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世界のそのあとで

作者: 花織
掲載日:2023/03/24

神の子をめぐる争いがきっかけで世界大戦が起き核戦争に発展し人類は一気に減った。

運良くシェルターに隠れていた者や世界情勢に関わりのない未開の国を除いてほとんどの国が核の冬によって壊滅してから十年が経った。

不思議と外の放射線量はすっかり元に戻っていた頃、戦災孤児たちは助け合いながらなんとか生き抜いていた。

ここは一味市一号区。比較的お金持ちの人たちが住んでいた街。今となっては面影もないけど。


「ねー、そっちはなんかあったー?」

「うーん、食べられそうなものはないかなー。」

「おっかしいなー。この地図だとこの辺なはずなんだけど……おっ、ユズー!見て見て!あったよー!」

「えっ、ほんと!?ナナよく見つけたねー!」

「えっへん!このナナちゃんの手にかかればこの程度たやすいのだー!」

「はいはい、すごいねー。よしよし。」


ナナはクリクリとした無邪気な茶色い目に赤みがかった背の高い長髪の女の子。ナナの面倒を見ているのがユズ。

青みがかった短髪が外に跳ねていて綺麗な黒目がちょっと隠れている小さな女の子だ。

小さな家庭用シェルターで会った二人は幼馴染のようにずっと一緒に成長してきた。

髪もいつも二人でお互いに切っている。そういうことはユズの方が上手くてナナはちょっと苦手なためユズの髪のほうはちょっとだけいびつだ。ユズはそれでも頑張って切ってくれていることを知ってるからそれが気に入っていた。


二人の両親は戦争に駆り出されて以来音沙汰はない。

二人は両親の言いつけを守りシェルター内で数年保存食だけで暮らしてきた。

元々この国は核戦争に備えて地下シェルターの普及率は高かったものの質はバラバラであったためにシェルター暮らしに耐えきれずおかしくなる人やシェルターごと瓦礫に埋れて出られずに死んでしまう人が多かった。

