20話 【先手4】グランピングをやっていきます
「お腹がすきましたね! 次はバーベキューです」
「ま、まさか肉と野菜も現地調達、なんてことないですよね?」
アウロラはカヤックで腹をすかせていたし、イリアはこれから何が始まるのかと不安そうにうかがう。
「肉は買っておいたし、野菜も家庭菜園から持ってきた。行程が多いので段取りは大事だ。まずはテントを張るか」
邪神はカヤックを分解してテントの支柱を作り、転送陣から引き出したグランピングに使う防水綿の大型テントをさっさと設営し、内部フロアの上に赤い絨毯を敷き、マットとクッションを投げ入れ、カラフルな麻のガーランドで飾る。
完全にキャンプ場のスタッフのような働きぶりだ。
「これでいいか」
設営に3分。凝り性の邪神のことで、誰にも文句は言わせない出来栄えだった。
さらにもののついでに河原の石を集めて、石を切って石窯も作ってしまって、さてはピザを焼くつもりだと二人は大喜びだ。
「わあ、本当に理想のテントでグランピングです! 言ってみるもんですね!」
「雑誌で見ただけだろうによく言えるよな」
「いいんですよ! 雰囲気なんですから!」
アウロラとイリアはテントの中にダイブして二人でゴロゴロしてはしゃいでいる。
怠惰の限りを尽くすアウロラだが、邪神がせっせと働いているので少しは悪いと思ったらしい。
「邪神さんもここに挟まってください。小休憩しましょう」
「挟まらない。遊んでいる場合ではないんだ。あんたらも火起こしぐらいはやるか?」
「おっ、いいですね! 火起こしマスターの腕をみてください」
アウロラは野外活動が長いだけあって、手際よく落ち葉や小枝を集め、火打ち石で火起こしをして焚き火を始めた。
「ざっとこんなもんですよ」
アウロラはドヤ顔をしている。
「まあ上出来だ」
「年季入ってるね」
法術で点火することしかできないイリアも微妙な顔で頷く。
さすがアウロラは現地調達をしながら邪神を追いかけてきたつわものだ。
アウロラは基本的なことはできないが、こんなことばかりできた。
邪神は種火を手作りの炭に引火させて炭火を作る。
「イリア、野菜を切るか?」
邪神は破滅の剣をサバイバルナイフのように使って、カヤックからスパスパとまな板を作ってイリアに渡す。
グランピングとはいえ、全部こちらで準備してやることもないと判断した邪神である。
甘やかしすぎていた。
「やりますー!」
「大きさはこのくらいで」
イリアはズッキーニやパプリカ、プチトマト、玉ねぎ、かぼちゃなどを切って並べてゆく。
ナイフを持たせたら目が離せないアウロラと違って、イリアにはナイフを持たせても平気だ。
何かやらせろというアウロラに、邪神は割り振る仕事に困る。
「アウロラは火の番をやれるか?」
「やれます」
「炭は暫く触るなよ。白い部分が見えるまでな」
邪神は炭を組んでうちわを渡し、アウロラに任せることにした。
その間に転送陣から取り出し、いい感じに常温になった牛肉を切り分けてゆく。
網焼きにする予定だが、二人が食べやすいように串をうつ。
家庭菜園で野菜や果物を賄っている邪神も、食べざかりのアウロラとイリアが来てからというもの、肉や魚はさすがに市場や個人商店で大量に買ってきて、神術でストッカーの中に冷蔵、冷凍している。
ちなみに、アウロラとイリアの所属する「神聖なる光の集会」には、肉食の禁止などの食に関する戒律はない。
邪神は人間に変装して買い物に出ているそうだが、アウロラたちがその場面を見たことはない。
どんな姿で買い物に行っているのかも不明だ。
「肉をまな板に並べてから、串をうつんだぞ」
「串に刺してました」
アウロラが野外活動中に刺していたのは肉だけにとどまらない。
やばい昆虫や幼虫、蛇やトカゲも串刺しにして半生ぐらいで食べていた。
「あんたのことだから指を刺しただろう」
「すごい! 見てたみたいに言いますね!」
「だろうよ」
邪神は黙々と、常温にておいた肉に塩を振り、乾燥予防のためにオリーブオイルを塗り、筋切りをして下拵えをし、野菜を交互に串打ちをしていく。
イリアが野菜を切るのが終わったので、邪神を手伝う。
「串の上と下にはストッパー代わりに重いものを刺すんだ」
