13話 【後手2】仕立て職人、であってます?
二人はスカートの生地を買って帰宅し、休憩を挟む。
作業再開の前に何故かアウロラは準備体操までして気合を入れ、いよいよスカートの仕立を始める。
生地を裁断し、糸でしつけをして本番だ。
まだ本番を作ってよい段階では到底ないのだが、これが職業体験である以上、苦手意識を持たせないためにも邪神は一日で終わらせたい。
「縫い目が曲がりました……助けて」
「またか」
「人生曲り道なんです」
かわいくおねだりをしているようなのだが、邪神には響かない。
リッパーで間違った縫い目をほどいてやるのもこれで三回目になる。
上糸の数カ所を切って抜き取れば、下糸は苦労せずに取れる。
邪神は器用で縫い目を解くのも速いので、彼女の尻拭いをそう負担にも感じていない。
「仕立て職人、私的にアリかもしれないです。楽しく作業できてます」
「そうか。ならよかった」
これほど苦戦していて楽しいのかと、逆に感心する。
鼻歌まで出てきたので、その言葉に偽りはないのだろう。
「こんな楽しいことを教えてくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
彼女の技量的に今のところありだとは思わない邪神であるが、本人がその気なら止めない。
邪神の経験上、人間には楽しいと感じることを続けさせるのが一番だ。
労働が稼ぐためだけの手段になってしまっては、ただの苦痛だ。
「そうだ、ここにワンポイントほしいですね」
「ほしくない」
足し算のデザインにせず、引き算にしろと言いたい。素人ほど余計なことをする。
タダでさえ花柄でごちゃついているのだから、これ以上装飾しようとするのはデザインに合わない。
「こう、何か主張したいんです。私が作りましたっていうのが。名前でも入れましょうか」
「名入れしたいなら裏にタグでもつけとけ」
夕方になって、ようやく一着目のミモレ丈の花柄のスカートが完成した。
軽やかで、少し光沢感もあるのに肌触りもよい。
シルエットも抜群。
ピンクとパステルカラーの色彩が気分を上げてくれそうだ。
邪神は体験終了の証に「自立支援スタンプカード」に完了の判を押し、仕立て職人と記載する。
アウロラは人類の終末を4年延長できたうえ、スカートもゲットして感動している。
「わあ、遂にできました。初めての手作り作品です!」
「いいじゃないか」
「穿いてみますね」
アウロラはスカートを穿き、鏡の前で嬉しそうにスカートをひらひらふわふわさせている。
苦労して手に入れたものは嬉しかろう、と邪神はアウロラが切り散らかした端切れを掃除している。
「邪神さん、似合いますか?」
「ああ、似合っている」
「そんなー照れます!」
社交辞令というやつだが、アウロラは真に受けている。
「では張り切って二着目いきます!」
「時間が押しているから二着目は俺が作る」
「え、はい」
邪神は10分ほどで作ってしまったので、アウロラは技量の差を見せつけられてすねている。
「何いまの。神術を使いました?」
「使った使った」
もう使ったことにした。
「まあいいでしょう。ではそれを試着してみてください」
アウロラはスカートを持って邪神に迫ってくる。
「まて」
邪神は警戒しているのかそのまま固まってぴくりとも動かなくなった。
「そんなに嫌がらなくても」
「別件だ。あんたに人間から追手がかかった」
邪神とアウロラは一心同体なので、アウロラを的にかけられた法術や魔術があれば察知することができた。
「人を追い回すなんて、迷惑極まりないですね」
数ヶ月にわたって邪神を追い回していたアウロラもさすがに我がこととなると警戒する。
「追われているのは邪神さんでは?」
「俺の存在を認識できる人間はいない」
「もしかして、邪神さんのこと知ってるの、世界で私だけ?」
「そうだよ」
気配を消していたのに何故発見されているのか、邪神にもよくわからない。
「邪神さんにとって私は特別な存在なんですね……そっか」
何故かふんわりと照れ始めるアウロラである。
「特別手がかかる個体だとは思っているがな」
「何で私に人間から追手がかかってるんです?」
「こっちが聞きたい。あんたの所属団体ではないのか」
「あわわわ、心当たりがありません。大神殿に睨まれたんでしょうか」
アウロラは頭を両手で覆いながらガタガタと震えている。
大神殿長ルシアナは温厚そうな顔をしているが、指導と称して恐ろしい特訓を仕掛けてくるのだ。
何なら邪神の指導より数百倍厳しいし、正直邪神より怖いのである。
「私、何も問題起こしてないのに?」
「問題だらけに見えるが」
それ以前に邪神と同棲している聖女など即刻クビだろうと思う邪神である。
「ここにいる限り俺の認識阻害が効いている。見つかることはないが、あんたは軽率に人里に降りていくから、いつかは見つかるかもしれん」
「見つかったら走って逃げます」
「なめてるな……」
そんなので所属団体を捲けるのかとも思うが、いざとなれば認識阻害をかけてやればよいだけだ。
邪神と行動をともにしている限り、アウロラに危険は起こり得ない。
「というわけで、邪神ちゃんさんはスカートを穿きましょう!!」
アウロラは邪神に試着させるのを忘れていなかった。
『辿り、断て』
邪神はいとも簡単に逆探知をかけ、追跡の触媒となっているものを燃やしておいた。
これで同じ術はかけられまい。術者は聖女イリア。
深追いするなというメッセージは伝わった筈だ。
◆
「何っ、今の……!?」
触媒としていたアウロラの包帯が、冷たい炎で燃え上がる。
聖女イリアは、単身アウロラを追う道すがら、彼女へ至る手がかりが消えてゆくのを呆然と見ていた。
探知しているのを気づかれた……?
触媒を消し去っただけで反撃はしてこないようだが、格の違いは見せつけられた。
「やはり魔術……? アウロラと魔術師が手を組んでいるの? どうしちゃったの」
聖女イリアは胸騒ぎがする。
魔術使用の嫌疑が事実になりつつある。
アウロラはもう引き返せないところまで堕ちたのかもしれない。
それでも親友として、どうしても彼女を止めなければ……。




