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31 お帰り


 私が城へ戻る頃には、東の空が暗くなりはじめていた。


 人気のない城館の正面入り口から大階段を駆け上がり、右へ折れて、猪の頭が暖炉の上に飾られた部屋の扉を開ける。馬車の窓から真っ暗な城を見上げたとき、唯一そこの窓から明るい光が漏れていたからだ。


 しかし、部屋の中の様子に私は面食らった。暖炉の火がついていたのは予想通りだが、その前に私の腰ほどの高さまでこんもりと、色とりどりのクッションが山の形に積まれていた。


「フラウリッツ、そこにいるの?」


 私は戸惑いながら、部屋の中に向かって声をかけた。すると、ビーズのついたクリーム色のクッションの向こうで、ちら、と光る銀色の髪が見えた。


「……早かったね」


 クッション山を迂回して暖炉の前まで行くと、布の塊に全身を預け、腕と足を組んだフラウリッツが絨毯の上に座り込んで暖炉の火に当たっていた。すぐそばにはワインの乗ったトレーと、火のついていないパイプが置いてある。緑の目が上目遣いで見返してきた。


「そうかしら。あの洞窟を通ったら、このくらいの時間じゃない? 行って、お茶飲んで、すぐ帰ってきたんだもの」


 籠を床に置き、マントを脱ぎながら返したのは、言葉にするのも野暮な至極当然のこと。けれど、視線を暖炉に移したフラウリッツはぼんやりとそれを繰り返した。


「そう。……すぐ帰ってきたんだ」

「ええ。お忘れかもしれないけど、これでも無期追放を受けた身だし、しかも世間的には故人だし。顔見知りがいるかもしれないところじゃ、買い物どころかおちおち散歩も出来ないわよ」


 買い物しようにも先立つものが少ない、とは言わないでおく。それを言うと、にやにや笑っていたヴィエリタと同じように『買取の金、使ってよかったのに』と言われそうな気がした。


「それより、魔女のお店がグラニエルにあるなら、出発前にそう教えてよね。窓から王宮が見えて、驚いたったら」


 籠から皮袋を取り出して渡し、マントを畳む。暖炉の火を前にして、思いのほか自分も手先が冷えていたことに気がついた。

 そして、売り上げ金を片手に乗せた男が、無言で私の方を見ていることにも気がついた。


「何よ? ……お邪魔だったなら、言ってくれればヴィエリタのところで時間を潰してきたのに」

「いや」


 居心地の悪さを感じてぼやいたせりふは、すぐに遮られた。フラウリッツは受け取った袋から銀貨を抜くと、ふ、と柔らかく微笑みながら差し出してきた。私が作った呪具の売り上げだ。


「お帰りレダリカ」


 初めての報酬をしゃがんで受けとる。間近に寄ると、暖炉の炎が近いせいか、いやに嬉しそうな顔に見えた。


「ええ、ただいま、フラウリッツ。今お夕飯の支度を……何してるの?」


 フラウリッツがワイングラスを持ち、銀色のトレーの上に細く垂らし始めた。


「夕飯、もう今日はこれで済ませちゃおうよ」


 そう言うが早いか、小さな風が起こって、絨毯の上にほかほかと湯気をまとった大皿が三つ立て続けに現れた。


「やだ、準備しておいてくれたの……って、これみんなお菓子じゃない!」


 呆れた私をよそに、フラウリッツはへらへら笑って取り皿とカトラリーまで取り寄せた。

 

「いいじゃんたまには。寂しくなる夜は、むしょうに甘いものが欲しくなんだよ」

「はあ?」

「あーしまった、お茶がない。ワインじゃなくて、うんと濃い、砂糖なしの紅茶、欲しくない?」


 私は鼻から息を吐いて立ち上がった。言われなくとも用意するつもりだった。元から準備していない食べ物は取り寄せるだけじゃ用をなさないから、私が厨房へ行くしかない。


 パイプの残り香が漂っていた部屋は瞬く間に甘い香りに満たされた。扉を開けると、それは廊下から城中に広がっていく。私の動きに合わせて照明もどんどん点灯していった。

 明るくなっていく城の、今夜の夕餉はガトーショコラとフルーツグラタンと、干し葡萄の入ったバターケーキ。子どもが夢見る食卓だ。卓っていうか、床だけど。


「……ねー、やっぱりなんかしょっぱい物も持ってきてくんなーい」


 厨房へ向かう私に向かって、背後から間延びした声が追いかけてくる。

 ……本当にマイペースな男。





 それからというもの、私は魔導書を書き写す作業と並行して呪具作りをするようになった。


 最初に教わってから繰り返し作ったドライフラワーの“心を縛る呪具”のみならず、分けてもらった魔法の蜂蜜酒(黒い)に浸した糸で作ったレース編みや刺繍のクロスも、完成させるとまとめてフラウリッツに点検してもらう。


「魔力の巡りを良くする呪具か。うん、意匠も精霊好みだしいいと思う、けど、急にどしたの。ものづくりに目覚めちゃったの」


 フラウリッツの詮索をいなして、呪具をヴィエリタのところに持っていく。買い取りの総額はいまだ師匠が作った呪具の金額には及ばないが、何度か繰り返していると、少しずつ私の手元に貯金らしきものができてきた。


 けれど、あのショールを買うにはまだ足りない。

 時間はだんだん失くなってきているのに。


「……何か参考になるもの、あるかしら」


 夕食に出す煮込み料理の下準備を終えた私は、数日前にベネスから買った厚手のマントを羽織って敷地内の塔のひとつに向かった。


 足の下で霜が割れる。いつの間にか冬がきていた。


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