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黄昏の精霊剣士  作者: えびみそまる
第一章『渇望の国』
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第2話 王国

 だだっ広い平原を行き、途中に見えた街道を真っすぐ進むと街並みがすぐそこまで近づいてきた。


 街の周りは五メートルほどの城壁に囲まれ、向かい合った龍が描かれた赤い垂れ幕がかけられている。

 

 途中すれ違う荷馬車や人々を横目に、正門に続く橋を渡って中へと入る。


 街には大小様々な建物が立ち並んでいる。同系色の屋根は形状も含め一貫性があって景観が良い。建物のほとんどは石造りがベースとなっているが、中にはログハウスのような完全に木造のものまである。


 そして、何より目立つのが最奥に見える城だ。この距離からでも十分でかく見える。気になる気持ちを抑え、今はまず近くのものからじっくりと見ていく。人通りはあるが、入口付近は閑散としていてなんだか味気ない。ただ、ワクワク感はあった。持ち前の好奇心も重なり、俺は街の全体を把握するため、奥に進みながらも細かい箇所を観察する。


 奥に進むに連れ、人通りも多くなってきた。話し声もあちこちから聞こえ、空気もざわついてくる。ある一角では街の民衆を相手に紫のローブを着た男が木箱の上に立ち、本を片手に何やら熱心に演説を行っている。


 建物の間にある細道を抜けると、やたらと人気の多い場所に出た。ここは街の中央広場のようだ。今までの雰囲気とは打って変わり、多くの人で賑わっている。広場はそのまま大通りへと通じていて、その先にはさっきの立派なお城がどっしりと構えているのが見える。ここから一本道で行けるようだ。


 広場の真ん中には大きな噴水があり、その横では大道芸人らしき男が火吹きやジャグリングなどの芸を披露している。ギャラリーもそこそこ多い。端っこでは露店や大きな荷物を背負った行商人の姿が目に入る。その場所ごとに違った賑わいを見せていて、まさにお祭り騒ぎだ。これだけ活気があれば、毎日でも飽きなさそうだ。だからここへ来るまで人が少なかったのかと思わせるくらい、場は活気に満ちている。

 

「すげぇ……」

 

 何から何まで、それは自分の暮らしていた世界とはまるで違っていた。

 

 どこから見て回ろうかまるで見当もつかないが、とにかく今は体を休める所を探したい。時間だけはたっぷりとあるんだ。地道にのんびりと行こう。広場を迂回してその奥にあるメインストリートと思わしき通りへと入る。

 

 大通りというだけあって道幅が広く、見通しはいいものの、如何せん人が多い。気を抜くとあっという間に迷子になってしまいそうだ。

 

 当然、ここにも多くの露店が立ち並んでおり、道の先までずっと続いている。四方から何かを焼く音と共に香ばしい香りが漂ってくる。

 

 そういや、朝から何も食ってねぇな……

 

 ちらちらと露店を物色しながら、空腹を満たせそうなものを探す。丁度目の前に、大きな肉串を焼いている店があった。ジュージューという音とともに肉汁を滴らせ、食欲をそそる香ばしい匂いが立ち込める。

 

 誘われるようにして、イチタは露店まで足を運んだ。

 

「いらっしゃい!」


 肉串を焼いている小太りの店主が景気良くあいさつをしてくれた。


「一本ください」

「あいよ。200シルドね」

「え?」


 聞き覚えのない貨幣単位に、改めて思い知る。そうだ、ここは自分の住んでいた日本ではないということを。


「えーっと、これでなんとかお願いできませんか?」


 そう言ってイチタはポケットから自販機のつり銭を取り出し、露店の店主に渡した。

 

「なんだいこれ? どこの通貨だ?」


 店主の表情が曇る。それでも構わず押し通した。


「め、珍しいでしょ? それでなんとか……」

「冗談じゃねぇよ。ひやかしなら帰ってくんな!」


 無一文だとバレた瞬間、イチタを見る店主の目はお客様から一転。営業妨害の迷惑野郎として映り込んでいた。その後、ダメ元ながらも他の露店に片っ端から当たってみる……が、結果はすべて同じ。どこも門前払いでまともに取り合ってもらえなかった。諦めて、イチタは大通りをさらに進んでいく。


