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【完結済】この終末は成り行きで(C1)  作者: 高山 理図
Chapter 2 聖女、教育されてしまう
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10話 【先手2】笑顔が見たい!

 翌朝。

 昨夜は寝なかった邪神が寝室にアウロラを起こしに行く。

 寝室はもぬけの殻だった。


「逃げたか? いや、アウレリウスの枷があるから逃げられないな」


 アウレリウスの枷は、一定の距離を離れると互いを引き寄せ合う。

 邪神がここにいるので、アウロラはそう遠くには逃げていない。

 逃げるのは構わないが、それなら枷を解かなければならない。

 探索の神術を使おうとしたところで、家の裏手で爆発音が聞こえる。


「何事だ?」


 邪神が音のするほうに駆けつけてみると、アウロラがパジャマ姿のまま泥まみれになって庭先に倒れている。


「お、おはようございます、邪神さん。いい朝ですね」

「何をした? 俺が丹精込めて育てていた家庭菜園が消えたが?」


 一度ならず二度までもやられた。

 家庭菜園には大きなクレーターがあいている。

 焼畑農法は間に合っている。


「法術の朝練ですよ! 昨日のような事があると、腕がなまってしまってはいけませんからね。家庭菜園については本当にごめんなさい。狙ってはないんです、当たってしまっただけで」

