第3話 討伐団
やっと……会えたね。
誰?
ずっと君を待っていた……。
誰なんだ?
お願いだ。ぼく達の同胞を……見つけてくれ。
待って。
白き花が散る前に……
待ってくれ!
………
……
…
「はっ!」
夢……?
目を覚ますと、どこかの一室。体はベッドの上で横になり、長いこと眠りについていたように思える。
とくに痛みを感じるところはない。強いて言えば太もものあたりが多少筋肉痛といったところだろうか。何にせよ、生きて戻って来れてよかった。
「ふう……」
「ばあ!」
「うわっ」
安堵の気持ちに酔いしれる暇もなく、それは彼の真上からいきなり現れた。
「にゃはは、ごめんごめん。てっきりまだ幻惑に囚われているかと思ったけど、その様子だと大丈夫そうだね」
「だ、誰?」
ベッドの横に立つ少女。金髪ショートに深みのある藍色の瞳。頭からは先がピンとたった獣耳が生え、やたら肌面積の割合多しビキニアーマーとその派手な風貌に面食らい、思わずたじろいでしまう。
「うにゅ?」
ーーガチャ。
返答を聞く前に、目の前の扉が開いた。二人の視線がそちらに向かれる。
「お、もう起きてたのか? 思ったより回復が早いな」
ドアの向こうから一人の青年。オールバックが印象的なこちらも重厚なアーマーを身に着けている。青年は笑顔で彼のそばに行くと、肩を軽くポンポンとたたいた。
「うん、怪我もうだいじょぶそうだな。幻惑の影響もなし。つってもまだ復帰したばかりなんだから、あんまりからかうなよアイシャ」
「えへへ」
アイシャと呼ばれし、その少女は舌をペロっとだしてごまかした。
「もう少し休んで、万全になったらまた呼びに来る。その時には俺たちのことについて詳しい話をしようと思う。ほら、アイシャ。もう行くぞ」
「えー、あたしもっと彼とおしゃべりしたーい」
「無茶言うなって。また後にしろ」
オールバックの青年に言われ、アイシャは渋々ながら部屋を後にした。
話の中で耳にした妙な言葉。
「幻惑……って言ってたよな。何のことだ?」
「上級魔獣が持つ権能の一つ。精神浸食魔法」
「ん? って……おわっ!」
いつからそこにいたのか。オーバーローブを羽織った小柄な女の子。ナイトテーブル横に置かれた椅子にこしかけていた。体躯に見合わない大きな杖を両腕で抱え、包み込まれたローブから顔を出した生足を持ち手の下側に絡めている。
フードから濃い茶髪をちらつかせ、ジトっとした目でイチタを窺うように見つめる。
「えーっと……君は?」
「ミーネア」
そう名乗りながら、彼女は杖の先で口元を隠し目を逸らした。
「ここは、どこなんだ?」
イチタは続けて質問する。
「ここは王都第一区域にある魔物討伐ギルド、アスターの集会所」
「討伐……ギルド?」
「キミは魔獣の攻撃によって意識を失っていた。あのままワタシ達が駆けつけなければ、危ういところだった」
ーーそうか……俺、あの時。
今でも鮮明に蘇る。もうダメだって思ったけど、こうして息をしてるってことは助かったってことだよな……。この人たちのおかげなのか。
「助けてくれたのか?」
杖で口元を隠したまま、ミーネアはコクコクと頷く。
「いや、ほんと……マジで死ぬかもって思ったからな。ほんと助かったよ。ありがとう」
「それは、なにより」
ミーネアはまた目を逸らす。最初と違ってこの時は、どこか照れ隠しのような反応にも見えた。
それはそうと、肩の痛みが消えている。包帯はあちこち巻かれているが、出血の痕は見られない。
「かなりの致命傷だったはずなのに……」
「ふむ。エンドリヒトの効力もあるとは思うが、それ以上にキミの特異性についての方が肝要であろうな」
「特異性?」
「それについてはまたいずれ……今は体を休めることに専念するといい。幻惑は、肉体に直接影響を与えるものではないが、多大な精神的ダメージを負う」
「さっき言ってたな。精神浸食がどうとか」
「うむ。幻惑は魔法の一種で特殊な魔導波を対象の意識に送り込み、精神を蝕む。対処するには相応の力を秘めた加護を用いるか、同じ上級魔法の使い手でなくてはならない」
「魔法……」
おいそれとは信じがたいが、俺が体験した不可思議な現象が俗に言う魔法の力だってのか。そんな空想染みた……いや、これは現実で、この世界の常識なんだ。そんなことは、ちょっと前に嫌と言うほど味わった。疑いようなんて初めからない。
「キミの体はまだ万全じゃない。無理はしないことだな」
「そうさせてもらうよ。心配してくれてありがとう」
「……」
ミーネアは足を止め、一度こちらをじっと見たが、特に何かを言うわけでもなく、そのまま部屋から出ていった。
考えることは沢山ある。それでも、今は寝た。何も考えず、ただ体を休めることだけに専念する。
