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【完結済】この終末は成り行きで(C1)  作者: 高山 理図
Chapter 3 それぞれの生き方
16/29

16話 【幕間】イリアも来ちゃいました

挿絵(By みてみん)


 アウロラは自室で目が覚める。

 窓から差し込む柔らかな光が部屋に満ちていた。

 まだ眠い目をこすりながら布団から抜け出し窓を開けると、爽やかな朝露の香りが鼻をくすぐる。


「うーん。いい朝」


 邪神から借りた部屋は、小物を飾っているうちに少しだけアウロラの部屋らしくなってきた。

 瀕死の状態でここに来たのに、みるみる肌艶がよくなってきている気がする。

 バランスのよい食事と規則正しい生活、邪神に世話を焼かれているうちに健康を取り戻してきた。

 だからアウロラは少し、朝が来るのが楽しみになっていた。

 新しい体験が彼女を待っている、その変化を楽しんでいる自分がいた。


「今日は邪神さんのターンですね!」


 後手、3ターン目だ。

 アウロラはお仕事図鑑の付箋をはがそうとしていた。

 今日の仕事はクリーニング店。

 アウロラは邪神に作ってもらった簡単な作業着を着て準備万端だ。

 そのアウロラとは対照的に、今日は邪神の準備ができていない。


「その前に質問がある。あんた、イリアという人間を知っているか? アイボリーの髪で碧眼の」


 邪神は言葉では伝わらないと思ったらしく、スケッチブックにさらさらと似顔絵を描く。

 例によって実写さながらの画力だった。


「すごっ、激似! 私の親友のイリアです! 何かありましたか?」

「あー……」


 アウロラは返答の遅れた邪神の肩をゆさぶる。


「さっさと白状しやがれ下さい!」

「実は瀕死になっている」

「どうしてそんなことに!」

「俺が触媒を消したことが引き金となり、悪運が続いて凶悪な翼竜に殺されかけている」


 邪神は世界中の人間の動向を逐次把握することができるが、普段は情報量過多となるので接続を切っている。

 それでもイリアがアウロラの追跡を諦めたかどうかは気になったので、神術で探査してみたらこれだ。

 イリアは邪神の干渉に驚いてランタンを落とし、油が地図に燃え広がって地図を失い、山道が崩落して翼竜の巣の上に墜落し、運悪く巣の卵を割って翼竜の逆鱗に触れた。

 邪神は腕組みをして首をかしげている。

 邪神の起こした些細なきっかけに対して、結果が苛烈すぎる。


「何故このような修羅場になったのかとんと見当がつかない」

「あの子、不運すぎるんです。すぐ助けに行かなきゃ命にかかわります」


 アウロラは真っ青になっている。


「不運にも程があるな」


 アウロラは稀に見る強運の持ち主だが、稀に見る不運を持つ聖女もいるらしい。

 コンビを組んでいたときは強運と不運で運を打ち消しあっていた。

 またアウロラのように法術回路がぶっ壊れているのかもな、と推測する邪神である。

 この世代のロットは粗悪なのだろうか。と生産者として反省するまであった。


「助けないんですよね。分かってます。邪神さんは助けなくていいので私だけで送って下さい!!」


 アウロラは久々に僧衣を着込んで杖を手に取る。

 脱ぎ散らかした私服は、邪神の頭の上に一枚ずつ脱ぎ捨てられた。


「邪神さんの加護もありますし、なんとかしてみせます!」

「待て」

「止めないで下さい!」

「スリッパで行くのか?」

「あっ、靴履いてきます!」

「助けないが、送ってやる。地門を開いてやるから、戻る時は同じ道を通れ」


 邪神は装備が整ったのを見ると外に連れ出し、地面を示して転送陣を立ち上げた。


『地門を開き、この者を渡界せしめよ』


 邪神が転移を行う時は天門を、人間や物体を転移させるときは地門を使う。

 地門は地から飛び出し、天門は空から落ちる。


「いってきます!」


 転送陣の中央から陥入して地門が開く。

 アウロラは昏い穴にずるりと吸い込まれ、転移術は完成した。

