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【完結済】この終末は成り行きで(C1)  作者: 高山 理図
Chapter 3 それぞれの生き方
17/29

17話 【後手3】私が洗濯を?

 気を取り直して後手、3ターン目。

 どうしても終末延長スタンプがほしいアウロラは、イリアがいようと後手のターンを強行することにした。


「今日のお体験は洗濯にしようと思うんです。洗濯について教えてください」


 邪神はアウロラの秘書のようにぴったり横についているイリアに視線を向ける。

 このまま居着かれたらどうしようと思えば、邪神はイリアのことも気になってしまう。


「それは構わんが、あんたは何の係なんだ?」

「アウロラの応援係です。私のことは壁だと思って下さい」


 イリアは背筋を正してアウロラに付き添っている。


「……いらん」

「いります!」

「いりますよ何仰ってるんですか」


 二対一でがなられて否定されると、邪神も少し分が悪い。

 多勢に無勢というものである。


「そうだ、私達の呼び方。居候が二人になったのであんたでは区別がつきませんよね」

「ならあんたとお前で呼び分けるか」


 邪神のあしらい方は、厄介ファンに心理的距離を縮められたくないアイドルの反応だった。

 下手に名前を呼んで執着心を持たれても嫌なので、最小限の関心しか持っていないと態度で示す。


「あんたよりお前のほうがいいです。距離感が近いじゃないですか。……てかもういい加減名前で呼んで下さい。あーちゃんといーちゃんでいいですから。でないと、私達も邪神さんのことじーちゃん、て呼びますよ」


