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【完結済】この終末は成り行きで(C1)  作者: 高山 理図
Chapter 2 聖女、教育されてしまう
12/29

12話 【後手2】私が仕立て職人に?

「今日は俺のターンだ。覚悟はいいな」


 後手の日を一日千秋の思いで待っていた邪神である。


「後手、私のお仕事体験の日ですね。私も楽しみになってきましたよ」

「それは結構。次の体験を選べ」

「もう決めてきました」


 アウロラはお仕事図鑑にいくつかふせんをつけていた。

 下読みをしてきたようだ。やる気の程度がうかがえる。


「おお、やる気を出したのか。それは感心だ」

「今日は仕立て職人をやってみたいです」

「なかなか地に足がついている」


 アウロラの自立支援をしたいという目的からしても、生活力が上がりそう職種は邪神としては大歓迎だ。

 服飾はいつの世も需要があるものなので、裁縫を身につければ、それは一生もののスキルになる。


「おそろのスカートを作りたいんです」

「おそろいの」


 邪神はアウロラの不適切な言葉遣いを直す。


「おそろの」


 アウロラは更に不適切に翻訳する。


「スカート」

「スカートです」

「同じスカートを二枚作りたいと言っているのか」


 邪神は支離滅裂なアウロラの文章を翻訳する。翻訳しても、何がしたいのかわからない。

 邪神は足元まで隠れる黒革のコートを纏っているが、一応ロングコートであってスカートではない。

 となると間違いない、邪神用ではなく邪神ちゃん用だ。

 これはまずいと思った邪神はアウロラの説得にかかる。


「いきなりスカートは難易度が高い。まずは簡単なものからいくべきだ。定番の巾着からいけ」

「いやです。モチベに影響するので作りたいものからいきます。巾着でモチベ上がるかっていうんですよ」


 まあ、裁縫の体験をさせられるならと邪神はもうアウロラにどうこう言わないことにした。

 ここでへそを曲げるとどうなるか分からない。


「スカートといっても色々ある。どんなタイプのスカートを作りたい」

「フリルスカートです」

「却下だ。初心者がやるもんじゃない」


 やたらフリルをつけたがるアウロラを説得してフリルをなくさせ、型紙不要のタックスカートを勧めて了解を得る。

 リボンベルトをつけたがるので、それは容認する。


「布面積を増やすな。手縫いなのだから今日には終わらなくなる」


 互いのプロデュースは一日交代のターン制という約束だ。

 一つの職種に二日かかってしまっては、他の職種を体験させる時間がなくなる。


「丈はどうする」

「一番長いのがいいです」

「マキシにするな。ミディかミモレ丈にしろ」

「すみませんファッション用語わかりません」


 ミディとは、膝からふくらはぎの中間の辺りの丈。

 ミモレ丈とはふくらはぎの真ん中ぐらいまでの丈。

 そしてマキシとは、くるぶしまでの丈だ、と邪神はすらすらと説明する。

 アウロラの知らないファッション用語だ。

 邪神には不得意分野がないのだろうか。


「ええーでもマキシ? が可愛いんですもん。やーやーなのです」

「幼児退行するな。まあいい、俺のソーイングマシンを貸してやろう」


 邪神は愛用しているというソーイングマシン(ミシン)を神術でその場に呼び出し、リビングの隅に設置した。

 足踏み式で、手動より早く縫える。

 電動のものもあるが、この世界ではオーパーツだから出せないとのこと。

 普段はこれで衣装を作っているというので、アウロラは微笑ましくなる。


「まさか邪神さんのその服、手づくりなんですか。いつもぱぱっと神術で出してくださるのでてっきりそうかと。いやー丁寧な暮らししてますね。憧れます」


 家にあるものは、家も含めて全てが邪神の手作りだという。

 何もかもが本職の技量だった。


「俺は普段、神力を節約しながら生活をしているんだ。裁縫なんぞに神力を使っていられるか」

「……毎日のように神力を大量消費させてすみません」

「まったくだよ」


 彼が神力を節約しているのは、来るべき終末に向けて温存しているからなのだが、アウロラに少しずつ削られてしまうとまた備蓄しなおさなければならなくなる。

