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黄昏の精霊剣士  作者: えびみそまる
第一章『渇望の国』
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第7話 錬金術

 セリカと広場で別れた後、イチタは再び街を散策した。ここ二日で、色々起こり過ぎた。こういう時くらい、少しは頭を冷やしたい。イチタは中央広場から西へ向かった通りを進んでいく。


 散策の途中。歩きながらイチタは考えていた。さっきの魔物のこと。もし、彼女の話が本当だとするのならば、そうのんびりはしていられない。せめて、自衛の策の一つは身につけておきたい


 けど、今の自分に一体何ができる? 自分の身体能力のキャパは熟知している。それが非力であることは、嫌というほど理解した。ちょっとばかし体を鍛えた程度では解決しない。団長の話していた不思議な力というのも気にはなるが、自分でも実態の分かっていないものに依存するというのは流石に気が引けるし、何より無謀だ。いや、そもそも魔物がこの街に攻めてくるのを回避する方法はないのか? まずはそっちを優先に考えるべきだ。


 ただ、さっきの魔物……本当に何の前触れもなく街のど真ん中に現れた。正門には常に衛兵が待機しているはずだ。


 どうして……。


 普通に考えれば、何もできないまま正面突破されたと見るのが妥当だろう。そう言い切れないのには、理由があるからだ。イチタが現場を離れる際、耳にした衛兵の言葉。


『クソッ、一体どこから』


 あの発言は、どう考えても想定外のケースが起きた……そう解釈する以外、他に思いつかない。同行していた他の衛兵達も同じ意見だろう。つまり魔物は、正門とは別の場所から王都に侵入したことになる。でも、一体どこから……。


 可能性として一番高いのは、王都を囲む壁をよじ登って来ることだけど。そんなもの。彼らは既に対策している。壁の内側には衛兵が何人も張り付いていた。それは最初にこの街に来た時から分かっている。いや、それ以前に、本当に正門の死角から入り込もうとしたのなら、物見の兵士が住民の悲鳴が響くより先に知らせに来るはず。


 正門でも、その周囲でもない。よもや、空から降ってきた、なんてことはないだろうが……。


 まさに暗中模索……何が起こるか分からない以上、来るべき日に備え、出来る限り力を蓄えておきたい。どうあれ、今はできる限り情報を集めるしかない。大通りへ戻ったら聞き込み調査でもしてみるか。


 

 

 しばらく歩き続けた後。少し休憩しようと、イチタは街路樹の横にあるベンチに腰掛ける。空を見上げ、何も考えずにただ流れゆく雲を眺める。


「平和だなぁ……ついさっき魔物が出たなんて思えないや」

 

ーーカツ、カツ、カツ。


「こうしてのんびり空を眺めるのも、すごい久々だよなぁ」


ーーカツ、カツ、カツ。


「ほんと、いい天気だ。まったく」


ーーカッ。



「おっ、暇を持て余してそうな子はっけーん」

「あん?」


 気が付くと、イチタのすぐ右隣に一人の女性が立っていた。袖口のひらいた厚手のコートを肩出しで羽織り、首には宝石と何かの骨を加工したと思われる首飾り。右の太ももに乱雑に巻かれた黒いガーターベルトと、その特徴的なファッションに目を引かれる。

 

「そこの少年。よかったら、ちょいと私に付き合ってはくれないかい?」

 

 てっぺんの跳ねたボリューム感のある長い髪を掻き分け、粘りつくような目でこっちを見ると、手のひらを仰向けにしたままピシっとその綺麗な指先でイチタを指した。ミステリアスでかつ大人びた風格を醸し出しながら、それとは到底相容れないフランクさ。これが所謂ギャップというやつなのか。

 

「な、何か用ですか?」

「なーに、ひとつ手伝ってほしいことがあるんだ。実は今、丁度大事な研究の真っ最中でね。これが成功すればこのラスタルティア。いや、この大陸全土に稲妻の如き衝撃が走ること間違いなし。 君は今、運よくこの尊き瞬間に巡り合えたという訳さ」

 