 気が乗らなかったがじーちゃん呼ばわりも嫌なので致し方ない。

 邪神は仕方なく二人の名を呼ぶことにした。


「アウロラ。イリア」

「はい」

「はいっ!」

「邪神さんに名前を呼んでもらったの初めてです。ずっとあんただったのに……!」


 アウロラはイリアと手を取り合って感動している。

 例によって神聖な存在への感受性の高い聖女は、神に名を呼ばれると恍惚としてしまう。


「あと百回ぐらい名前で呼んで下さい、耳元でそっと呼びかけてほしいです」


 神様マニアのアウロラはイリアの百倍ほど悦に入ってしまっている。

 邪神は変態を無視して、まだ話の通じそうなイリアに話しかけた。


「イリアは基本的なことはできるのか?」

「イリアは何でもできるんですよ! すごいでしょう!」


 アウロラが割って入ってイリアの自慢をしている。


「イリア、あんたが色々とアウロラに教えられるか? もし教えられるなら俺はお役御免だ。ついでに連れて帰ってアウロラに聖女を辞めさせてくれると助かる」

「私も色々教えたことはあるんですが……右から左に抜けて全く身につきませんでした」

「それなんだよな」

「お分かりいただけますか、邪神様……!」


 邪神とイリアの間に親近感が生じたらしい。

 それを聞いて面白くないのがアウロラである。


「おねがい、私の悪口で盛り上がらないで……」

「で、では邪神様のお言葉をまとめて、あとでアウロラが読み返せるようにする係をやります。ついでに私にもご指導いただけますか」

「そうだな、それならいい」

「ではついでに二人でお仕事体験やるのでスタンプポイントも二倍にしてもらえます?」


 アウロラはこの機を見逃さない。

 何のついででもないのだが、アウロラがついでといったらついでだ。

 彼女はポンコツではあったが、天性の神たらしであった。


「まあいい。昼食を食べたらやるか」


 アウロラはイリアに目配せをした。

 二人でポイントを貯めたら爆速でたまりそうだ。

 邪神はミートソースパスタを作って二人に食べさせる。

 初めて邪神の手料理を食べたイリアはいたく感動していた。


「え、何これ美味しすぎ。いつものミートソースじゃない」

「でしょー!? あ、邪神さん。ミートソース食べこぼしときました!」

「……また難易度の高い汚れを作ったな」

「ふふ、お褒めに預かり光栄です」


 アウロラはひと仕事終えた仕事人の表情をしている。


「洗濯物を集めるか」


 アウロラの希望通り、洗濯をはじめる。

 洗濯物はイリアの血まみれの僧衣、アウロラのミートソースの食べこぼしたチュニック、手作りスカートだ。


「イリア、パンツも出したら?」

「し、下着なんて出せないよ……! 後で自分で洗うから」


 イリアは下着が晒されるのを死守した。


「ま、まさかアウロラは邪神様に下着も洗ってもらっているの?」

「神術で毎回新品出してくださるからご厚意に甘えて普通にはいてたの」

「な、何も疑問は持たなかったのね」


 邪神に新品のパンツを用意される聖女とか終わってる……、とイリアは信じられない思いだ。もうアウロラの賜った至聖の名が泣く。


「これだけでは少ないから追加しとくか」


 邪神はわざと真っ白なタオルを汚して油汚れ、泥汚れなど様々な汚れをこしらえた。


「こんなに汚しちゃって大丈夫ですか?」

「かまわん、洗えば良い。洗剤は既製品を使うか? 手作りにするか? どちらでもできるが」

「既製品でお願いします」


 アウロラの自立のためのお仕事体験なので、邪神は手作りにこだわらなかった。

 一時的に丁寧な暮らしを強いたところで、それを継続できなければ意味がない。

 ほどよくずぼらで、ほどよく丁寧に。それが邪神のモットーだ。


「まずは洗濯物を素材や色、汚れ具合に応じて分類しろ。似た素材や色の衣類は一緒に洗うんだ。で、適量のぬるま湯を用意し、洗剤を加えて混ぜる。ぬるま湯とは30度ほどだ。温度が高すぎると繊維を痛める。シルクなどは色落ちしやすくなる。洗濯桶がなければシンクでもいい」


 邪神はシンクを洗い、30度程度の湯をはる。

 アウロラは指をくわえて、イリアは熱心にメモを取りながら聞いている。


「既製品の洗剤も様々な種類がある。素材や汚れに応じて適切な洗剤を選べ。デリケートな素材の場合はおしゃれ着洗いでいい」


 転送ゲートから数種類の洗剤を取り出し、その特性を丁寧に説明してくれる。

 イリアも知らないことばかりなのか、話を聞いては頷いている。


「手洗いの洗濯では、部分洗いと全体洗いにわけられる。特に汚れがひどい場合には部分洗いから始める。日常の汚れや汗、ほこりなどは中性洗剤でいい。液体洗剤や粉洗剤どちらでもいい」


 ドン、ドン、と聖女たちの前に豪快に洗剤を出す。


「中世洗剤って?」

「中性洗剤な。そうか化学の知識が足りないのか」


 酸性、中性、アルカリ性の説明に戻らざるをえない。

 手っ取り早くは義務教育を施したいところだが、それも何年かかるともしれない。

 要点をかいつまんで教える。


「油汚れには脱脂力の強い洗剤が必要だ。台所用洗剤や食器用洗剤で部分洗いをしろ。コーヒーや紅茶、ワインのシミにはタンニンという成分が含まれている、酸素系漂白剤を使うんだ。漂白剤を使うときには素材にも注意しろ。血液やタンパク質の汚れにはタンパク質分解酵素の含まれているものを選び、冷水で洗う。高温にするとタンパク質が固まって繊維に絡んでしまうからな」


