右大臣四の君 頭の中将北の方
頭の中将の北の方は右大臣の四の君でした。美しく才もある女性でしたが、頭中将は気にそまないのか、めったに、彼女の元を訪れる事はありませんでした。政略で結ばれた仲というのもあったのかもしれません。
婿頭中将は洗練された貴公子でしたが、あちこちに女を作り、悪所通いまでするような男でした。それでも、四の君は夫を健気に待ち続けました。
しかし、夫にある町の身分の低い女との間に姫が生まれたと聞いたとき、四の君の中で何かが壊れました。四の君の魂は抜け出して、その町の女のもとへ向かったのです。
町のある家では夕顔が咲いていました。夫と女、赤子が楽しそうにしています。やがて、夫が去ったあと、女は一人になりました。夫はその女を常夏の女と呼んでいました。
「あなたは・・どなた・・」
気づかれてしまった。なぜ、私はこのようなところにいるのだろうかと四の君は訝しみました。女に会うことがあれば、できる限りの罵声を浴びせてやろうと思っていたのに、たった一言、言うのが精一杯でした。
「私は、今、帰っていった男の妻です」
そして一筋の涙が流れました。
気がつくと、四の君は元の身体に戻っていました。
あさましい・・私はなんてあさましい真似を・・
夫の女を見た。自分とは正反対の儚げで今にも消え入りそうな・・・だから、夫は惹かれたのであろうか。あの家に咲いていた夕顔のような・・妖精のような・・
愛されていないことはわかっている。所詮、政略で結ばれただけの妻ですもの。もう・・夫を追うのはやめよう。いつか、とりかえしのつかないことになりそうな気がする。四の君は思うのでした。
それでも、二人の間には一人の姫と二人の男の子が生まれました。四の君は子どもの養育に専念しました。そのかいがあってか、長女は時の帝に女御として入内して、深い寵愛を得ました。二人の男の子も夫の血筋か洗練された貴公子となりました。ことに長男の柏木は皇女様を妻に迎え輝かしい未来が待ち受けているはずでした。それなのに、その柏木が病に倒れてしまったのです。
母の手で看病したいという四の君の希望を夫は受け入れてくれました。
しかし、女や夫の看病も虚しく、柏木は若くして亡くなってしまいました。
葬儀、その他は、次男の紅梅がとりしきってくれました。紅梅と娘の弘徽殿女御が健康でいてくれることだけが僅かな慰めでした。
ある月のきれいな夜でした。月を愛でるでもなく、ただ、ぼんやりと四の君は佇んでました。女の背中に袿を着せたのは夫でした。
「風邪をひくぞ」
「あなた・・」
そこには。年をとった夫の顔がありました。ああ、この人も年をとった。あんなにも陽気で若々しい方だったのに。
「私はよい妻ではありませんでしたわね。せめて、よい母になろうとしたけど、、あの子を死なせてしまいました」
「違う。あの子のことは残念だったが、お前がいてくれたから、私は自由に生きてこれた」
「あなたが・・そのようなことをいうなんて・・」
「人は死んだら月の住人になるといいますね」
「ああ・・」
「月がきれいですね」