 身振り手振りを交えては、得意気に語り始める。具体的な内容を聞かずとも、その独特なジェスチャーと誇張染みた口ぶりには、どこか胡散臭さを感じる。ただ、その低めの声色から織りなされる、熱の入った語り口はどうにもクセになる。


「おおーん? もしかして、信じてないね?」

「いや、そんなことは」

 

 話半分に聞いていたら、またさらにぐいっと距離を詰め心根を探られる。

 

 実際、その研究とやらがどんなものか知らないし、なんなら全面スルーを決め込もうとしていたのだが、彼女の熱烈なアピールに押されている内に、少しだけ興味が湧いてきた。

 

「まあ、そんなに忙しいってほどでもないんで、別に構いませんけど……」


 まだ時間はあるし、少しくらいなら大丈夫か。


「おお! では早速だが、今から一緒に来てほしい」


 目を爛々と輝かせ、胸のあたりで作った握りこぶしぶんぶんと振る。喜びをこれでもかと全身で表現するその様は好奇心旺盛な子供のようだ。

 

 小学生の頃の夏休みも、こんな感じにキラキラしてたっけ。


「ワタシはシェニ。このラスタルティアで錬金術師をしている者さ。シェニーでもシェニちゃまでも、好きなように呼んでくれたまえ」

 

 昔の思い出にうつつを抜かしている間に、自己紹介へと移る。錬金術師とは、これまた大層な……。

 

「イチタです。これから、どこに向かうんですか?」

「それは着いてからのお楽しみ」


 そう言うと、シェニは片目を閉じながら人差し指を口に当てる仕草を見せた。

 

 歩き始めてしばらく。王都を出ると、シェニはそのまま近くの林の中へ向かった。この場所に一体何があるというのか。まさか気晴らしに森林浴に来たわけじゃあるまい。

 

 などと、疑問を膨らませていると、向かう先に一軒の小屋が現れた。

 

 こんなところに……。

 

 シェニはその小屋の前で足を止め、こちらに振り返った。

 

「ようこそー、ワタシの研究所へ」

「研究所……って。もしかして、ここ?」

「まぁ、ほんとは王都に一つ立派なのを構えていたんだけどね。この前、軽くボヤ騒ぎをやらかしてしまって。街のお偉いさんからこっぴどく叱られたよ」


 それ、大丈夫なのか?


 今更、この人を信用していいのか分からなくなった。危ない実験に巻き込まれないといいが……


「それで、こっちに移転したと」

「そゆこと。ここならどんなに派手な実験しても迷惑はかからないだろうからね。まぁ、ここの清々しい大自然を焼け野原にしちゃうようなことは流石にまずいけど。はは」

「……」


 冗談交じりに笑ってるけど、なんだろう。この人なら本気でやらかしかねないという謎のオーラがじわじわ伝わってくる。

 

「ちなみに、俺はここで何をすれば?」 

「その前に一つ、確認しておきたいことがある」

「なんでしょう?」

「君は、魔術を知っているかい?」 

「魔術……」

「人智を超えた摩訶不思議な能力とでも言えばいいだろうか?」

「詳しくはなんとも……ただ、それらしい力を目の当たりにしたことはあります」

「うむ、その目に一度でも焼き付けたのなら十分だ。来たまえ」

 

 そう言われ小屋の中へ入る。その後、シェニは奥のにある机まで小走りで向かうとカチャカチャと音を鳴らしながらせわしなく動き回った。

 

 数分後、青緑色の液体の入った瓶を持って戻ってきた。

 

「なんですか、それ」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたねぇ。これぞ、私が長年心血を注いで生み出した実に画期的な魔力誘発剤、通称真魔法薬。自然物から抽出した魔力のほかに、とある薬草を混ぜたものだ。まだ試作の段階だが、これを使えば己の内側に秘めた魔力を何十倍、いや何百倍にも増幅してくれる」