瞼の裏を時折横切る疑念、不安、葛藤……その全てを無視し、ただひたすらに寝た。
◆
翌日、イチタは陽の光に誘われて目を覚ます。どれ程眠りについていたのだろう。寝覚めの気分は向こうにいた時と変わらない、穏やかなものだった。一つ気になることと言えば、昨日気を失った時わずかに見た夢の記憶。この世界に着た時と同じく、妙に現実感のある感覚だった。
ーーずっと君を待っていた……。
あの言葉がまだ耳の奥にこびりついている。
「はぁ……」
いや、やめだ。体調が悪い日の夢なんて相手にするな。まだ疲れが抜け切れてないみたいだ。
体はもうすっかり回復した。俺は掛布団を取っ払い、ベッドから出る。部屋のドアに手をかけ、ゆっくりと開いた。
入口から顔を出し、左右を確認する。
「誰もいない……」
静かにドアを閉め、その先に続く通路を渡って進む。
「ん?」
先の方から聞こえてくる話し声。足早に声のする方へと駆け抜けた。その先にもう一つある扉を開ける。
「おお……」
その空間は、あらゆる人でごった返していた。あちこちに点在したテーブル席を囲みながら、剣や斧を背負った複数人の者達が、酒に料理を嗜みながら楽しそうに談笑している。広場の雰囲気となんら変わらない。一種の祭り会場のようだ。
二階から全体を見回す。ここと反対側の階段に挟まれたところにある長いカウンター。天井の照明はオレンジ色に光り、壁や床の木材の色味と相まって非常に落ち着きのある雰囲気だ。
「お、ようやくお目覚めかい?」
その光景を眺めていると、通路の向こうからやってきた一人の男に声をかけられる。
「ええと……」
「色々あって頭が混乱しているとは思うが、忘れないうちに伝えておかないとな。来てくれ、ギルド長がお呼びだ」
「……ギルド長?」
男に連れられ、イチタは階段からすぐ近くにある大扉へと案内された。扉の向こうには長い通路があり、その通路を挟んだ先にもう一つの扉がある。
二人は扉の前に立つ。
ーーコンコン。
「ギルド長、入ります」
男がノックをした後、部屋に入る。扉の向こうにいたその人物。長テーブルを跨いだ先に、口元の前で手を組みながらこちらに笑みを浮かべる壮年の男。男は黒のレザーアーマーに灰色がかった短髪。やたらダンディな顎髭に渋みのある声色から滲み出る威厳には、彼が何者か語られずとも相応の機転と統率力を持ち合わせた人物であることが覗える。それに、彼の両隣にいる複数の人物。内の何人かは記憶に新しい。
「もう体は大丈夫そうだな。ようこそ、導かれし者。私はリュド。魔物討伐ギルド・アスターのギルド長を務めている。ここにいるのは討伐の最前線で活躍する精鋭達だ既に面識がある者もいるようだが、皆改めて自己紹介を」
ギルド長は横に並ぶ精鋭達に挨拶を促す。
向かって一番左端にいる獣耳の少女に目をやる。
「やっほー不死身の少年くん。」
……で、その隣にいるのは。
「この子が例の力の保持者ってわけね。ふふ、結構可愛らしいじゃない」
胸元の強調されたタイトドレスに身を包んだセクシーな雰囲気の女性。帽子の間から流れる髪は地面まで届きそうなほどに長く、それがまた彼女の魅惑的な美しさを引き立てている。
「ベルファメラよ。ベル姉と呼んでちょうだい」
「は、はぁ……」
ベルファメラと名の女性は唇に指を這わせながらそう述べた。俺は続けて目線を移動させる。
向かって右側。中央の男のすぐ横にいるのは、先日も何かと語り合った少女ミーネアだ。相変わらずマイペースにただただこの場の流れを傍観している。彼女に関しては、特に思うところはない。
「元気そうで何よりだ。俺はユーゼットだ。よろしくな」
「どうも」
なんとも個性的な面々に戸惑っていると、右端にいた最後の人物が口を開いた。
「へっ、よかったなお前。あの場にオレらが駆けつけなかったら、今頃魔獣の腹ン中だぜ」
ツンツン頭に目つきの悪い少年。背中に二本の短剣を背負い、極端に丈の短い毛皮の装飾が施されたジャケットを羽織っている。小柄ながら、そのバキバキに鍛え上げられた腕と腹筋は彼がただの子供ではないことを意味した。直前の挑戦的な口振りにも頷けるほどの血の気の多さを表している。
「とか何とか言っちゃってラシム。お前もミーネアが追いつくまで行き渋ってたじゃねぇか」
「ハァッ!? 行き渋ってなんかねぇしっ!」
ユーゼットが背後から投げやるように放った彼の追求を目を血走らせながら即座に跳ね返す。喧嘩というか、その光景は気が立ったハリネズミを温厚が人間がなだめているようで何だかほっこりする。
「はいはい。そんなことよりさ、お前もさっさと自己紹介しとけって」
「チッ。ラシムだ。片牙のラシム。覚えとけ新入り」
し、新入り……?
