14話 【先手3】遊んでみましょう!
「今日は私のターンです」
先手、アウロラ。3ターン目。
今日は邪神更生計画を進めていきたい。
アウロラは既に簡単な卵、肉、魚料理ができるようになり、朝食も用意できるまでになっていた。
食器も八割がたは割らずに洗えるようになっていた。
残りの二割は割る。
日々の邪神の涙ぐましい指導の賜物でもある。
とはいえナイフは危ないのでハサミで調理をしていたが、美味しければいいんだよの心意気だ。
二人はいつものように朝食をテラスで済ませて、リビングに戻ってきてぐーたらしながら雑談をしていた。
「ところで今日は何月何日ですか」
「7月7日だ」
「日付聞いただけでもう暑いです」
「ここは山頂だし、さして暑くない」
アウロラはうだってしまって、昨日作ったばかりのスカートの中をうちわであおいでいる。
仰ぎながら、邪神をうらめしそうに見つめる。
「邪神さんはそんな全身特殊メイクしてて暑くないんですか。実はやせ我慢してるだけで汗だくとかになってないです? 嫌だなー、ムレムレだったりしたら」
「汗をかくのは人間と、ウマ、羊、ブタなどの一部の生物だけだ」
「はあー!?」
邪神は素肌を見せないほどの特殊メイクを施しているが、灼熱の中でも寒冷地獄の中でも不快に感じない。人間とは感覚が違う。
アウロラは部屋の隅に立てかけている“暁の杖”を取ってきた。
「こうなったら氷結法術を使って涼しくします」
「やめておけ。反動で折角作ったスカートが血まみれになるぞ」
ここに来て以来、法術を使おうとすると邪神に止められてしまう。
「……むー。じゃあ邪神さんが涼しくするか、涼しい場所に連れてってください」
「あまり温度差のある場所を頻繁に移動すると体調を崩す。人間はそのようにできている」
「誰がそう作ったんです? 苦情を言わなければ」
「それは……創造神だな」
ちなみに創造神イコール彼だ。
もはや一人何役やったか覚えてもいない。
彼は有能ゆえに、これでもかと仕事をこなしてきた。
「今何で詰まったんですか。お知り合いなんですね!? 創造神様に文句言ってきて下さい」
「機会があれば」
この世界の一通りのものは彼が作ったので、苦情の総合窓口は彼だ。
「そう言えば、邪神さん以外の神様ってどこにいらっしゃるんです?」
「知らん。もう数千年は会っていない」
「探しましょうよそこは。もう皆さん他の世界に行って、置いていかれてるかもしれませんよ」
当たらずとも遠からずだった。
しかし多神教を信奉している彼女に、この世界には他の神はもういないのだとは言い出せない。
神々はこの世界を去り、他の世界に夢中だとは。
人間の立場からすれば見捨てられたようにも思うだろう。
実際に見捨てられているのだが、それをわざわざ言うほど邪神は無分別でもなかった。
完成した世界を最後まで見届けて、後片付けをするには一柱で十分なのだ。
「たまには他の神様に会いたくならないですか?」
「ないな」
「ぼっちの陰キャってことですか」
「それでいい」
「邪神さん、私と友達になります?」
アウロラが邪神の肩に手を置くので邪神はぺっと払い除ける。
ヘイトを稼がなければならないのに、隙あらば邪神と馴れ合おうとするので、彼女は本当に油断がならない。
「話は戻りますが避暑地に行きたいのです。連れて行って下さい」
「例えば?」
「辺り一面雪景色の」
「避暑地というのは涼しい場所をいうんだ。あんたが行きたいのは極寒の地だな」
「ないんですか? そういう拠点」
「あるといえばあるが、人が住むところではないぞ」
ないと言えばいいものを、邪神は尽くアウロラのペースにはまってしまう。
あると言ってしまった以上、連れて行かなければ彼女はうるさい。
邪神は防寒具を渡してアウロラに着替えてもらう。
インナーを三枚に、コートに帽子に手袋。
完全防備だ。アウロラは微妙な顔をしている。
「さっきの百倍ぐらい暑いのです。殺す気ですか」
「すぐにこの装備を感謝したくなるはずだ」
「あ、待って下さい杖持っていきます」
前回の失敗があるので、もう手放せない。
彼はアウロラの肩に手を置き、一面の銀世界へといざなう。
『天門を開き渡界せよ』
やってきたのは北半球の北端に近い地域だ。
気温は実にマイナス30度で、釘をバナナで打てることうけあいの極寒の地だ。
ブリザードの吹き荒れる高台の上に、氷のブロックでできたドーム状の建物がある。
そこが邪神の拠点だった。
「ここが俺の最北端の拠点だ」
「さっむ! 寒暖差で風邪をひきそうです」
「風邪どころか凍死するぞ。厚着をしてきてよかっただろう」
「この装備最高ですね」
アウロラは掌返しが早かった。
氷でできた建物の中に入ると、氷のベッドやテーブル、缶詰などの食料、調理器具などが配置されている。
「生活感ありますね。何に使っていたんですか?」
「遭難者のために作って管理していた。いわゆる避難小屋だ。一応緊急時のみ使用可能だと書いてある。誰か使ったあとがあるな」
施設管理者への感謝の言葉を綴った置き手紙があった。
「めためたに感謝されてますね。私も見習いたいぐらいです」
煽られているのか褒められているのかよくわからない。
アウロラは多分褒めているつもりだ。
「見て下さい邪神さん、まつげエクステです。盛れてますか?」
「盛れてる盛れてる」