「とりあえず、あの立派なお城に目指そう」


 食欲を刺激する食い物達を横目に、城へ向かって歩き出す。大通りを進むに連れ、道もまた少しずつ入り組み、人通りは段々と少なくなってくる。歩き進めていくと、坂を登った先にまた広場らしき場所。その隅で、何やら異様に盛り上がっている一角がある。


 民衆を掻き分けながら覗き込むと、そこにはガタイの良い男達が上半身裸で殴り合っていた。片方がいい拳を叩き込むたびに、ギャラリーから拍手が湧き起こる。見た感じ、ここは路上の拳闘試合といったところか。


 両者互角のパフォーマンスを見せ、向かって右側にいる男が強烈な左フックを顔面にクリーンヒットさせ、試合を終わらせた。男は興奮のあまり両腕を上げ、その場で張り裂けんばかりの声量で叫んだ。


「す、すげぇ……」


 一連の流れに見入っていると、後ろから肩をポンっと叩かれた。


「君、中々いい体してるね。良かったら参加してみてはどうだ?」


 声をかけてきたのはおそらくこのイベントの関係者らしき人物。自分の体つきを見て、参加条件を満たしていると踏んだのか、試合のお誘いを受けた。確かにここ最近は趣味で体を鍛えており、以前よりはフィジカルも大分増したけど。打ち合いで勝ちを得られるほどの技量など持ち合わせていない。


「あ、いや…俺は」

「なに。飛び入りでも全然問題ない。それに、優勝すれば賞金もでるぞ」

「賞金!?」


 それを聞いて、イチタは居ても立ってもいられなくなる。金さえ手に入れば、例の屋台で豪遊できる。無論負ければ、賞金も手に入らずただこちらが痛手を追うだけで終わるのみだが、今はそんなこと言ってられない。ここでやらずに去ったとしても、どの道腹は満たされない。


「や、やります!」

「よぉし。おーい皆、新しい挑戦者だ!」


 イチタは軽くストレッチしてからロープで囲った即席ステージに入る。イベント関係者の人に厚くバンテージを巻かれた後、しばらくして対戦相手がこの場にやってきた。さすがに階級制は設けているようで、『軽』、『中』、『重』の内、自分は『中』の枠にあてがわれる。イチタの相手は、自分と同じくらいの体格の選手。身長はやや高めだで体は筋肉が発達しているというよりは細身で引き締まった感じのスタイルだ。キャリアはまだ浅いと聞くが、その目には戦いに臨むファイターとしての覚悟がひしひしと溢れ出ている。


 だが、覚悟ならこちらも負けてはいない。なんせここで勝たなきゃ昼飯はおろか、何も食わずして一日を終える可能性だってある。


 ギャラリーも増す中、二人はお互いに拳を構える。そして、場のボルテージが最高潮に達した時、試合のゴングがなる。


 行くぞっ!


 イチタは前に出つつもジャブで牽制しながら、相手との距離を計る。この辺は日々の筋トレがてら、鏡の前で見様見真似に練習していたことが多少活きてくる。だが、それでも相手の方が格段に上手であり、フォームが雑な自分に比べて、やつは綺麗な半身の構えのまま的確にパンチを振ってくる。


「うっ……」


あまりのスピードに思わず声が漏れる。警戒していただけに直撃することはないものの、徐々に端へと追いやられる。


 それでもなんとか一発かましてやろうと相手の外を取りにいくも、その思いは実らない。相手は打撃の技術だけでなく、それに繋がるステップワークも見事な物だ。こちらが放ったパンチも、距離を取って軽々と外されてしまう。向こうのディフェンス力に難攻していると、対戦相手の動きに少しずつブーストがかかってくる。手数が増え、相手の怒涛のラッシュにこちらは防戦一方になる。


