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【完結済】この終末は成り行きで(C1)  作者: 高山 理図
Chapter 3 それぞれの生き方
18/29

18話 【先手4】楽しいキャンプをしましょう!

「イリアー、今日の服決めよー」


 アウロラは夜明けとともにファッション雑誌を数冊抱えてイリアの部屋になだれ込んできた。

 起床して僧衣を着ようとしていたイリアは、運悪く下着姿だ。


「ちょ、ノックなしに入ってこないでよ!」

「ごめん、つい」


 イリアはいそいそと、一度脱いだパジャマを元のように着る。


「で、どういう意味?」

「ファッション雑誌から選んだら、邪神さんが作ってくれるんだよ」

「アウロラ、ほんとにその調子で毎日着道楽をしてたの? パンツも含めて!?」

「うん。お言葉に甘えてってやつ」


 アウロラはてへ、と舌を出している。


「甘えすぎよ……って、邪神様はアウロラを甘やかしすぎね」

「邪神さん、何だかんだでちょろいから」


 否定もできないイリアである。

 邪神はとにかくアウロラに甘かった。

 邪神と言う割に全く邪悪さがないので、邪神の名を返上したほうがいいのではないかとイリアですら思う。


「ところで今日は何をするの? 服装はそれによるでしょ」


 先手、4ターン目。

 今日はアウロラ、ついでにイリアのターンだ。

 こちらが考えたことを邪神にやってもらう番であるが、結局先手でも後手でもこちらのやりたいことをしているし、ただ邪神に付き合ってもらっているような気がするイリアである。