 まさかこれも作戦なのかと疑い、彼女の間の抜けきった顔を見てそれはないかと否定する。

 正直言って、それだけの知性があるように見えない。


「まずは手縫いから教えていくか」


 丁寧に糸の玉結びから教える。

 糸の端を利き手の人差し指に巻き付け、親指で縒り合わせる。

 合わさったところを中指で押さえ、糸を引く。


「指に唾液をつけないと縒れないのか? そこで中指を持ってくるんだ」

「邪神さんその鋭い爪でできるのすごいです」


 彼は指先までゾンビのような全身特殊メイクと付け爪をしていた。

 細かい作業ができるわけがないとアウロラは思うのだが、全く難なくできていた。


「針先でやる方法もあるぞ。まず針に糸を通してみろ。針穴は大きいものにしておいたから」

「私、若いのでちゃんと針穴見えますよ! 糸通しぐらい任せてください!」

「だといいんだが……」


 邪神はアウロラに針と糸を慎重に手渡す。

 細心の注意を払っていないと布ではなく手に針を刺しそうだ。


「指を刺すなよ。くれぐれもな」

「……痛いです」

「早いな」


 アウロラは早速指に針を刺していた。

 針に糸を通せというのに、針を指に通してしまっている。

 小動物のように震えながら涙目の上目遣いで見てくるので、邪神は料理のときと同じデジャブを感じる。

 負傷RTAをしているのではないのだがな、と邪神は嘆かわしい。

 料理のときは怪我を治してやっていたが、針刺しぐらいの傷は小さいので治療しない。


「実は不器用なあんたのための裏技がいくつかある」

「早く言ってください!」


 邪神は糸通しに苦労した経験はないが、料理の時のアウロラの様子を見るに、常にいくつかの裏道を用意しておく必要がありそうだ。

 邪神は古くから伝わる技を伝授する。

 糸を斜めにカットする方法。

 糸をなめる方法。

 髪の毛を結びつけて糸を通す方法。

 指先に糸を巻き付けておいて針を動かす方法。

 糸を固定し、針を通す方法。


「そんなに難しいか?」

「うう……」

「あんたよくそれで至聖級の聖女になれたな。あんたの宗教団体の評価基準どうなってんだ」

「チクチク言葉はだめです。指だけでなく心にも針が刺さります」


 最後に、スレダー(糸通し)を使う方法を教える。

 どれもこれもダメだったアウロラは、スレダーを使ってようやく糸を通せた。


「そうだ。糸をしっかり引いて結べ。玉止めができたな」

「わあ、糸通しと玉止めばっちりです!」

「休憩するか」


 ここまで所要時間、30分。

 まだ糸を通しただけなのだ。先の思いやられる邪神である。

 まだ今日の目標であるスカートは、影も形もできていない。


 アウロラはいかにも仕事をしましたという顔で、邪神の焼いたスコーンを頬張り、紅茶を味わっている。


「私、いつも同じ服を着ているので、他の服が作れるようになると嬉しいです」

「そうだな。服飾も裁縫も奥が深いぞ」

「邪神さんに服を作ってあげるの楽しみです。ふふ、フリフリのミニスカとかどうですか」

「スカートはもういいと言ったからな」


 邪神は無表情でお断りをかける。


「休憩終わり。スコーンの油がついている。手を洗ってこい。洗ったら縫い方を教えていく」


 休憩の後は気を取り直して、基本の縫い方を教える。

 生地の表と裏に交互に針を通し、等間隔に縫う。

 返し縫い、まつり縫いまで実演する。

 運針がよく分かるように、ゆっくりと教える。


「縫い目が美しいですね。私もやってみたいです」

「練習をしてみるか」


 さあ、どうなることやら。と気をもみながらやらせてみると、


「うわー、玉止めをしていませんでした」

「間隔がバラバラです」

「痛いです」


 などなど大騒ぎをしながらアウロラの針刺し事故も十回に一回ぐらいになった頃、ミシンでの縫い方を教わる。


「え、もしかしてソーイングマシンって手縫いより楽ちんです?」

「そうだといいな」


 邪神は心からそう願う。


「こういう便利なものがあるなら早く出してくださいよ」

「どちらにしても手縫いは必須だ」


 ミシンの使い方を説明し、糸をかけ、見本を見せ、もうあとはペダルを踏むだけというところまで完璧にお膳立てをして「いけるか?」とやらせてみると。


