④
うっ、わあああ、びっくりしたあ。
マジ、怖かったんだけど、何さっきの地震!
隠れるところねえし!
タンス倒れて来たら、俺は今頃ペッチャンコだ
—— うわっ
想像したら鳥肌がっ!
「タンスが倒れてこなかった奇跡に乾杯だな」
それにしても、まだ痛い。緋岐センパイめ、有り得んぐらい本気でぐりぐりしやがって!まだ頭がガンガンするや……っと、目を覚ましたかな?
「気分どう?」
聞きながら、頭の上に乗っけてたタオルを換える。まあ、今更言うのもどうかと思うけど、ここは俺の家。
つまりだ、3日前にクロ助……本名なんだっけ?
ポチ??じゃなくて、操鬼!
俺って実は天才!?思い出しちまった!
とにかく、操鬼ってやつに襲われて、“するめ”だっけ?この娘さんの名前……取り敢えず、するめに救われた。
なんだけど、その直後にするめが倒れちゃって、俺が自分の家まで連れて帰ったというわけなのだ!
いやもうこの3日間は俺にとっちゃ大変だった。
うん、もーう、いっろ~んな意味で……
『あらぁ、お友達?あらあら、気分悪いん?お酒はだめやよぅ?酔ってもうたんやろ?もう、ゆうちゃんは……自分が強いから言うて、人に飲ませたらあかんやろぅ?めっ!』
「めっ!」て母さん、俺は何歳児だよ
ってか何で飲酒で決定されてんだ
俺まだ未成年だっての!
俺はそんな不良少年じゃない!
健康優良児だっ!!!
んで、一応俺の無実を証明しようとしたら今度は姉ちゃん
『♪ゆっきりんこのお・ば・か・あぁ~、何々?人蹴飛ばした!?やあねえ、これだからおばかりんこはっ!』
『だから!これには深いわけがあって!姉ちゃんじゃねえんだから蹴らねえよ!』
―― バッコン、ドッカン!
姉ちゃんとどこからともなくやって来たじいちゃんにWパンチを食らって、俺もうノックアウト。
『私がいつ、あんた以外に暴力振るったよ?』
そう言った姉ちゃんの笑顔はそりゃあもう、輝いてたさ。
『この不良孫が!!こんな夜更けに帰りおって。しかも、女子を同伴で帰ってくるなど百年早いわ!』
『いやだから、これには深い訳が……』
―― ヴゥ~……グルゥゥ……
シロの威嚇によって
俺の戦い(五分二十三秒)は終わった
一瞬の沈黙。
じいちゃんがするめの顔見ている。
やっぱり美人さんだから気になるのかな?
それとも知り合い?
『なるほど。そういうことか……』
なんかもう、よく判らにうちに、一人で納得しちゃってて、状況に置いてけぼりになってしまった。
きっと俺の隣にいる姉ちゃんも同じ思いに違いないと踏んだ俺は、姉ちゃんとこの思いを分かち合うべく振り返った。が、そこには予想に反して珍しく真面目な顔して思案に耽っている姉ちゃんがいて。
こうなりゃ母さんだ!そう思って逆を振り返ったら何気にじいちゃんとアイコンタクトしてるし。何か状況わかってねえの俺だけ、みたいなね?
そして次のじいちゃんの一言が、俺から貴重な3連休を奪った。
『桜さん、医者の手配を。紗貴、客間の準備をして来なさい。由貴、とりあえず湯を汲んで来い』
はてなマークオンパレードの俺を無視して、母さんも姉ちゃんもじいちゃんの言葉を受けてすぐに立ち上がる。
『なあ、一体何がどうなって……』
―― ゴスッ!
聞きながら座り直す俺に、じいちゃんから右ストレートのプレゼントが容赦なく飛んできた。
『つべこべ言うとらんで、とっとと動け、たわけ!』
んで、何かあれよあれよといううちに3日が経過、今に至ると。
何気にしれっと姉ちゃんは消えてるしさ……
代わりに、緋岐先輩が“するめさん”の様子をちょくちょく見に来るようになって ……と、色んな事を思い出していたら、突然の出来事に、一気に現実に引き戻された。
――……バタン……
「おい!驚かせんなよな!まだ起き上がれるわけないだろう?無理しちゃだめだって!」
起き上がろうとする“するめさん”の両肩を持って、起き上がろうとするのを防ぐ。決して、やましい気持ちはないッ!!不可抗力だ!!!
