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【完結済】この終末は成り行きで(C1)  作者: 高山 理図
Chapter 1 終末は延期の方向で
7/29

7話 【休憩】一緒にお風呂

 港町から戻った二人は遅い夕食を終え、リビングで寛いでいた。

 というよりアウロラはお気に入りのパンのどか食いのあと、血糖値が上がりすぎてダウンしていた。

 先程まで死にかけていた彼女の食欲に、邪神が呆れているのは言うまでもない。


「その若さで血糖値スパイクを起こすな、な? 食べるにも限度というものがあっただろう。暴食は命を縮めることになるんだぞ」


 アウロラは邪神の説教もどこ吹く風だ。


「邪神さん、私はもう限界なので私をお風呂に入れてください。全自動でお願いします」

「全手動になるがいいのか」

「ついでに邪神さんも一緒にお風呂入りましょう」


 アウロラは邪神の膝のうえに顎を乗せてあざとくおねだりする。


「断る」

「最後にお風呂入ったのいつですか? まずは服を脱ぎましょう!」


 アウロラは手をわきわきしている。

 その妙な動きで何をされるのかと邪神も多少怯む。


「あんたが来る前日だが」

「これからずっと入らないつもりですか? 臭くなりますよ? やだなー臭い邪神さんなんて」

「それで人間に嫌われるものなら喜んで生ゴミでもかぶっておくが」

「わーまたそんなこと仰る。汗臭いのはよくてもそういうねっとり系の腐敗臭は嫌です」


 そうは言うが、邪神は神なのでありとあらゆる穢れを浄化する。

 常にパッシブに浄化神術がかかっているので、たとえ千年身を清めなかったとしても臭くはならない。


「分かりました、では別々でいいのであなたが先にお風呂に入ってください。私は少しお腹の調子が落ち着いてからにします」

「……まあそれが賢明だ」


 潮風や返り血を浴びてしまったので今日は入るかと、邪神は厳重に浴室の戸締まりをする。

 邪神がシャワーを浴びていると、背後のドアが勢いよく全開した。

 振り向けばバスタオル一枚を身に着けたアウロラがドーンと立っている。

 鍵をかけておいたはずなのに、どうやって入ってきたのだろう。


「鍵を破壊したのか?」

「まさか。解錠の法術を使いましたが?」


 アウロラはしてやったりという顔をしていた。


「何で他はできないのにそんなことだけできる」

「あいにく聖女なもので。今日は助けてくださったお礼に洗って差し上げたいと思いまして」

「礼にならないんだよな……」


 全く躊躇なく浴室に入ってきたので、仕方なく邪神は洗われることにした。

 アウロラは精一杯サービスをしているつもりのようだが、邪神はげんなりする。


「洗い方が雑すぎる……猫でももう少しましに入浴するだろう」

「あの水嫌いの猫以下って」


 せっかく邪神をねぎらうつもりが、逆効果になっていた。

 アウロラは体の洗い方からしてなっていなかった。


『写し身を転換せよ』


 邪神はその場で神術を使い、成人男性の姿からアウロラと同年代の美少女の姿になった。

 成神男性の姿でアウロラを洗うのは気が咎めたのかもしれない。

 彼女は長いさらさらの金髪を腰まで伸ばし、透き通るような黄金の瞳をしている。


「え、邪神さんが女の子に!? 邪神ちゃん? え、まって尊……! 鼻血が出てしまいます」


 邪神が同性になれば興が削げるというものではなく、これはこれで余計にドキドキするアウロラである。

 彼女は重度の神様オタクで、公式の供給の少なさから、別に男神でも女神でも子供でも動物でも、もう何でもよかった。

 とにかく彼女は神様的な存在に飢えていたし、何なら邪神でもよかった。

 しかも聖女特有の感受性の高さで、今の邪神の姿は何倍も美化されている。

 絶世の美少女と浴室に二人で舞い上がってしまっている。


「いちいちうるさい。体はこうやって洗うのだ、頭と体に叩き込んでおけ」


 アウロラを風呂の椅子に座らせ、邪神は入浴の指導をはじめる。

 アウロラにいくら親がなかったといっても、生活の基本ぐらい孤児院で習ったはずだ。

 習っても忘れたのだろうということは想像に難くない。


「ここもきちんと洗え。ゴシゴシ擦るな。撫で洗いが基本だ」

「ほわ~!? ぴゃー!?」

「どこから声が出ている。関節の裏には垢がたまりやすい、洗い忘れるなよ。脇の下や足の裏もだ」

「はあ……はあ、もうどうにでもしてください。尊くて死にます」


 アウロラはもう尊みが限界だった。

 しかも邪神が肌に触れられるたびに神力を与えられるので、法術回路の感度が高まり、ぞくぞくと体が敏感に反応してしまうのだ。


「本当に血圧が上がりきってしまったな……そんなことで死ぬな」

「私が洗って差し上げるつもりが、また邪神ちゃんに洗っていただきました。今日こそは尊死の日になるかもしれません」


 よい香りのするハーブの入浴剤を入れて、互いにほかほかになるまで湯船に浸かる。


「邪神ちゃんさん」

「ちゃんさんはやめろ」


 アウロラがくっついてこようとするのを邪神は押しのけるのに忙しい。


「今日は本当にありがとうございました。邪神ちゃんさん、強くて器用で何でもできて凄いです」

「褒められる筋合いはない」


 世界の管理保守のための万能神としての技能であり、できなければ管理者として失格だ。


「私の法力が自分の体に反射してしまうの、あれさえなければって思うんです。あれさえなければもっと多くの人を助けられるのに」

「聖女としての致命的な欠陥だ。聖女なんてやるなということだ」

「それ、治してもらうことはできませんか」


 アウロラは湯船の中でぐいっと邪神に顔を寄せる。