大人はほとんどが徴兵に出されて今やこの広い街ですら暮らしているのは二人を除いては数人だけ。

そのためお互いの存在は知っているが関わりもなかった。

二人は近くの川から引いた水の浄化システムや外気の換気システム、トイレや風呂などもある比較的恵まれたシェルターで暮らせていたからこうして生き延びたのかもしれない。

しかし流石に十年も食糧は保たなかったために数年前からこうして度々探しに出ているのだ。


戦争が起きる前に作られた十数年前の地図を手に今日も街へ探索に出ていた。


「この缶は……だめだー。穴開いちゃってる。」

「この辺のものは大丈夫そうだよー!」

「じゃあそれだけ持って帰ろっか。ナナ、そっち側持って!」

「「せーのっ!」」

「落とさないようにねー!」

「もうユズは心配性だなぁ。大丈夫だって!」

「そう言ってナナいつもよそ見して落とすじゃん。」

「えへへー、ごめんごめんって。」

「ほら着いたから降ろすよー!」

「「よいしょっと!」」

「あー重かったー!」

「これだけあれば一週間は大丈夫っしょ!」

「だといいけどね。それでももう少しは欲しいかなー?」

「そうは言ってももうこの街中探したよー?隣の街は遠いしどうしよ……」

「あの自転車使えるかなぁ……」


シェルター内には折り畳み自転車もあったものの道は瓦礫だらけでボコボコ。パンクしないタイヤとはいえ長く乗ってたらお尻が痛くなっちゃいそうだなーなんて思ってた。


「ねぇ、ユズ。あの乗り物使えないかなー?」

「あんなの乗れるわけないでしょ。あれは戦車って言って乗るには練習が必要だよー。」

「じゃあ練習しようよー!大丈夫だって!」

「燃料残ってるかもわかんないし危ないと思うけど……ナナがそう言うなら試しにちょっとだけ見てみる……?」

「うんっ!」


戦車が街中に放置されているのは市街地でも戦闘があった証拠。

二人は戦火から間一髪助かったのだ。

しかし十年も放置されていたもので動く保証はなかった。

それでもこうなったら好奇心旺盛なナナを止めることはできないと知っているからユズは付き合うことにした。


「上から入るんだよね……?」

「そうだね。まずは登らなきゃ。」

「あそこに梯子あるよ!ほら!」

「気をつけてね?怪我しちゃったらまた病院行って薬探さなきゃだもん。」


ナナは昔から無茶をして怪我をすることが多かったからユズは病院の場所をもう覚えちゃっていた。

ナナが無茶をして怪我をするたびにユズが一人で病院まで行って包帯や消毒液などを取ってきていた。

国際条約で病院等への爆撃は禁止されていたから建物自体は無事だが遠くの都市に落ちた核の爆風で割れたガラス片が散乱している。

そこは仄暗く、一人で行くことは最初は怖かったが何度も何度も行き来するうちに慣れてしまっていた。ユズがそういうことに詳しいのもそのおかげだ。


「ハッチ、おーぷんー!」

「わわっ、開くんだ……。」

「ねぇユズ、一緒に乗ろ!」

「私が先に中を確認してくるからナナは待ってて。」

「えー、一緒に入ろうよー!」

「狭いんだから一緒には無理でしょ!いいから待ってて。」

「ちぇっ、わかったよー。」


万が一死体なんかがあったらいけないと思いユズが先に戦車の中に入ると、中はもぬけの殻で難解な機械だけが並んでいた。説明書なしでは到底動かせるとは思わない感じだった。


「入ってきていいよー!」

「やったー!今入るね!」


ナナは目の前に広がる機械に目を輝かせていた。

ナナは本当に純粋無垢な女の子なのだ。


「わーすごーい!昔見た乗り物の動画のまんまだー!」

「……わかるの?」

「えへへー、わたし実は知ってるんだよねー。この鍵を回すと……ほら!動きそうじゃん?」

「戦車って名前も分かってなかったのに……。」


ナナが鍵を回すと車両特有のエンジン音が聞こえだした。本当に大丈夫なのだろうか。間違えて事故なんて起こしたら一巻の終わりだ。ユズが心配する中ナナは本当に戦車を動かしていた。


「えっへん、ナナちゃんの手にかかればこれしきちょちょいのちょいなのです!」

「……すごい。ナナ本当に凄いよ!」


こうして移動手段に戦車が加わった。

次の日隣町まで地図を頼りに向かってまた食料を探していた。


「そういえばさ、食糧積めるスペースあったっけ?」

「少しくらいならいけるっしょ!大丈夫大丈夫ー!」

「ならいいんだけど……あっ、これとかまだ食べられそうじゃない?20年持つ保存食って書いてあるし。」

「おー!流石ユズ!こんな文字も読めるのすごーい!」

「ナナが勉強嫌いなだけでしょ……。」

「だって、よくわかんないしつまんないんだもーん。」

「私が勉強してる間ずっと遊んでたもんね、ナナ。」

「ユズがいるしわたしはいっかなーって。ほら、そのおかげで戦車動かせたし!」

「そうだけど少しは読めるようになろうよ……。」

「少しは読めるもん!ほんとにちょっとだけだけど……」

「あーはいはい。もっと頑張ろうねー。」


いつも二人で探すとは言っても難しい文字を読めるのはユズだけなのでナナはいちいちユズに確認するのだ。それでナナが大丈夫だと言えば持って帰る、の繰り返し。

ある意味これが二人の役割分担なのかもしれない。

ナナはものを見つけるのが本当に上手かった。

ユズよりも少し目がいいのもあっていつも先にものを見つけるのはナナだった。まあ大抵はそもそも食べ物じゃなかったりするのだけれど。


「ねぇ、これ燃料大丈夫なの?」

「んー?どゆこと?」

「あとどれくらい燃料残ってるの?ってこと」

「確かここを見ればいいはずだーかーらー、えーっと、あ……」

「ナナ?どうしたの?」

「いやー、物が無くなるのは早いねー!あははっ!」

「……残り少ないんでしょ。」

「……うん。ごめん。」

「給油しに行こ。場所は案内するからナナは運転して。」

「わかった!でも燃料って何種類かあるじゃん?どれがいいんだろ……?」

「ナナはその辺は知らないのね。じゃあ途中で本屋さんに寄ってそういう本がないか探してみるよ。」

「さっすがユズ!じゃあしゅっぱーつっ!」


途中というかすぐそこにあった大きな本屋だった廃墟に忍び込む。

何か嫌な予感がした。

自分たちの他にも何かがいるような、そんな気配。

目的の本を見つけて必要な燃料が軽油だとわかったから急いで出ようとする。

そこへ腹を空かした野良犬が出てきた。標的は私だ。私は急いで近くにあった本を投げつけて犬が怯んだ隙をついて本屋を出た。犬はもう追ってはきていなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……お待たせナナ。」

