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老いては入れて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーん、むにゃむにゃ……どうも早起きは慣れないな。

 お出かけの関係とはいえ、夜が明ける前から活動するように、できてないんだよねえ、僕の身体は。

 うちのおじいちゃんだと、夕飯食べたらほどなく眠って、起きる時には2時や3時。

「ホントかよ?」と疑うことは子供のときからだったけど、最近に聞く話だと、加齢とともに睡眠時間が減っていくのは、自然なことらしい。

 10歳までの子供は8〜10時間ほど眠るのがよしとされるのに対し、還暦を迎えると睡眠時間は6時間ほどが適している状態になるのだと。


 なぜか、という説の中で僕がよく聞くのは、寝ている間のカロリー消費に疲れてしまうためだとか。

 人はぐっすり睡眠をとると、その間の身体の修復作業その他をここぞとばかりに開始。一晩でおよそ300キロカロリーほど使うのだという。

 これは1時間ほど、せっせとウォーキングするくらい。生活スタイルによっては起きているときよりも、消費が大きい人もいるんじゃないだろうか。寝ないでいると太りやすい、というのも道理だね。

 そのぶん、体力の落ちるお年寄りにはしんどい。修復作業を続けられるエネルギーを持てないから、いっそ起きてしまったほうが疲れない……と身体が判断してしまうのだ、と。

 でもひょっとしたら、この早起き。身体としては、下り坂の体力をカバーする他の側面があるかもしれない。

 そのおじいちゃんの話なんだけど、聞いてみないか?



 僕は、いちど寝入ると、外から干渉されない限りは朝まで起きない。

 地震の揺れか、誰かに強く声をかけられたり、肩を叩かれたりしない限りはぐっすり眠れるはずなんだけど、もうひとつ起こされるのが、おじいちゃんの気配だ。

 僕の寝る二階は、ちょうどおじいちゃんの寝る部屋の真上に位置する。おじいちゃんの部屋でそれなりの音が立てば、ダイレクトに僕も感じた。

 着替えとか、部屋をうろつく程度の振動であれば、おそらく余裕でスルーしていると思ったのだけど。


 その時は、うなり声のようなものを、布団越しに感じて目を覚ました。

 時刻はまだ4時前で、僕がいつも起きるより2時間以上は早い。

 ちょっぴり気になったけれど、「のび」をするときにたいていの人が漏らす声と、似たようなものの気も、しなくはなかった。

 目を閉じ、再度眠気を呼び込もうとする僕だったけれど、それをまたうなり声に邪魔をされる。

 

 確かに、おじいちゃんのもの……のような感じはした。

 けれども、それがいまはやたら不愉快じみた色が表面ににじんでいて、怒っているんじゃないかと心配したくなるほどだ。

 相手の機嫌が悪そうとくれば、いまの僕ならばスルー案件。

 心配しながらも聞き流し、また目を閉じて眠気招来の儀式を始めているところだっただろうけど、当時の僕はまだまだ純粋。

「ひょっとしたら、おじいちゃんは病気じゃないだろうか」と、そちらのほうがどんどん気にかかってくる。


 脳が働き出すと、眠気が脇へどんどんどけられていった。

 突き動かされるまま、パジャマの上から上着を羽織り、まだ寝ている人の邪魔にならないよう、こっそりこっそり。階段を降りていったんだ。

 その半ばで、3回目のうなり声を聞く。

 近づいているから、先の2回よりも音ははっきりしていた。いよいよおじいちゃんの声は獣じみた臭いを帯び、尋常ならざる気配さえ漂っている気がしたよ。


 およそ「く」の字に曲がる階段の降り際。その右手がすぐおじいちゃんの部屋の戸になっている。

 正面は玄関だ。すでに陽がのぼるだろう時間帯ということもあって、すりガラスの向こうはうっすらと青みを帯びている。

 わざわざ明かりをつけなくても、玄関に並ぶ靴たちの輪郭をとらえるのに、十分なくらいだ。その先のあがりかまちの隅に寄せられたスリッパたちもかすかに映し出すのをしり目に、僕はおじいちゃんの部屋の戸をノックしようとして。


 戸の上部におさまったガラス。

 それがにわかにだいだい色の光を帯びるのが分かって、はたと手を止めた。

 部屋の内側から漏れてきている。

 ろうそくに灯した火とかか? と最初は思ったけれど、その割にしては点灯が急すぎるし、明かりそのものに揺らぎが見られない。

 これまで僕が見てきた、ガラスに映る火のあかりは、その明暗の度合いを落ち着かせずに、強まったり弱まったり。どこか落ち着きのないものなんだ。


 それがガラス一面、一定量。

 部屋の中の明かりをつけたのか? と考え直したのもつかの間。ほどなくうっすらうっすら、色が薄まりを始めて、元の暗い空間へと消えていく。

 やはり火なのか? 寿命がなくなりかけの明かりなのか? もっと別なものか?

 判断しかねる動向に、いよいよ僕は我慢ならずにおじいちゃんの部屋を軽くノック。返事も待たずに、その中へ入ったんだ。


 光源は、おじいちゃん本人だった。

 タンクトップ一枚のおじいちゃんは、その上半身がほのかな光に包まれていたんだ。あのガラス越しに漏れ出すのとそっくりな色合いの。

 体操するときのごとく、万歳しながら身体の光をおさめていくおじいちゃん。その色合いはちょうど十分にのぼった太陽の光を思わせるな……とようやく、僕は思い当たったよ。

 おじいちゃんは目を閉じ、光が消えてもなお身体をゆったり伸ばしている。

 そして、四度目のうなり。耳慣れたつもりでも、間近で聞くとつい身体をこわばらせてしまった。

 長い声出しとともに、おじいちゃんが目を開けてこちらを見てきたときには、もう光も完全におさまっていたんだよ。


 僕が事情を尋ねると、「陽の力を取り込んでいた」とおじいちゃんは話す。

 いわく、加齢とともに早起きをする傾向が見られるようになる人間は、上り出す朝日の力を取り入れて、下り坂の体力をカバーしようとする本能があるのだという。

 いつの間にか、取り入れる面が不全を起こしたか、ただ目覚めるのみに終始する者が増えたが、じいちゃんは幸いにも心得があるほうの人だったらしい。

 これができる間は、少なくとも体調不良で死ぬことはないだろう、と。


 その証拠に、とおじいちゃんは僕を連れ立って家の外へ。ちょうど顔を出す朝日を、正面から見られる位置へ立った。

 上り出し、世界をあざやかに映し出していく陽の光。本来ならば、円を成すだろうその太陽のてっぺんは、雲がかかって隠れてしまったかのように、真っ平らに削り取られている。


「案ずるな。人が取り入れたとて、陽の光はそれがとうてい及ばぬほど力あるもの。すぐに戻る」


 おじいちゃんの言葉通り、不完全な姿を太陽が見せたのは、ほんの数秒だけ。

 気づいた時には、完全なる円に戻って光を放ちだしたっけ。


 言葉の通り、おじいちゃんはそれから数年間。病気のびの字も見せなかったけれど、外出したときのふとした拍子で骨折。そこから寝たきりになってしまって、ほどなくお別れをすることになってしまった。

 寝たきりになってから、おじいちゃんはあの光を放つことはなく、また太陽も異様に欠けた姿を見せることもなかったんだよ。


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