25話 【後手4】私がアクセサリー雑貨を?
アウロラとイリアは一泊二日の弾丸キャンプを終え、翌日は筋肉痛に苛まれて一日のんびりと休養日とした。
そして翌日、後手4ターン目。
邪神のターンだ。
キャンプ中は変装をせず過ごしていた邪神も二日ぶりに変装をして、また黒革のロングコートを着たゾンビのようなグロテスクな装いになっている。
人間に嫌われたいがためにそうしているのに、彼が見える人間は誰も怯えていないという矛盾を抱えた変装に意味があるのかとも思うが、彼のアイデンティティなのでもう二人共放っておく。
「筋肉痛はどうだ」
「ふくらはぎがまだパンパンです。膝も痛いですし」
まだ若いはずなのにそんなことで今後どうするんだ、と邪神は思うがここ最近のアウロラはたしかに運動不足だった。
邪神としても、人間の筋肉構造をそれほど脆弱に設計した覚えはなかった。
「今後はほどよく運動が必要だな。今日はどうする」
「今日のお仕事体験では、お部屋でアクセサリーやインテリア雑貨、バッグ、服なんかを作りたいです!」
アウロラはやたら具体的な希望を述べる。
「待て、多すぎる。一日で終わる量じゃない」
お仕事体験というよりは職業訓練になってしまう。
「どうした。雑貨屋でも営むのか? 急に方向性が定まってきたな。どれかにしろ」
「雑貨屋さんですかね。では、ハンドメイドアクセサリーにします」
「いいだろう。やりたいことが見つかったのだな」
キャンプを通してアウロラの中で何か変わったのだろうか。
聖女を辞したあとの自立への第一歩を踏み出したということになるのだろう。
邪神も散々、やらなくてもいい接待をした甲斐があるというものだ。
「雑貨屋で売っていそうなアクセサリーということだな。例によって色々あるが、アクセサリーといって、どんな物を作りたいんだ」
「ピアスに、リング、ネックレス、ブレスレットとかですかね? 雑貨屋なのであまり高額にならないものです」
「ジュエリーではないということだな?」
「ジュエリーはお金がなくて仕入れられないと思うんです」
「まあ防犯の面でも高額商品の取り扱いはお勧めはしない」
希望のミスマッチを防ぐため、邪神はアウロラからのヒアリングを欠かさない。
何でも教えられはするが、求められていない技能まで念入りに教えることはないのだ。
邪神はファッション雑誌を出し、彼女らの求めるテイストを見極める。
アウロラはあっちもこっちもとふせんをつけている。
気になったもの全てにチェックを入れるタイプだ。
「アウロラ。それではまとまりがないぞ……テイストを合わせろ。同じ店で買ったのにトータルコーディネートができんのは論外だ。アクセサリーは品質の前に、デザインとセンスが全てだ。ごちゃごちゃにするな。価値が下がる」
「あれもこれも捨てがたいのですが、こんな感じでしょうか」
邪神にはアウロラの求める系統が段々とわかってきた。
旧世界でいうところのフレンチガーリーだ。
邪神は少し「うっ」となるが表情には出ない。
「なるほど……俺のやや苦手な系統だ」
可愛い系には抵抗のある邪神だが、教えられないわけではない。
邪神は文句も言わず準備にかかる。
「ではまず、アクセサリーキットと工具を揃える」
邪神は倉庫に向かい、整然と積み上げられた工具箱の中から一段取って、道具を並べてゆく。
ビーズ、チャーム、パール、台座、ワイヤ、チェーン。
足りないものはファッション雑誌を参考に作り出し、数を揃える。
加工用に丸ペンチ、平ペンチ、ニッパー、はさみ。
作業台の上にずらりと広がる。
「何で邪神さん、アクセサリーを作る工具なんて持ってるんですか?」
「たまに作るからだ」
「何のために?」
「長く生きていれば頼まれて作ることも、不本意ながら作らなければならないこともある」
「もはや単なる多趣味の人じゃないですか」
女装をしていたのか、プレゼント用に作ったのか、ハンドメイド作品を売っていたのか……邪神の生態も趣味も、何から何まで謎だった。
「基本はパーツを金具で繋げて作ればいいんだ。シンプルなものから初めて、徐々に複雑なものに挑戦するといい」
「パーツってどこで買えばいいんですか?」
「パーツは自作もできるが市場や卸で買うのが一番早い。ただ、仕入れが高くなるという問題もある」
「どうしても作れない難しいパーツだけ買って、あとは自作するのがいいですね」
「そんなところだな。節約したければ自然物や天然石を磨いてパーツにしたり、小枝、布、ドライフラワーを使ってもいいんだぞ」
UVレジンなどを使えればもっと表現の幅が広がるのだが、あいにくこの世界にはそのようなものはない。
アウロラたちが自作できない材料を含むレシピを教えても、それは何の意味もなかった。
「まずはブレスレット作りたいです。ビーズで作っていきますね」
「待て、いきなり作るな。下絵を描くといい。適当に作ると同じものが再現できないぞ」
デザイン画を描いてレシピを作り、何が何個必要なのか、サイズはどのくらいになるのかを見定めてから作り始める。
アウロラの下絵は何の参考にもならなかったので、邪神がデザインを描きなおす。
