15話 【先手3】正直だるい
「邪神さんのいるところにピンポイントで魔物が現われるの、偶然ですか?」
これで二回目だ。一度目は海竜、二度目は巨人。
わずかな滞在時間の間に神話級の魔物に偶然遭遇するなんて、アウロラもさすがに不自然だと思う。
アウロラが単独行動をしている時は殆ど見かけることがなかったことから、こうもタイミングが合うと不自然すぎた。
「偶然ではないかもな」
邪神は悪びれることなく告げる。
魔物は強い神気に惹かれ集まってくる習性がある。
人間や弱い魔物には認識阻害が効いていても、老獪な魔物や神話生物は邪神のおおよその位置を見抜く場合もある。
「邪神さんヤバイ奴らに大人気なんですね」
この世界にはもう神が一柱しかいないので、必然的に大人気になってしまう。
邪神が人里離れた場所に住み、気配を消している主な理由だった。
「あんたもその一人なのに気付いているか?」
「私はヤバくないですから」
「……」
「ああっ、村のほうに行ってますよ!」
巨人は遠く離れた小さな港町にまっすぐ向かっている。
人間を狙っているのだろうか、邪神を追っているのだろうか。
意思疎通ができないので分からない、その両方にも見えた。
「小さな村だ。踏まないことを祈っておけ。霜の巨人は人間を捕食しない。どこに行くのか知らんが、通り過ぎれば人間は助かる」
「助けないんですね!?」
「助けない」
邪神は決然としていた。
アウロラの言葉で譲歩することもなさそうだ。
「あの巨人、邪神さんより強いんです?」
「俺より強い奴は存在しない。そのように世界はできている」
「最強なのに助けないってことですか」
「あんたは人に踏まれようとしている蟻を助けるか?」
「助けませんね……」
そうだった。
サウナは作ってくれるけど人は助けない。
その行動は矛盾しているように思えるが、彼なりの考えがある。
アウロラとの関係に特別な何かを見出しているだけで、彼は世界に終焉をもたらすほどの力を備えた邪神で、大部分の人間には有害だ。
アウロラは雪上に突き立てていた杖を取る。
何もないと思っていたが、持ってくるべきだった。
杖を忘れるなと去り際に言い聞かせてくれた聖女イリアに感謝する。
邪神が助けてくれるのを期待している場合ではない。
彼はアウロラを成り行きで助けているが、どうせ滅ぼそうとしている人類全般を助ける必要性を感じていない。
人間に対する情もないようだ。
【くだれ天の断罪。主の怒りは地に降りそそぐ】
アウロラは最大限の法力で霜の巨人を攻撃しようとする。
倒せるとは思わないが、とにかく、注意を引いて進路を変えてくれたらそれでいい。
【天の……】
法術を放とうとしたところで、邪神に杖の先端をおさえられた。
軽く指を添えられているだけなのに、びくともしない。
「止めないでください!」
「やめておけ。多少注意を引いたところで意味がない。火力が足りん」
「ここで見殺しにしたら、一生後悔します」
「また見知らぬ人間のために傷つくのか。治さないかもしれないぞ?」
「治さなくてもいいです」
自分が傷つくとかどうなるかとか、そんなことは関係ない。
アウロラは今、正しいと決めたことのために迷わない。
「……致し方ない」
邪神はアウロラの頭に手を置く。
『爾を隷下に置く』
邪神はアウロラに勅命を下した。
人間であるアウロラが、神の支配から逃れることは不可能だ。
彼の右手から放たれた黄金の光がアウロラの視界を包み込む。
「あんたを俺に隷属させ、所属物として人格を保存しながら神術回路と法術回路を繋いだ。眷属にしたということだ」
「それってどうなります?」
「俺の神力もあんたのものとして使える」
「法力を撃つたびにダメージが入るのは?」
「それは俺が引き受ける」
「元に戻して下さい。あなたを傷つけたくないんです」
「それは俺もだ」
二人共、同じことを考えていた。
アウロラは邪神の厚意を無駄にしないことにした。
「遠慮なくいけ。びくともせん」
「ありがとうございます。ではあなたを信じて遠慮なくいきます」
【“天の氷槍”】
アウロラは邪神に心の中で詫びながら、法術を放った。
法力の消耗を感じない。無限の力が引き出されている。
痛みも感じず、集中を削がれず、アウロラは100%攻撃に集中できた。
アウロラによって放たれた法力は巨人の頭上に極大の氷柱を生じさせる。
攻撃は敢えて巨人に当てない。
邪神の力を借りたからには、誰も傷つけないという彼の方針を尊重する。
霜の巨人は神力を嗅ぎつけたか、進路を変えるとそのまま雪原へと歩き去っていった。
「助かりました?」
「ああ、俺を追ってくるかもしれないが、もう戻ってはこんだろう」
「邪神さん、ダメージ負いましたか?」
「いや全く?」
