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ネガティブガール、川

作者: 純な峠
掲載日:2022/10/05

 どうしてこんなことになってしまったのだろう、と、私は溜息をついた。

 何度も否定しようとしたし、何度も逃れようとした。それでも駄目だった。認めて、受け入れるしかなかった。

 私は恋に落ちたのだ、と。


+++


 絶対に「好きな人」など作るまいと思っていた。私のような奴と付き合ってくれる人などいないし、私に好かれて嫌な気持ちにならない人はいないからだ。人を不快にさせるような容姿、陰険な性格、残念な学力、0に等しい運動神経……何処を取っても私は最悪だし、誇れるような趣味も特技も無い。

 そもそも、男は苦手だった。男子からは蔑まれ、「キモい」「死ね」「こっちくんな」などという言葉を浴びせられた。初めは自分は何もしていないのにどうしてそんなこと言われるのかと思っていたけれど、暫く経って気付いた。私は悪いことをしている。「存在」しているのだ。中学に入ると同時に何も言われなくなったけれど、皆心の中でそう思っているということは分かりきっていた。

 何の長所も無く、人に不快感を与え続けながら「存在」している。それは罪だ、と私は思う。悪いところは直さなくてはならないし、罪は償わなければならない。私は消えなくては! けれど、消えるにもやっぱり迷惑がかかる。私が死んだら家族は葬式をあげなければならないし、葬式にはお金が必要だ。私を知らない人達からは哀れみの目を向けられて、気まずい思いをするかもしれない。学校では、形式上全校集会が開かれて、黙祷をするだろう。私のせいで、皆が貴重な時間を無駄にすることになるのだ。

 悪いところを直すことも罪を償うことも出来ない……私は何処までもクズだった。


 そんな私に、彼は優しく声をかけてきた。

「私をからかうつもりなんだ」と直感的に思った。こうやって優しくしておいて、後で裏切って、私を絶望の中に落とすのだ。流石に高校にもなると嫌がらせも凝るのだなあ、この人が選ばれたのは罰ゲームか何かかなあ、可哀想に!

 私は、彼にとって一番マシな接し方を考えた。私が無反応なら彼はからかわれることになるし、こんな奴にも相手にされないのかと落ち込むかもしれない。かといって私が嬉しそうに接してベタベタしたら、彼は罰ゲーム期間中、かなり不愉快な思いをするだろう。

 私はその中間、「話しかけられた時だけ普通に会話する」を選択した。あくまで1人のクラスメートであり、友達でも何でも無い風に話す。人見知りな上に男性が怖い私にとって彼と普通に会話することは結構な難易度だったが、それも次第に慣れてきた。

 彼は一向に私に「種明かし」しようとしない。そのまま時が過ぎていった。私は「話しかけられた時だけ普通に会話する」というルールを守りつつも、自分がだんだん彼に心を許していくのを感じた。


 気が付けば、彼のことばかり考えるようになっていた。


 彼に話しかけられると、自然と明るい気持ちになる。彼と話していると、ほんわかと幸せな気持ちになる。もっと話しかけてほしい。もっと彼のことを知りたい。彼に触れてみたい。彼に話しかけたい!

 テレビを見ていても、勉強していても、ふと気が緩んだ隙に彼が頭の中に流れ込んでくる。それでも、暫くは自分の感情を認めなかった。認めたくなかった。「きっと私は彼のことが自分でも分からないくらいにストレスになっているんだ」などと、自分に向かって苦しい言い訳をした。けれどそんなはずもない。認めるしかなかった。


 私は、恋に落ちたのだ。


+++


 放課後、不意に彼に名前を呼ばれた。浮かれる気持ちを必死にセーブしつつ、なあに、と答える。


「今、いい? 用事とか無ければ。……話したいことがあるんだ。ちょっと来て欲しい」


 ああ。

 遂に来てしまった。いよいよ、「種明かし」の時間だ。

 ずっとこのまま普通のクラスメートとしていられたらいいのに、と思っていたけれど、私の分際でそれは贅沢すぎる願いだった。そんなことは分かっていたつもりだ。それでも、私は絶望に包まれた。これから彼に蔑まれる日常が始まるのだ。

 それにしても、ただ「種明かし」をするためだけに別の場所に呼ぶとは……そこでは仲間が待っていて、私は暴力を振るわれるのだろう。

 私はふわふわした足取りで彼についていった。想像ですらこんなも辛い。面と向かって彼に「キモい」「死ね」「こっちくんな」などと言われたら、私はどうなってしまうのだろうか?