「何かあったのー?なんか怖いよ?ユズ。」

「ちょっと野良犬がいただけ。大丈夫だから。」

「わんちゃんも生きるのに必死だもんねー。無事でよかったよー!」

「ありがと。必要なのは軽油だってさ。」

「りょーかい!じゃあしゅっぱーつ!」


そして無事そうなガソリンスタンドに辿り着いた。


「ナナ、これ内側から開けて。」

「あ、このレバーかな。よいしょっと。ユズ、開いたー?」

「開いたよー!今給油するから満タンになったら言ってね!」

「わかったー!……そろそろ満タンかも!」

「わかった。今閉めるねー!」


戦車の中と外なので声を張り上げなきゃ聞こえない。二人は出来る限りの大声で伝え合った。

それを聞きつけたのかガソリンスタンドの建物から老いた大人の人が出てきた。


「あんたたちどこからきたんだい?」

「えっと、一味市からです……。」

「ここまで生きるのは大変だったろうに、よく頑張ったね。」

「え、ええ。なんとか食糧を探すので大変なんですよね……。」

「これを持っていきな。いざとなったら守ってくれるはずだから。」

「えっ……?」


そう言うとお守りを渡してきた。

ユズが戸惑っていると無理やり手に握らせて言葉を残し建物へ戻って行った。


「私ゃそろそろお迎えが来そうだからねぇ……達者でね若者よ……。」


「ユズー?大丈夫ー?」

「ナナ大丈夫だから。……今戻るね。」


ユズはそのお守りをポケットに入れて戦車に乗り込んだ。

大人の人と会うのは久しぶりだった。

老齢だから徴兵には遭わなかったんだろう。

死期を悟るような言葉に後味の悪さを感じながらもその場を後にした。

戦車には今日の戦利品が山積みだった。

ユズの提案で戦車はカモフラージュして隠すことにした。万が一悪い人に盗まれたら大変だと思ったから。

暫くは食糧探しもしなくて済みそうだったし暫くは使わないだろう。それにしてもナナのドライブテクニックはどこで身につけたんだろうと思うほど完璧だった。事故覚悟で乗ったのに。自称している通り意外とやる時はやるのがナナなのだ。


「ふー、これだけあればまた暫くのんびり暮らせるねー。」

「ナナはもう少し勉強して。じゃないともしもの時に困っちゃうから。」

「その時はユズが助けてくれるでしょ?」

「私がいなくなったらどうするの?そうなっても生きていけるように勉強はしなきゃだめだよ。」

「……そんなこと、言わないでよ。」

「えっ?」


普段明るく飄々としているナナとは思えない返しだった。

私も面食らってしまって、無言が、静寂が空気を支配した。

それはあまりにも痛くて、その日暮らしで未来の見えない自分たちを嫌でも痛感させた。


「ナナ、ごめん。もう言わないから。」

「うん、こっちこそごめん。変な空気にして。」

「はい、ご飯。食べよっ。」

「うん。……いただきます。」


その日ナナが笑うことはなかった。


数日後、すっかり元通りになったナナは珍しく勉強をユズに教わっていた。


「これはこう読むの。書き方も覚えてね。」

「これもあれと読み方同じなの?よくわかんないよー!」

「読み方は一緒だけど意味は違うから。こっちはこれでこっちはこういう意味。」

「そうなんだ。頑張って覚えるね。……ありがと、ユズ。」

「気にしないで。ナナは明るさだけが取り柄なんだから笑っててくれないとこっちが気になっちゃうよ。」

「えへへ、ナナちゃんの笑顔は世界一なのですー!」

「そうだね世界一かもねー。」

「ユズ次教えて!」

「はいはい慌てないの。ちゃんと教えるからね。」


もしかしたらナナはこの前のことを気にしているのかもしれない、と思いながらも勉強してくれるようになったのは良かった、と思うことにした。


食糧探しはユズが提案したことだった。

親からもしものことがあったら、と頼まれていたから。ユズがまだ8歳だった頃の話。

その時はまだよく分かってなかったけれど今となってはだいぶ上達したものだ。

二人の両親はしっかり者のユズにいろんなことを任せて徴兵に出たから、ユズはなんとしてでもナナを守らなきゃという思いでここまで生きてきた。

その時のナナも今のように自由奔放だったから最初は勝手に外に出ないよう気をつけるだけでも苦労した。

それがここまでよく成長したものだと思う。

ナナはユズにいつもついて回っててユズの言うことをなんでも聞いてくれたから本当に大変なことに巻き込まれなくてよかったと思い返していた。

それがここのところ勉強もしてくれるようになって、シェルターにあったユズが散々使い込んだ教科書の似顔絵にことあるごとに落書きをしていた頃とは変わったなぁ、と思い知らされる。


