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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第十章【激戦Ⅲ】~ 逆鱗と哀惜 ~
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広い屋敷の戸をスパンッ!と、全部開け放って行く。


だが、どこにも桜の姿はなくて。


「母さん!!!」

「桜さん!!」


由貴と緋岐は焦燥感に駆られるままに、とにかく手当り次第、しらみ潰しに見て行くのだが、どこにも見当たらない。


由貴の中で、ふと嫌な予感があたまをもたげた。


覇神 戒都、覇神 由隆、そして白銀の最期の姿が脳裏を過ぎった瞬間、心臓が耳で鳴っているのではないかというほど、大きな音を立てて。


その予感を振り払う様に首を振り、乱暴に自分の腕でグイッと目を拭えば、血に塗れた自分の腕が目に入った。


「由貴!!こっちだ!!!」


襲ってくる不安を振り払うように、一度大きく頭を振ってから、由貴は緋岐の声がする方向へと急いで向かう。


「先輩……ッ……」


―― 見付かったか?


という言葉は音にならなかった。足がもつれるようにして由貴が駆け寄る。


一足先に桜を発見した緋岐が、桜を縛り上げている縄を解き終われば、力が抜けるように身体が傾ぐ。それを由貴が抱き留めた。


「母さん、母さんッ……迎えに来たよ?目を、開けてよッ」


由貴が必死に呼びかけながら身体を揺する。緋岐もすぐ傍に膝をついて祈るように見守っていた、その時……


「ゆ、ん…‥ちゃん……?」


うっすらと、目を開けた桜が微笑を浮かべると、まだ力の入らない右手をゆっくりと持ち上げる。すかさず由貴がその手を握れば、浅い呼吸を繰り返しながら、だがしかししっかりと息子のその手を握り返した。


「ゆんちゃん、おおきに……ひぃ君も、おおきに……」


「よかッ……」


それ以上、由貴は言葉に出来ず、俯いて歯を喰いしばった。そんな由貴の肩を労わる様にポンポンと叩きながら、緋岐も込み上げてきた熱いものを何とか堪える。


「桜さん……本当に、良かったです……」


「心配かけて、ほんま……堪忍してな?」


ホッと一息ついたのも束の間、突然、下から突き上げるような地鳴りが襲って来た。


「なッ……地震!!?」


由貴が思わず呟けば、呼応するようにどんどん揺れが激しくなって行く。


「違うよ。役割を終えたから、地に還るんだ……だから、【今】しか選べない」


場違いな、落ち着いた声音が響く。由貴と緋岐が振り返ったそこに立っていたのは槃だ。

いつもとは明らかに異なる雰囲気の槃に、由貴と緋岐は呆気に取られてしまい言葉が出て来ない。


土御門(つちみかど)坐神(さがみ)、そして神々廻(ししば)の選定者は、“()”を選択した。……“終止を穿つ者”に問う。力を得るか、力を捨てるか……」


目と目が、真っすぐに向き合う。ただ、地鳴りだけが響く緊張の(とばり)を破ったのは由貴だった。

いつもだったら、「何言ってんだよ」「は?意味わかんねえ」と、ツッコミを入れただろう。だけど、どこか胸の奥が騒めく。記憶の向こう側で、無意識の中で、心の深淵で、“今”何をするべきなのか、何を選択するべきなのかを理解した由貴は、普段の賑やかさからは想像も出来ない落ち着き払った状態で、そっと緋岐に母親を託した。


「緋岐先輩、母さん頼むね……」


言うなり、ゆっくりと立ち上がる。そして、しっかりと槃と視線を合わせたまま口を開く。


「正義のヒーローになんて、なれるわけがないし、なりたいとも思わない。でも……せめて、目の前にいる人くらいは守りたい。その為に必要だっていうなら、俺は、その力を得ることを選ぶよ」


『これは、遊戯ではない!!刃を向ける覚悟は出来ていても、貫く覚悟が出来ていなければ意味が無いッ!!!だから、貴方はいつも奪われるんだ!!!』


そんな、華杞都珂些命(かきつかさのみこと)の慟哭の様な叫びが、由貴の深いところ抉る様な感覚に苛まれながらも、しっかりと、はっきりと言い切った。


そんな由貴に、ニカッと槃らしい笑顔を浮かべると、スッと両手を構える。


宿命(しゅくめい)(わだち) (くつがえ)(くさび)

 先行(さきゆき)(みち) (つむ)(きずな)

 可惜身命(かしゃくしんみょう) 不惜身命(ふしゃくしんみょう)

八百万神(やおろずのかみ)()神集(かむつど)ひに(つど)(たま)ひ、神議(かむはかり)りに(はか)(たま)ひて問ひ聞くは、()(もの)()らひぬるか。 (いら)えは 四方(よも)の楔により帰趨(きすう)すべし」


