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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

東部戦線にて

作者: 久綱

 戦場の雪は赤く血塗られ、木々がまばらに、まるで地獄の針のように先細り、朽ちていた。服は温かみを与える役目を果たさず、死んだ敵兵のコートとブーツを履いて寒さをしのいでいた。東部戦線へ来てとうとう半年、クリスマスに帰るという目標は叶ぬことのように思えてきていた。

 私は親友のクラウスと共に、上官に言われるがまま焚火も燃やせない中塹壕を掘っていた。雪の下は固いので足を使ってスコップを地面に突き立てるが、手も足も、もう感覚が無い。

「敵をみんな殺したら早く帰れるのかなあ」

 クラウスはぼそりと呟いた。

「おいおい、らしくないこと言うもんじゃないよ。殺さなくたって戦争はできるんだ」

 私は呆れていった。クラウスは心優しい青年なんだ、本気なわけがない。それに、これまで私たちは銃を撃っても、敵を殺したことは無かった。殺さなくなって戦闘機が敵を木っ端みじんにしてくれるし、戦車だってある。とりあえず敵の方向へ撃っていれば敵は怖がって出てこないんだから、適当に制圧して投降させれば勝てる戦争なんだ。

 穴が広がったら、私たちはその穴に入って小銃を抱えて眠る。とはいえこんな寒い中寝れるはずもなく、クラウスとしばらく談笑していた。夜も更け瞼が重くなってきたころ、寒さは絶頂に達した。塹壕は少しだけ暖かかったが、それでも人と密着していなければいずれ凍え死んでしまいそうだった。そんな中、塹壕の横に軍曹がやってきて呟いた。

「明日、襲撃する」


 夜があけて、私はクラウスに伝言を聞いたか尋ねた。

「うーん、すぐ寝ちゃったから覚えてないや」

「軍曹が今日出撃するって言ってたんだ、まだ八時だから連絡が無いんだろうけど」

「戦うのかなあ」

「それはそうだろ、俺たちは戦争してるんだぞ」

「嫌だなあ、この森を進むの」

「そうだな……。それは俺も嫌だ」

 どこを見ても、ただひたすらに雪と木が立ち並び、数メートり先には霧がかかって見えなかった。こんな中をただひたすら歩いていたら突然敵兵に遭遇して戦闘だ。そんなことはまっぴらごめんだ。

 そんな話をしていると、隣の塹壕からアルベルトが覗き込んできて、昨晩のことを教えてくれた。どうやら夜のうちに数百メートル先で焚火と思われる煙が見えたとの情報があり、我々はそこを奇襲するということらしい。

 九時になり、号令がかかった。周りの塹壕から兵隊が這い出てきて、軍曹の元へと歩いて行った。奇襲を行うことと、それを成功させるため戦車を同伴させず私たち十人の部隊だけで奇襲を行うということが伝えられた。

 準備をすませて、私たちは森を歩き始めた。どこにいるかも分からない敵を探しながら、寒さに耐えながら、小銃をかすかに前に傾けて歩いた。小さな物音でも軍曹は我々を静止し、そのたびに敵がいないかを確認。それの繰り返しだ。

 しばらく歩いたのち、銃声が響いた。敵だ。私は近くにあった塹壕か砲弾の跡か、とりあえず隠れられる場所に身を潜めた。三発、また遠くから銃声が聞こえる。味方には当たっていないようだったが、敵がどこにいるのか見当がつかなかった。また三発、今度は味方が撃ったようだ。

 そんな繰り返しをしているうちに、銃声はどんどん増えていく。どこから来ているか分からないが、たまに弾丸がヘルメットをかすめる。機関銃の音はせず、ただ小銃が数発撃ったり撃たれたりといった感じだ。クラウスは隣の塹壕に身を潜めていた。

 そのうち、軍曹が進軍するよう命令した。どこへ進軍するのか誰も分からなかったが、軍曹が歩いて行った方向に全員で付いていった。右手、左足、と銃弾がかすめたので私はすぐそばの穴にまた飛び込んだ。

 数秒待った程度だと思ったが、軍曹はもう霧の向こうへ見えなくなっていた。クラウスは私の後ろについていたので、とりあえず足跡を見ながら匍匐して進むことにした。相変わらず弾丸は頭上を飛んでいるが、味方が歩いて移動しているからか低い位置に弾丸は飛んでこなかった。

 そしてまたしばらくして見えた塹壕に飛び込むと、そこには先客がいた。

「おい、軍曹を見なかったか」

 そう言いかけて、その人物が敵兵であることが分かった。驚き、穴から出ようとしたが、敵兵が足を掴む。そして彼は腰から拳銃を抜き、焦りを覚える。拳銃を持った手をすかさず抑える。銃声。クラウスが塹壕の外から敵兵を撃ち殺してくれた。抑えていた手は徐々に力を無くし、敵兵は最後小さくママと呟いた。