「ここはこうでいいんだよね?」

「うん!ナナは読み込みが早いなー!」

「えへへ、そうでしょ!ナナちゃんはやる時はやる子なのです!」


それが彼女の口癖だった。

ユズも現状に絶望するたびこの明るさに何度助けられたかわからない。

多分どっちかが欠けてもここまで生きてはこられなかった。

ユズはそんなナナのことが大好きだった。

ナナもユズをお姉ちゃん代わりとして見ていた節もあって、要はお互いに必要不可欠な存在だったから。

もし仲が悪かったらどうなっていたことか想像するだけでも恐ろしい。

昔はラジオで外の情報を聞くたびに不安がユズを襲ってナナに厳しくすることもあったけれど、それでも離れて行くことはなくて、なんだかんだうまく行っていた。


「ねぇ、そろそろまた探しに行かない?」

「そうだねー!多ければ多いほどいいもんね!」


もちろん保存食だけでは限界があったから外の土をプランターに入れて野菜栽培したりもしてきた。

それでもやっぱり食べ盛りの子達には足りなかった。


「あっ、こっちのプランターめっちゃ育ってるよー!」

「野菜は期限が短いから一気に取っちゃダメだからね?」

「わかってるよー!ユズはお母さんみたいだなー。」

「……お母さん今頃どこにいるんだろ。」

「……きっとどこかで元気にしてるよ!」

「だといいんだけど……。」

「ほらー、ユズまた暗い顔してるー!ポジティブになろ?ポジティブポジティブー!」

「そうだね。いつかまた会えたらいいな……。」


そうしてまた一ヶ月ぶりに食糧探しに出かけた。

隣町も栄えていたところじゃないと望みは薄いからそういう場所を中心に回るんだけれど、栄えていたところほど略奪や戦火に遭っていて結局まだ若い私たちにはどちらがいいかなんてわからなかった。


