おかえり日常
由貴は、与えられた病室の窓からボーッと外を眺めていた。この季節にしては珍しく、外は土砂降りだ。今いるのは東雲医院……蘭子の父親が医院長を務める病院の中にある一室だ。
(何だかなー……)
色々あり過ぎて、頭が回らない……というのが、正直な今の感想で。
正宗の隠れ家に着いた由貴達を出迎えたのは、なんとメモ紙1枚だった。
“先に帰る”
何とも達筆な字で堂々と書かれた置き手紙を見るなり、由貴、緋岐、そして槃は示し合わせたかのように大きなため息を吐いた。
『っていうか、誰!!?』
『ホント今更だな!!?』
由貴が上げた誰何の声に槃がすかさずツッコミを入れるが、無理もない。むしろ、槃の言っている事が理不尽の塊なのだが、その事に気づく余裕など誰にもなかった。
「璃庵さんが、緋岐先輩の武器守ってた人で……風属性の神獣……とか、もうホント……ゲームの世界じゃん……」
ポツリと独り言が零れ落ちる。声に出してみると、いよいよ現実味がない、夢でも見ているような感覚に陥ってしまいそうになる。
……だが……
『これは、遊戯ではない!!刃を向ける覚悟は出来ていても、貫く覚悟が出来ていなければ意味が無いッ!!!だから、貴方はいつも奪われるんだ!!!』
華杞都珂些命の声が耳の奥で響く。
「貫く、覚悟……」
手のひらをまじまじと見る。
もう、洗い流した筈なのに、まだ赤いのではないか……そんな錯覚に陥ってしまえば、身体に食い込む刃先の生々しい感覚も蘇り、思わずギュッと目を閉じた。
するはずの無い、血の匂いまでする気がして、由貴は大きなため息を吐き出す。
甘い、と言われるのかもしれない。
結果として、忌部一族からは何も奪われていないから、言えることかもしれない。随分と身勝手な事だという自覚はあった。
その証拠に、
戒都の首を見た瞬間、
白銀の命が尽きた瞬間、
覇神 由隆の身体から神剣天定を奪われた瞬間、
どうしようもない怒りに全身を支配されたような感覚に陥った。梵天、十二神将共々、斃すことしか考えられなかったのだ。
だからこそ、思わずにはいられない。
(忌部一族も、奪われたのかもしれない……)
必死だったのかもしれない。
もしも、紗貴があのまま命を喪っていたら
もしも、桜を取り戻す事が出来なかったら
「誰も、恨まないって……出来るのかな……」
一番深手を負ったのは紗貴だったが、命に別状が無いことはもう判っている。桜に関しても、衰弱が激しいものの、休めば回復すると診断された。
あとは、目を覚ますのを待つだけだ。
蕎と周は、もう目を覚ましているという。
(蕎……槃ちゃん……)
蕎は中学一年の時に、槃は中学二年の時に転校して来た。
以来、そこに敦を加えた4人でいる事が日常になっていたのだが……
現れたのは、“友人”ではなく“祓師”だった。
「俺、槃ちゃんに剣向けられたのか……」
口にすると、すとんとその事実が胸の中に落ちてきて、鼻の奥がツンとする。
(これからも、戦わないといけない……?もしかしたら、蕎とも……?)