「大丈夫!?」

 クラウスが駆け寄ってくれた。

「大丈夫、怪我はない」

 二人で死んだ兵をしばらく見つめた。クラウスは急いで拳銃とブーツを取り、身に着けた。ああ、戦争はこんなにも優しく暖かい人間を盗人にしてしまう。私は死んだ兵のドッグタグと胸ポケットに入っていた家族の写真と思われるものを持ち、懐にしまい込んだ。そういしているうちにまた銃声が響く。今度は悲鳴も聞こえてきた。どうやら私たちは敵陣に紛れ込んでいたようだった。

 塹壕から外を覗き込むと、近くで発火炎が見えた。しばらく経った後、銃声はやんだ。目の前にぞろぞろと人影が見え、それが近くなり味方だと分かったのに安堵し塹壕から出た。

「全員片付いたようだな」

 軍曹は拳銃のマガジンを変えながら言った。

「クルト、クラウス、前線に戻って制圧が終わったことを伝えてこい。私たちはここを陣地とする」

 敬礼の後、私たちはまだ来た道を走って戻った。あんなに時間をかけて来た道は、普通に歩くとさほど遠くなかった。

「ねえ、彼もやっぱりクリスマスには家に帰るつもりだったのかな」

 クラウスは聞いた。

「そうかもな、俺らもそのつもりだったんだ」

「もしかして冬まで待って、弱ったところを叩こうっていうことなのかな」

「相手が準備不足だと思って行動なんてしないさ、普通は。なんならつい二か月前まで我が軍の快進撃だったじゃないか、準備は万端だったんだ」

 そっか、とクラウスは呟き、それ以上何かを話すことは無かった。気付いたら霧が晴れていた。


 自分の作った塹壕に辿り着き、近くにいた将校に敵陣地制圧について話した。将校はそうかと言って、どこかへ消えた。私たちは冷めたスープを貰い、近くの塹壕に腰を据えた。タバコを二本取り出し、空を見上げると雲一つ無い良い天気だった。

「良い天気だねえ」

「そうだな」

 まるでさっきの戦闘が夢のように感じた。故郷に居たらピクニックにでも行くだろうか。そんなことを考えていると、轟音があたりを響き渡った。迫撃砲だ。

 塹壕から飛び出て、周りを見ると先ほど制圧した地点に着弾しているようだった。私とクラウスは小銃を抱えて走った。周りの味方も援軍としてついてきてくれた。今回は隠れる必要もない、きっと戦車も来てくれると期待をしていた。

 占拠地へと辿り着くと、うめき声と共に何人かの味方が歩いてきた。全員砲撃を食らっているようで、びっこを引いたり肩を抑えているものが多かった。また轟音、迫撃砲が降ってくる。クラウスは傷ついた味方を穴から引っ張り出し、近くの軍医の元へ引きずっていった。私もまた別の穴から仲間を引っ張りだした時、嫌な音がしてきた。キャタピラ音が遠くから、徐々に近寄ってくる。少なくとも、私たちの来た方角からではなかった。

 敵の戦車は撃った。弾は近くの木をなぎ倒しながら、軍医の近くで爆発した。そこにはクラウスが居た。クラウスの元へ駆け寄ったが、顔が無くなっていた。どうしてこんなことになってしまったんだろう。クラウスの手を握り締めた。戦争だからしょうがない。戦車が二発目を撃つ。また別の人が死んだ。もうダメなんじゃないだろうか。クラウスを見ると、私を見ていつものように笑う顔が見えた。

 私は小銃を置いて、近くにあった手りゅう弾をめがけて走った。手りゅう弾を手に取って、戦車へ向かって走る。服とヘルメットをかすめる弾丸の音が響いたけれど、無視して走った。気付いたときには視界が真っ白だった。足を撃たれたらしい。動けない。戦車まであと数メートル。私は手りゅう弾の栓を抜いて、戦車の方向へ投げた。起爆と共に車輪が吹き飛び、同時に上半分が吹き飛んだ。後ろを見ると、友軍の戦車が来ていた。周りの銃声を聞きながら、視界が徐々に暗くなっていった。


 目を覚ますと、野戦病院に居た。足を撃たれたけれど貫通していたようで、数か月で歩けると言われた。松葉杖があったのでそれを借り、外に出た。辺りでは仲間がカードゲームをしたり、タバコを吸ったりして戦場の傷を癒していた。

 目の前を担架が通り過ぎ、クラウスが乗っていることに気が付いた。彼らについていき、土葬場へとついていった。小さな十字架の下に、クラウスはそっと埋められた。手を合わせ、祈りをささげた。

 近くに焚火を見つけたので、胸ポケットにしまっていた敵兵の写真を投げ入れた。戦場の雪についた血は増え、木は少し数が減った。

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