「今日はキャンプをして邪神さんと親睦を図るつもり。同じ火を囲んで夜もすがら語り合えば、心を開いてくれるはず」

「邪神様、心がないんでしょ? どうやってない心を開くの?」


 イリアは無計画なアウロラの案に落胆する。

 いくら情に訴えようが、ないものは仕方がない。

 人類にできることがあるとすれば、交渉で終末を先延ばしにしてもらうことぐらいだ。


「でも、心はちゃんとあると思うんだなー。だって何だかんだ面倒見よくて優しいもん」

「不思議な方よね。くすりとも笑わないし無表情なのにね」

「イリア、海がいい? 川がいい? 山がいい?」

「んー……ここはすでに山だし。海には海竜が出たから懲り懲り……川なら何も出ないよね?」

「んじゃ、いってみよー!」


 アウロラとイリアはきゃっきゃ言いながらキャンプ用の服を選び始めた。


 ◆


「川にキャンプに行きたいだ?」


 邪神は早朝から家庭菜園の手入れをしているところだった。

 トウモロコシの皮を少しめくっては、実入りを確かめていた。

 食事をしない邪神が何故家庭菜園をしているのかは謎だったが、気まぐれに、収穫したものを困窮者に渡したり、救貧院の前に置いていると言っていた。

 アウロラとイリアが住み着いてからは、少しは自宅で消費している。


「港町といい、雪原といい、遊びたい放題だな」

「も、勿論邪神さんの更生のためでもありますからね! 遊びを通して交流を深めるのです。目的は見失ってませんから!」


 アウロラの目は泳いでいる。

 もはや目的など忘れてただのレクリエーションになっている気がする邪神である。

 アウロラは遊びたい盛りの子供だということを認識する。


「まあいい。川でキャンプといっても色々ある、どこに行って何をしたいのか言ってみろ」


 色々と苦言は呈しつつ、決して付き合わないとは言わない。


「川遊びと、釣りと、バーベキューと、登山とカヌーと温泉とキャンプファイヤーで自然満喫です」

「欲張りセットか。旅程が二泊三日分ぐらいあるぞ」

「二泊三日はだめですか……?」

「どれか減らして一泊二日にしろ」

「やったー! グランピングでお願いしますね」


 グランピングとは、キャンプよりもワンランク上の、リゾート感のあるアウトドア体験だ。


「グランピングだなんて、どこで覚えてきたんだろうな」

「邪神さんのくださったファッション雑誌にキャンプ特集出てます」


 お仕事図鑑に引き続き、またしても邪神の渡した資料に落ち度があった。

 邪神は舌打ちをするとしゃがんで畑の土をいじりはじめた。


「何してるんですか?」

「川釣りに使うミミズを集めている。畑のミミズはよく肥えていて、幅広い魚が釣れる」

「確かにおいしそうですね」


 アウロラは極太のミミズを見てじゅるりとよだれをたらす。

 邪神もアウロラも素手で掴んでは、邪神がこしらえた木製の餌箱の中に入れる。


「魚目線で言っているんだよな?」

「自分目線です」


 アウロラはミミズすらも食料としかみていない。

 何を食べても当たらない体質と、聖女の加護がなければとっくに死んでいただろう。


「ええ、何でアウロラまでミミズに触れるの?」


 イリアはミミズを見るのも触るのもだめだった。


「ちょっと太いマカロニだと思えば平気だよ。色が違うだけで」

「無理だし似ても似つかないよ……」


 ミミズを集め終えて、アウロラとイリアはアウトドアの支度にかかる。

 邪神にはキャンプに適した服と水着を出してもらう。

 二人共ファッション雑誌からビキニのような水着を選んで付箋をつけているので、邪神は呆れる。


「川をなめているのか。岩礁にすり下ろされて血まみれになるぞ」

「川遊びがそんなに危険なわけないじゃないですか」

「危険だ。虫刺されや怪我防止のためにも、長袖を選ぶべきだ。それにサンダルを選ぶな。すぐに脱げるし、追いかけていると遭難する。川底には何があるか分からんのだ」


 長袖のスイムウェア、ウォーターシューズ、ライフジャケットを出してくれる。

 着替えも厚手の長袖の上下だ。 

 おしゃれではないが、実用的な装備だった。


「邪神さんの出してくださる服って、近未来感ありますよね」

「この世界にはないものだからな。それから、これもそうだ。肌に塗っておけ」

「お化粧ですか?」


 邪神が二人に手渡したのは、小瓶に入ったクリーム状の手作り化粧品のようだ。

 手に出してみると、肌色の、もっちりとしたテクスチャをしている。


「日焼け止めという。日焼けを防ぐ化粧のようなものだ。海や川では水面で反射が起こり、紫外線で日焼けしやすくなる。さらに標高が高ければなおさらだ」

「私の故郷では日焼けしたほうがモテるって話でしたけどガセですか?」


 小麦色の肌は男女ともに特にモテていたので、アウロラの故郷では年頃の男女はこぞって日焼けをしていたぐらいだ。


「日焼けは極力するな。皮膚がんにかかりやすくなるわ、皮膚は老化するわ、炎症はおこすわ、遺伝子を損傷するわ、目は傷めるわ、とにかく百害あって一理もない」

「へえー! 邪神さんの変装、もしかして日焼け対策も兼ねてます?」

「兼ねてない」

「ちなみにその変装で行かないでくださいね。キャンプ気分になれませんから」

「何かと俺の変装を脱がそうとするな……脱ぎたくないんだがな」


 それでもアウロラたちのターンなので言うことを聞く。

 邪神は二人が支度をしている間に世界各地の拠点のうち、渓流に近く晴天となる拠点を選定する。

 邪神は鏡に各地の拠点を映して、天候を確かめている。

 すでにログハウスがあるので、テントなどは張らなくて良いそうだ。

 アウロラとイリアがそれを面白そうに眺めている。


「キャンプ地の天気には気をつけろ。雨になりそうな日は必ず避けること」

「遊べなくなるからですか? 寒いとやーやーですもんね」


 アウロラが無思慮のお手本のような返答をする。

 さすがにイリアは違うでしょ、とつっこんでいた。


「川が急激に増水するからだ。土砂崩れや地すべりも発生しやすい。遊びに夢中になっていると、些細な兆候も見逃すことがある。外遊びをするときは基本的に命の心配をしろ。あんたら人間は些細なことですぐ死ぬんだから」

「いうてそんなすぐ死にます?」

「死んだやつに聞いてみろ」


 不死身の邪神からしてみると、人間の脆さと死にやすさは驚異的だそうだ。

 そういった事情で、邪神がことさらにアウロラとイリアに過保護に接してくるのもわかる気がする。

 すぐ死ぬと思われている。


「目的地、決まりましたか」

「ああ」

「行き先不明の旅ってミステリーツアーっていうんですって」

「……川に連れて行けと言ったんだよな?」


 今更海に連れていけとでも言うのかと、邪神は顔をしかめる。


「川は川でも、素敵な川か、きったない川かは邪神さんのセンス次第ですね」

「嫌なことを言う」


 邪神はアウロラとイリアの頭にそっと触れ、転移術に巻き込む。

 アウロラは邪神の大きな手に触れてもらう瞬間が好きだ。


『天門を開き渡界せよ』


 空間を超越した独特の浮遊感のあと、二人と一柱はふわりと現地に降り立つ。


「わあー!! 絶景です!」

「秘境の大峡谷だ。人間はまず来んだろう」


 邪神のツアーガイドとしてのセンスはアウロラたちの期待を裏切らなかった。

 V字谷の中を流れる清流は太陽光を反射し輝き、緩急ついた流れは雄大な岩礁に白い飛沫を作っている。

 山肌は白糸のような瀑布で覆われ、エメラルドグリーンに透き通った川の透明度は高く、川底まで透き通って川魚が戯れるのが川岸から見える。


「わーい!」


 アウロラが何を思ったかとりあえず川面に向けて、拾った石を投げ入れた。


「今のは何がやりたかったんだ?」

「水面を石が跳ねるやつです」

「やっぱり水切りか。まずフォームが悪い。平らな石を選んでできるだけ低い位置から石を平行にして、横に回転をかけながら投げろ。こうやるんだ」


 邪神は平たい小石を手に取り、スナップをきかせて軽く川面を滑らせるように投げつける。

 石は何度も跳ねて、対岸まで渡ってしまった。


「それ! やりたかったのそれです! 練習します!」

「水切りの練習をしている間にカヤックでも作るか……」


 ぶつぶつ言いながら渓谷の山に入ってゆく邪神は、アウトドアに最適な防水の長袖のパーカーを着て、サングラスとクライミングパンツ、トレッキングシューズを穿いていた。

 この世界にはない装束だが、過去に地球という世界を運営していたときに着ていたものだ。


「え、カヌーではなくてですか?」

「カヌーもカヤックも似たようなものだが、カヤックはパドルが両側で漕げるぶん、初心者は操舵しやすい。ちなみにまだ水に入るなよ。流されるからな」

「カヤックの材料ってどこからですか?」

「木からに決まってる」


 何でもできてしまう邪神は、基本的に現地調達でまかなう。


「そこからですか! 作成に何時間かかります? ぱぱっと神術で出しちゃってくださいよ」

「10分だ」

「すご」

 

 アウロラとイリアはドン引きした。

 なんだかんだで、一泊二日の不安しかない弾丸キャンプが始まった。

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