「頼むからそのまま鈍らせておけ。クソエイムのまま法術を撃つな」


 邪神の家庭菜園にとってアウロラはシカやイノシシを上回る害獣だ。


「いたた。やっぱり負傷してしまいます」


 アウロラは出血しすぎて貧血気味だ。

 彼女なりに何とか負傷しない方法を考えているようだが、尽く失敗に終わっていた。


「あんた、わざと怪我をしてないか」

「私、邪神さんに治してもらうのが好きなんです。邪神さんの神術、何だか気持ちよくてクセになっちゃって」

「依存性はないはずなんだがな……あんたが変態なだけなんだ」


 治してやりたくはないが仕方がない。

 何だかんだ言っても、怪我人を見たら治さずにはいられないのが邪神である。

 彼の性格上、壊れたものが目の前にあると放っておけないのだ。

 手が勝手に修理を始めてしまう。


『時を遡れ』


 邪神は朝いちでアウロラの治療と家庭菜園の修復だ。

 仕事は嫌いではないが、神力を消費する仕事を増やさないでほしかった。


 アウロラは邪神と健康的な朝食を終え、邪神に身支度を整えてもらう。

 そして今日も邪神に注文した真新しいワンピースに袖を通す。

 完全に上げ膳据え膳ではなく、彼女もできることを少しずつ増やしていた。


「さて。今日は私のターンですね!」

「できることだけだぞ」


 例によって邪神の衣装はアウロラに脱がされていた。

 邪神はもう何もかも嫌になってきて、アウロラの興味を削ぐために黒いイモムシの幼虫に変身する。

 アウロラはそれを見るなり、獰猛な捕食者の目つきになった。


「いただきーっ」


 そう言うが早いか、ひょいと手で掴むと口の中に放り込んでしまった。

 そういえば、アウロラは幼虫も大好物だと言っていた。

 このままでは貴重なタンパク源にされてしまう。


「ああ、おいし……邪神さんの神体、ぷりぷりもちもちして柔らかいです」


 アウロラは邪神の神力を搾り取り、甘噛みしながら心ゆくまで味わって恍惚としている。

 舌の上で転がしながら舐めていると幼虫が口の中で動かなくなったので、ぺっと手の上に出してみる。

 アウロラの唾液にまみれた哀れな幼虫が出てきた。

 幼虫はぴくぴく痙攣している。

 流しで揉みながら洗ってやると変身がとけて元の姿に戻る。

 びしょ濡れの体をバスタオルで拭きながら、邪神は抗議する。


「食うな?」

「すみませんつい。もう少しで噛み切って飲み込むところでした」


 飲み込まれても消化できず下から出てくるだけなのだが、それは黒歴史になるので絶対に避けたい。


「俺はあんたの変態ぶりをなめていた。数多くの変態に襲われたことはあるが、食われたのは初めてだ」

「食べたいぐらい好きという愛情表現です」

「全く伝わらない。むしろ恐怖を覚える」

「どんな姿のあなたも尊いので、嫌われようとしても無駄です」


 邪神は理解わからされてしまった。

 神がまさか人間に捕食されるとは思いもしない。

 アウロラの異常者ぶりは冗談では済まないので、アウロラに丸呑みされない人型がベストのようだ。

 妙なことを考えると餌食になる。

 一体どうやったらアウロラに嫌われるんだと邪神は震える。

 最強の万能神である彼が、アウロラには尽く調子を崩される。


「まあいい、さっさとあんたのターンを終わらせろ」


 生まれながらにして備えた聖性を根本から蹂躙され、過去いちの精神的ダメージをくらったような気がする邪神である。


「今日のミッションはこれです! じゃーん!」


 彼女は手作りのフリップを手にしていた。

 フリップには色々と絵が描かれていることから、作成に一時間ぐらいかかっていそうだ。


「邪神さん、今日は喜怒哀楽を表現しましょう! 笑顔のコミュニケーションって素敵ですよ」

「しない。ましてや食われた後に笑顔なんてできるか」

「邪神さんって、感情表現苦手ですよね。食べられても怒りませんでしたし」


 邪神には感情が存在しないため、喜怒哀楽を表現する必要がない。

 さっきはアウロラに少し恐怖を感じたが、それでも一貫して無表情だったはずだ。


「あなたと会ってからというもの、私はまだあなたの笑顔を見ていません」

「笑わないからな」

「あなたの笑顔が見たいんです。きっと魅力的だと思います。いいですか、こうやってこうやって……こうです!」


 アウロラは邪神の頬を持って無理やり口角を上げようとする。

 いくらやっても引きつっているようにしか見えない。


「例えば笑顔だが、人間および霊長類の笑顔とは威嚇や服従の感情に由来する。もともとポジティブなものではないんだ」

「始まりましたね今日のお蘊蓄タイムが」


 またきた、とアウロラが露骨に嫌がる。

 この蘊蓄はアウロラの中では右から左に処理されていた。


「俺はどの個体に対しても威嚇しない。威嚇にすら値しないから。あんたたちはせいぜい、威嚇しあっていろ」


 アウロラはすん、となった。

 つまり人間をゴミのように思っていて、コミュニケーションを取る必要がないと考えているのだろう。


「理屈はどうでもいいんです。少しでもにこっとしてくれたら私は嬉しいんです。威嚇されてるなんて思いませんから」


 喜怒哀楽と言うが、アウロラが見たいのは邪神の喜と楽の部分だ。

 満面の笑みで笑う邪神が見たい! 

 男神姿でも女神姿でもどちらでもいいから!


「分かりました。表情筋が死んでるならリハビリをやっていきましょう。ショートコントをお見せします」

「求めてない」

「それでは御覧ください。ショートコント、爪切り!」


 邪神の意向は聞かず、アウロラ渾身のショートコントのお披露目が始まった。


「いやー最近深爪しすぎて。いつの間にか爪がなくなっちゃったんですよね」

「指もだんだん短くなってきて第一関節までしかありませんし」

「あ、これって深爪ではなく深指でしたね!」

「終わりです」


 邪神はくすりともきていない。

 変装中ならともかく、素顔で無表情なのはかなりシュールだ。


「笑うなら今です」

「誰か一人でも笑ったことがあるか」

「子供とかは面白すぎるのか泣いてますけど」

「引いていたのだろうな」


 どうやら邪神とは笑いのツボが違うようだ、とアウロラは心得る。


「では定番。笑ってしまうと言ったらこれ! にらめっこしましょう!」


 アウロラはこれまで、にらめっこ勝負では無敗を貫いてきた。

 目を寄せて薄く微笑む技をやってみせても効かない。

 鼻に指を突っ込んで口を尖らせてもだめ。

 二人共笑わないので膠着状態が続く。

 邪神は無表情でアウロラを笑わせようともしてこないし、アウロラの変顔にも全く動じなかった。


「やめましょう。顔がつりそうです」


 五回戦ほど勝負を挑むも引き分けが続いた。

 あと、どうやって笑わせようか。打つ手がなくなってきた。アウロラは悩ましい。


「仕方ないですね。無理やり笑わせるのは最終手段にしたかったのですが、もうこちょこちょしかありませんね。いきますよ!」


 アウロラは邪神に飛びかかり、脇腹や脇を執拗に攻めてくる。

 邪神はどれだけくすぐっても全く反応しない。

 呆れながらくすぐられるにまかせている。


「ええっ、びくともしませんか。我慢強いですね!?」

「何も我慢していない。他者からの予測不能なくすぐり刺激で笑ったり喘ぐのは霊長類にしかない反応なのだ。知らないとは哀れなものだな」


 邪神はアウロラに教え込むように仕返しをする。


「ちなみに弱点となるのは自律神経の集中している脇腹、脇、顎の下、大腿骨のあたりだ。このあたりは特に感覚が鋭敏で、触れられると小脳が生命の危機だと判断して不随意に笑ってしまう。人間同士のスキンシップであると同時に、拷問に使われることもあるな」

「ひゃあん。私、ちゃんと霊長類だったみたいですう」


 アウロラは邪神に蘊蓄を垂れられながら、めためたに返り討ちに遭って悶絶した。

 もうだめだ、頭の中がぐちゃぐちゃで、腰がくだけて立たない。

 ただのくすぐりではない、邪神の神力を浴びると痛痒さが倍増して、とんでもない快楽を植え付けられてしまう。

 くすぐりでこれほど消耗したのは初めてだった。


「はあっ、はあっ、そうやって人を強制的に笑顔にさせるなんて卑怯ですよ」


 アウロラが邪神にやろうとしていたことだった。


「ただの教育的指導だ。よく理解できただろう」

「ひどいです……私は邪神さんに笑ってほしいだけなのにこの仕打ち」


 種族の違いは簡単に乗り越えられそうにない。

 何をやっても邪神には敵わないし、彼の感情は動かない。

 取っ組み合えば簡単に屈服させられてしまう。

 邪神更生計画の第一歩、邪神とのコミュニケーションは困難をきわめそうだ。

 アウロラはしょぼくれながら、筆記用具を準備し邪神をモデルに絵を描き始めた。

 時々鼻を啜る。


「邪神さんもいつかこんなふうに笑ってくれたらいいのですが……」


 相変わらず終わっている画力ではあったが、笑顔の邪神とアウロラの二人が寄り添っている構図を描いているというのは邪神にも何とか伝わった。

 何がしたいのかはわかったので、邪神は超絶画力でその絵を描き直す。

 上手すぎてまるで実写のように見える。


「ほら、これでいいか」

「わあ……笑顔の邪神さんと私! 宝物にします! 私の部屋に飾っておきます」

「あんたの部屋じゃないんだがな」


 アウロラは色々言いたいこともあったが、今日はそれで満足することにした。


「せっかくなので色を塗ろうかな」

「やめておいたほうがよくないか?」


 案の定着彩に失敗して惜しいことになっていたが、それでもアウロラは大切そうに絵を飾った。

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