「さて、自己紹介が済んだところで始めよう。ミーネアから聞いているとは思うが、君は魔獣に襲われ気を失った」
「ええ」
嫌な記憶だ。実際、胃の不快感は完治していない。少なくとも、これが治るまでは一寸たりとも頭から抜け去ることはないだろうな。
「あの場に我々が駆けつけたのは幸運だった。丁度周辺を調査していた彼らが膨大な魔力を感知し、現場にはせ参じた。魔獣を撃退し、致命傷を負った君をこの集会所まで運んできた」
ギルド長はこれまでの経緯を事細かに説明する。それを踏まえ、自分が今ここにいる理由を再確認する。そのおかげか、彼の口から出るギルドについての事柄が比較的すんなりと飲み込めた。無論、全てじゃない。正直なところ、自分はもう無事に戻って来れただけで満足していたのだろうな。今はもう考えるのすら面倒だ。
「我々アスターの目的はただ一つ。近年、急激に増殖した魔物を完全に駆逐することだ」
ギルド長は威勢の良い口調で力強く語る。
「君に一つ、質問がある」
「質問?」
「君はなぜ、今ここに立っていられると思う?」
「そ、それは……皆さんが助けてくれたから……なのでは?」
ギルド長は一呼吸間を奥と、何やら意味ありげな様子で続けた。
「君を保護したとは言っても、救出に間に合ったという訳ではない。我々が君を見つけた時、君の体は大きく損傷していた。左肩の裂傷はもちろん、体の内部にも相当なダメージを負っていた」
「……」
「ところが、どうだろう? 君の体は、我々の想像を遥かに超え、常人では考えようのないスピードで回復していった。アイシャの回復魔法『エンドリヒト』や薬師の傷薬を塗布する頃にはおよそ8割方癒えていた。我々が施した処置など、補助的なものに過ぎないくらいにな。率直に言うと、君の体には我々の知らない未知の力が隠されている……ということだ」
「え?」
最後の文言を口にすると、ミーネアが焦りを見せた。
「ギルド長、その話はまだ……」
「別に伏せておく理由もないだろう。隠し続けて、話すべきタイミングを見誤れば、それこそ面倒だ。眠りから覚め、頭の内がスッキリしている今告げるのが先決だ。現状を踏まえて考えれば、今は一刻を争う時なのだからな」
「そ、そうですね……」
彼女の注意虚しく、ギルド長は己の意をあっさりと貫ぬく。流れるように過ぎ去る彼らの会話。事実、さっきの話を耳にしてなお、その半分も頭に叩き込めていない。
「その反応、何も知らねぇってツラだな」
そんな態度を露わにしていたせいか、見透かしたようにラシムが横から言葉を投げる。
「何の働きかけもなし自然と体の傷が回復していく。それは上級魔法ですら実現不可能な能力だ」
「ちょ、ちょっと待って!」
イチタの一声により、場に静寂が走る。
「えと、その……あれだけの事が起こって今更言うのも何なんですけど。俺、魔法とかそういうのはあんま詳しくはなくて……もちろん、こっちの世界ではそれが常識だってのは理解してます」
そう伝えると、皆驚いた表情を一瞬浮かべた。
「……ふむ」
リュドは隣にいるミーネアに視線を送る。ミーネアはそれを受け取り、俺に『魔法』の歴史について語ってくれた。
魔法……それは遥か昔、この世界に存在した大魔女がもたらしたもの。元々は世界の均衡を保つために使われた力とされていたが、いつしかそれが人々の手に渡り、あらゆる恩恵を受けられるようになった。
魔法が人に、あるいは世界にどういった影響を与えるかは使い手によって異なる。過去の記録に習い、各々自分に必要な魔法を修得するそうなのだが、俺に備わったものは過去に記述されたどのタイプの魔法にも当てはまらない、特異なものらしい。
それを聞けば、さっきの反応にも納得ができる。そんな大層な力を有してなお、当の本人にその自覚がなければ驚くのも無理はないか。本当、どこを切り取っても信じがたい話だ。神じゃあるまいし、一瞬で体を治すなんてそんな……。
立て続けに起こる非日常に頭が追いつかない。しかし、彼がそう断言する以上、自分の身に何かしら不可思議な力が宿っているのは事実なのだろう。でなければあれだけの致命傷を負いながら、今こうして彼らと会話することなんてできない。