 後には苔むした山の地肌が残るばかりだった。


「イリアー!!」


 接続先に出現した地門から飛び出し、現場にスタイリッシュに着地をしたアウロラは、イリアの名を呼ぶ。

 そこは深い森の中だった。

 邪神はとことん最寄りまで送ってくれたようで、まさにアウロラの目と鼻の先で、イリアはまさに赤い翼竜の口に放り込まれるところだった。

 イリアは杖を手放し、意識を失いかけている。


「わーわー!」


 アウロラは慌てて叫んでしまう。


「大変!! 今助けるから!」


 アウロラは跳躍に法力を乗せて翼竜に飛び乗り、法力を込めて頭を物理で殴る。

 イリアのピンチで法術の詠唱をしている時間がないので、直接鈍器で殴打だ。

 華奢な子供からひねり出された怪力に、翼竜は怯んでイリアを取り落とす。

 アウロラは空中でイリアを受け止め、イリアごと開きっぱなしの地門に滑り込む。

 頭の上を、翼竜の尾がかすめていった。

 まさに間一髪、電光石火の救出劇だった。


「ただいまです!」

「もう帰ってきたのか? 1分と経っていないぞ?」

「翼竜は杖でぶち殴ってきました」

「お、おう」

「イリア、平気でしょうか」

「かすり傷だな。体内の損傷はない。じきに気付くだろう」


 邪神は地面に失神して横たわるイリアを診て評価する。

 意識がないのでもしやと気をもんでいたアウロラも、これにはほっとする。


「よかった……」

「俺は関わらないから適当に介抱して帰らせろ」

「どうして関わらないんです?」

「この姿を見て平気なのはあんたぐらいだぞ」

「脱げばいいのに。脱ーげっ! 脱ーげっ!」

「脱がない」


 すげないことを言うが、それでも邪神はイリアの休息のために一部屋与えて水と食料を用意してくれた。

 アウロラはイリアの側を離れず、ぴったりと付きそう。

 手を握ったり、息を吹きかけたりと余計なことをした。

 一時間ほどして、イリアはようやく目をさました。


「イリア、大丈夫?」

「ここはどこ? 私、死んだ?」

「安全な場所だよ。翼竜ならぶち殴っておいたよ」

「え、殴った? とにかくアウロラが助けてくれたの。ありがとう!」


 イリアは涙を流しながらアウロラにだきつく。

 階級が下の聖女であるイリアでは敵わない相手だった。

 死ぬと分かっていたから、恐怖で失神してしまったのだ。


「助けるのは当然だよ、友達じゃない。でも、どうして私を追ってきてたの?」

「あなたに魔術使用の嫌疑がかかっていたの。放っておけなくて」


 もし魔術を使っているのなら、やめさせたかったと。 

 その先のかくかくしかじかは、邪神から聞いた通りだった。

 要するに邪神の妨害によってイリアは道に迷い、命の危機を迎えていた。


「ありがとうイリア。なんか巻き込んでごめんね」

「一体何が起こっているの? あの魔術のような技は何?」

「あー……話せば長くなって……」


 隠し通せるとは思わなかったので、あまり細かいことは伏せて、イリアにはこれまでの経緯をすっかりイリアに打ち明けた。


「邪神の眷属になった!? 同棲してる!? ここは邪神の家!? もう無理!」


 衝撃の三連発で、イリアは一瞬でキャパオーバーしてベッドに大の字でひっくり返った。

 イリアが見上げた天井にはモダンなシャンデリアがかかっている。


「……のわりには普通におしゃれな民家ね。すごくいい感じ」

「邪神さんおしゃれだから」

「えまって。私、大神殿になんて伝えたら良いの? 終末を齎す邪神の眷属になってよろしく同棲してるって?」


 イリアは頭がくらくらしたらしく、白目をむいている。

 そしてはっと正気になってアウロラに問いただす。


「何もされてないの? そ、そのふしだらなこととか酷いこととか。だって邪神でしょ!? されるといったらゲスの極みでしょ」

「邪神さんを食べたり、お風呂を一緒に入ったり、一緒に寝たり、料理教えてもらったりとかはしたかも。襲われてないよ。むしろ私が襲ってるほうで……邪神さんは私のことうっすら怯えてると思う」