 コンパクトな一打に紛れて時折出してくる大ぶりなフック。狙うなら、ここしかない。イチタは相手の打ち終わりを見計らい、渾身の右ストレートを繰り出した。


ーーバコン。


 何が起こったというのか。次の瞬間、イチタは天を見上げていた。そのまま地面の上で仰向けになり、前試合の男同様ギャラリーに向け吠え滾る対戦相手の姿を見て、ようやく自分が負けたのだと知る。


 終わってみればあまりにもあっけないもので、これが現代格闘技でならば試合後のあれこれが待っているのだろうが、イチタは対戦相手とのハグもないまま、場を離れることに……。


 徐々に記憶が戻り、試合終了間際の出来事を思い出す。自分が右ストレート打ち込んだ直後、対戦相手は瞬時に頭を下げそのまま追撃のフックを放ったこと。


「……完敗だ」




 その後、イチタは行く当てもなくさらに進んだ先にある高台から街を見下ろしていた。


 本当、ここは一体どこなんだろうな……。


 これから、どうすればいいんだろう……。


 様々な感情が込み上げてくる。結局、答えという答えにはたどり着くことのないまま、目の前の景色を眺めていた。


 再び大通りに戻ったイチタは、建物の隅にしゃがみ込む。もう何もする気が起きない。今までの疲れがどっとこみ上げてくる。もう帰りたい。今はただ、ベッドに横たわりながらコーラがぶ飲みして何も考えずスマホいじっていたい。当たり前だったはずの日常が、今では遠く届かぬ夢ってか……。



 どれだけ頭を悩ませたところで、腹の虫はお構いなしに鳴る。いじけたってしゃあねぇか……。


 イチタは再び歩き出した。とりあえず、この街の全容を把握しよう。考えてみれば、今日寝泊りする場所だって確保していない。タダで泊めてくれるところがあればいいんだけど……そう都合よく見つかるとは思えないな。それでも、ひとまず探してみるか。


 イチタは大通りをさらに離れ、入り組んだ路地を抜けて街を散策した。ここまで来ると、人の気配はほとんどない。大通りの賑わいが嘘のように、道の先は随分閑散としている。



 歩き始めて小一時間。結構な道のりを歩いたけど、未だ宿らしきものは見当たらない。


 道を間違えたか。散策に夢中になっていて大分遠くまで来てしまった。一度引き返して人通りの多いところへ行こう。


「あれ?」


 来た道を戻って大通りに出ようとしたつもりだったけど、ここ……どこだ?


 行けども行けども見知らぬ建物ばかり。向こうかな?


「う~ん」


 まずい……非常にまずい。結局、大通りに戻るどころかさらに奥地まで来てしまった。ここまで来ると、辺りの景観は一変する。広場での景観が嘘のように、建物は簡素なものばかりとなり、道もほとんど舗装されていない。街というより、寂れた村のような印象だ。



そこからまた、さらに突き進む。日もだいぶ傾いてきた。。歩いていると、ちらほらと見受けられる人の姿。ある者は泥酔者のごとく壁にもたれ、またある者は地べたに寝そべったまま微動だにしない。横たわる連中を横目に早々とした足取りでその場を過ぎ去る。


 なんともまぁ辺鄙な場所に迷い込んでしまったようで、あの賑やかだった街並みの面影は一切ない。本当にここは街の中なのだろうか……。



 そんな陰鬱とした空気感に気圧されながらも散策を続ける。もう既に日も暮れて、辺りは一層薄暗くなってきた。


 にしてもなんだ? この異様な雰囲気は……。単に寂れた場所かと思ってたけど、よく見ると違う。


 俺は近くの建物に近づき念入りに観察する。割れた窓ガラス。外壁に刻み込まれた無数の傷跡。折れた柱。経年劣化によるものではない。何かこう……外部からとてつもない強い力が加わったかのような……。


 それだけじゃない。どうしてこうも人の気配がないんだ? 聞こえてくるの吹き抜ける冷たい風の音だけ……。まるで生命感を感じない。


ーーゾクッ。


「!?」


 な、なんだ? 今の?