イリアはイリアで、可愛い花のデザインのメタルブレスレットをスケッチした。
邪神の指導のもと針金を曲げて先端にフックを作り、フックを粘着テープでテーブルに固定する。
そこへビーズをテーブルに置くようにして通してゆく。
「端を固定したほうがビーズを通しやすいですね」
昼を挟んで休憩しながら、アウロラとイリアの二人でブレスレット、ピアス、ネックレスなどのいくつか作品ができあがった。
色やデザインをある程度統一したことで、オリジナルブランド感が出ている。
「初めてにしてはなかなかですよね?」
「いい感じですね!」
二人は出来栄えに満足している。
「で、これらに値をつけてみろ」
「ええ……今は売らないですよ。まだ初心者ですし。もっと満足のいくものが出来てからにします」
「仮に売るとして」
邪神はアウロラとイリアに値段をつけさせる。
「このくらいでしょうか」
「アウロラは原価の1.2倍、イリアは1.5倍だな。二人共大赤字だ」
「で、でも材料費は回収できてますし。少しでも安くして買ってもらいたいですし」
初心者なので、少し弱気の価格設定になってしまっている。
プロの作品と比べて、見劣りするだろうという自信のなさもあった。
「気持ちは分からないでもないがな。何のために物を売るんだ? 趣味か?」
「売り上げで生活するためです」
アウロラが答える。
「そう、慈善事業ではない。原価は材料費だけではないんだ。原価率は3割程度にしておけばいい」
「7割利益にするってことですか? そんなにふっかけていいんですか?」
「そんなに利益にはならない。書き出してみるぞ」
イリアの疑問に、邪神は費目を書き上げて答える。
材料費。
材料を買うのにかかった交通費。
道具代。
試作費。
ラッピング代。
自分の人件費。
家賃、光熱費。
「わーお。かかっていますね」
アウロラは渋い顔をしている。
「俺が全部用意してやったが、本来は初期投資を含めて持ち出しだ。これらを引いた、残りが利益だ。更に利益はほとんど、店舗の運転資金に使わなければならない。次の作品の仕入れや買い出しに使う」
「結構持ち出しが多かったんですね。気付きませんでした」
イリアがメモを取りながら反省する。
例えば借金なしで雑貨屋を開いたところで、あっという間に赤字に転落してしまうだろう。
「そうだぞ。帳簿をつけて費用を計上しておけ。ただ、あまりに商品に価格を転嫁し値付けが高すぎると誰も買ってくれなくなる」
「ですよね。あんまり強気にしても売れなくて傷つくっていうか。そして作品が売れないと、自己肯定感が下がるっていうか」
思いの外繊細なことを言うアウロラに、邪神はそんなものかと首をかしげている。
「アクセサリーを作るときには、よくレシピを練ってから作り始めろ。デザインが売上を決めるといっても過言ではない。色違いを揃えるのも大事だ。同じデザインでも色が気に入らなくて買わない客もいる。可能な限りフックをかけろ」
「デザインセンスがない場合は」
アウロラは身も蓋もないことを言う。
「日頃からアイデアを溜めておけ。ライバル店に見学に行っても良い。目を引くものを見たらメモをして、スクラップブックを作っておけ。道行く人間がつけているデザインを参考にしろ。それは殆ど、自分で選んで買ったものだ。赤字になりたくなければ人間の汎用的な好みをさぐれ。流行には必ず乗り、需要に応じた品揃えを豊富にしろ。在庫は持ちすぎるな」
「もしかして邪神さん、人間に化けてお店やってたことあります?」
「ない」
「ないのに何でそんな具体的なんです」
邪神の話を聞いていると、自身の店舗経営失敗談もあるのではないかと思えてしまう。
「店舗経営も楽しいことばかりではない。クレーマーはいるし、時間つぶしに立ち寄るばかりで買わない客も多いし、万引きも多発する。5割の店は開店1年以内に潰れる。9割の店は10年もたない。引きどころを間違えたら莫大な借金を背負う。起業は大変だぞ。雇われのほうが遥かに楽だ」
「なかなか厳しいものですね……」
店舗経営のノウハウを聞きながら二人は楽しく数点作品を作って、早速身につけてみたりして喜んだ。
アウロラとイリアは分担して、黒いチャームのついたネックレスとリングを邪神にプレゼントし、首にかけてやる。
「プレゼントです、邪神さん。大切にしてくださいね」
「……俺の衣装とテイストが違いすぎるが……」
ゾンビのような衣装と、可愛い系のネックレスは全くといって合わなかった。
「照れちゃうなら服の下にでも入れておいて下さい」
「まあいい。ではもらっておくとする」
つたない作品でも、邪神は受け取ってはくれた。
「邪神さん、スタンプをお忘れなく」
「そうだったな」
終末延長スタンプは二つ押され、「雑貨屋」と書きつける。
これで四年の終末延長である。
実働四時間で四年の終末延長、つまり時給一年。
邪神が何も言わないことにつけこんで、こんなに楽に延長してもらっていいのか、と少しは疑問に思う二人であった。
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