髭黒の大将・元北の方
髭黒の大将とその北の方はお互い親の言いつけで一緒になった仲でしたが、睦まじく暮らしていました。二人の間には女の一人と男の子二人が生まれました。
しかし、どういうわけか北の方は時々、支離滅裂なことを口走ったり、奇異な行動をとるようになりました。ときには、暴れたりすることもありました。今で言う統合失調症だったのかもしれません。それでも、髭黒の大将は誠実で優しい人柄でしたので、北の方を見捨てることもなく世話を焼いていました。そんな髭黒の大将でしたが、源氏が後見している若く美しい玉鬘に恋をしてしまいました。髭黒の大将は家に玉鬘を迎えるため、家を増築し始めました。北の方のそば仕えの者たちは髭黒の大将の心無い行動にまゆをひそめたものの、何も言うことはできませんでした。貴族の男が何人もの妻を持つのは当たり前との時代でした。また、北の方は夫の心が離れていくのを知りながら、耐えるしかありませんでした。また、自分の病も負い目になっていました。
ある雪の夜でした。
髭黒の大将は玉鬘の元ににいきたくてうずうずしているのがわかりました。たまらず、北の方は火鉢の灰を夫に投げつけたのです。
「灰かぶりの・・・オホホホ・・・アハハハ」
髭黒の大将は病のせいとはいえ、あんまりだと思いました。それでも、雪の中、出かけてゆきました。
ああ、夫は出かけてしまったのか。灰を髭黒の大将に投げつけたのは、髭黒北に方にとっては賭けでした。そのような暴挙をしても、夫が傍にいてくれたなら、自分も夫を信じて、添い遂げられると。ですが、夫の心はもう自分にはないと悟った北の方はもうあの人を自分から解放してあげようと思うのでした。
北の方は子どもたちを連れて、実家に帰りました。北の方の父は先の帝の親王の兵部宮でした。源氏の愛妻である紫の上の父でもありました。
父母は北の方を暖かく迎え入れてくれました。
髭黒の大将がが尋ねてきましたが、会いませんでした。会えば心が鈍ると思ったからでした。ただ、男の子は夫の手元においても、姫は自分の手元においておかねばならないと思うと父が大好きな娘には辛いことだろうと心を痛めるのでした。
北の方はは娘である真木柱に言いました。
「あなたもお母様の病は知っているでしょう。私はもう、お父様を私から解放して差し上げたいの。それに新しい方がいらして、私がいたらその方にも申し訳ない。美しく心映えも優れた方と聞いています。これからは私に変わって、お父様を幸せにしてくださるでしょう。聞きわけてちょうだい」
「お母様は、本当にそれでいいの。お母様の本当の心も知らず、お父様は」
しばらくして、髭黒の大将には新しく迎えた北の方・玉鬘に子もできて幸せに暮らしているときいた元髭黒の大将の元・北の方は思いました。
「これで、良かったんだ、、、これで・・」
しかし、涙が流れ、とまりませんでした。
悲しみの涙なのか、うれし涙なのか、それとも恨みの涙なのか、元・北の方にもわかりませんでした。