「邪神さんって、やたら詳しいですけどバーベキューしたことあります? バーベキューに参加してる邪神さん、想像つかないので。案外昔はパリピだったんですか?」
「前にいたいくつかの世界でな。俺は参加していたというより、成り行きで巻き込まれて一方的に食わせていた」
「今とほぼ同じですね。楽しかったですか?」
「別に」
面倒見の良さは過去も相変わらずだったようだ。
邪神は串打ちを終えて、網の下に炭を並べてゆく。
並べ方にもこだわりがあるらしく、説明を受ける。
炭の密度を変えて、炭を二段にした高温域、一段にした中温域、炭を置かない低温域の三つのゾーンをつくるようだ。
邪神は素手で真っ赤な炭を持っても無傷だが、アウロラたちには真似できない。
即席のトングを貸してくれた。
「肉を焼くには温度が重要だ。とはいえ、温度計がない」
「温度計がないのでセンス良く焼けってことですよね」
「違う」
アウロラの答えは予想を裏切らない。
「考えてもみろ。俺はいっこうに構わないが、カヤックで腹をすかせて、汗をかいて、やっとの食事にありついたのに残念肉でがっかりするのはあんたらだぞ。牛にも申し訳ないと思わんのか。適当に焼くな」
「すみません真面目に焼きます。話を続けてください」
温度計がなくてもだいたいの温度を確認できる方法があるという。
「網の上から20センチほど離れて上に手をかざし、5秒耐えられるか耐えられないかの温度が中温域となり肉を焼く際の適温だ」
「それメジャーがなくても測れますか」
「あんたの足の大きさは」
「21センチです」
「大体それでいいだろう」
アウロラもイリアもグリルの上に手をかざして温度を確かめたが、手をかざして耐えられなくなる熱さは大体二人とも同じだった。
個人差があるものだと思っていただけに、意外に思う二人である。
ちょうどいい温度になっていたので焼きはじめる。
火が起きている下に炭を足す。
ついでに、邪神は温めておいた石窯にピザを入れていた。
「焼き加減はどうしたい」
「ミディアムがいいです」
アウロラもイリアも同じだった。
希望を聞いて、中温域に串を並べ、焼き色をつける。
横から見ていて肉が1/3ほど焼けたら、ひっくり返す。
最後に低温域に移動させ、3分ほど休ませる。
「鶏肉や豚肉はとにかくよく焼け。牛肉の焼き加減を確認するには、温度計があればいいが、例によって今は温度計がない。そういうときは指で丸をつくったときの、親指の付け根の弾力と比べると良い」
親指と人差しで、レア。
親指と中指で、ミディアム・レア。
親指と薬指で、ミディアム。
親指と小指は、ウェルダン。
指をくっつけるだけでこれほど弾力が変わるなんて、と二人は驚く。
「全部覚えられません」
「自分の希望のぶんだけ覚えておけばいい」
アウロラとイリアはやっとのことでバーベキューの串にありついた。
こだわっただけあってワンランク上のジューシーな焼き加減になっており、筋肉痛も疲れも吹き飛ぶ。
「お肉が柔らかくて美味しいです」
イリアはこれほど柔らかい肉を食べたことがないと絶賛する。
というか、神殿では修行の身ということで豆を煮込んだような質素なスープと干し肉、黒いパンなどしか出ない。
「香ばしくて最高です!」
「そんなに高い肉でもないが、下ごしらえをして燻されているから味も違うだろうな」
石窯で焼いたマルゲリータとともに、二人はたっぷりとバーベキューを堪能した。
バーベキューの匂いにつられて山猫のような魔物がすぐ対岸までやってきて舌なめずりをしていたが、川の中洲だったからか泳いで渡ってくることはなく、邪神が追い払ってことなきを得た。
「バーベキューをする時は風向きと周囲に気をつけろよ。魔物か野生動物の昼食になるぞ」
「身を持って知りました。これ、魔物が泳げたら終わりでしたね」
「ゴミや残飯は出さないこと」
「さすが邪神さん、キャンパーの鑑です」
「あんたらは俺を誰だと思っているんだろうな……」
その後、二人はテントの中で昼寝をし、疲れた体と満腹になった腹を休めた。
その間、邪神は優良キャンパーらしく二人を寝かせてせっせとゴミ捨てなどの後片付けをしていた。