 イリアの顔が大変なことになっていた。

 話を理解できずに、アウロラは洗脳されているのだと自分に言い聞かせたようだ。


「本当に……すっかり洗脳されてしまったのね」


 イリアはアウロラの身の上を嘆く。

 アウロラは思い出して、部屋に飾った似顔絵をイリアに見せる。


「これ、邪神さんの素顔なんだ。絵ではニッコニコだけど本当は笑わないの」

「美しっ!? これ美化しすぎじゃない?」


 アウロラが邪神だという人物は、まるで宗教画のような美貌を持っている。

 イリアは信じていないが、かといってこの絵を描いたのは誰だという話になってくる。

 アウロラの画力を知っているイリアは、彼女の作ではないことだけは理解した。


「え、このままの姿だったよ。更に美少女にもなれるんだよ」


 アウロラの顔も実写そのままで特に美化されているわけでもなかったので、その画力を信じればアウロラの隣の人物も美化はされていない。


「そう見える幻術にかかってるんじゃなくて?」


 彼は人間に嫌われたいと言っているので、それはなさそうだとアウロラは思う。


「外見はどうでもいいよ。中身が大事なんだから。誰にでもちょっとイタいこと言ったり変な格好をしたくなる時期があるって、前にイリア言ってたでしょ」

「え、ええ。思春期特有の黒歴史ってやつ……うっ」


 そういう言動に身に覚えがあるイリアも地味にダメージを食らっていた。

 イリアはゴスロリな聖女を目指していたことがあった。


「邪神さんは今、そういう時期なんだよ。いつかイタいって気付く時が来る。だから私は中身を見てるつもり。邪神さんは本当にいい神様だよ」


 アウロラは自信を持って、彼をいい神だと告げた。

 万人受けはしないだろうし、ツンデレなところもあるが、基本的に邪神はお人好しなのだ。


「例えば今日、私が洗濯をしたら世界の終末を二年延長してくれるし」

「は、はい? どういうこと!?」


 イリアは顎が外れそうになった。

 アウロラが仕事をこなせば二年ずつ終末延長されるシステムだと告げる。

 アウロラは邪神にとって特別な存在なのだろうか、とイリアはさっぱり事情が分からない。


「その約束は口先だけで、約束を破ったら?」

「アウレリウスの枷があるから約束は守ってくれるの」


 アウロラは首にレース状に刻まれた黄金のタトゥーを見せる。

 イリアはことの重大さを理解し、そして俄然アウロラを応援したくなった。


「事情はわかったわ。任せて。全力でアウロラの自立支援をサポートするから。まさにここが終末戦線であり鉄火場だったのね!? 燃えてきたわ!!」

「う、うん……?」


 イリアは階級3の聖女で、法力にも運にも恵まれず、生涯大舞台に上がることはないと割り切って生きてきた。

 ところがひょんな形で最前線に参加できるとなると、血沸き肉踊るというものである。

 アウロラは、所在なさげに家庭菜園に水をやっている邪神のもとに、盛り上がっているイリアを連れて行って彼女を紹介する。


「邪神さん、親友のイリアです。イリア、こっちが邪神さん」

「は、はじめまして。イリアと申します。助けてくださってありがとうございました」


 邪神はじょうろを持ったまま半身の構えでイリアを眺める。


「俺は助けてない」


 イリアも聖女なので、一般人と違って認識阻害を使っていない邪神の姿は見えた。

 ただ、変装中の邪神の姿はやはり普通の感性をしている彼女にはグロテスクで背筋が凍る。

 よくこの化け物と普通に会話できるな、とイリアはアウロラを尊敬する。

 イリアはアウロラのように、神様的存在ならどんな姿でも構わない限界神様オタクではなかったので、素顔の絵を見たとはいえ邪神の姿には本能的な恐怖心を覚える。

 イリアは邪神と対面して冷や汗をかいていた。

 それこそがまさに邪神の望む、人として正解の反応だ。


「ちょっと失礼します」


 イリアはアウロラの手を引っ張って家の裏に一時避難した。


「どしたの?」

「はあ、はあ、死ぬかと思った。外見が怖すぎて直視できない。化け物じゃない」

「え、どこが? あれ全部メイクだよ? 変装が趣味なの。怖かったら目を閉じてたら良いよ」


 やはりアウロラは肝っ玉が座っていた。

 アウロラは今度はイリアの手を引いて邪神の前に押し出す。


「イリアもここでお世話になっていいですよね!?」

「いいわけないだろ」


 邪神は、何が悲しくて聖女を二人養わなければならないのかといったすげない態度だ。


「そんなこと言わず……イリアと一緒なら私の自立が早くなるかもですよ」


 イリアはアウロラのアドバイスに従って、目を閉じてやり過ごそうとしていた。

 だがやはり彼女も悲しいかな、聖女ゆえの感受性の高さで、彼から漂う神気には惹かれてしまうのだった。


(あれ、この気配……素敵かも)


 姿さえ見なければ全然いけるくちだった。

 アウロラは戸惑うイリアの反応を見逃さない。


「それにイリアなら邪神さんのこと怖がってくれると思います。人に嫌われたり罵られたり、そういうのしたいんですよね!? きっと相性も最高です」


 イリアの後ろに隠れてアウロラはイリアのアテレコをはじめる。

 ご大層にイリアの声真似までやっているので悪質だ。


「きもっ」

「近づかないでくれる?」

「今すぐ死んで?」

「ざぁこざぁこ」

「一秒でも同じ空気吸いたくない」


 え、これ私が言ったことになるの!? とイリアは血の気が引いていた。

 しかし邪神には感情がなく、何を言われても腹も立てなかった。


「どうです邪神さん、ゾクゾクきますか? あれだけ嫌われたいと言っていたんですから嬉しいでしょう?」

「……これ以上性癖をこじらせるのをやめろ」


 邪神は深い深い溜息を吐いた。

 よくわからない理由で押し切られ、しかも何故か断れない。

 何だかんだで邪神の隠れ家に聖女が二人転がり込むことになった。


ご意見、ご感想等ありましたらなろうの感想欄、DM、ウェブ拍手にてご送付ください。

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