「しゅっぱつしんこー!」

「気をつけてね?盗賊に遭ったりしたら逃げられないだろうし。」

「でも遭っちゃったら頑張って逃げるしかないよね。」

「それはそうだけど。」


以前の街にはまだ人がそこそこいて略奪に遭遇するたびに物陰に隠れてやり過ごしていた。

武器もないまだ十代の女の子でしかない二人にはそれが最善だったから。

見つかっていたらきっとシェルターすらも荒らされていただろうと思うと恐怖心は拭えなかった。

ただもう街にはほとんど人はいなくなったから警戒は怠らなくても結局誰にも遭わない方が多かった。

今日はちょっと遠くの街まで探索に出ていたから心配ではあったものの今日も無事でいられたのはあのお守りの効果なのかな、なんて思った。


「これ食べられるかなぁ……?どう思う?」

「んー、宇宙食は保存期間が長めだからいけるかもね。」

「じゃあ全部持って帰ってだめなら捨てよっか。」

「そうだね。期限は切れてるけどこれくらいならいけそうだもんね。」


今日の成果は割とよくわからなかった。

廃墟となった科学館で見つけた宇宙食というものを二人は知らなかったから。

二人が知っているのは昔の戦争で宇宙空間を飛び交うミサイルと本で見た夜の星空くらいで、フリーズドライ加工されている食べ物の期限なんて知る由もなかった。


「うーん、これ匂いは美味しそうだよー?」

「先に私が食べるから大丈夫そうならナナも食べてみて。」

「うん!毒味役は任せたー!」

「……これならいけそうかも。」

「じゃあ早速ナナちゃんもいただきますかー!」

「三十分は待って。こういうのって後から来るから。」

「ちぇっ、わかりましたよーだ。ユズあまりに美味しいからって全部食べちゃダメだからね?」

「分かってるってば。ナナはいつも食い意地はってるなぁ。」

「食にうるさいナナちゃんの悪口はめっ、だよ!」

「はいはいわかったよー。」


らそして三十分が経過し何事もなかったからナナにもあげることにした。

期限切れの食事は危ないからいつもユズが食べてからナナが食べることになっている。

それで何度も胃腸薬のお世話になっているのだが最低限の薬は常備してあるからそんなに心配はなかった。


「いっただきまーす!……なにこれ最近の食べ物の中で一番美味しいじゃん!」

「持って帰って正解だったね。」

「ほんとそれ!暫くはこれで乗り切れるね!」

「軽いしたくさん持って帰ってきちゃったけど持ってきてよかったねナナ。」

「そうだね。いっぱい持って帰ってこれたし。ユズはやっぱり頭いいなー!」

「ナナがいてくれてるからだよ。いつもありがとね。」

「えへへー、褒めても何も出ないぞー?」

「はいはい、ナナはえらいねー。」


そんな中、コンコンとシェルターの扉がノックされた。

こんな時勢だから簡単には開けるわけにはいかずいつもは身を隠して通り過ぎるのを待つのだが今回は違った。


「すみませーん!どなたかいませんかー?」

「ナナ、静かにね。」

「うん……。」

「あのー!私この街の三号区に住んでる者なんですがもしいたら助けてください!お願いします!」


自分たちと変わらないような歳の子の必死そうな声に今回は開けてもいいような気がした。

両親は誰のことも信じちゃダメって言っていたけれど、それでも同じ境遇の子がいるのなら助けてあげたいという気持ちの方が勝った。

大人の人なら迷わず無視していたであろうけれど、この街に住んでいる歳の近い子がいることは知っていたから多分その子だと思って、念のためにチェーンをつけたままユズはドアを開けた。


「あの、開けてくれてありがとうございます。私三号区に住んでるミミって言います。」

「……何かありましたか?」


警戒は解かずにユズが返す。


「食糧が無くって、ここ数日何も食べてないんです!お願いだから何か一つでいいので食べ物があれば助けてくれませんか?お願いします!」


ユズが悩んでいるとナナが横から出てきた。


「これ。食べて。ご飯食べないと死んじゃうよ。」

「ナナ!何してるの?」

「だって……可哀想だよ。私たちだけ生き残っても他みんな死んじゃったらこの世界は本当に終わっちゃうんだよ?」


ミミと名乗ったその子は痩せ細った手でそれを受け取ると、


「ありがとうございます……!本当に本当にありがとうございます!私今はもう一人だけで、どうしたらいいかわかんなくて、知ってるお店はもう全部空っぽで、遠くに行く手段もなくて、本当にありがとうございます……」


泣きながらそう言って、安心したのか倒れてしまった。相当いろんな場所を回ってきたのだろう。

見るからに風呂にも入れていないようでこけた頬に窪んだ目の彼女からは正気が感じられなかった。

死んじゃったのかとも思ったけれど放っておくなんてできなかった。

ユズは扉を開けてミミを中に入れると濡れたタオルで体を拭いてからベッドに運んだ。


「ナナどうしよ……。」

「ナナは助けて正解だったと思うよ。ユズは正しいことをしたよ。」

「ナナ……ありがとう。起きたらお粥作ってあげないとね。」

「ユズのそういうとこナナは好きだよ。」


暫くして目を覚ましたミミはいつの間にか着替えさせられてベッドに寝かしつけられていることに気づいて力のない声で二人を呼んだ。


「あの……ありがとうございます……ここまでしていただいて……本当に……。」

「大丈夫だからこれ食べて。そうじゃないと死んじゃうよ。」

「ナナがちゃんと冷ましてあげるから口開けて!」

「はい……。んっ。」

「体調は大丈夫?病気とかにはなってない?」

「はい……。多分ただの栄養失調です……。」

「ならよかった。一人くらいなら増えても大丈夫だから、気にしないで暫くここで休んでいってね。」

「んっ。私なら大丈夫ですから……ご迷惑をかけるわけには……」

「そんなこと言ってもこんな痩せてるじゃん!」

「そうだよ!同じ街の子のことを見殺しになんてできないよ!」


ミミはお粥を食べ終えると痩せ細った体で帰ろうとし始めたので二人は必死に止めた。

こんな体じゃ何日も保たないに決まってる。

この数年人が死ぬところはもう見たくないというほど見てきた二人だったからこそ必死だった。


「私ユズって言うの。よろしくね。」

「ナナはね、ナナって言うの!ミミちゃん気にしなくていいからね。私たちと一緒に暮らそうよ!」

「そうそう!うち広いし食べ物もちゃんとあるからさ、ミミちゃんが良かったらだけど、これから一緒に暮らそう?」


ミミはそれを聞くとわんわんと堰を切ったように泣き出した。

余程苦労してきたのだろうことは体を見れば痛いほど分かった。すっかり伸びきってボサボサの茶髪は元々は綺麗だっただろうと思わせるようで、体じゅうには痣や擦り傷でいっぱいで何日も体を引きずりながら助けを求め続けたのだろうと想起させるには十分だった。

