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21 打ち明け話


 十歳で病死したとされる、先代国王の末子イルバーノン。母親は小貴族出身の女官であり、国王の晩年の愛人だったらしい。彼女も早くに亡くなっている。


 記録には残っているのに、王都グラニエルでは誰も、その女官の親族すら、イルバーノン王子の話をしなかった。肖像画も残っていなかった。死んだとされているのに追悼行事も、私の覚えている限り一度もされていない。


「お察しの通り。あの日、僕は僕の行方を気にしそうな人たち全員の記憶を、ひとりひとり塗りつぶしていった」


 体を起こしたフラウリッツが右手を水平にくるりと回すと、宙に寸胴のカップが二つ現れた。立ち上る湯気からホットチョコレートの香りがした。


「って言うと大変そうでしょ。案外そうでもなかったよ。僕付きだった侍女、侍従、それと君くらいだったから。母の実家にも、あんまり会ってなかったけど一応立ち寄ったな。もともと限られた場所にしか出入りしてなかったから、その術をかけるべき相手はそんなに多くなかったんだよね」


 戸惑いが顔に出てしまったのは、カップを渡されるときに「熱いよ」と忠告されたからではない。


「なんで、そんなこと」

「……いやぁ、いろいろ複雑な事情があってね」

「王太子様と年の近い王弟だからって危険因子にされて、王宮から追い出す理由を作るためにわざと魔女が送り込まれて魔法使いにされたの? そして追放されるときに、後顧の憂いを残さないように記憶操作をしていったということ?」

「お、おお、見てきたかのようにいうね。……王宮に魔法かけたのが僕だっていうのは、誰かから教えられたの? ロザロニア? べネス?」


 否定しなかったのは、大方当たってるということか。

 別に特別な推理でもなんでもない。記録に残る当時の状況と、彼が師匠魔女をただの家庭教師だと思っていたということから考えられるのはそんなところだ。きっと、ヴァンフリートの祖母となる前王妃の意向も働いたに違いない。……ルゼが来てからのお母様の様子を見て過ごすと、そんな予想もそう突飛ではない気がした。 


「誰でもないわ。でもみんな、あなたを凄い魔法使いだって持ち上げるから」

「なるほど」

「持ち上げるわりに、どんな功績があるのかが、一緒にいても全然見えてこないから」

「……お、おぉ、言ってくれるねぇ。ああでも確かに、あの年であの規模の完全魔法を成功させたのってここ数十年で僕くらいか。そうだね、僕がみんなに一目置かれてる大きな理由といや、そうか」

「……完全魔法?」


 ひとりで納得した師の様子に、思わず首をかしげる。


「あぁ……えっとね、一度かけると“魔法のかかった状態”が勝手には解けない魔法のこと」


 石造りの手すりの上に、見慣れた黒板が現れた。講義の時にフラウリッツがそばに置くが、ろくに使われたことはない。

 炎が照らす黒い板面の上を、チョークが滑って炎や鎖の絵を描いていく。


「魔法陣しかない所に火柱を出現させたり、鎖を出して敵を拘束する魔法は、気を抜くとあっという間に消えるじゃん。一方、転移魔法とか、水を凍らせる魔法はさ、転移したり水が氷になった後、術者が気を抜いても元に戻らないでしょ。完全魔法は前者みたいな“気を抜くと元に戻る”ような魔法を、後者みたいに“ずっと維持させる”もの」


 炎や鎖の絵が消えて、すぐに簡易的な王宮やドレスを着た女らしき絵が描かれる。


「例えば“魔女を寄せ付けない”とか“特定の人物、物事についての記憶や関心が曖昧になる”っていう不自然な状態が、僕の集中力や意識の有無、僕との距離に関わらず、ずっとかかってたみたいに、ね」


 ふむふむ、と頷いて質問しそうになってから、話が本筋から逸れかけていることに気がついた。夜間講義のために地上からはるばる階段を上ってきたわけではない。


「本来はクラリスの“土の加護”もベルティナが作り上げた完全魔法だったはずなんだけど、あの子多分ちゃんとかけられてないんだろうなぁ」

「待って。ふ……い、イルバーノン、さまは」

「いやなに急に。魔法使いフラウリッツだよ僕は」

「……フラウリッツは、なんで王宮にそんな魔法をかけたの。魔法使いになる洗礼だって、その気が無いなら拒否することはできなかったの」


 するとフラウリッツは、眉根を寄せて迷うそぶりをほんの少し見せたが、まぁいいか、とでも言いたげな顔で「怒らないで聞いて欲しいんだけどさ」と口を開いた。


「魔女には教会なんて無いから、師匠が洗礼の儀式を執り行うし、洗礼名も与えるんだけど。……普通弟子を取る魔女はさ、何を置いてもまず洗礼を受けさせて、“魔女の戒律”を教えて、それから魔法を教えるんだよ」

「……」


 あら、私の状況と逆だわ。

 あら?


「……もしかして、洗礼のタイミングが人それぞれって言うのは」

「……師匠によりけりってこと」


 なんてことだ。じゃあもっと積極的に頼み込むか脅しつけるかすれば、私はもっと早くに魔女になって、鶏の血から解放されたんじゃないか。素質があるらしい私は。


「怒んないで、話が逸れるでしょ。だから僕も、師匠にはわけもわかんないうちに洗礼されたんだって話。……王宮の魔法もさ、師匠から、“国に仇なす悪い奴らを遠ざける神聖な儀式”だって、“お兄さんやみんなに認めてもらうチャンス”だって言われてやったんだよ」


 私は驚き、そして怒りが込み上げてきた。目の前の男に対してだ。


「言われるがままだったの?」


 黒板を木枠ごと跡形もなく消したフラウリッツは、こくんとうなずいた。


「ばかじゃないの、そんな」

「やぁ、僕もそう思うよ。蓋を開けてみたら、僕自身が王宮にいられなくなってたんだから。かろうじて、旧礼拝堂は師匠がずっと生活の拠点にしてたから、魔女や魔法使いの力を弾き出すまで時間がかかったけどさ。……そんな魔女の力の名残も、多分彼女が死んで完全に消えたんじゃないかな」


 そこでフラウリッツが体の向きをバルコニーの入り口へと向けた。そのまま、物見の塔の内部へと入っていってしまうのを、慌てて追いかける。


「……あなたの師匠は、なぜ王家に協力したのかしら」


 残してきた手すりの炎が消えたのがわかった。代わりというように、螺旋状の石段の一段一段を小さな火と、質問に応じるフラウリッツが先導していく。


「どうも大金に目が眩んだみたい。僕に王宮への魔法をかけさせたのも同じ理由。でも、それが用済みの合図になっちまった。僕は王の許可なく王宮に魔法をかけた罪で追放、師匠は幼い王弟を唆して魔の道に引きずり込んだ罪で処刑」


 処刑。予想できなかったわけではないが、やはり穏やかな気持ちではいられなかった。


「……恨んでないの?」


 フラウリッツは足を止めない。


「師匠のこと? 王家に関わらないっていう、魔女たちの暗黙の了解を破ったんだから、仕方ないんじゃない。魔女狩り公爵だの騎士団だの言ったって、常にその背後には王家がいたことぐらいわかってたろうに。……そりゃ、亡くなった直後は、色々思ったけどさ」


 弟子をとるのは、子どもを引き取るようなものだと彼は言った。

 養母を殺されて、今こんなにも達観するまで、一体どれほどのやりきれない感情を踏み越えてきたのだろう。


 考えすぎとは思わなかった。彼は今も、師の魔導書を大事に持っている。



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