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【完結済】この終末は成り行きで(C1)  作者: 高山 理図
Chapter 1 終末は延期の方向で
2/29

2話 家に上がり込んでもいいですか?

 あれから二ヶ月後。

 拠点を変えて世を忍んでいた邪神の目の前に、顔面蒼白でふらふらの聖女が現れた。

 背中には自分の体より大きいかというようなサイズのリュックを背負っている。


「ただいまです」

「違うだろ」

「こないだは宿代と病院代、ご飯代をありがとうございました」

「あれは餞別だぞ」


 できれば二度と目の前に現れないでほしいという意味も込めていた邪神である。


「また帰れと言われるかと思って、今度は長期滞在に備えてお泊りセットを持ってきましたよ」

「やっぱりあんた、なんかずれてるな」

「ずれてないです!」

「どうやって追ってきた。気配も消していたはずだ」


 邪神は世界の保守のために世界中に数十もの拠点を持っていて、常に滞在先を変えている。

 この拠点は二ヶ月前に聖女の襲撃を受けた拠点から数千キロも離れている、人里離れた断崖の民家だ。

 聖女は重装備を背負いながら、断崖絶壁を登ってきたのだろうか。

 今度は討伐の印の「邪神の首を入れる箱」は持ってきていないようだ。


「一度会ったからか、あなたの邪気だか神気だかを察知できるようになりました。拠点をコロコロ変えるから追いかけるの大変だったんですよ。今では寝ても覚めてもあなたの顔が頭に浮かびます。もうある意味恋なのかもしれません」

「それは断じて勘違いだ」

 

 どちらかというと執着心と恋をはき違えている。


「いえ恋です」


 邪神は聖女の足元が千鳥足になっているのを危なっかしそうに見ていた。

 彼女は前回に輪をかけてボロボロになっていた。


「あ! あそこ!」

「なんだ?」


 聖女が不意に明後日の方向を指差す。

 気をとられた一瞬の隙に、邪神の手首に白銀の金属環がはめ込まれた。

 長い鎖のついた手錠、それで邪神と聖女の互いの左手首を繋がれている。


「引っかかってやったが何のつもりだ」

「ふふふ……慌ててももう遅いです。これでもう逃げられませんよ。これは契約神アウレリウスの枷といいます。一度繋いだらどちらかが死ぬまで離れません。鍵も紛失したんですよ……ふふふ、怖いですか?」

「千切るけどどうする?」

「は? そんなの想定外でした。これ家が買えるほど高いのに。千切ったらもう一回買ってきます。お金を貯める前に餓死してしまうかもしれません……まあ! なんてかわいそうな私!」


 聖女が諦める様子もないので、邪神は手錠を千切るのをやめた。

 この謎アイテム、かなり高価なものらしい。

 契約神アウレリウスは確かに実在し聖遺物もあるが、現存するものは偽物だ。

 聖女は国家資格だというのに、装備は経費で落ちず自費というのが世知辛い。


「一体俺をどうしたい」

「ですから、更生させて普通の立派な神様になってほしいんです。それまで私が責任を持って繋いでおきます」

「更生などせんぞ」


 何故なら彼はこの世界を閉ざす邪神としての任を負っている。

 過去には数え切れないほどの人助けをし人々に慕われたこともあるが、それはあくまで過去の話。

 現在は事情が違う。

 この世界に残された唯一神として強大な権能を振るう代償に、人に慕われてはならない、無実の人間をみだりに殺してはならない、正体を明かしてはならない、などの制約が課されていた。