ナナが抱きしめると華奢なその体は壊れそうなほど細くて、余計に心を痛めた。


「本当に……ありがとうございます……ぐすっ……ぐすっ……。」

「大丈夫だからね。もう大丈夫。私たちが守ってあげるから。」

「ナナもちゃんと守ってあげる!だから泣かないで?」


それで暫く泣いた後、落ち着いたのかこれまであったことをぼつりぽつりと話してくれた。

ミミはずっと一人だったらしい。戦争が起きてから両親にシェルターに残されてそこの食糧だけで生きるために毎日少しずつしか食べてなかったという。それでもとうとう食糧が尽きて外に探しに出るもどれもこれも期限切れで仕方なく他のシェルターを回ってお願いしてきたと。食糧のためなら体を差し出すくらいのことはなんでもやったと。それでも騙されて食糧をくれないこともあったと。

治安維持もないこの世界では食糧を持つものが強者。持たないものはそれに従うしかない。学校なんてなくなっていたこの世界で学もないミミにはそれしかなかったのだ。

比較的安全に暮らしてきた二人には想像もつかない世界で、話を聞けば聞くほどその境遇には同情するしかなかった。

いつも明るいナナですら黙って話を聞いていた。

三号区といえば同じ市内といえこのうちがある一号区から20kmはある。そこまでずっと食糧を求めて放浪していたのだと聞いて何も思わないわけはなくて、今度は二人の方が泣いていた。


「今までよく頑張ったね……辛かったね……。」

「私たちが守ってあげるからね……もう大丈夫だからね……。」

「本当にありがとうございます。なんてお礼をしたらいいか……本当に二人ともありがとう……。」


そうして三人暮らしが始まった。

だんだんと心を開いてくれるようになったミミは今では一緒に食糧を探してくれる大事な仲間だった。

しかし食糧が減るスピードもそれにつれて増えたから食糧探しも三人でよく行くようになった。

そしてある時隣町の建物で出会った子に聞いて知った情報で、隣の街には街一つ分ほどの大きなシェルターがあってそこで大勢が暮らしているらしい。そこではかつての地上と同じような生活ができて肉も野菜も米も食べられると。

ユズは警戒心が強かったけれど暫く悩んだ。そこへ行くべきか。街ならこんなその日暮らしじゃなくてナナたちももっと安全に暮らせるんじゃないかって。ユズはナナたちを守らなきゃという一心で生きてきたから責任感は人一倍なのだ。

それでも考え抜いた末にきっと大勢がいるなら治安が悪い可能性も高いと思ってただの少女でしかない自分たちには危ないとそこは避けるようになった。

しかし食糧には限界があって段々と見つからないことが増えてきた。


そしてそんな中訪れた新しい街に着くとそこではなんと復興が始まっていた。

当然戦車で乗り付けている三人は警戒された。

戦争を嫌というほど味わった人たちにとって戦車なんて戦争の象徴だったから。

街の入り口で監視役の数名の大人に止められた三人は言われる通りに戦車から降りて事情を話した。


「私たちはただ食糧を探してるだけの者です。」

「そうそう!ご飯探してるの!」

「驚かせたならすみません。これはただの移動手段で攻撃に来たわけじゃないんです。」


それを聞いた監視役はちょっと待っていろと言い残し街へ入って行った。

取り残された三人は不安だった。もし悪い大人だったらきっと最悪な目に遭う。その前に逃げるべきか、いい大人だって信用することにするか悩んだ。それでも賭けてみた。人の良心に。何故だかあのお守りが背中を押してくれた気がした。

だから三人で手を握って時を待った。


そうしているうちに戻ってきたのはさっきの監視役とどこか威厳のあるおじいさんだった。


「ようこそ私の街へ。お嬢さんたち、遠くからよく来たねぇ。私はここの町長をやっている者だ。復興を手伝ってくれるなら食糧も家も用意はできる。どうだい?ここの街はいろんなところから人が集まってようやく以前の世界を取り戻しつつあるんだ。私はこの街から元の世界を取り戻そうと動いているんだ。君たちのような若い子が居てくれたら私も安心できるよ。ただみんなを怖がらせてしまうだろうから戦車はそこに止めておいてくれないか。」