「まぁ、魔法なんて昔は例の戦争の影響で世界的に存在そのものを伏せようとしていたくらいだ。知らねぇ奴がいてもおかしくはねぇ」
と、ラシムが軽くフォローする。
「ともかく、君の中に魔術とは違う不可思議な能力が秘められていることは事実だ。君の力、そして君自身のことをもっと深く知りたい。行く当てがないのなら、今後のためにも是非このアスターにて、我々に協力してほしい。無論、衣食住は保証する」
「協力……と言われましても、具体的にはどういった」
「それについては、こちらのほうでその都度伝える。とりあえず、時が来るまではここでゆっくりしていてくれ」
何の義理もなく助けてもらった上に、衣食住の提供。現在、自分が置かれている状況を考えれば、断る理由はどこにもなかった。
「とは言え、君はこのギルドのことに関しては何も分からないことだらけだろう。しばらくは、そこにいる彼女に案内してもらうといい」
「はい。え?」
「お任せください! ギルド長!」
「どわっ!?」
だ、誰だ……?
いつからそこにいたというのか。気配の一つもなく現れたのはモノトーン調のシンプルなメイド服を着た女性。覇気のある返事とともにその存在感を主張する。
「えーと」
「紹介しよう。このギルド本館の管理をしている、管理人のロロットだ。施設の案内を含め、当面は彼女が君の面倒を見てくれる」
「どもども、よろしくね~」
「ど、どうも……」
イチタは平たく挨拶を交わす。ギルド長の紹介を受けて、ロロットはニッコリと笑顔で俺を迎えてくれた。後ろでまとめたしなやかなポニーテールが微かに揺れる。
「へぇ~、君が噂の魔獣を退けったっていう」
ロロットは顎をさすりながら上から下まで嘗め回すようにまじまじと見つめてくる。
「では、後のことはよろしく頼んだ」
「了解いたしました!」
「それとイチタ君」
「はい?」
「後で少し話がある。昼食が済んだら、広場の噴水前で待っていてほしい」
「分かりました」
ギルド長室を出た後。イチタはロロットからギルドを案内してもらうことになった。
中央のエントランスから向かって前方に見える依頼受付所。隣には依頼内容をまとめるための編纂室。反対側には武具の調整を行うための場所があり、その先の通路を抜けると中庭へ続いている。中庭には的や木人など簡易的な修練所が設けられている。受付所のすぐ隣に続く通路の先は大浴場となっており、団員達の憩いの場だ。エントランスの両サイドには大きな階段があり二階へと続いている。二階には団員の宿部屋とギルド長室
これから長い付き合いになりそうな場所だ。説明を受けていく中、俺は内部のつくりをしっかりと頭に叩き込む。
施設を見た後、とりあえずの昼食。昼食というより、イチタにとっては実に一日ぶりの食事だ。ギルドを出ると、当面の資金として手渡されたお金を手に、中央広場から大通りにでてすぐの所にある団員達の集う酒場『竜炎亭』に向かう。
「ここか……」
大通りの中でも一際大きなこの建物。入口の前には木樽が無造作に積まれ、扉の上には二頭が向かい合った竜の絵が描かれている。そして、扉の向こうからはこれでもかといわんばかりにいい匂いが漂ってくる。場所はここで間違いない。
イチタは入口の前に立ち、目の前の扉をグイっと押す。中に入るや、この場所へ集う者の豪快な笑い声が聞こえてくる。中は大勢の客で賑わっていた。中央の大テーブルを囲み、声高らかに歌いながら酒を交わす者。その隣で楽しく談笑しながら料理を堪能する者。奥のカウンター席で一人酒を嗜む者。客層は十人十色。丁度昼時ということもあり、既に満席だ。
「うひゃ~、こりゃすげぇな……」
あまりの熱気に少々面喰ってしまったが、丁度タイミング良く左奥の席が空いているのを目にした。イチタはすかさず奥へと足を進め、その席に座った。
さっそく料理を注文しようとしたが、肝心のメニューが見当たらない。壁に書いてあるわけでもなく、しばらくして店員が持ってきてくることもない。
「ど、どうしよう……」
どうにもできぬまま、ただじっと席に座っていると、背後からやってきた人物がおもむろにイチタの向かいに座った。
「よっ、元気してる?」
「え?」