 さらには、人に情けをかけないよう感情を削ぎ落とされている。


「更生させてみせますから」


 生来の気質なのか、未熟さゆえなのか、聖女の瞳に一片の疑いもない。

 思い込みが強すぎて手に負えない雰囲気を醸し出してくる。

 それに、一秒だって油断すべきでない筈の相手に無防備に近づいてくる聖女は無防備すぎだ。


「あんた、それはそうと今度こそ生命の危機も近いぞ。もう何日食べてないんだ」


 このまま彼女を放っておけば、邪神は「無実の人間をみだりに殺してはならない」という制約の一つを破ることになってしまう。


「よ、余計なお世話ですよ。清貧を美徳とする聖女たるもの、飲まず食わずの日だってあります。断食だって修行というものです」

「なんか食べるか」

「はい!」


 まるで子犬のように嬉しそうなリアクションをする聖女の中で、断食修行中の設定はどこかにいったらしかった。

 聖女は大きなリュックをその場におろし、ふにふにと肩をもみしだいている。


「はっ!?」

「何だ?」

「お腹はすきましたが、邪神さんの出す手料理ってどんなのですか? 私は何でも食べますし腐りかけのものや多少の毒、幼虫、ドッグフードまではいけますが……あまり変わったものは」


 それだけ食べられたらどこでも生きていけそうなものだ。


「なんか食べたいものとかないのか」

「で、ではペスカトーレにオイスターのアヒージョ、フィッシュアンドチップス……」

「こんな山中で海の幸とはな」

「なければそこらへんの野草とかでいいです」


 この聖女、物怖じしないにもほどがある、と呆れる邪神である。


「あとはその全身の傷。何故放置している?」

「え、まさか服の下の傷まで見えるんですか?」

「骨や内蔵もな」

「いやー! いやー! もう一つおまけに、いやー!」


 叫ぶが早いか、平手打ちを悲鳴付きで三発も食らわされる。

 したたかにやられた頬をさすりながら、邪神は何故殴られたのかと渋い顔をしていた。


「裸はともかく、内臓を見るなんてエッチすぎます。私の腸のひだとか見て興奮しているんでしょう」

 