こたえていない。
そう言えば、アウロラが彼に最初に攻撃したときも彼は無傷だった。
「よかったです。あれだけの法術を使ったのに全然疲れませんし痛くもありません」
「俺の神力が常時供給されているからな。眷属にしてしまったのであんたの所属団体、神聖なる光の集会からは追放されるかもしれんがもう知らん。なるようになれ」
至聖であるアウロラが邪神の眷属にされるなどあってはならないことだが、アウロラはもう立場がどうなろうと気にしなかった。
「私は嬉しいですよ。邪神さんの仲間にしてもらって」
仲間にしたというよりは従属物として隷属させたのだが、アウロラは違いが分かっていない。
それを説明するのも億劫で、邪神はそういうことにしておいた。
「……帰るか」
「だめです。サウナ入ってからです」
「忘れていなかったか」
「当然です」
アウロラはしつこかった。
邪神は嫌がらずに付き合ってサウナを作ってくれた。
アウロラは防寒着を脱いで、バスタオル一枚で暖かなロウリュのアイスサウナを堪能する。
「ああ~! 整います~! めっちゃ汗かきます~」
アウロラはアイスサウナでも全身びしょ濡れだった。
邪神は汗ひとつかかず、サウナストーブの石に水をかけてロウリュを起こしている。
「老廃物ダバダバですよね」
「いやただ発汗しているだけで老廃物は出ていない」
「デトックス効果は? 毒素排出は? 美容にいいって聞いたんですが」
アウロラは聞きかじった効果を尋ねてくる。
「そんなものは全くない。サウナは基本的に人体に有害だ。雰囲気だけ楽しめ」
「蘊蓄やめてもらえますか」
二人でベンチに座り、まったりと過ごす。
水風呂に入ると温度差が大きいので、邪神はアウロラの負担を考えて少しぬるいぐらいのお湯を用意しておいてくれた。
アウロラは邪神ちゃんとぬるま湯に浸かる。
邪神はアウロラと入浴するときは邪神ちゃんになるようだ。
「確認したいんですけど、邪神ちゃんさんは人間を滅ぼそうとしているんですよね。その気持は今後ずっと変わりませんか?」
「無論だ」
「でもいつ滅ぼすかは」
「決めてない」
数日前と何も状況は変わっていなかった。
邪神は情にほだされるということがないようだ。
「先延ばしはいけません。決めちゃいましょう。五千年後にしましょう」
「そんなに待つつもりはない。せいぜい千年までだ」
「じゃあ千年! 千年いただきました! 誓約書も作って欲しいです」
「確定はしないし誓約書も作らない」
そう簡単にはいかない。
「邪神さんは私のこと、あんたほどの不器用は初めて見たとおっしゃいました」
「まあ初だ。少なくとも俺は会ったことがない」
「あと、誰かに食べられたのも初めてですって」
「あってたまるか」
邪神はアウロラに食べられたのがトラウマになったのか、サウナの中でぶるっと身震いをしていた。
金髪の少女神が本気で怯えているのをデレデレと愛でながら、アウロラは提案を持ちかける。
「なら長く見ていれば人間にも新たな発見があるかもしれませんよ。もっととんでもない人がいたらどうします? 最後まで見ないと勿体ないと思うなー」
「正直もうあんたのような個体は腹いっぱいだ」
邪神は何となくアウロラに付き合っているが、成り行きに任せているだけだった。
特に予定も立てていないので、時間が潰れても何も思わない。
「人類を滅ぼした後はどうするんです?」
「また新たな世界に行き、新たな任務につく」
手が足りない世界に招かれ、そこで職能神を務めるのが定番のコースだ。
「引っ越しも転職もだるくないですか? 引越し先にも気を使うし、仕事も増えるし、なんならもうずっとここでよくないですか?」
「そういうわけにはいかないからな」
寿命のない邪神であるが、ここに定住していつまでも停滞しつづけるわけにはいかない。
成長や研鑽をやめれば退化が待っている。
神にとって、退化は悪だ。
最終的に知性を失い、生ける屍と化してしまう。
「でも、終末活動って実際だるいですよね?」
アウロラは悪い顔をして悪魔の囁きをする。
「……ああ」
「はいいただきました。終活、正直だるい。今の一言、額縁に入れて飾っておきますね。邪神さんがたくさんサボれるよう、私スタンプ集め頑張りますから」
アウロラは万能神エル、もとい邪神を翻弄して、口先だけで終末を延期し続け人類を終末から救うかもしれない。
「はい、少し寒くなってきました。もう一回ロウリュをキメましょう」
「あと一セットだけにしろ。心臓に悪いと言ったはずだ」
案外、最終任務の障害となる恐ろしい相手なのかもな、と邪神は再認識した。
2章終了です。
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