「ゆ、誘発? いや、そもそも俺、魔力だなんてそんな大層なもん持ってないですよ……」

「いいや、持っている」

「え?」

「この世界にいる者は皆、多かれ少なかれ魔力を有している。ただそこには大いなる力を生み出す、所謂魔法を使えるほどの量はない。微量な魔力を内側で倍増させ、魔法を使うに値する量を生成できるのは俗に魔術師と呼ばれる者達だけさ。魔術師に憧れを抱き、自然界の石や水に残留した魔力を使って魔法を使う者達は魔法錬成士と呼ばれる。それができるのもこの世界においてはごく一部だがね」


 シェニは魔術師や魔法、それに関わるものについて事細かに説明してくれた。

 

「彼らからヒントを得て。ここ数年、誰にでも魔法を使える方法はないか模索していた。そして、ついに完成した。これさえ飲めば誰でも魔術師のような魔法を使えることが可能になる薬を」

「へぇ」


 それだけ聞くと、確かにすごい代物だけど。なんだろう……この拭いきれない感覚は。

 

「で、効果の方は?」

「それを今、確かめるのさ」

「はい?」


 瓶の蓋を開けると、シェニはそれをこちらに渡した。

 

「飲みやすいように、ハーブを何種類か調合している。さ、遠慮せずぐいっといってくれたまえ」


 ぐ、ぐいっと……って。


「ちょっと待ってください。手伝ってほしいことってもしかしてこれですか?」

「もちろん。だって、そのために君を呼んだのだから」

「なっ!」


 手伝うって、てっきり雑用的な何かかと思ったら。まさかのモルモットかい! そういや、まだ試作の段階って言ってたっけ。

 

「そんなこと、わざわざ俺を連れてこなくても。自分で試したらいいじゃないですか」

「何を言っているんだい君は。私は錬金術師だよ? そんな狂気じみた研究者じゃあるまいし。自分で試すなんてことするわけないじゃないか。それでもし、ぶっ倒れでもしたら誰がこの実験を成功させるんだい?」

「ぶっ倒れ……」

「だ、大丈夫大丈夫! 今回作ったものは全て安心素材でできているから。心配しないしないでグイっといっちゃってくれ」

「……」

「れ、錬金術師として、常に客観的な目線で物事を観察していたいのだよ」

 

 さすがに、ここまで来て引き返すことはできない。瓶の中の誘発剤を見る。色は薬草と言うからに緑を主に、多少青みがかっていて、微かにハーブの香りがする。見たところそこまでヤバそうな感じはしない。ブルーハワイのシロップを薄めたと思えばいい。それにこの実験、イチタにとってまったく利がない訳じゃない。成功すれば、自分の中に潜んだ例の力と、なんらかの親和性が見られるかもしれない。ただ、あれは魔術ではないと否定された以上、望みは薄いが……。

 

 躊躇しながらも、イチタは思い切って中身を飲み干した。


 ……味は悪くない。風味がスッキリとしていて意外と飲みやすい。のど越しも良く、薄味の清涼飲料水に近い。炭酸で割ったら、普通に店に並んでいてもおかしくないレベルだ。飲みやすくするために色々混ぜてるって言ってたけど、甘みも結構足されているのかも。

 

 問題はちゃんと期待通りの効果が望めるかどうかだ。たいした効果も得られないまま、副作用だけガン積みなんてのは一番避けたいところ。果たして、どうしたものか……。

 

「体に変化はあるかい?」 

「今のところ……特には」

「ふむ。ではさっそくだが、何か一つ見せてほしい」 

「えーと、見せるって?」

「誘発剤が無事に作用したかどうか確かめておきたい。初めてなら、自然魔法がいいだろう。魔力を火や土などの自然物に変化させる魔法だ。試しにゴーレムでも錬成してみよう」

「れ、錬成? いや、いきなり無理っすよ」

「じゃあ、火炎魔法……と言いたいところだが、林の中で炎系統はまずい……なら、風魔法あたりが無難かな。手のひらを前に出して」

「こう……ですか?」


 シェニに言われた通り、イチタは手をパッと開いて前方に突き出した。

 

「次に、腹の内側から指先にエネルギーを流動させるイメージを持つんだ」

 