 ……ああ、これだから嫌だったのだ。人を好きになることは。


+++


 気が付くと私は屋上にいた。

 あまりにも辛すぎて自殺でもする気になったのかと一瞬焦ったが、隣には彼がいた。そうだ。屋上には、彼に連れてこられたのだ。それすらも忘れてしまうほど私は落ち込んでいたのかと思うと、もはや笑いたくなる。

 周りには人は見当たらない。彼の仲間は、きっと何処かに隠れているのだろう。

「見つけても気付かなかったふりをしよう」と私は思った。その方が、彼のためだと考えたからだ。出会ってから半年の間ずっと、私を絶望のどん底に落とすために、私に話しかける苦痛に耐えてくれたのだ。騙されたふりをして、彼には開放感をたっぷりと味わってもらいたかった。


 彼はフェンスに腕をのせ頬杖をつきながら、外の景色を眺めていた。

 私はそんな彼を横から眺める。もうここまで来たらいっそ、早く私のことを落として欲しかった。覚悟は出来ている。この覚悟が揺るがない内に、頼むから早く私に「種明かし」して欲しい。

 そんな私の様子に気付いたのか、彼はああごめん、と言いながら私の方に向き直った。今から私を落とすのに謝る必要なんてあるのか、と思う。彼は私に最後の最後まで優しくすることで、私の絶望感を大きくするつもりなのだ。


「ほら、夕日。凄いよ。見てみ」


 彼に言われた通りにフェンスの向こう側を見る。夕日は確かに綺麗だった。きっぱりとした赤から黄色へのグラデーションが、何とも言えず美しい。けれど、そんなことより先に早く私を落として欲しい、と思った。

 赤い光が彼を照らす。


「あのさ、」


 やっと、「種明かし」だ。次の瞬間私の幸せは終わ


「俺、お前が好きだ。付き合ってくれないか」


 彼はまだ、私を落とさない気のようだった。

 告白には「少し考えさせて下さい」と答えた。もし「はい」という返事をすれば、私なんかに好かれていることで彼は不快になるだろう。「ごめんなさい」と返事をすれば、「こんな奴にフラられるなんて」と落ち込むだろうし、仲間からもそうからかわれるだろう。考えさせて、と答えれば、私が考えている間に「種明かし」してくれるかもしれない、と思ったのだ。


 通学路を少し歩くと、川沿いに差し掛かった。もうすぐ家に着くよ、という目印だ。この川に差し掛かってから二本目の分かれ道を右に曲がると、私の家がある。

 私は悶々と彼のことを考えながら、ふと川に目を落とした。澄んだ水に、自分の姿が写った。


 なんて醜い顔。

 こんな奴に好きと言って、私が信じるとでも思っているのだろうか?


 そう思った時、何故か私の目に涙が溢れた。それはまるで濁流のように激しく、留まることを知らない。止まれ! といくら言い聞かせても、だらだらと流れるばかりだ。私はしゃくり上げた。こんなに泣いたのは、生まれて初めてかもしれない。そう思うほどに、とにかく泣いた。


+++


 どれくらい経っただろうか。ひとしきり泣いた後、私は川の方に降りて、川の水をばしゃばしゃと顔にかけた。

 やはり私はまだ、自分勝手な感情を捨てきれていないようだ。好きと言われたのだから、本当は迷いもなく彼の言葉を受け入れて、彼と付き合いたかった。彼の言葉を本気で信じたかった。例えそれが私を絶望に落とすための策略だったとしても、本気で彼の言葉を受け取ってみたかった!

 上空では、赤々としていた夕日は既に消え、星が瞬いている。泣き疲れた私は暫くそこに留まってぼんやりと星を見つめていたが、ふと我に返り、家までの道のりを早足で歩いた。

 家に帰ると案の定、遅い、何をしていたのと母親に怒られた。時計を見ると、いつもよりも二時間ほど遅い時刻を指している。「友達と遊んでいた」とか適当なことを言って誤魔化し、二階にある自分の部屋に向かった。

 この自分勝手な感情をちゃんと捨てなくちゃ、と私は思った。自分勝手な感情を持ってはいけないんだ! 私は自分に向かって、何度も何度も言い聞かせた。


 二週間が経った。

 彼はいつもの通りに私に接している。「種明かし」はまだしてくれていない。それどころか、あの日のことにも一切触れようとはしなかった。私も彼に今までと同じように接しているけれど、いつも何処かふわふわとしていた。頭にクッションを置いている、そんな感覚だった。

 二週間経ってまだ「種明かし」してくれないなんて! 私は考える。いくら何でも遅すぎるだろう。彼は忙しいのだろうか? それとも、私の絶望感を大きくするための仕掛けでも作っているのだろうか?

 考えていると、ふとひらめいた。もしかして、彼は、私がもっと動くことを望んでいるのではないだろうか?