 アウロラは魂が抜けた顔をしていた。

 聞いていないのではない。

 しっかり聞いて理解できないのだ。


「邪神さんは説明が下手だと思います。お蘊蓄タイムはやく切り上げて洗わせてほしいです」

「失礼しました。アウロラにはあとでよく説明して復習させておきます」


 理解力の低いアウロラのために、イリアが保護者のような立ち回りをする。


「イリア。説明が分かりにくかったか?」

「いえ特には」

「だよな……」

「アウロラのレベルには合っていないのかもしれません。もう少しわかりやすい言葉に言い換えておきます」


 こちらに落ち度があるのかと不安になる邪神に、イリアの意見は役立つ。


「泥や土汚れは落ちにくい。機械的に洗ってやるのがいい。場合に応じて、漬け置き洗いも有効だ。そうだな、つけ置く時間は二時間程度まで伸ばして良いからな」


 邪神は説明をしながら実演し、つかみ洗い、たたき洗い、揉み洗いなど使い分けて、どの部分汚れも見事に落として見せる。


「ほら、簡単に落ちるだろう」

「簡単とか、それは言わない約束です。できない子の心を傷つけます」

「あんたが傷つけているのはタオルなんだがな」


 アウロラは汚れを落とすどころか布を裂いたりしてタオルをダメにしていた。

 丈夫な繊維のタオル地が、どうやったらそうなるのかと疑問だ。


「これでいいですか? 邪神様のご指導のおかげでいつもよりきれいに洗えました!」

「合格だ」


 イリアは邪神に習ったままきれいに汚れを落としていた。

 普通の人間はこうなんだがな、と邪神はアウロラの残念ぶりを非常に遺憾に思う。


「すすぐ時には両手で押し付けるように洗う押し洗い、振り洗いなどを衣類によって使い分けるんだ。すすぐ水は完全に換えろ、洗剤を残さないように二度行ったら、すすぎの最後に絞って脱水するんだ。シワがつきやすいものは、大判のタオルを使って脱水してもいい」


 すすぎ方も実演しながら丁寧に説明する。

 アウロラは洗いとすすぎは得意のようだった。


「干し方にも、色々コツがある。重さが偏らないように分散し、風通しをよくするんだ。干す量を減らしたほうが当然早く乾く。ちなみに今日は部屋干しと天日干しどっちにする?」


 邪神は窓の外を見ながらアウロラに尋ねる。


「外のほうが風が通って乾きそうです!」


 イリアは反対意見らしく、首を左右に振っている。


「そうでもない。今日は部屋干しがいい。窓ガラスに結露があるだろう。湿度が高すぎるんだ」

「結露がないときはどうなるんです?」

「人毛は湿度が高い時には伸び、湿度が低いときには縮む。その性質を利用して毛髪で湿度計を作れるが、作るか?」


 イリアは作り方を知りたがったが、アウロラはお断りだ。


「長くなりそうなんでまたにします」

「だろうな」

「私にはあとで教えてください」

「いいだろう。部屋干しをする時はとにかく上に干せ。窓や壁の近くに干すな。結露の原因となりカビを発生させる」


 干す前に洗濯物をしっかり振れだの、大きなタオルや乾きにくい布団は対角線に折るだの、大きさに従ってアーチ状に並べろだの、濡れたままアイロンをかけろだの、洗濯物の下に紙を敷けだの、ライフハックの連発だ。

