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【完結済】この終末は成り行きで(C1)  作者: 高山 理図
Chapter 3 それぞれの生き方
19/29

19話 【先手4】予定盛りだくさんです!

 邪神はカヤックを手作りするために、どこからともなく取り出した黒い大剣を抜き、手頃な樹木をスパスパと切り進める。

 石切りの練習をしていたアウロラとイリアも、邪神があまりに軽やかに伐採するので興味津々だ。


「この黒い剣って一体何ですか? 海竜を追い払ったときにも出してましたよね」

「破滅の剣という神器だ。何でも切れる」


 アウロラが近くで見せてもらえば、装飾のついた柄のデザインは美しく、黒くしっとりとした刀身には何か神聖文字のような白字の刻印が施されている。

 アウロラが感じるだけでも、凄まじい神気が蓄えられている。


「名前が物騒です」

「終末に振るうものだからな。ひと薙ぎで世界の裏側まで切れる」

「ひぇっ!」


  イリアはそれを聞いて即座に距離を取った。

 しかし逆にアウロラは近づいてゆく。


「そんな物騒なものは人類代表としてぜひとも折っておきたいですね。それをよこすのです……」


 アウロラは邪神を襲って奪い取ろうとするが、柄に触れることすらできなかった。

 柄を持とうとすると剣が透けるのだ。

 何度か失敗しているアウロラに、邪神は告げる。


「神剣だ。人間には触れんから諦めろ」

「むー……諦めませんからね。そんな物騒なもの、いつか必ずぶっ壊してやりますから。油断したところを一息にいきますからね」

「物騒なのはあんたのほうなんだよな……」


 アウロラは本当に至聖なのかと誰もが疑うほど常に常軌を逸していた。

  そのやり取りを聞いていたイリアは、アウロラがその剣で斬られてしまわないかと冷や冷やだ。


「話は戻るが、船体の材料にするため細長い板を切り出す。片側の断面をえぐるように削り、もう片側は突出させるように削る。これで内部に水が侵入しにくくなる」


 言いながら紙細工を作るように簡単に板を組み立てる。

 重い木材も彼は軽々と持ち上げる。

 表面を鉋がけしなくても、切れ味のよい破滅の剣がいい感じに滑らかにしてくれていた。

 パンを切るようにサッサっと支え木を切り、板を組んでスパスパとガンネルをはめてゆく。


「設計図もないのによくぴっちり合いますね」

「設計図は頭の中にある。1ミリも違わない」


 頭の中で描いて、その通りに作るだけだという。


「ちなみにこれ、私とイリアが作ると何時間かかるんです?」

「普通の工具で作れば一週間。途中で間違えて作り直すだろうから二週間」

「ですよね」


 雑談をしている間にカヤックを二隻作ってしまった。

 ダブルブレードパドルも神剣でスパスパっと切って表面を撫でて鉋がけのようなことをして整える。

 神術も使わず、宣言どおり一隻9分、二隻を19分50秒で作った。


「塗装もしたいところだが、使い捨てだから敢えてしない。完成だ」

「おー!! さすがです」

「意地で一隻10分切りましたね」


 アウロラとイリアはパチパチと拍手をする。

 カヤックにも種類が様々あり、邪神の作ったリバーカヤックのほか、海用の閉じたシーカヤックや、急流くだりに向いたホワイトウォーターカヤック、波に乗ることを目的としたサーフカヤックなどある。

 今後二人が自作することはないだろうから、一番初心者向きのものをさっさと作って遊ばせる。


「カヤックから先にやります?」

「予定を決めないとな」

「川遊びからいきましょう」

「よく考えろ。ずぶ濡れでカヤックに乗るのか?」


 邪神は砂地の地面に木の棒でタイムテーブルを書き込む。

 1日目、午前はカヤック、昼食BBQ、昼から川遊び、夜はカレーづくりとキャンプファイア、温泉

 2日目、朝から登山、山頂で昼飯、下山して釣りと釣った魚で夕食


「どうだ」

「おおー! カリスマトリップアドバイザーですね」

「異議なし、完璧な行程です!」


 アウロラもイリアも文句なしの大賛成だ。


「キャンプをするからには効率的に動くべきだ。夕方から登山なんて始めたりすると遭難するぞ」


 一泊二日にしても予定が盛りだくさんだ。

 何でこっちがもてなす側になってるんだろうな、と邪神は不満を飲み込むが、何でもできてしまうのでそう嫌ではない。


「早くカヤック乗りたいです!」

「待て待て。まずは地上でパドリングを練習しろ」


 邪神はコツを説明しながら二人の背後から一緒にパドルを持って動きを実演する。


「パドルは順手で、重心があうよう中央を持ってこう握れ。力は入れなくていい。これが前進、ブレードで水をすくい上げるようにするんだ。腰を使え。長く水をとらえたまま漕ぎ抜くんだ。この時逆の手は肘までまっすぐ伸びるように……アウロラ?」

