①
血の海が広がる
その中に佇むのは一人の少女
……見つめるのは虚空……
光の失われた漆黒の瞳からは
とめどなく涙が流れ落ちる
紅葉が月の下で美しく舞う
これから語られる総ては
ハジマリに過ぎない
総ては“終焉”への
鍵でしかなかった
-foretaste-
それは“予兆”
――黄昏れの夢の終わり――
欺瞞に満ちたハジマリ
幻とか、幽霊とか
ましてや運命なんて
信じる方じゃなかった
――そう……
あの瞬間までは……
桜が月夜に美しく舞う。
少年は、なぜ自分がそこに立っているのか最初判らずに、周囲を見回した。
そこは、通い慣れた通学路の途中にある神社。
「あ、そっか……俺、帰る途中だったんだっけ?」
そう一人で納得して神社を後にしようとしたそのとき……
「……?」
誰かに呼ばれた気がして少年は立ち止まる。
だが辺りを見回しても誰もそこにはいない。
「……気のせい……かな?」
――そう呟いた瞬間。
――キイィィン―……
頭に無機質な音が響く。
その思わぬ高音に、少年は思わず両手で耳を塞いだ。
「っ!!?」
『目覚めよ……終焉の鍵を握る“終止を穿つ者”よ……』
今度こそ、はっきり聞こえたその声に弾かれるように少年は後ろに振り返った。
風が導くその先に広がっていた情景は、今までいたはずの見慣れたものではなく。
それどころか、明らかに現世のものではなかった。
広い広い草原に
果てしなく澄んだ青い空
両者が交わるその先に佇んでいるのは
後ろでゆるく束ねた髪を優しく揺らす。
風に抗らうこともせずに
真っ直ぐに少年を凝視している女性。
名前を呼ぼうとした瞬間、一層強い風が辺りを闇へと塗り変えていた。
そこには既に、女性姿はなかった。
――……名前……?
「俺は、今何と呼ぼうとしたんだ?」
自身への問いかけに、返す声があるわけがない。
はらはらと舞い落ちる桜を手に受けとめたとき、少年は頬を伝い落ちる雫に気付いた。
「涙?……何で……」
何故悲しいのか……
否、何故己が泣いているのかそれさえも、少年には判らなかった。
一つだけはっきりしていることは、この涙があの女性への言葉にならない
することの出来ない想いが溢れ出ていることだけ……
「忘れないで欲しいんだ」
その言葉にはっとして我に返り声の方に目をやれば、いつの間にか漆黒の髪をしっかりと上で結わえた少女が手を差し伸べていた。
その髪と同じ漆黒の瞳の、何と悲しいことか……
安心させようと、少年は口を開いた。
「お前、何なんだ?」
しかし口をついて出るのは、裏腹の言葉の羅列。
そのことに戸惑いを覚える少年をよそに、少女は言葉を紡ぐ。
「私は●●●という。良かった……お前が無事で……」
何か、少年は違和感を感じずにはいられなかった。
――デジャヴ?
違う
もっと違う何かがあると、少年は確信を持って言えた。
少年は少女に手を伸ばす。
なぜ伸ばしているのか、少年自身判っていなかった。
だが、伸ばした手は少女の手を掴むことはなかった。
少女の手に触れるか触れないか
桜吹雪が少年と少女の間に巻き起こったのだ。
思わず少年が目を瞑る。
その瞬間に、少女の姿は目の前から消えうせていた。
「何だったんだ?」
その少年の問いに答える者があるはずもなく、桜が舞うその場に、少年はただ茫然と佇んでいた。
「また、会おう」
女性の声か
少女の声か
はたまた両者のものなのか
判断することは適わなかったが、その言葉を少年は確かに聴いた。