槃の声に応えるように、3枚の欠片が両手の間に浮遊する。


(りん)(しるし)(ほう)(しるし)()(しるし)……」


そのまま、3枚の欠片が1枚の銅鏡を象ると同時に、由貴の手にしていた十掬剣が同調するように浮遊する。


「は!!???」


由貴と緋岐の驚く声が重なった。構うことなく槃が呪詠唱を続ければ、次第に揺れも酷くなっていき、


(りゅう)(しるし)、揃いて四瑞(しずい)の許さる証なり。顕現せよ、開門せよ」


その言葉と共に、全てが瓦解した。


次の瞬間、思わず閉じた目をそっと開ければ、辺りは静寂に包まれていて。


四方に篝火が揺れている。


その真ん中に、鎮座している、それが……


天駆凰叢剣(てんくおうごうけん)……」


由貴は思わずポツリと呟いた。


―― 引き返す気なんて、全然ない……


色んな覚悟をして来たつもりだった。

だけど、それは全く意味のなさないもので。


(強く、なりたい……)


強くなければ、守れないと改めて思い知らされた。


(力が欲しい)


力がなければ、奪わなくてもいいものまで奪ってしまうことに気が付かされた。


―― だけど……


『これは、遊戯ではない!!刃を向ける覚悟は出来ていても、貫く覚悟が出来ていなければ意味が無いッ!!!だから、貴方はいつも奪われるんだ!!!』


偽善だと、甘言だと罵られても、きっと変えられない。


「俺は、刃を向ける覚悟はしても、貫く覚悟はしたくない。……奪うのも、奪われるのも、やっぱり嫌だ……」


遠く、遠く、果てしなく広がる青い空

青々と茂る、草花の香り


赤く、赤く、燃え上がる空

焼け野原を染める、鮮血


(ああ、また、きっと俺は忘れちゃうんだろうな……)


それは、予感ではなく確信だった。


長い黒髪を高いところで結わえた青年が振り返る。


「甘いって……そんなの理想だって、笑われるかもしれない、呆れられるかもしれない……」


―― それでも……


「やっぱり、俺はもう奪うためじゃなくて、守るために使うよ」


―― 奪うことが、守ることに繋がるとしても……


「それでも、やっぱり俺は、奪う側には回りたくない……だから、“彼”も助けたいんだ」


それまで、ただ由貴をじっと見つめていた濡羽色の瞳が、ふっと柔らかい色を帯びると、青年が拳を突き出してきた。


由貴は、破顔一笑すると拳を合わせるように突き出した。


「約束するよ。せめて、目の前にいる大事な人たちは守り切るって」


その瞬間、眩い光に視界を奪われた。



※※※※※



「由貴!!!由貴、しっかりしろッ!!!」


槃が呪詠唱を終えた瞬間、由貴がその場に倒れた。揺れは強くなる一方で、意識のない桜を支えたまま、緋岐は懸命に由貴を揺さぶる。しかし、反応しない。


「神々廻 槃!!何をしたんだッ!!!」


厳しい声音でそう問い質しても、槃はどこ吹く風だ。


「何って……選定者としてのお勤め……かな?西の宗主には関係ないことだから、口出しすんなって」


飄々とした物言いだが、言葉の端々が槃も苛立っていることを伝えて来る。


「お前ッ……どこまで、何を知ってる。何が目的なんだ!!」


言い募る緋岐を冷めた目で見ていた槃が、僅かに目を見開いた。その視線に導かれるように緋岐も視線を移せば、先ほどまで叩いても抓っても起きなかった由貴が上体を起こしていて。


緩慢な動きで近付いてきた槃が、さして緊張した様子もなく、静かに問う。


「お前は、誰だ?」


そんな槃の問いかけに、ゆっくりと由貴は顔を上げた。


「南条高等学校1年 剣道部所属の、瑞智由貴だよ。……家に帰ろうぜ!!」


ニカッと笑っていつものテンションでそう返した由貴は、紛れもなく緋岐と槃の知っている由貴で、2人は気付かれない様にそっと安堵の息を吐く。そんな2人の心境を知ってか知らずか、由貴が叫んだ。


「って、どうやって帰るんだよ!!」


素っ頓狂な声に、険悪な空気もどこかに飛ばされてしまい、緋岐と槃はフッと苦笑を零す。


「ホント、お前は救いようのない馬鹿だけど、周りを救うよな」


緋岐の思わず零れた本音に、だがしかし当の本人は全く気付かない。わけが判らないと言わんばかりに首を傾げるばかりだ。


「俺が、道を繋げるよ」


言うなり、緋岐は霞幻刹劫真具を構える。ほどなくして、正宗の隠れ家が目の前の現れた。先に進んだ緋岐と槃は、ふと、由貴と璃庵が来ていないことに気が付いて振り返る。


そこには、崩れ行く洞に向かって、頭を深く下げている由貴と璃庵の姿があった。

何を思って頭を下げているのかだなんて、緋岐と槃には想像もつかない。だけど、何故か寂しくて、哀しくて……そんな空気を振り切る様に、槃は努めて明るい声音で呼びかける。


「おーい!馬鹿由貴!!早く来い!!」


緋岐も、まだ出会って間もない自身の式神に声をかける。


「璃庵、行こう」


そんな槃と緋岐の呼びかけに、璃庵と由貴は振り返ると、今度こそ忌部の里を後にしたのだった。



〈第十章・了〉

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