕎と周もマリス、レノスの背に乗った移動に耐えられるほど万全の体調ではない。


かと言って、転移の術は蘭子には使えず、将は破魔(はま)一族ですらない故に、破魔術自体が使えない。


―― 途方に暮れていた、その時……


「まだ、学校がおうてる時間に、こないな場所におるのんは、感心できひんなあ」


バッと声の方に振り返れば、白衣姿に便所スリッパという独特な出で立ちの男が立っていた。


将と蘭子は揃って顔を顰める。


「糸メガネ、何の用だ」

「蘭子さん、仮にも先生なんだから、呼び捨てはダメだし、敬語使わないと」


「なんや、扱いがえげつないなあ。傷付くわぁ」


さして気にしてもいない様子で、いけしゃあしゃあと抗議の声をあげる。


僅かに天然がかった髪の毛に、やる気皆無な糸目に眼鏡のこの男、名を御道司(みどうじ) 砂霧(さぎり)という。


全身から気怠いオーラを撒き散らす、白衣を羽織っているのに、まさかの日本史担当という変わり者だ。

因みに、中学2年生の時の紗貴と将の担任だった。去年は由貴のクラス担任だったらしい。


「迎えに来たで?」


そう言われても、驚きも感動もない。


何故か。


中学二年生の時、この男がどういう存在なのかは嫌という程思い知らされたからだ。


共闘……と言っていいのだろうか。とある大きな事件が起きた時、すでに砂霧が何者かは聞いていた。


「でかした、糸メガネ先生。さっさと送りやがれください」

「楼条院はんも、けったいな敬語使いはるわぁ……瑞智はんとお揃いどすなぁ」


蘭子が苛れてそう言えば、のらりくらりと砂霧が応える。応えながらも既に術式の構築は始めているらしく、程なくして東雲医院(しののめいいん)への道が開いたのだった。



※※※※※



「……ッ……」


ぼやける視界に、混濁している思考回路。

何だか遠くで賑やかな声が聞こえて来る。


―― 私……確か……


悔しくて、仕方がない。


手も足も出なかったも同然だ。


もしも、もっと強かったら


もしも、もっと力があれば……


遠い意識の向こう側で、まるでこの世に独り取り残された幼子の様な、悲痛な泣き叫ぶ翠琉(すいる)の声が聞こえた。あんな、胸を裂かれるような悲痛な叫びを上げさせることもなかったのに……と、後悔ばかりが降り積もる。


戒都(かいと)さんだって……)


命を賭して開いてくれた道だった。

託された思いがあったのに……


思わず、溜息が零れた。その溜息に応えるように、右手を強く、握られて初めて、誰かに手を握られていることに紗貴は気が付いたのだった。



※※※※※



東雲医院は騒然としていた。


蕎と周に関しては、命に別状はなく、今は安静にしている。


やはりというべきか、一番酷い状態だったのは、紗貴だった。


目視できる傷自体は塞ぐ事が出来ていたのだが、いかんせん血を流し過ぎていた。また、気付かないだけで怨気にずっとさらされていた状態だ。


東雲医院内が騒然としたのも無理はない。その喧騒に紛れて、いつの間にか砂霧の姿が消えていたのだが、それこそ、誰も気が付かなかったのだった。


そして、ちょうど紗貴の容体が安定して来た頃、由貴(ゆき)達が帰還を果たした。


(さくら)と翠琉も絶対安静との診断を受けたものの、命に別状はないとの判断だった。


『紗貴は!!?』


そう鬼気迫る勢いで東雲医院の医院長 楼条院(ろうじょういん) (ひいらぎ)に詰め寄ったのは緋岐(ひき)その人だ。


『落ち着きなさい。もう、命に別状はありませんから』


その言葉を聞いても、どうにも安心することが出来ずに、ずっと紗貴に付き添っていた。


将や蘭子が、紗貴はもう大丈夫だと、緋岐も外傷がないというだけで疲労は溜まっているのだから休むように説得を試みたが、頑として緋岐は紗貴の傍を離れなかった。


一夜明けて、隣の病室が賑やかになった。どうやら、由貴のところに蕎、槃そして敦の3人が尋ねて行ったのだろう。怒った看護師の声が聞こえるまで、騒いでいた。


その賑やかな声が、更にこの病室に広がる静寂を際立たせる。


まるで、世界に自分しかいないような錯覚に陥ってしまいそうになる。


「紗貴……」


紗貴の右手を両手で包み込んだ両手に額を付けて、祈るように名まえを囁く。


(話したいこと、話さないといけないことが沢山あるんだ……)


―― と、その時……


微かに息を吐く音が耳に届いて、緋岐は改めて紗貴の右手を包んでいる両手に力を込めると、掠れた声音が耳に届いた。


「ひ、き……くん……?」

「さ……きッ……紗貴ッ!!!」


彷徨っていた視線が緋岐を捉えた。その瞬間、今まで張り詰めていたものが一気に瓦解した。込み上げる衝動に駆られるまま、覆いかぶさるように紗貴を抱き締める。


まだ力が余り入らない重たい腕を何とか持ち上げて、緋岐の背中に腕を回す。


「ただいま、紗貴……」


ずっと、言いたかった。

ずっと、伝えたかった言葉……


「おかえり、緋岐くん」


その声に、温もりに、緋岐はやっと帰ってくることが出来たのだと実感したのだった。


※※※※※


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