「うるさい、手を放せ。余計なお世話だ。無理か無理じゃないかは私が決める」
何なんだよ、この人
人の苦労も知らないで
「操鬼にやられた怪我を手当てしてくれたことには感謝する。かたじけない」
「……え?あ、いや……別に、たいした事じゃないし……」
何も映していないはずの漆黒の瞳と視線が合う。
何も映していないようで
実は心の中を見透かされるような気がして
俺は思わず視線を外す。
会話が……続かない。
—— 話題……
何か、話すことッ!!
聞きたいことは山ほどあんだけど、いきなり聞いてもなあ。
“今日の夕飯なんだと思う?”は突然すぎるし
“バナナの恐ろしさについて”は、内容が濃い過ぎだしなあ……
あ!そうだ!
「何か怖い夢見た?」
—— おぉ~……
驚かれてしまった
目に口以上に感情を伝えてくる。
何をどう言ったらいいのか、言葉の迷子になってしまったぞ。
「私、泣いていたのか?」
茫然と呟く。
返事を求められているような。いないような。
何かを、応えないといけないような。そうじゃないような。
うーん。と考え込んだ俺の横目に、また起き上がろうとする。
……のを、慌てて押しとどめるように、布団に寝かせる。
全く、この人は!!
「ダメだって!怪我人なんだぞ!安全第一、じゃない……えっと、そう!安静第一なんだよ!あんだあすたあぁんと!?」
「怨気はもう抜けた。それに、これくらいの傷は慣れている。それより、私の右腕……見てないだろうな?」
「見てないよ。見ようとすると、シロが吠えんだもん」
「シロ?……ああ、白銀のことだな」
ここで更なる新事実発覚っ!
シロの名前は白銀なのか。
っていうか、う~ん。何だかなあ……
慣れてるって?傷に??それって、あんまりいいことじゃないよな。
だって、誰だって怪我したら痛いだろ?それは、人の身体が、心が、「助けて」って言ってるんだよってばあちゃんが昔言ってた。その痛みに慣れるなんて……それは、きっと心がマヒしちゃってるだけで。
「白銀はどこにいる?」
俺の思考回路に割って入るように、静かに問いかけてくる。
「ああ。庭にいると思うよ。それから、言い忘れてたけど……助けてくれてありがとな?」
そうだよ、俺は。すっかり忘れてた。助けてもらったんだよ、確かに……なのに、お礼言うの忘れてた!そして、相手とちゃんと向き合いたいとき。仲良くなりたいときは、まずは自分から名まえを言わないとダメなんだった!これも、ばあちゃんが教えてくれた、大切なことだ。
「俺の名前は瑞智 由貴、改めてよろしく」
そんな俺の声に、観念したかのような溜息を吐き出すと、ゆっくりと口を開く。
「翠琉……神羅 翠琉だ」
……心底、俺はばあちゃんの教えに感謝した!!
よかった、名まえを呼ばなくて!!
“するめ”じゃなくて、“すいる”だった!!!
何も見えていないはずの、黒曜石のような瞳は、だけど全部を見透かしているようで。
「頼む。行かせてくれ……私は、ここで寝ているわけにはいかないんだ」
だけど、口を開けばそんなことばっかりで。
なんでだか、無性に悲しくなった。
なんで、こんなに傷ついてるのに
なんで、こんなに辛そうなのに
だから、思わずちょっとキツい声音で言ってしまった。
「ダメだって。何回も言ってるだろ?軽いの一言で済ませられる傷じゃないの!しかも目も見えてないヤツ、ほっとけるかよ!」
「私の服はどこだ」
会話のキャッチボールッ!!!
全然通じないッ……言葉が通じないよ、助けてアンパ●マン!!!
「あらあ~ゴメンねえ~‥‥洗濯してしもて、まだ乾いてないんよ~。悪いんやけど、さっちゃんの服で堪忍してやあ~」
助けてくれたのは、あんパンの正義の味方じゃなくて、母さんでした。
ナイスでグッドなタイミングだ!!
「私を匿えばどうなるか、判っているはずだ。違うか?ここには呪力を感じるからな。破魔の関係者ならば、もう知っているはずだ」
その言葉が向けられた先には、いつものふざけた雰囲気がごっそりと抜け落ちた、じいちゃんが。
—— いや……
「破魔一族西方守護総代。出雲は神羅一族の媛巫女……おぬしのことじゃな?」
厳しい顔をした、“何か”がいた。
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