 突如背筋に感じた悪寒、気温のせいじゃない。何か、良くないものが近づいてきている……そんな予感。


 わずかに感じたその悪寒は、背筋から体の内に入り込み、軽く心臓を撫でまわしては消えていった。


 気にし過ぎか……人がいればと期待したけど、これ以上長居はしたくない。早いとこ戻ろう。


 ……?


「……霧?」


 うっすらと周囲に立ち込めた霧は自分を包み込むようにして、辺りの視界を遮った。


 珍しくもない。普段なら、そう感じるかもしれない。だが、これは……この霧だけはそうじゃない。何かの前触れのような、何か恐ろしいものが近くに迫っていることを知らせるおうな、そんな予兆。


 早く帰りたい……が、前方に立ち塞がる霧がそれを許さない


「クソッ、出口はこっちか? さっさとここから出……」

「グルル」

「!?」


 確かに聞こえた唸り。気のせいじゃない。再び背筋に走った悪寒が、全身に訴える。


 それも、まさに俺の真後ろ。振り向けば目と鼻の距離。首筋に振れる吐息。血と獣の内臓を煮詰めたかような、吐き気を催すにおい。

 

 いや、まだ決まったわけじゃない。昨日今日で蓄積した疲れが引き起こした幻。悪夢の余韻のようなもの。今ここで腹を決め、背後を確認すれば振り切れる質の悪い幻。

 

 そんな淡い期待に身を託し、視線を後ろにやった。

 

 ……かっ。


 己の瞳に映り込んだものを知り、少しでもその可能性に寄り添ってしまったことを後悔した。

 

 発達した前足。刃さえ通せそうにない強靭な体。覇者の風格漂う逆立った黒々とした毛。天をも貫く程の二本角。獅子のようでいて、その筋骨みなぎる体つきはまるで闘牛そのもの。

 

ーーゴアアアアアアアアアッッッッッ


「ううっ」


 叫び一つで吹き荒れる突風。一瞬にして、霧が散り、全貌が明らかとなる。それはまさに『怪物』そのものであった。

 

 全長約五メートル。見上げるその体躯にのまれ、膝が思うように動かない。

 

「う……そ」


ーーブォン。


 声を出す間もなく、怪物が何かを振り下ろす。

 

「へ……?」


 それが怪物の爪だと理解した時には、既に自分の首を掻き切ろうかという瞬間だった。


ーーザシュッ。


「ぐっ……」


 左肩に今までに体感したことのない衝撃。そのまま勢いよく後方に吹き飛ばされた。何が起こったのかも分からぬまま、地面に伏す。


 全身が痛い。ゆっくりと目を開ける。背に見える廃屋。自分がさっきまでいた場所から大分距離がある。ここまで吹き飛ばされたのか?


「うっ」


 状況を一つずつ把握していく中、肩に走る激痛。反射的に腕で押さえる。


「血?」


 肩に触れた時感じた、ぬるっと温かい感触。べっとりと手に染みた真っ赤な液体。それが自分の鮮血であると理解するのは容易だった。


 呼吸が乱れる。その瞬間、自分の死を予見した。眼前の怪物は依然遠くからこちらを見つめる。この威圧感、森で遭遇した巨大蜘蛛の比じゃない。


「グォッ!」

「うわっ!」


 怪物は飛び上がると一気に距離を詰め爪を振り下ろす。肩の痛みが増す中、何とか体を転がしてその一撃を間一髪で躱した。


 早すぎる。今のは運よく避けれたけど、あんなの、二回も凌げる訳ねぇ……。


 しかし、異常に気を荒立てた怪物は容赦なくこちらに詰め寄る。その圧と凶悪さは本当に現実の生物かと疑った。


 怪物の爪が三度こちらに迫りくる。


 避けられないっ!