「止まりません~~!」


 言った側から暴走させるので、邪神は思わず足を押さえる。


「ペダルを爆速で踏むな。ゆーっくりでいいんだ」

「ふう、止まりました」


 あれやこれやしながら、端切れを縫う練習を続ける。

 アウロラは究極に不器用なのだが、どんなに失敗しても投げ出したりはしない。

 そこだけは褒めるべき点だった。


「針おかわりです」

「もう針がなくなるぞ」


 針を折りすぎて在庫がなくなりそうだった。

 上糸がからまったまま進めるので折るのだ。

 その都度説明して、見せて、手を添えてやっても何も吸収してくれない。

 ここまで不器用な人間はもう生産者側の責任かもしれず、本人には責任がないと邪神は達観するに至る。

 それでも少しずつ縫えているので進捗は生み出しているか、邪神も寛容になってきた。

 ようやく端切れを何とか縫えるところまできた。


「あんたと出会ってから俺にもだいぶ忍耐力がついた気がする。俺は全ての能力が上限に達していると思っていたが、あんたを見ているとまだやりこみ要素はあるな」

「ふふ、新しいご自分に気づけたのは私のおかげですね。お礼はいいですよ」


 アウロラが計画通りという顔をして目を細めているので、まさかな、と思う邪神だ。


「邪神さん、次の工程はいよいよスカートの採寸ですか?」

「型紙の必要のないスカートにしたから、採寸もいらないぞ。あんたのざっくりとした体型はわかるし」

「私は邪神ちゃんのスリーサイズの採寸をしたいんですが?」


 採寸させろと猛烈に抗議をしてくるので、邪神は身の危険を感じる。


「目的と手段をすり替えるな」

「仕方ないですね。では街にスカート生地を買い出しに行きましょう!」

「待て待て、生地の手持ちがあるんだ。まずはそれを見ていけ」


 アウロラに邪神の手持ちの布を見せてやるも、首を縦に振らない。


「これが木綿の黒、アイボリー・ブラックの綿、これはレザーの鉄黒で」


 邪神の生地の趣味はアウロラにはとことん合わなかった。


「全部黒無地じゃないですか。せめてドットとかストライプ、マーブルぐらいの可愛げがあればまだ考えたものを」

「黒無地の何が不満だ。どんな場面にも合うぞ」

「パステルカラーを持ってきてください。なければ買い出しです」


 二人はお出かけの支度をして、織物で有名なルミナリア・アエテルナというという地方都市にやってきた。

 邪神は認識阻害を纏ったので、アウロラ一人で手芸店に入店したように見える。


「いらっしゃいお嬢さん。今日は一人? どのような生地をお望みで」


 店員が話しかけてくるので、アウロラは寸法と生地の素材のメモを見せる。


「スカートを二枚作りたいんです。かわいいピンクの花柄を見立ててください」

「いいよ、お嬢さんに似合うのがたくさんある。裏地はいらないんだね」

(無地にしろ? 綿の無地、ブロード(平織)の生地だ。リネンでもいい。番手は小さいものがいい)


 邪神は色々アドバイスを入れながらアウロラの肩をつつくが、ぺしっと指を払い除けられて完全無視だ。


(ピンクの花柄か……番手の大きいものばかり選んで)


 番手(生地の目)が大きいと目が詰まっており、硬くて縫いにくいのだ。

 アウロラは生地の性質を無視してパステルカラーばかり物色している。

 彼女が「お揃いで作りたい」というからには、邪神もそれを着せられることになる。


(柄物は柄を合わせるのが大変なんだぞ)


 認識阻害を使わず人間に化けて同行し、アウロラの先手を打ってシンプルな無地の注文をすればよかったかと反省するも後の祭りだ。

 しかしアウロラが嬉しそうにしているので、やめろとも強くは言えなかった。


「満足なのか」

「はいっ! 花柄のスカートなんて夢にも見ました」


 アウロラは幸せに満ちた顔をしている。

 孤児出身の聖女であるアウロラは、柄のある服を着たことがなかった。

 夢が叶ったというのだから、とやかくも言うまい。


「……ならいい」


 何だかこちらが折れてばかりいる気がする邪神だった。


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