三人は半信半疑だったが食糧のために提案に乗ることにした。

それからは毎日街まで行って瓦礫運びや木こりや炊き出しの手伝いや農業をしながら過ごすようになった。


終わったはずの世界が再びここから少しずつ始まり出している。

この町で過ごす人たちの目には信念や希望が感じられて長年誰とも関わらなかったユズたちでも安心できた。

ただ食べ物はやっぱり足りないようでなんとかみんなでそれを分けている状況だったけれど。

そうして月日が過ぎて三人の家もできてみんなでそっちに住むことにした。


「ユズ、これでいいんだよね?」

「それしかないもん……でもこんなに生き残ってる人たちがいてどの人もみんな前を向いて頑張ってて、私はそんなみんなのことを信じてみたいって思ったんだ。」

「それならナナちゃんは異存なしなのです!」

「私も。ユズがそういうなら着いていくよ。」


まだ若い少女でしかなかった三人も月日が流れ大人になった。とくにミミなんかは最初会った時とは間違えるほど生気に溢れてて綺麗な茶髪のお姉さんになっていた。

いつも重労働が一番多くて大変だったけれど綺麗になっていく街を見るたびに心が躍った。街の人たちとも話すようになって知り合いも随分増えた。

いろんな知恵を教え合っていろんな生き方を学んで、時が経つにつれどんどん広がっていく街を見下ろせる高台に度々立ってはこれまでのことを思い返していた。


両親と離れ離れになった8歳の頃。

二人で生き抜いてきた十年。

あの日もらったお守りのこと。

三人になった日のこと。


三人で手を繋いでる時はなんでもできる気がして、そのおかげで今こうして復興の一員となれて、街は広がったし人も増えつつあった。


そんな中である。街の通りで見覚えのある顔を見かけたのは。忘れられるはずがない。ずっと探していた両親だった。

いてもたってもいられず、思わず声をかけた。向こうも気がついたみたいだけど成長した姿だから戸惑っているようだった。


「お父さんとお母さんだよね……?私だよユズだよ!ねぇ!」

「嘘……!ユズ……!ユズなの!?」


それを聞くと二人は泣き出して苦しいくらいに抱きついてきた。


「ずっと待たせてごめんね……!生きててよかった……!会えてよかった!」

「ううん、こっちこそ生きててくれてよかった!また会えるなんて思ってなかったからなんて言えばいいかわかんないや。私頑張ったよ。」

「そうだね。ユズあの時置き去りにしてごめんね。あれが精一杯だったの。こんな私たちのことを許してくれるの?」

「そんなの決まってるじゃん。ずっと会いたかったんだからね!」


両親のことを二人にも紹介した。

ナナは昔会ったからわかると思うけど。

最初はちょっと気まずかったけれどそれからは五人で住むようになった。

これもあの時私が逃げなかったからだよね。

あの時不思議とあのお守りが勇気をくれた気がして私に決断させてくれたから。

でもまだナナの両親は見つかってない。

両親からはナナの両親を最後に見たのは数年も前だってことだけ聞かされた。

それでも元気そうに振る舞ってるけど時折見せるナナの寂しそうな表情に私は心を痛めた。


「きっと、きっと私と同じようにいつか見つかるって。」

「ナナは大丈夫だよ。ユズの幸せがナナちゃんの幸せなのです!」

「……ごめんね。私頑張って探すから……!」

「いいの。あんな戦争でユズの両親が生きてただけでも十分だよ。」

「そんなこと言わないでよ……。私ナナのこと大事なの!ナナが笑顔じゃなきゃ私も笑えないよ!」

「きっとね、見つからないと思うんだ。なんとなくわかるの。……前にね、夢に出てきたんだ。二人してナナにさよならって言ってた。ナナは、ナナだけでも、元気で生きるんだよって、それだけ言って遠くに消えちゃったの。それで二人とも死んじゃったんだなって、なんとなくわかったんだ。……ユズに心配かけたくなくて……秘密にしててごめん。」