 色々と教わりながら、干す作業がようやくのことで終わった。


「休憩するか」


 邪神は庭でとれたての卵を使ってアウロラとイリアのためにプリンを作ってくれた。


「洗濯は面倒ですけど、きれいになると気持ちがいいですね」


 アウロラはプリンを頬張りつつ、干した洗濯ものを満足そうに眺めながら感想を述べる。


「真っ白に洗い上がったりすると特にな。まだ取り込みと畳む作業があるから、終わった気になるなよ」


 イリアはプリンの美味しさに感動していた。


「今のうちに露天風呂作りませんか。邪神さん、前露天風呂作るっておっしゃいましたよね。洗濯疲れしたので三人でお風呂に入りたいです」

「ちょ、アウロラ!? 何言ってるの!?」


 イリアはアウロラの手首を引っ張って建物の裏に連れていく。

 アウロラはスプーンを持ったままイリアを見上げる。


「どうしたの?」

「異性と一緒にお風呂なんて何考えてるの!?」

「同性だよ」

「?」


 邪神は二人がこそこそしている間に庭にあっという間に露天風呂を拵え、美少女姿ですでに首までつかって入浴しているところだった。

 きれいな青いにごり湯になっている。入浴剤を入れたのだろう。


「はうぁっ!? きゃわ!? なにごと!?」


 露天風呂に浸かる少女神を部屋の窓から目撃し、あまりの尊さにイリアは一目で堕ちてしまった。

 さすがのイリアも透明感のある絶世の美少女神の前では理性が吹っ飛んだ。


「邪神ちゃんさんを見てあまりの尊さにイリアが堕ちました」

「あんたもか。まったく聖女というものは……」


 神だとみれば誰でも見境ないのか、と邪神は呆れる。


「聖女って人種は惚れっぽくてすみません。ね、イリア」


 アウロラの形ばかりの謝罪につづいて、イリアも顔を真っ赤にして頷く。


「イリアは洗えるのだろう? 保育園ではあるまいし」

「ですよね……自分で洗います」


 イリアが声まで落ち込んだので、仕方なく邪神はアウロラの後に洗ってやることにした。


「邪神ちゃんさん、イリアの心の声が聞こえませんか」

「……まあいい、洗ってやる」

「ありがとうございます!」


 ミルクティー色の長い髪を優しく洗ってやる。

 素手で神力を与えられながらだとイリアもたまらない。

 アウロラのことを言えたものではなく、イリアもぐずぐずに蕩けてしまう。


「髪を洗うのではなく頭皮を洗うのだ。少し毛先が傷んでいる、シャンプーは必ず泡立ててからつけろ」

「はぁん……もうだめです」

「あんたもこうなるのか」


 まるで媚薬でも盛ったかのように、腰砕けになる聖女たちだった。

 この世界は深刻な神不足で、聖女を満たしてくれる神がいなかったからか、邪神はどうしても聖女を魅了してしまうようだ。

 しかもそれはアウロラに限らない。


「私、神力を浴びせられるの初めてで……体がどうかなってしまいそうです」

「邪神さんの神力は、聖女にとってのマタタビなんです」


 アウロラはそんな分析している。

 そんなふうに人間を設計した覚えはないのだが、と邪神は解せない。


「折角洗っていただいたので、私もお返しをさせてください」


 イリアはアウロラと違ってできる子だった。

 邪神の長い髪も、輝く美しい肢体も丁寧に洗ってゆく。


「猫の入浴と比べてどうですか?」


 アウロラが猫基準で邪神に感想を尋ねる。


「イリアは合格だ。なかなかよかった」

「猫以上おめでとう、イリア! 私は猫以下だったから」 

「う、うん……」


 アウロラはどんな基準で生きてるんだろう、と真顔になるイリアであった。


 風呂に入り、洗濯物を畳んで、ポイントは二倍もらえた。

 邪神は面倒見がよいので、居候のイリアにも一部屋割り当てる。

 しかも家具や生活用品一式揃えてくれた。

 アウロラと同室になると睡眠時間が削られるとの理由だ。

 就寝時間になって、アウロラがイリアの寝室に忍び込んできた。


「イリアー、起きてる? ちょっと夜更かししよ」


 イリアも眠れていなかったようだ。

 今日の体験を思い出してうっとりしていたそうだ。


「アウロラ。あなたが神殿に帰ってこないのわかるわ……」

「イリアも邪神さん派になった?」

「なったかも」

「分かってくれるー!? 私しか邪神さんの魅力に気づかないかと思ってた」


 アウロラはイリアと意気投合する。


「最初は怖かったけど、あんなに素敵な方だったとは。美少女女神様、美しすぎてだめだった。もう邪神様しか見えないわ。改宗したわ。魅了か洗脳されてても構わないわ」


 アウロラとイリアでは、少し暑苦しさの方向性が違っていた。


「わー同担OK、一緒に推そう!! 私も邪神ちゃんさんが好きー!」

「推し活頑張ろう!」


 何とか嫌われたい邪神の思いとは裏腹に、イリアとアウロラの一方的な思いは燃え上がるばかりだった。


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