 アウロラの長い銀の睫毛が、邪神の顔に触れるほどに近い。

 どうやら今度ばかりは切実な様子だ。


「……背を見せてみろ」

「はい」


 アウロラは邪神に背を向ける。

 邪神は設計者のような眼差しでアウロラの法術回路を読み解く。


「私、人並外れた法力があるんですがどうなってるんですか? なんか神様から祝福されてるとか?」

「……幻滅させるようだが、ぶっ壊れてるだけなんだよな。法術回路が短絡しているんだ。だから出力が大きくなる。短絡を治すにはここと、ここの回路を繋げればいい」

「ひゃん」


 邪神はアウロラの背をじっくり見ると、骨に沿って指先でつうーっとなぞる。

 アウロラは法術回路に神力を流し込まれ、肌に鳥肌がたつ。


「治してはやれるが、敢えて治さない。敢えてだぞ」

 

 できないのではないと邪神は妙に強調する。


「ええっ。治療がどんなに痛くても耐えます。嫌がらせですか?」

「そうではない。法術回路は神経と密接に連絡している。強制的に回路を作ってしまえばあんたの人格がどうなるかわからない。最悪記憶すら失って別人になってしまう。いいのか?」

「うう……悩みます」


 並大抵のことは許容できるアウロラでも、それはだめな気がする。


「そうまでして聖女に固執することでもないだろう」


 治せるが治さない。

 邪神がそう告げたのは、アウロラにとって少し嬉しかった。

 アウロラという人格を尊重されているように感じられたからだ。


「でも、聖女としてもっと強くなれるなら」

「無理をするな。人間はか弱く脆く、何かの拍子にすぐ死ぬ。完璧であろうとする意味がない。あんたはもう少し、自分を大切にするべきだ」


 邪神は彼女をいたわるように背中を撫でる。

 ゆっくりと優しく撫でられていると、身も心も癒やされるように錯覚する。


「ふふ、やっぱり邪神ちゃんさんは優しいですね」

「ちゃんさんはやめろ」

「では、これも私だと思ってこの欠陥を背負っていくしかないですね。それが神様の思し召しってことです」

「俺は思し召してない。もう無理に背負うな。命に関わる。その荷を降ろせ」


 最終的には法力を奪って一般人に戻してやろうと考えている邪神は、同意しない。

 しかしアウロラは何も聞いていなかった。


「あのー折角そのお姿なので女神様らしい言葉遣いでお願いします。一人称はわたくしとかで。私のこともあんた呼びはやめて、さん付けで呼んでください。あと敬語もお願いします。声のトーンとかもふわっとした感じで。髪をかきあげて私に微笑んだりしてください」

「注文が多すぎる」


 アウロラの「私の考えた最高の女神様」設定は細かすぎた。


「付き合わんからな」

「私、お風呂嫌いだったんですけど、邪神ちゃんさんと一緒なら毎日お風呂楽しみです」

「明日からは一人で入ってくれないか。もう十二歳だろう」

「私、一回では覚えられないタイプなんです。背中が上手く洗えないかも? シャンプーうまく流せないかも? まあ大変。というわけで明日も入浴研修、お願いします! できれば女の子の姿がいいです」


 アウロラに関しては、もう今までどうやって生きてきたのかという体たらくだ。


「……また自立までの日が遠のいたな……ここは保育園なのか?」

「そう簡単に自立なんてしませんよ? こちとらできる限りあなたの側にいたいですからね」


 アウロラは堂々と恐ろしいことを言った。

 牛歩戦術で終末を回避するという作戦を立てているというのなら大したものだ、と邪神は勘ぐる。


(まあ、そう急ぐことでもなし)


 彼はまだ終末の予定を決めていないのだ。

 彼にとっては百年や千年の時間の流れは、数日と大差なかった。


「ここも二人で入るには狭いな。外に広い露天風呂でも作るか」

「わっ、大賛成です!」


 脱衣場で体を拭きあい、保湿用のボディクリームを塗り合う。

 そしてアウロラは湯上がりにはツヤツヤに髪を乾かしてもらい、丁寧に歯磨きをしてもらい、「ここまで面倒を見なければならないのか?」と邪神に呆れられる。


「邪神ちゃんさん、人狼やりましょう」

「二人でやるのか? ん? 二人で人狼を? まだチェスのほうがよくないか?」


 アウロラは自信満々に大きく頷く。


「チェス難しいから嫌いです。人数が足りないですが二人で三役ずつやればばれません」

「それは二人でやってるのと同じなんだがな……まあいい、やるか」


 邪神が世界一不毛ともいえる二人人狼に付き合っているうちに、アウロラはすやすやと満足そうに眠りについていた。

 彼はアウロラを抱きかかえてベッドに寝かせ、いつものように徹夜でハンドメイドや書き物をし、時々布団をかけながら朝を待つ。

 邪神もアウロラに巻き込まれてすっかり生活スタイルが変わり、日々の業務日誌に書く内容が爆増していた。

 子供の相手は予想以上に手がかかる。

 それでもさして不快には感じないことに、少しは驚きを覚える。


 彼にとって人間とは、自身の創作物でしかなかった。

 人間の相手をすることは、一人で人形遊びをしているのとさほど変わりない。

 以前はそんな認識で、創造物として大切にはしていたが特に関わりたいとは感じなかった。

 しかしアウロラが転がり込んできてからというもの、驚かされることばかりだ。


「ああ……今日も酷い歯軋りだな。歯がなくなる前に歯科に行かせないと」


 気づけばすぐにアウロラのことを考えていた。

 どうしても放っておけないのだ。

 彼女の目論見通り更生されてやるつもりはないが、先延ばしにしていた終末の執行に何かしらの影響はあるかもしれない。



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