 全身の神経を集中させる。意識を横隔膜付近に向け、増幅したエネルギーを血流のごとく移動していくイメージで。

 

ーーなんだ、この感覚……。

 

 腹の中にわずかに感じる熱。はっきりと分かる、体の内を駆け抜けていく感覚。熱は腹の内から腕を通って手のひらに集約していく。

 

「おおっ」


 シェニが歓喜の声を上げる。効果の現われか、突き出していた手を淡い光が包み込む。

 

「で、でた!」

「そのまま! 集中力を切らさずに」


 彼女の指示を受け、浮かれたい気持ちを抑え、感覚を維持し続ける。手のひらが熱い。まるで最高温度に達したホッカイロを強く握りしめているようだ。

 

 熱さに耐えつつ、今度は集約した魔力を打ち出す方に意識を向ける。

 

「どの自然物に変化させるかは、流動する魔力のスピードとその量で決まる。風魔法なら、水面に浮いた葉がゆったりと流れる小川のような感じ。呼吸は普段通りのままでいい」

 

 体の奥底から這い上がってくるこの感じ。なんとなく手の光も強まった気がする。

 

 高ぶる鼓動。

 

 輝く光。

 

 流れゆく熱。

 

 全身が包み込まれるこの感じ。

 

 それぞれの波長がやがて重なり合い、一つの大きな力としてかたちを作る。

 

 今なら、いけるっ!


 そう確信したイチタは気合いに満ちた声とともに、手のひらに集ったエネルギーを放出させる。

 

ーーフッ。


「あ、あれ?」

「おや?」 


 ついさきほどまで輝きに満ちていた光が、フッと役目を終えたとばかりに消え失せた。

 

「えと、消えちゃいました」 

「ふむ。どうしたものだろう。 魔法薬の量が足りなかったのだろうか? 通常なら、あのくらいの分量があれば誘発にはことたりるのだが……」

「俺、もう一度やってみます」


 最初は乗り気でなかったが、ここまで来ると成功するまでやり遂げたい欲が出てきた。今一度、魔法薬の服用を所望したが、シェニはどこか浮かない様子で。

 

「実は、上手い事出来上がったのがあの一本だけなんだよねぇ」


 後頭部をさすりながら、彼女は笑って言いのけた。

 

「ええ、じゃあもう無理ってことですか?」

「まあ落ち着いて、調合比率は頭に残してるから、材料さえあればすぐに作れるさ。ただ、その材料の調達ってのが少しやっかいでねぇ」

「俺、手伝いますよ。なんかこのままじゃ、消化不良っていうか、すっきりしないんで」

「おお! さすが、私が見込んだだけのことはある。では、今すぐ採取しに向かおうじゃないか」


 その後、シェニは素材調達の準備を行う。


「ちなみにですけど、その魔法薬に必要な材料とは何ですか?」

「オウマンドラゴラと言ってね。魔力抽出にはかかせない素材の一つさ。青紫色の綺麗な花を咲かせ、葉と根には強力な毒が含まれている。取る際にはこのグローブを必ず着用してほしい」


 シェニは持ってきた厚手のグローブをオレに手渡す。


「任してください」

「うむ。オウマンドラゴラはこの林の中にもいくつか自生している。調合には1株あれば十分だろう」


 それから、シェニにオウマンドラゴラの発生しているところへと案内してもらった。小屋から少し離れた先、草の生い茂った場所に一つ目を発見した。緑一面の中にひょっこりと姿を見せた一輪の花。

 

「お、立派に開花しているじゃないか。サイズも申し分なし。よし、これを貰っていこう」

「分かりました」

「グローブを忘れずにね。でないと手が荒れてしまうから」


 忠告通り、イチタは渡されたグローブをしっかりと着用し、地面から顔を出したマンドラゴラの根元を掴んで思い切り力を入れる。

 

「あ、あれ?」


 だが、どうだろう。縦に引っ張っても、斜めに動かしても、強靭な根はビクともせず、一向に引き抜ける気配がない。オタオタしていると、後ろからシェニさんに急かされる。

 