「そんな……!そんなのって……。」


それしか返せなかった。普段は誰よりも明るいナナがポロポロ静かに泣きながら言うんだもん。

私は自分がお姉ちゃん代わりだなんて思っていたけれどナナの方がよっぽど強かったんだね。

抱きしめあって泣くしかできなかった。

私なんて、お姉ちゃん失格だ。


それからミミの両親も亡くなっていたことがわかった。

ミミはずっと黙っていたんだ。戦争が始まってすぐに戦死通知が来たってこと。だからずっと一人だったんだってやっとわかった。

私の両親はそれでも二人のことも自分の子のように接してくれた。私がお願いするまでもなく。

ミミもあの時の私のおかげで今こうして生きてられてるから感謝しかないっていつも何かとありがとうっていってくれるけど。


私ももう大人だけど、やっぱり大人はずるいよ。なんでも分かっててなんでも勝手に決めちゃうし離れないで欲しいと思っても離れてく。

戦争なんてなければよかったのに。そしたらみんな幸せだったのに。両親が見つかっても私は二人のことも大事だから二人のことも幸せにしてあげなくちゃいけない。

だから、ナナが泣く時はいつもそばにいるようにした。ミミが寂しそうにしてたらすぐに駆け寄るようにした。私はそれくらいしかできない無力な人間で、それでも二人はいつも私の心配ばっかりしてくれて。

ねぇ、神様?あなたが望んだのはこんなことですか?私はどうしたらいいのでしょうか?

私はわからないよ。どうしてこんなに悲しいのか。どうしてこんな無力で、頑張って頑張ってもできないことがあって。私たちはこれからどうしたらいいの?

お守りに問いかけても答えは返ってくるはずもなくてただ自分の手の温もりで暖かくなったお守りがそこにあるだけだった。


「ユズ大丈夫?ごめんね。またナナのことでしょ。」

「私は……私は大丈夫だよ。ナナが大丈夫なら私も大丈夫だから。ずっとそうだから。」

「ナナは強い子だから何があってもへーきなのです!」

「私にも何かあったら相談してね。私もユズの助けになりたいから。」

「ありがとうミミ。本当に大丈夫だから。心配させちゃってごめんね……!」


そう強がって笑うナナはすごいよ。

私はこうして泣くことばっかりで、両親に会えて街もすっかり元通りでどんどん広がっていっててみんなが普通に暮らせるようになりつつあって嬉しいはずなのにそれでも涙が止まらなくて。ダメダメだなぁ、私。

ほんとは私が泣くとナナが励ましてくれて、私が寂しそうにするとミミがそばにいてくれて、私ばっかり何もできないでいるんだ。

前に進まなきゃいけないのは分かってるのに。

歪な形の家庭。

戦争が作り出した残り香のようなもので、それはいつまでも私の心をギュッと握りしめて離さない。

私頑張るからね。ね、ナナ。ミミ。

きっと乗り越えるから。今はごめんね。

少しだけ時間をください。

きっとこの想いを解決してくれるのは時間だけだから。

私も大人にならなきゃね。そう強く思って風の吹く高台を後にした。


人間の生命力は凄い。

あんな戦争があってもこうして再び新しい世界は始まり出している。ラジオの周波数を合わせると他でも街が出来始めていると知った。うちの街も少しでも被災者を集めるために今日もラジオ局から必死に呼びかけをしている。

街では新しい命も産まれ始めた。ユズたちももう大人だからそれぞれで行動することが増えた。

それでもこれまでの十数年のことは一生忘れないだろう。

みんなの心の傷も癒えていって、戦争を教訓に新しい街はどれも平和を訴求していた。

きっとあのとき違うシェルターに行っていたら両親にも会えなかっただろうと思うと、これはいくつもの奇跡が重なってできた平和だ。


今ユズは子供達を導く先生となって、ナナは近所の小さい子と一緒に遊んだりして面倒を見て、ミミも新しく街へ来た人の助けに奔走している。

神の子は今でも私達を見ているのだろうか。

もしかしたら助けてくれていたのかもしれないし見てもないかもしれないけれど。

それでも前に進まなきゃいけないんだ。

だって生きるとはそういうことだから。


「ナナ、ミミ。私頑張るからね。頑張って強くなるから。」


ユズも少しずつだけど立派な大人になっていった。街の功労者としてみんなから慕われるくらい。

もう泣かないって決めたから。ナナもミミも頑張ってるんだもん。私も前を向かなくちゃ。

そう強く思って今日も働くのだった。



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