坐神家の事情(回想)
世界は色褪せとった。
なんもかもが退屈で。
なんもかもが無価値で。
ただ、息をしてるだけやった。
京御三家の跡取り息子
最年少の権野大僧正
天才呪術師
そういった肩書が、俺の周りから人を消した。
どんどん、独りになっていった。
気ぃ付いた時には、もう、誰もいーひんかった。
学校に行っても遠巻きに見られるだけ。
一族の中でも浮いた存在で、権大僧正の位を戴いてからは、両親かて腫れ物にいらうような状態で。
唯一、変わらず接してくれとった年の離れた姉は、俺が小5の時に嫁いでいった。
どうでもええとも思うとった。
何の関心もなかった。
だって、そうやろ?
生まれた時から、終わりが決められてる人生に、何望むって言うんやか。
中学校に進学してあいさものうて、【終焉を穿つ者】が目覚めの兆候を見したと、一足先に東京へ行った京御三家のうちの一つ、土御門家の選定者から報告入った。
―― いよいよ、時来たんやと悟った
ほんで、その年の9月……東京の中学に転校した。
『はじめまして!よろしくな!』
能天気な笑顔に、イラっとした。
同時に、心の中で嘲り笑うた。俺に観察されてるとも知らんと、あほな奴やと見下しとった。
まるで、そないな俺の心の中を見透かしてるかのような曇り一つない眼差しを向けられて、更に苛立った。
『なんか用があるんか?』
聞いたら、何のてらいものう聞いて来た。
『京都のシミズ寺は、シミズさんが建てたのか!?』
そないなあほな。コイツはほんまに中学生かと疑いとうなった。応えるのも億劫で溜息をえずいたら、隣の長身なヤツ代わりに応えた。
『お前、相変わらず馬鹿だなぁ。シミズじゃなくて、そもそもキヨミズだろ?音羽の瀧のキレイな水にちなんで、清い水……キヨミズって名付けられたんだよ。……だよな?』
ニカッと笑うたソイツの額には、何ともその風貌には似つかわしないおっきな傷一つ入ってる。
『俺は、高条 敦……よろしくな!』
それが、瑞智 由貴と高条 敦との出逢いやった。
余談やけど、職業柄 ―― 学生と坊はんの二足の草鞋を履いてる状態やさかい、職業柄で間違いあらへん ―― 彼岸の存在も、此岸の存在も関係のうて、全て俺にはおんなじに見える。
ほんで、どこにでも、いわゆる霊はいた。特に、由貴の周りには常におった。
まだ数週間の付き合いだが、判ったことある。
とにかく、人に囲まれてるんや。クラスの笑顔の中心におるのんは、大抵の場合由貴やった。そこには、此岸の……いわゆる、生きてる人間だけやなしに、彼岸の者も多う混じっとって。
絶対に分かり合えへん。
俺とは真逆の存在やと決めつけて、少し遠いとこから観察しとった。
―― そないなある日……
すごい霊を引っ付けて由貴登校してきた。流石に、見て見ーひん振りをするのも気ぃ引けて。由貴の肩を祓う。すると、ソレはすっとその場から消え去った。
「え、蕎……?ど、どうかしたか??」
それまで、俺からあまり近付いたことなかった。いらうなんて以ての外や。そないな俺がいきなり肩を叩いたような状態なのやさかい、驚かれても当然や。
えらい下から不思議そうに見上げて来る由貴の嘘一つない表情を見とったら、ついポロリとほんまのこと呟いてもうた。
「肩に憑いとったで。霊……」
「……え……」
しもうた思ても、もう遅い。出てもうた言葉は消すことは出来ひん。
えらい昔のこと思い出した。
まだ、俺が見えてる世界と、周囲の人間の見えてる世界の違いを知らへんかった頃。
『きしょい』
『何にもあらへんとこじっと見とったりするの、ちょい怖いわなあ』
『想像力豊か過ぎるのも、ちょいね……』
遠巻きに、ヒソヒソと……やけど、しっかりとその悪意まみれの言葉は耳に届いた。
―― ああ、またか……
似たような視線を向けられて、そやけど、もう慣れてるさかい何とも感じな諦めの溜息をえずいた、その時。
「蕎、そんな怖いこと言うの、やめろよなあッ……俺、ホントにオバケとか怖いの、バナナの次に無理なんだよッ!!」
「バナナの次……?」
思わずツッコミを入れた俺は悪ない。なんや、バナナの次とは、ふざけてるんか……
「すげえな、蕎!!あれか、やっぱり京都だから陰陽師なのか!?」
そうキラキラと目ぇ輝かして聞いてきたのは敦やった。
「なんでそうなるのん」
思わず、ツッコミを入れとった。そないな敦とのやり取りを皮切りに、クラスメートからの質問攻めが始まった。内心、驚きを通り過ぎて大混乱や。
だって、そうやろ?今まで、遠巻きに、まるで異質なものを見るかのような視線しか向けられて来へんかったのに、ここに来ていきなり人に囲まれたら、固まってもしゃあない。
「なあ、もう、その霊さんはいないんだよな!!?成仏したんだよな!!?」
必死になって、涙を目いっぱい溜めて尋ねて来る姿に加虐心をそそられて、思わずニヤリを笑みを浮かべて……自分でも驚いた。笑うやなんて、一体いつぶりやろうか?
「うわあああああ!!!なんだよ、その、なんか訳あり気な微笑みはッ!!!」
ほんまに失礼な奴や。
「さあな?」
「助てくれよ!オン明神なんだろ!?」
「なんやそら。それ言うなら陰陽師や。あほなんか?」
縋りついて来る由貴を適当にあしらいもって、心の澱が晴れていくのんが判った。
ほんで、唐突にストンと納得がいった。
冷めとったんとちがう。
無関心やったんとちがう。
そう装うことで、自分を守っとったんや。
生まれて、初めて出来た友だちやった。
そやさかい、今まで怖いやなんて感じたことなかった“いつか”訪れる終わりが怖なった。
“今”が惜しなった。
由貴に知られたない思うようになった。同時に、きっと由貴ならほんまのこと言うても「マジか!」の一言で済ましてくれる……そないな予感がして、また知らずのうちに笑みが零れて。
「蕎!!怖いって!!!」
失礼なこと言う友人の小さなおつむを、容赦のう叩き倒したのやった。
〈坐神家の事情・了〉