「何をしているんだい? さっさと抜かないか」

「いや、それはそうなんですけど……意外としぶとくて」

「ふぅ。まったく、しょうがない」


 そうため息をつくと、シェニはイチタの背後に回り込み、後ろから体を密着させる。

 

「シェ、シェニさん!?」

「手伝ってやるから、君も引き抜くのに集中したまえ」

 

 突然の行動に驚き、マンドラゴラを掴んだまま硬直していると、シェニはイチタの両手首を掴み、アシストする。

 

 彼女の吐息が耳に触れる。背中に伝わるやわらかな感触。大き目のコートに隠れていてあまり主張は少なかったものの、この人もあのアイシャやベルファメラに負けず、中々のものを有している。


 この場で露となった控えめながらも、滲み出るこの耽美な色気と触覚を埋め尽くすなまめかしさ。トドメとして背後から突きつけられた爆弾に、もはや採取どころではない。

 

 生まれてこの方、その大半を野郎としか絡むことのない性分だった彼は今、改めて思い起こされる。

 

 ーーああ、俺も男なんだな……。

 

 一瞬、走馬灯のように純真無垢だった少年時代が脳裏を駆け巡る。なんの毒気もなかったあの時代。押し寄せる罪悪感。不覚にも涙があふれた。


「お? どうかしたかい?」

「いえ、何でもあひません」

「なら、さっさと引っこ抜いてしまおう」

「はい」

「「ふんっっ!」」


 ゴリゴリと土壌を掻き分けながら、埋まっていた根の部分が浮き出てきた。

 

「よいっしょおおおお」


 渾身の力を込めて、マンドラゴラを一気に引き抜く。地面の下に埋まっていた根は葉の部分より一回り大きく、中心の太い根に何本もの細い根が絡みついているような構造になっている。これだけ立派なものなら頑なに地上へ出ようとしないのも納得がいく。


 ひとまず、これで任務完了。早く戻って例の実験の続きを始めるとしよう。

 

 小屋に戻った後、シェニは取ってきたマンドラゴラを使って魔法薬の調合を行う。イチタはその一部始終を見せて貰った。

 

 まず、マンドラゴラを鍋に入れ、数分間湯がいて毒抜きする。それから、ベースとなる薬草液に魔力抽出用素材を混ぜ合わせたものを用意する。そこにさっき毒抜きしたマンドラゴラを浸してしばらく。最後に、出来上がった魔法薬を空の小瓶に詰めたら完成だ。

 

「すっげ、さっきと同じやつじゃん」

「オウマンドラゴラは自然物に残留した魔力を誘い出す性質があることから、別名呼び魔草とも言われている。これ一株で、四~五回分は作れるだろう」

「はぇ~」


 手際の良さといい。細かな知識といい。初めは頭のイかれた人だと思ってたけど、もしかして結構すごい人なのかもしれない。 招き入れられた小屋の中を見ても、その周到ぶりは容易に理解できる。

 

「ここにあるのって、全部シェニさんの私物ですか?」

「もちろん」

 

 実験に用いるフラスコやビーカーの類。複雑に配列された管のついた、人の背丈ほどもある大掛かりな蒸留装置。天井からは乾燥させた薬草が吊るされ、壁の棚には見たこともない生物が納められた瓶の数々。どれもこれも、一日二日で得られるものではない。

 


 完成した魔法薬を手に、再度魔力誘発のテストを始める。

 

 今度こそ……。

 

 調合したての魔法薬をグイッと体に流し込む。手を前に突き出し、腹の内側に意識を集中させる。感覚を辿りながら、一回目と同じ手順通りに事を進めていく。

 

「きた!」

 

 時を待たずして、手のひらに淡い光がまとう。ここから集中を切らさず、落ち着いて体に流れる熱の動きを制御する。

 

「ん……ぐっ」


 が、これが中々に難しい。ちょっとでも気を抜くと熱の流れがつかめず、反対に抑え込み過ぎると上手く手のひらまで流動せず中途半端な位置でとどまってしまう。しかも、これがやけどしそうなくらいに熱い。

 