 そうだ、きっと答えを出したら終わるんだ、と思った。家に帰ったら、あの後彼に教えてもらったメールアドレスにYESの返事を送ろう。YESの方が、彼は楽しめるはずだ。


+++


 次の日私が教室に入るなり、彼が私の名前を呼んだ。心なしか、彼の笑顔はいつもよりも明るい。とても楽しそうだった。彼は私をどん底に落とすのが楽しみなのだろう。今度こそ、その時が来たのだ。やっと私を落としてくれる。私は彼におはようと言い、彼の次の言葉を待った。

 彼は私に微笑んで、言った。


「良かった! 二週間も返事くれないから凄く不安だったんだ。今日から、一緒に帰ろう」


 その言葉を聞いて、私は泣きそうになった。ああ、彼はまだ私に「種明かし」してはくれないのだ。遂に、「恋愛ごっこ」まですることになってしまった。

 彼は大丈夫なのだろうか? それにしても、そこまでさせる仲間は、少し酷すぎやしないだろうか。もしかして彼は虐められているのだろうか……?

 私はその日一日中、ぐるぐるとそんな思考ばかり繰り返した。

 私の自分勝手な感情は、もう、捨てることが出来たと思う。


「今日で一ヶ月だね」


 彼が言った。


「……え?」

「ほら、俺たちが付き合い始めてさ。丁度一ヶ月前のこの日、お前から告白の返事が来たんだ。あの時は本当に嬉しかった」


 ああ、そうだった。今日で彼が「恋愛ごっこ」を初めてから一ヶ月が経ったのだ。

 私は来る日も来る日も「種明かし」を待っていたけれど、彼は一向に「種明かし」しようとはしなかった。この偽の関係を、彼はいつまで続ける気なのだろう?

 彼に告白された日から、私は本当に毎日が苦痛になっていた。絶望の中に落とされるかもしれないことを今までよりも恐れながら日々を過ごた。しかし同時に、私の彼への気持ちも高まっていった。彼は私にどんどん優しくなっていく。そのせいで、これが「恋愛ごっこ」だと分かっているのに、彼と話す度に私の胸は高鳴ってしまうのだ。

 私はそれが許せなかった。ここまでするほど彼は私のことが嫌いだというのに、私は彼を本当に好きになってしまったのだ。彼のことが好きだからこそ、彼のことが好きである自分が憎かった。


「……なあ」


 彼は不意にそう呟いたかと思うと、いきなり私の方に顔を近づけてきた。私がきょとんとしている間に、もう彼の顔はすぐそこまで来ていた。

 私はそこでやっと、彼が今何をしようとしているのか気付いた。


 割れる音がした。


「何なの!」


 私は彼を突き飛ばした。力の限り、おもいっきり突き飛ばす。彼は尻餅をついた。何が起こったのか分からないという顔だ。心なしか、青ざめていた。

 彼が仲間にからかわれるとか、彼が傷つくとか、そんなことはもはや考えられなかった。


「何だって……いう、の……」


 私の目からは大粒の涙が流れ出していた。そして今更になって、私は気付かされたのだ。

 自分勝手な感情は捨てたわけじゃない。ただ、抑えていただけだったのだと。


「最初から全部分かってる! あなたが私に初めて話しかけてきた時から、私には分かってた! 全部嘘なんでしょう? 私を貶めようとしているんでしょう? 私はずっと『種明かし』を待っていたのに! 私、本当にあなたのことが好きになってしまったじゃない!」


 彼は驚いたような顔でこちらを見ている。


「もう充分でしょう? 私はもう充分に苦しい! 苦しいの! 早く、早く私を嫌いと言って! こんな恋愛ごっこ、不快になるだけでしょ……っ」


 私は泣きじゃくった。涙も感情も流れっぱなしで、せき止めることが出来ない。けれど、もうこれで全部終わる。彼はきっと「種明かし」してくれるだろう。彼ももう、充分やった。きっと彼も限界だ。


 気付けば私は彼の腕の中にいた。


「嘘じゃないよ。嘘なんて何処にも無い」

「それも嘘なんでしょう。早く種明かしをして、私を絶望の中に落として」

「だから嘘じゃないってば。どうして信じてくれない?」

「だって嘘なわけないもの。こんな、体も心も醜い私のこと、好きになる人なんていない」

「醜いものか! お前は可愛いし、心も綺麗だ」

「やめてよ! お願いだから、本当のことを言って」

「……」

「ねえ!」

「……」

「お願い」

「…………分かった」


 彼はやっと観念してくれたようだ。私を腕の中から解放し、真顔になり、まっすぐな目でこちらを見てくる。

 私は感じた。この目は、嘘を言う時の目では無い。これから嘘をつくような人に、こんな目が出来るはずがない。それに、これから嘘をつくような人に、こんな表情が出来るはずがない。

 ああ、これで、今度こそ、本当に、全てが終わるんだ。

 私は覚悟を決めて目を瞑った。

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