「わりぃ、ここ失礼するぜ。あっ、ねぇちゃん! オレ、ユウヤケ鳥のソテーとナナイロマスの香草焼き。それと、永遠ツルサラダ一つ、アンタも同じのでいいか?」
「え? ああ、うん」
現れたのは茶髪のソフトモヒカンが目立つ一人の青年。プレートアーマーに、腰にはやや短めの剣を携え、いかにも駆け出しの騎士見習いといった風貌だ。いきなりイチタの前に現れては、無神経に対面に座り、次々に料理を注文していく。
「えーっと……」
「心配すんなって、ここはオレが奢ってやるよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「おっと、言わなくても分かるぞ。アンタ、俺と同じ新米アスターだろ? 国を出た時は、本当になれるのか心配だったけど、無事に正式メンバーとして加入できてよかったぜ! まぁ、俺が小さい頃に憧れてた冒険者は今はもう存在してないようだが、これも所謂情勢は移り変わるってことなんだろうなぁ……」
「はぁ……」
なんだ……この人。急に目の前に現れたと思ったら急にペラペラと……。いや、別に悪い気はしないけどさ。
流れ弾のごとく飛んできた超新星を前に戸惑いつつも、イチタは冷静に目の前の少年と向き合う。
「なぁ、アンタはどうしてアスターに入団したんだ?」
「え? それは……なんというか、成り行きで……」
先程の熱弁を聞いた後で、この返しは少々冷めるかもしれない。 さっきの質問攻め集団に会った時も思ったけど、ここにいる人達は皆何らかの強い思いがあって入団を決めた人がほとんどみたいだし……。
しかし、それを聞いた直後。彼の口から出た感想は、イチタの予想とは違っていた。
「成り行き……か。いいな、それ!」
レナトは歯を見せて笑い、目を輝かせながら言った。
「いやいや、そっちの理由とは真逆に近いし、別に世界を変えたいとか大層な心意気もなくて……」
「でも、それってさ。逆に考えれば認められたってことだろ? 流れるままに加入なんて、誇っていいもんだと思うけどね。カタチはどうあれ、オレ達はアスターの団員だ」
そういう考え方もある……のか?
確かに、衣食住を保証してもらったり、こんなに活気のある人達に囲まれたりと昨日とは大違いだ。こればかりは、素直に喜んでいいのかもしれない。
「そういや、自己紹介がまだだったな、オレはレナト。アンタと同じで今期入団した新米アスター。今はまだ採取依頼ばかりだけど、いつかは本物のドラゴンだって狩って見せるさ。つーわけで、これからよろしくな、相棒」
「よろしく、俺はイチタだ」
「アンタがピンチの時は、いつだって駆けつけるぜ。だから安心して頼ってくれよな!」
レナト自身の胸を叩き、声高らかに宣言してみせた。実力のほどは分からないが、今のイチタにはその言葉だけでも、十分心強いものだった。
あれこれ話をしていると、料理が運ばれてきた。次々にテーブルに並べられていく見たこともない料理。香ばしい香りが湯気とともにぶわっと立ち上り、艶々と色鮮やかな素材の新鮮さに目を奪われる。
喉元まで出かかっていた空腹感が一気に覚醒し、イチタは手元のスプーンを手に取り、手前のサラダ、そしてサービスでついてきた日替わりのスープからいただく。
う、うまいっ!
一口目に口にしたスープ。具は入っていないもの、コーンクリームスープに負けない濃厚さとキレのあるスパイスの香り。緑一色のサラダはとても瑞々しく、ドレッシングなどなくともとても味わい深い。イチタはその後も次々と料理を貪り、あっという間に平らげてしまった。
「すごいな……どれも初めて食べたけど、ほんとにうまい」
「だろ? ここの酒場は、毎日その日採れた最高品質の食材を使ってるんだ。この酒場で飯を食うためだけに、わざわざ王都の外から来る奴もいるぜ」
「そうなのか……」
「あっ、やっべそろそろ行かねぇと! 今日はオレらの部隊で南西方面調査の作戦会議があるんだ。じゃあな相棒、もっといろいろ話したいことあるけど、それはまた今度だな。後でじっくり飲み交わそうぜ!」
「おう!」
レナトはイチタの肩をポンっと叩くと、意気揚々と扉を抜けて駆け出して行った。
レナト……か。結構いいやつだな。