「ぬおおっ」


 それでも、何とか無理やり制御しつつ、うまいこと手の方へ集めていく。その結果、最初の時よりも良い具合にエネルギーが集約していった。光も、より強いものへと昇華する。

 

「これなら……」


 今度こそいける。段々とコツを掴んできた今、それは確信に近いものであった。

 

 地面に散らばっていた落ち葉がふわりと浮き、自分の周りを回転する。

 

 水面に浮いた葉がゆったりと。その言葉を思い出しながら、ラスト決めにかかる。

 

「いけぇ!」

 

ーーボスン。 

 

 空気が抜けたのかと、なんとも情けない音が響き渡ったかと思うと、まるでうちわの風にも満たない微風が放たれたのみで終わった。

 

「えーっと……これってつまり」

「ふむ。失敗のようだね」

「どおしてだよおおおおおっ!」


 また失敗。途中までは上手くいくのになぜ?まだ誘発剤の量が足りないってのか?

 

 なら……。

 

「シェニさん。もう一度魔法薬を!」

「いや、今日はもうやめておこう」

「え?」

「あまり過剰に摂取しすぎるのもよくない。まだ波長がかみ合っていないか。これ以上試しても期待通りの結果は望めないだろう」

「そう……ですか」

「そう落ち込むな。私ももっと突き詰めて改良を重ねてみるよ」

 

 

 王都に戻り、一仕事終えたイチタは例の閑静な広場にてシェニと話し合う。

 

「すみません。なんか、上手くいかなくて……」

「なぜ君が謝るんだ。手伝いをお願いしたのは私だろうに? 失敗は成功のなんとやら、今回のことで新たに見直すべき調整部分をおおよそ把握することできた。これも一つの成果と言える」


 あまり芳しくない結果に終わってしまったため、さすがに落ち込んでいるかと思いきや、シェニは不思議と上機嫌でいた。なんだかんだでポジティブな人だ。


「けど俺、また挑戦してみます。新しいのが完成したら言ってください。いつでも協力しますんで」

「ふむふむ……そうだ! イチタ君だったね。よかったら君、私の助手にならないか?」

「え? 助手?」

「ちょうど今募集中なんだ。度々垣間見える君のその利他的な姿勢、追求心。真理を追い求める錬金術師の助手としてはぴったりじゃないか」

 

 なんともまあ急なお誘い。これはどう返事をすればいいのやら……。

 

「どうだい? 悪くない話だろう? 調合薬は次の実験までにしっかりと準備しておくとしよう」

「……」


 確かに、今後この人と一緒に実験を続けていけば、いつか自分にも魔法が使えるようになるかもしれない。もしそうなら、少なからずセリカの力になれる。


 イチタの中に、一つの決心が生まれた。

 

「わか……」

「あーーーーーーっっっっ!!」


 静寂を切り破り、場に響く絶叫。見ればシェニの後ろからこちらを指差しする小さな女の子。くりくりおめめに、でかいリボンを頭につけている。

 

「みみ、見つけましたよシェニさん!」

「やあロッコ。もうお昼ごはんの時間かい?」


 ロッコという名の女の子はシェニを見るや、かなり憤慨した様子で彼女にぐいぐいと詰め寄る。ぴょんぴょん飛び跳ねる度に短いサイドテールがふりふりと揺れる。なんだか小うるさくて落ち着きのないその様は、小鳥やリスなどの小動物を連想させる。

 

「何言ってるんですか! もうお昼はとっくに過ぎてます! 今日は身体能力促進に特化した魔法薬の作り方を伝授してくれる約束じゃないですか!」

「おー、そういえばそうだったね」

「早くしてください!」

「はいはい、ではまたなイチタ君。返事はまた今度会った時に聞くとしよう」

「シェニさん早く……ぐぎぎ」


 小動物にコートの袖を引っ張られながら、シェニは行ってしまった。二人の姿が完全に見えなくなるまで、イチタはその場を離れずにいた。粋狂というか、どうにも不思議な人だったな。そう心の中で感想を述べるイチタ。

 

「俺も帰るとするか……」

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