ただでさえ長いアウロラのまつげは凍って真っ白になっている。
彼女自身は睫毛も銀色なので、かなり盛れていた。
「邪神さんも盛れてますよ! 怖くなってます」
邪神は存在自体が雪原の中でホラー系シュルレアリスム作品のようになっていた。
夜中には出会いたくないタイプだ。
「で、ここに来て何をしたいんだ」
「一緒に遊びましょう! 邪神さん、最近遊べてます?」
「遊んだことはない」
「遊んだことがない!?」
アウロラは厳しい修行に励んできたが、安息日は同僚の聖女たちと自由に過ごしていた。
ずっと仕事一筋の人生だなんて、とアウロラは同情する。
「じゃあ遊んでみましょう。遊びを通して豊かな心が育まれるはずで、あなたの更生にも繋がる筈です」
「遊びとは子供の成長過程における運動能力や認知的発達の向上のための、ある種の訓練なので俺には必要のないものだが……」
「はい蘊蓄終了。今日は私のターンですからね。理屈はいいので遊びましょう。まずは顔拓からいってみましょう」
蘊蓄のあしらい方もうまくなってきたアウロラである。
「その遊び、どこで仕入れてきた? 聞いたことがないのだが」
顔ごと雪に突っ込んで、面白い顔のあとを雪につける遊びだ。
アウロラのセルフ顔拓が完成した直後、邪神も背後から襲われて顔ごと突っ込まれた。
「少しは面白い顔をしてくれないと」
「無理だと言っているだろう」
邪神の顔拓は無表情でホラーだ。
しかし無表情で無感情な邪神と遊んでいても、彼は丁寧にリアクションをしてくれるのでアウロラは満足だった。
割れ鍋に綴じ蓋というものだった。
「次いってみましょう。パスタチャレンジ!」
パスタを食べている間にフォークごと固まる雪国の遊びだ。
本当にくだらない。こんな事ばかり詳しくて、と邪神は嘆かわしい。
「パスタは誰がどうやって用意するんだ?」
「ちっ、わかりましたよ。では雪だるまいきます」
アウロラは童心にかえって雪玉を転がし、やっとのことでいびつな雪だるまを作り上げた。
極寒の地に降り積もる雪はパウダースノーで、溶けないのでまとまりにくい。
それを強引にまとめようとするにはコツがいる。
アウロラは形は気にしないらしく満足した様子で、雪玉二つを上下に積み重ね、木の枝を挿して手をつくり、小石で目を作って赤いマフラーを巻く。
「まさか上段を大きく作るとはだよ……」
うっかり上下をひっくり返したくなるが、邪神はもう直さない。
あまりアウロラを甘やかしすぎるのはよくないし、物作りの経験を奪うのもよくない。
手を出さず、助言だけはしておく。
「更に大きな雪玉で三段目を作るのはやめておけ。自重で圧潰するぞ」
「あ」
乗せる段階で既に下段が潰れていた。
アドバイスが間に合わない。
「勉強になりました。あなたに遊んでほしいのに私が遊んでますね」
「まあ、あんたが楽しいのならそれでいいだろう」
「邪神さんも雪だるま作って下さい!」
邪神は完璧なプロモーションの雪だるまを作ったうえ、隣に軽く雪を固めて表面をなぞるだけで、美しい白鳥の彫像ができていた。
所要時間、三分。
アウロラは理解できずに鼻水が固まった。
「神術使いました? 使いましたって言って下さい」
「使った使った」
「う、美しいんですが! ですがこういうコンクールに出せそうな芸術作品は求めてないんです……こうやって何でもできちゃうから楽しくないんですかね」
「あんたはいつも楽しそうで羨ましいよ」
器用すぎて何をやっても究極の域にまで達してしまうのだ。
だから彼の作業は遊びにならない。
その後はアウロラに振り回されてながら適当な木切れに乗って二人でソリ遊びをする。
「あー楽しかったです!!」
「それはよかったな」
邪神に遊びの楽しみは分からなくても、アウロラが楽しそうにしていると彼はそれでよしと思えた。
「次はオーロラがみたいです! 私の名前の由来なのに、見たことがなくて」
アウロラは先ほどまで雪だるまだったものを蹴飛ばしながら、次のおねだりを始めている。
邪神は空を見上げてかぶりをふる。
「時期が悪い。オーロラは日没後から夜間に見えるが、この時期は白夜だ。日が沈まない」
「いつがベストシーズンなんです?」
「今から二ヶ月以降だな」
万能神にできないことはないが、敢えてやらないことはいくらでもある。
例えば、公転周期を早めたりだとか、環境に影響する大掛かりなことはやらない。
「では出直しですね」
アウロラは来る気満々だ。
「……二ヶ月後に気が変わらなければな」
「寒くなってきました。サウナ入りたいです! アイスサウナっていうのがあるって聞きました。はやくサ活して整いたいです」
「サ活だのなんだの、余計なことばかり……」
「サウナ、作れるんですか作れないんですか?」
「作れる。というかできないことがない」
半ばお約束のかけあいになりつつある。
こうやってアウロラに振り回されているが、彼はこまめな性格なので、アウロラに何をしてやるにも特に億劫には感じなかった。
邪神がさあサウナを作るか、という構えをしたときだった。
アウロラの視線は雪原の彼方に固定される。
つられて邪神も彼女の見たものを追う。
「邪神さん、あれ……何ですか?」
「ああ、あれか。“霜の巨人”だな。この近辺で見たのは初めてだが」
山よりも高い、真っ白な巨人が大きな歩調で歩き去ってゆくのが見えた。