「あーあー! いっちゃいましたー!」


 アウロラのパドルは手からすっぽ抜けて川に落ち、そのまま流れていった。

 アウロラはうらめしそうな目で邪神を見つめる。


「邪神さん……あっちのパドル取ってきてください」

「犬かな?」


 邪神は軽く飛ぶと川面に降り立ち、パドルを拾ってくる。


「そういう時のために手首にストラップをかけておくんだぞ」

「流される前に早く言って下さい」

「陸上でパドルを吹っ飛ばすとは思わなかった」


 パドリングができるようになったら、ライフジャケットをつけていよいよ乗ってみる。

 落下時の対応なども教えておく。


「ほら、乗ってみろ」


 邪神が船を固定させてくれるので、アウロラは片足ずつ乗り込む。


「重心を低くしろ。慎重にな。片足を入れて座り、もう一方の足を中に入れる。難しければもう尻から座ればいい」

「わー!」


 落水しそうになるアウロラを抱えて、何とか乗船させる。

 イリアは手をかけずともすっと美しく乗り込んだ。

 アウロラにもこうあってほしいと邪神は思うが、こればかりはないものねだりだ。

 穏やかな水の流れで前漕ぎ、後ろ漕ぎ、方向転換などの練習をしたら、川下りに出発だ。


「では川下りをするぞ。だいたい一時間ほどでゴールだ」

「いきなり下るんですか。怖いです」

「こういうのは慣れだ」


 アウロラとイリアの後ろから、邪神は川面の上を浮かんでアドバイスしながらのんびりついてゆく。


「景色、いいですねー。空の青と水面の青が最高です」

「渓流の風、涼しくて気持ちいいです」


 アウロラとイリアはやっと余裕が出てきたらしく、川幅の広い、流れの穏やかな地点で刻々と移ろう渓谷の絶景を楽しんでいる。

 水中には亀や大きな魚、水面には水鳥がたわむれ、彼女らの目を楽しませ、自然をそのままに感じることができる。


「この川、何でこんなにきれいな緑色なんですか?」

「聞くか?」

「巻きで」

「川底まで見えるほど透明度の高い川で、さらに川底に白い石や砂があるとな。水は赤い光を吸収し、残りの光が川底で散乱して水面まで戻ってきたものが青や緑色の光として目に見える」

「へえー!!」

「わかったのか?」

「わかりません」


 アウロラと邪神のコントは相変わらずだ。

 イリアはそんな二人を微笑ましそうに見ながら漕いでいる。

 彼女は上達が速く、アウロラのペースに合わせている。

 しかしイリアもパドルをガチガチに握っていたのか、腕の痛みに苛まれていた。


「イリア、調子はどうだ?」

「腕が痛くなってきました」

「パドルを固く握りすぎだ。もう少し力を抜け」


 アウロラはフィジカルモンスターなので腕が痛いとは言わなかった。

 もう少し下流へ進むと、だんだんと傾斜がついてきた。


「あれ? 少し川幅が狭くなっているところがあります」

「少し流れが速くなるが、落ち着いて通れ」


 カヤック初心者なので、邪神は二人のためにほどよい難易度のコースを選んでいた。

 アウロラのカヤックが正面から岩礁に当たりそうになったので、邪神は船に乗ったまま岩礁を蹴って遠ざけてやる。


「ありがとうございます。慌てました……あー!」


 アウロラは急所を脱して油断したらしく、バランスを失い転覆して川に飲み込まれていった。

 邪神は川に飛び込み、カヤックの中で脱出できなくなっているアウロラを抱えて水面に顔を出させる。


「気をつけろ。すぐ死ぬぞ」

「邪神さん……! 助かりました!」

「大丈夫、アウロラ!?」


 アウロラが思いがけない動きをするのは毎度のこと。

 もうノルマが発生しているのではないかとすら思う邪神である。


「カヤックが転覆することをちんという。ライフジャケットを着ていると川面に浮くが、船の下に入り込んでいると逆にライフジャケットが邪魔をして浮けない」


 邪神は初心者向けということでオープンデッキの拵えにしておいたが、クローズドデッキの場合はコクピットの中に体がすっぽりと入っているのですぐに脱出(沈脱)しなければ水死することになる。

 クローズドコクピットのカヤックにはロールといって船に乗ったまま体を起こす方法があるが、今回は教えないつもりだ。

 アウロラはあっという間に死にそうになるので、邪神は目が離せない。

 ともあれイリアは濡れてもいないのに、アウロラはずぶ濡れになった。


『乾け』


 風邪をひくからと、邪神は神術でアウロラを乾かす。


「わあ、一瞬で乾きました。ありがとうございます」

「手がかかるな、あんたは」


 しかし好き好んでアウロラに手をかけているのは邪神なのだ。

 何で放っておかないんだろうな、と邪神はいつも彼の内心を疑問に思う。

 三人は緩やかな流れをゆっくり進み、ほどよく疲れたところでゴールする。

 すると船でしか行けない浅瀬の中洲にたどり着いた。


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