 エッチなのはそっちか? と邪神は聖女の感性がもはやわからない。


「ちなみに私、治癒法術は使えないんです」

「聖女の必修技能ではなかったか?」

「私、戦闘力極振りの聖女なので」


 反論しているうちにふらついて倒れそうになったので、邪神はさりげなく彼女の細い腰を片手で受け止める。

 助けたいなどとは露とも思わず、自然と手が動いていた。

 聖女は邪神に触れられても、その手を拒む気力もなさそうだ。

 体が脱力して動かないとみえる。


「今度はどうした」

「意識が限界を迎えようとしています」

「食事の前にまるごと洗って怪我を治してやる。壊れたものを壊れたまま放っておくのは俺のポリシーに反する」

「だ、だめです。邪神に体を預けて洗われるなんて……十二歳の聖女にやらしいことをしたいんですね!? 犯罪のにおいがしますよ!」

「それはない」

「ほんとに? ちっとも? ぴくりともこないですか? 掠りもしないんですか?」


 赤面しつつチラッ、チラッと邪神を見上げる聖女に、一体どんな反応をすれば正解なのかと邪神は悩ましい。

 聖女は種族の違いを甘く見ているようだ。


「全く何にもどこにも永遠に掠らない」


 聖女は何もそこまで言わなくてもと轟沈している。

 可能性を全否定だ。


「それは私個人に惹かれないってことですか。それとも人間の女性に興味がないってことですか」

「両方だ」


 手錠で手を繋がれている邪神はそのまま聖女を担ぎ上げ、自宅に入る。

 室内はこぎれいで、さっぱりと片付いた明るい内装だ。


「驚きました。部屋おしゃれですね。邪神さんの服装からして腐敗臭漂う混沌系とばかり」


 感心している聖女の服を邪神は虚無の心境で丁寧にひん剥くと、浴室へと運ぶ。

 全裸の彼女をかかえながら、上質の石鹸を泡立て、素手で全身の隅々を洗う。

 脇の下から、足の指一本一本まで容赦しない。


「ひゃうっ、そこは優しく」

「うるさい」

「はうっ、なんだか鎖に締め付けられてます」

「鎖は自分でつけたんだろ」


 互いの手首を繋いだ手錠と鎖が作業の邪魔だが、これが彼女の精神安定剤になるならつけたままにしておく。

 体を洗い終えると、聖女の白銀の髪の毛を丁寧に濯ぐ。

 美容師顔負けの手技で整容すると、枝毛や切れ毛が目立つので栄養素をふんだんに含んだダージリンティーの香りのトリートメントもつけて整えてゆく。

 手際よく洗われて、適温の湯船に浸けられ、疲れた足裏のマッサージをされると彼女はもうだめだった。

 ぐずぐずに蕩けていた。


「ふわあ、サロンに来たみたいです。このソープすっごいいい香りがします。人間のお店で買ったんですか?」

「これは自作だ」

「まさかこのアメニティ全部自作?」


 既製品だとばかり思っていた聖女は軽くショックを受けている。


「完敗です……聖女なのに主に生活能力とかハンドメイドのセンスとかマッサージの腕まで邪神さんにボロ負けなの何でなんですか」


 邪神は彼女の傷だらけの体をすすぐと、バスタオルで包み、抱え上げたまま浴室からリビングに戻る。

 ソファに横たえ、ラッピングをほどくように肌をはだけさせた。

 火照る体を晒した聖女は全裸のまま、邪神に見下されている。

 彼女の全てを見られていても、淫靡どころか情念のない淡白な視線だったからか、聖女は不快感も恐怖心も覚えなかった。


「これから傷を癒やしてゆく。楽にしていろ」


 彼は空中に細い光で編まれたレースのような膜を呼び出す。


『爾の身は光の裡にありて癒えよ』


 光のベールが降りてきて、聖女の全身を優しく覆い尽くす。

 光の膜に触れた瞬間、傷は癒えて跡もなく白磁のような肌が取り戻されてくる。

 全体的に油分がなくボロボロだった肌は、見違えるほど美しくなった。

 それでも少女の肢体を見ても、ああ治ったなとしか思わない邪神である。

 人には成し得ない凄まじい奇跡を見せつけられ、聖女は消え入りそうな声で礼を述べた。


「あ、ありがとうございます。まさか邪神さんがこんなに完璧な治癒術を使えるなんて……聖女として自信なくなっちゃいます」

「だろうな」


 聖女はすっかり自嘲気味だ。

 そんな彼女の全てを、邪神は神の目を通して透徹する。

 邪神は聖女としての欠陥を見逃さない。

 彼女は規格外の法力を持っているが、その3割ほどを体内に放散してしまい、法術を使えば使うほどに負傷する。

 治癒法術も使えず、戦闘法術にも欠陥ある。

 鑑定上は聖女の資質はあるのだが、細部を見るとそもそも聖女として不適格なのだ。

 法術を使わないか、休み休み使えば命を永らえるかもしれないが、そのつもりもなさそうだ。

 彼女はそれを知ってか知らずか、自らを傷つけながら、法力を使い続けている。

 おそらくは、彼女のアイデンティティにしがみついている。


(追い返したら、次に相見えることはなかろうな)


 それは彼女の命が尽きてしまうからだ。


(……少しの間、手元に置いてやるか)


 この成熟した世界にはもう、聖女の力は必要ないはずだ。

 多少の魔物や悪霊は現れるが、それは放っておけばよいものだ。

 人類を滅ぼすほどの悪疫や大規模な災害の殆どは、彼が人知れず手を回してその芽を摘んできた。

 人類に大した害をもたらさない魔物などと戦い、幼い命を散らすのは無為なことだ。


 邪神は無為なことは無為だと思う。

 無為の生を有意義にするためには、どうすればいい。

 これから彼女に転職につながる技能や教養、生きる術を教え、聖女を辞さざるをえないよう法力を奪い、命を永らえさせるのが正解だと考えた。

 邪神の討伐など諦め、安定した職について家庭でも持ち、せいぜい生を謳歌するといい。

 ともかくこの未成年者には、包括的な自立支援が必要だ。

 

(まあいい。いちから教育だ)

 

 この邪神、自分がお人好しだという自覚がまるでなかった。


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