25 サプライズ
「はぁ。レダリカ、あんた要は逆恨みで拗ねてるだけじゃない」
「……」
「……ダリエル、猪飾りの暖炉の間で待っててくれ、お茶持ってくから」
嫌みったらしいダリエルを、ロザロニアがなだめて外に連れ出そうとする。客人は「お湯と葉っぱだけ持ってきて。自分で淹れるわ」と固い声で返していた。気持ちはわかる、ロザロニアは香り豊かな紅茶を不思議な薬湯もどきに変えてしまうから。
……気持ちはわかるが、今日は私も虫の居所が良くない。
「お叱り痛み入るわダリエル。ところで、呼ばれてもないのにあなた何しに来たの? 客先のお茶を飲み干して、新しいのを売り付ける商法に変えたの?」
強くなりすぎたかまどの火を鎮めながら挑発してやると、出口に向かいかけていたダリエルが案の定、眉を跳ねあげて応戦してきた。
「呼ばれてないとは言ってくれるわね、この生意気娘っ! こっちはあんたに荷物持ってきてんだっての!」
予想外の言葉に驚いて振り返ると、ダリエルは小脇に抱えていた白い箱をずいっと私に突きつけていた。ロザロニアは包丁を持ったまま、「待って待ってダリエル」と駆け寄ろうとする。
「ちょっとロザロニア、包丁を置いて!……ダリエル、それ、私に?」
「そうだっつってんじゃん! ほら、ちゃーんと上に書いてあるでしょ、レ・ダ・リ・カって!」
ロザロニアが包丁片手にわたついているうちに、ダリエルはぱかっと箱の蓋を開けた。
すると、大きな四角い器から溢れそうなアップルクランブルが現れ、そして厨房いっぱいに甘い香りが広がった。まるで、たった今焼き上がってオーブンから出されたかのように。
そして煮詰めたリンゴを覆う、香ばしいクランブル生地の中央には平たいクッキープレートが乗り、そこに確かに私の名前が彫ってあった。『ようこそレダリカ』と。
「超急いで焼いてきたんだからね! 本当はアップルパイのが得意なんだけど、パイ生地作ってたら夜になっちゃうしさー」
作ったのか。ダリエルが。
「………凄いわ」
明らかに私を祝うために用意されたであろう、かぐわしい贈り物。差し出された箱を思わず受け取って、私は素直に感想を漏らしていた。同時に、喧嘩を売った自分の幼稚さが恥ずかしくなってきた。
とにかく礼を述べなくてはと、目の前の三つ編みの魔女に向かって口を開いた。が。
「そーいうわけで、ロザロニア。当日緊急配達と、ダリエルちゃんの手作り手間賃のダブル割り増しだからね。きっちり払っておくんな!」
「だーっ、もう、今料金の話をするなよ!」
開いた口を、そっと閉じた。なんだ。ダリエルは注文を受けて、仕事をしただけか。
「だいたい、お茶の時間に披露するサプライズ計画だって最初に伝えたんだから、レダリカの前で勝手に開けた分はむしろ値下げしてよ」
「え~、やーねぇ、ちっちゃいことにこだわっちゃって。でっかいのは見た目だけかしら」
豊かな胸の上に伝票を置かれたロザロニアが、ダリエルの額に指を向ける。何かが弾けるような音に、「あっづ! 冗談よぉごめんって」っとダリエルの悲鳴と謝罪が続いた。
アップルクランブルを抱えたまま二人のやりとりを見ていると、そのうちの一人と目が合った。注文主の方だ。
「ありがとうロザロニア。わざわざ用意してくれたのね」
ロザロニアは微笑んだが、その表情はすぐに不満げなものに変わった。
「いやぁ、ほんとは二人が洗礼に向かってるうちに自分で作りたかったんだけど、久しぶりに厨房来たら、道具も材料も何がどこにあるのかわかんなくなってて。で、そうこうしてるうちに時間なくなっちゃってさ。やっぱり弟子によって、厨房の使い勝手って違うんだねぇ」
時間がなくてよかったと、口には出さず、しみじみと思った。そんな祝い甲斐のない私の本音も知らずに、ロザロニアは「でも」と顔をほころばせる。
「あんたが喜んでくれてうれしい。はみ出し者しかいない世界へようこそ、魔女レダリカ」
……ああ、だから、プレートが『ようこそ』なのか。
腑に落ちた私が見つめる先で、目を細めて笑うロザロニア。濃い化粧の向こうの素顔は、存外あどけないようだ。
「ええ、改めてよろしく。魔女ロザロニア」
自然と口元が緩んだ。
はみ出した私を受け止めて、たらいいっぱいのシチューで暖めようとしてくれた黒猫の魔女。思えば、この城にやってくる同業者は数多くとも、彼女ほど気の良い魔女はそういない。
ダリエルなど、こんなときに「ちょっと、お代はまだ?」と口を挟んでくるのだから。
「わーかったから、あんたは先に猪の間に行っててよ。まったく、せっかく驚かそうと思ったのにさ!」
爪がピンク色に塗られた手が空中を一撫ですると、革の財布が現れた。そこからロザロニアが硬貨を数枚取り出し渡すと、「はーい、毎度ありー」とダリエルは軽い足取りで厨房から出ていった。
調理台の上の芋をよけて箱を置く場所を作りながら、私は肩を落としたロザロニアへと言葉をかける。
「驚いたわよ、十分」
「もっとだよ。もっと『わーすごい! 洗礼は今朝だったのに、いったい誰が?』って、言わせたかったのになぁ」
「かえってわざとらしいじゃない、それ」
沸騰した鍋の蓋がカタカタと揺れているのを気にしながらそんなことを言っていると、また厨房の出入り口が開く音がした。
「ねぇ、レダリカまだ怒ってんの?……あ。わー、すごい!」
扉の隙間から顔を覗かせてきたフラウリッツが、通常ではそう見ないほど目を丸くして、調理台のそばへと寄ってきた。
「アップルクランブルか。いい匂いだ、良かったねぇレダリカ。おや、洗礼したの今朝だったのに、いったい誰が用意したんだろう?」
魔法使いは箱を覗きこんで手を叩いて喜び、そしてこちらを見ながら大袈裟に首をかしげた。私は隣の魔女へと体を寄せ、そっと耳打ちする。
「……サプライズ、成功したわね」
『違う、こうじゃない』とでも言いたげに顔を歪めた姉弟子に、こっそり忍び笑いを漏らしながら指をならす。かまどの火が消え、鍋の蓋が大人しくなった。