「うわあああああああああああああああ」

 

 咄嗟に腕を前に突き出した。その時だった。


ーードクンッ。


 体の内に帯びる熱。脈動。


 これは……。


 熱は腕を伝い指先へ収束する。直後、突き出した手のひらに青い光がまとう。まとった光は空気中を流動し球形となって、轟音と共に一直線に放たれる。


 一瞬にして、眩い閃光が周囲を照らした。


 眩しさのあまりイチタは目をぎゅっと瞑る。次に目を開いた時、目の前に怪物の姿はなく、見えるのは先程の衝撃で舞う土埃のみ。


「倒した……のか?」


 今の一撃で吹き飛んだか。できればそうであってくれと願ったが、内に込み上げる悪寒は消えていない。案の定、土埃の中から唸りに合わせて姿を現した。


「うっ……」


 怪物の目が赤く光る。あの時と同じだ……。殺意に満ちたその目は、しっかりと眼前に相対する自分へと向けられる。ただ、今の一撃が多少なりとも効果を成したのか、奴の挙動が少々鈍いようにも感じる。


 逃げるなら今しかない!


 俺は震えた足を立たせ、隙を見て立ち去ろうとした……が、その考えが早計であったことにすぐ気づく。


ーーゴオーーーーーーーーーーーーーン。


「なんだ……?」


 怪物は天を仰ぐと今までにない鳴き声を発する。狼の遠吠えにも似た、遠方にまで広がるタイプの唸りだ。

 

ーーピリッ。


 肌に触れるピリっとした空気。何か、嫌な予感が突き抜けていく。


 次の瞬間、視界がぐらつきはじめた。貧血を何十倍にも煮詰めたかのような感覚が一気に押し寄せる。あまりにも一瞬な出来事に体が追いつかず、地面に片膝をつく。

 

「なにが……起こっ……て」


 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。

 

 なんで、どうして……。もしかして、あいつが……奴が何かしたのか?

 

 焦りで考えがまとまらないどころか、立っていることさえ容易ではない。

 

「ぐはっ……」


 腹部に今までにない重い衝撃。耐えがたい激痛だけが全身を支配する。振動は内臓をこれでもかと反復し、かつてない痛みがとめどなくやってくる。感覚が貪られる。どうにも太刀打ちできないこの状況に、自分の中にある生への渇望がみるみる内にそがれていくのを実感した。


 ここで……死ぬ……のか。


 全部……終わる……。


「やれやれ、異常に殺気立つ魔力を感じて来てみれば、随分とめんどくさいことになっているじゃないか。ここも手遅れか」


 誰……だ?



「グオオオオッ」

「落ち着け。ここはお前の居場所じゃない。去れ」


 暗闇の中、イチタの前に現れた謎の人物。深々とシークレットな衣装に身を包み、夜の闇と濃い霧も相まって姿をはっきりとは確認できない。思わぬ乱入者の登場もお構いなしに怪物は口から不可視の衝撃波を放つ。


 謎の人物は右手に持った杖でトンっと地面を叩くと、その場所を中心に青白い六芒星を展開する。六芒星は一定の範囲まで広がると自身と倒れたイチタを囲う。飛んできた衝撃波は二人のすぐ近くまで差し掛かると、丁度六芒星の円のある手前で四散した。



冷静に怪物から放たれる圧をいなすと、謎の人物は杖を怪物に向ける。すると、杖の先から複数の白い火の玉がポワポワと出現し、怪物の周りを取り囲む。怪物は自分を取り囲む火の玉にオロオロしている。次の瞬間、取り囲んでいた炎が一斉に怪物へと集まり巨大な炎となってその巨体を包み込んだ。


「グゴアアアアアッ」


 怪物は何とか炎を振り払おうと体を大きく動かして暴れる。激しく振るった腕が空を薙ぐ。しばらく炎に炙られると、怪物の体表から黒い水のような何かが吹き出し全身を包む。すると、瞬く間に怪物の体はその水にのまれていき、その水ごと空気中の霧に紛れて消えていった。


 かろうじて残された意識をふり絞り、その一部始終を目の当たりにするイチタ。だが、そうやって熱を投じてなお、イチタは何も理解できずにいた。


「ふむ、逃げられちゃいましたか……おや?」

「もう、わけわかんねぇ……って」


 目の前に起きていることの不明瞭さ、体の痛み。全てがごちゃ混ぜになってイチタの身体にのしかかった。


 その圧に耐え切ることも叶わないまま、イチタの意識は瞬く間に闇に落ちた。

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