その前に、どこまでが、何が真実なのか判らない。
会った瞬間から、監視されていたのだろうか。
……コツン……
窓ガラスに額を付けると、ひんやり冷たくて。
目を閉じれば、学校に行って、部活をして、何でもない話で盛り上がりながら家に帰る。玄関先に立てば、台所からトントンと包丁で何かを刻む音と共に食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐって……
そんな日常が思い出せるのに、どこか遠くに感じてしまう。
ひとつ、大きな溜息を吐いた瞬間、コンコンとノックされたかと思うと、バンッと大きな音を立てて扉が開いた。
「起きてるか!!」
「静かに開けなはれ」
姿を現したのは、槃と蕎だ。
由貴は慌てて腕でゴシゴシと目を擦る。そして、もう一度盛大なため息を吐きながら振り返ると、ジト目を向けながら抗議の声をあげた。
「なんだよ。ちょっと1人にしてくれよな。アンニョンな気分なんだからさ……」
「残念だったな。悪いけど1人にするかよ」
「何アホ言うてんねん。アンニョンやのうて、アンニュイやろ」
気のせいだろうか、どこかテンポがいつもと違う。
……言っちゃ、ダメなのに……
「それは、俺が鑑賞対象だから……?」
「わざとか!?わざとなのか!!?お前は芸術作品かよ!!!」
「落ち着きい。通常運転や」
いまいちキレがないのは、由貴に覇気がないからだろう。
槃と蕎は互いの顔を見合わすと、頷きあって一歩由貴に近付く。そして、そのまま頭を下げた。
「悪かった」
「堪忍やで」
突然のことに、由貴は顔を顰める。
(これは、やっぱり……そういうこと、なのか……)
言うな、と頭の中で警鐘が鳴る。
「やっぱり、二人共俺のこと見張ってたんだ……」
これ以上は、言葉にしてはいけないと判っているのに、歯止めが効かない。
「俺と、一緒に居たのも、見張るためだったんだ?」
一緒に遊んで、笑って、時々喧嘩して……だけど次に会った時には仲直りしていて……そんな日常がが全部作り物なのだと、偽物だと認められた気がして……自分も認めてしまった気がして、俯いた……のだが。
「バッカじゃねえの!?違うわ!!!」
言葉と同時にガシッと槃が由貴の頭を腕でホールドする。
「黙っとったことや……」
槃の言葉を次ぐように、そう口を開いたのは蕎だ。
最初は任務のためだった。選定者として見極めるために近付いた。
だけど、いつの間にか一緒にいることが当たり前になっていて。
ずっとこの時間が続くと錯覚してしまった。
ふとした瞬間、槃も蕎も罪悪感に見舞われた。
全部話してしまいたい衝動に、何度駆られた事か。
それでも、課せられた使命のためだと、駆られる度に言葉を飲み込んだのだ。
「話そ思うた事もあった。けど、話せば、俺らはココを離れなあかん。次ん相手に引き継ぎせなあかんねん。それが嫌で黙っとったんや」
「お前も、俺らのこと信じろよ!ダチだろ!?」
槃のそれは、逆ギレもいいところなのだが、でもそれが槃らしくて由貴は頭をホールドされたまま、困ったような笑みを零す。
「なーんだ。悩んでたの、俺だけじゃなかったんだ」
「お前が悩むとか、一億年早いわ!」
ふにゃりと気の抜けた笑顔を浮かべる由貴の頭を容赦なくグリグリすれば、「うわー!!ギブッ!!!ギブアップ!!」と苦しそうにバシバシ槃の腕を叩きながら由貴が悲鳴をあげる。
「なんだよー。ここ病院だぞ?静かにしろよなぁ」
そこに現れたのは敦だ。部屋に入るなり、ニヤリと擬音語が付きそうな笑みを浮かべた。
「なーんだ。もう仲直りしたのかよ……槃と蕎のヤツさー、由貴と喧嘩したとかで落ち込んでたんだぞ?」
どうやら、今日から学校に行っていたようなのだが、まさかの人物からの暴露に槃と蕎が敦を睨み付ける。
「敦!!テメー、それ言っちゃダメなヤツだろー!!!」
怒鳴ってはいるが、それが照れ隠しなのは明白で。
「呪うで、敦……」
蕎は唸るように恐ろしいことを呟く。
が、そんな2人の照れ隠しも何のその。気にせず敦が更に口を開く。
いつもの、日常が戻って来た瞬間だった。
4人のバカ騒ぎは、看護師から雷が落とされるまで続いたのだった。
ごめん。やっぱり、俺はあんた達に共感出来ない。
偽善だって思われてもいい。
甘い考えだって罵られても仕方がないと思う。
―― でも、それでも……
俺は、奪うためじゃなくて、守るために力を使うよ。
俺の大事な人達に
俺を大事に思ってくれてる人達に
恥ずかしくない自分でありたいから……
<おかえり日常・了>




