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19 育ち


「ブーツぅ? うちにあんたの足が入るような物はそんなにないわよぉ」


 言いながら、ベネスが部屋の端に広げていた魔法陣の敷布に向かって指をならすと、その場に長さも色もバラバラな三足のブーツが現れた。


 それを横目で見ていた私は、ダリエルやフラウリッツが何も無い空間に物を取り寄せたことを思い出していた。呪文や魔法陣を要しない程度は人による。なるほど。


「で、王宮に魔法使いが入れないかって? そうよ、あそこは魔女や魔法使いの洗礼を受けた人間は入れない。そういう、強い魔法が……」


 そこでベネスは失言に気がついたように固まった。

 ……ああ、そうか。私は魔女として、王宮で裁きを受けた。


「両陛下は、最初から私がはめられただけって知ってたのに、助けてくれなかったのね。まあ、あの人たちってそういう人よ。……それより」


 玉座の間での、私になんの興味もなさそうな冷たい目。彼らからすれば、他人に簡単に足元を掬われるような女ははなから息子の妻失格なのだ。

 あの時、この真相を知っていたら憎しみも倍増しただろうけど、今は別のことが気がかりだった。


「その魔法って、いつからかかってるの?」

「……十年、いえ、もう十一年前ね」


 苦い顔を鏡に映していた仕立て屋が「そうよね?」と、確認するように部屋の隅へ顔を向けた。その先には、ブーツを試着するロザロニアがいる。

 横目で窺っていると、姉弟子は「……確かね」と、吐き捨てるように短く答えた。不機嫌そうだ。履いたブーツのふくらはぎが張り裂けそうだから、なだけではなさそう。


「ちょっと、脱ぐにも丁寧に扱いなさいよ。そういうところに育ちが出るのよ」


 育ち。

 窓の外の鳥の羽音に重なった言葉から連想した疑問を、私は深く考えもせずに口にした。


「……ふたりとも、なんで魔女や魔法使いになろうと……いえ、ぶしつけだったわね。忘れて」


 出てしまった言葉を隠すように慌てて口を覆ったが、鏡越しの魔法使いはけろりとしていた。


「魔女になった理由? アタシは平気よぉ別に。子どもの頃からこんなだから、家を追い出されてふらついてたところを師匠に拾われたの。で、アタシもそのまま魔女になったの。魔女にね」

「私も似たようなもんさ。口減らしに人買いに売られたところを逃げ出して。……で、行き倒れてたところを偶然魔女見習いに見つけてもらって、フラウリッツのところへ、って流れ」

「みんな似たようなもんよねぇ。状況をよく分かってない子どものうちに魔女になるのがほとんどだから」


 『魔女』を強調しながら布をたたむベネスと、紐を全部抜いてブーツを足から引き剥がそうと試みるロザロニアに悲壮感はない。

 

 ――フラウリッツは、どうして。


 聞きかけて、やめた。二人は気にしていないというが、望まずに進む人間がほとんどなら、本人のいないところで聞き出すべきじゃない。

 そう思った矢先。


「僕はねぇ、家庭教師だと思ってたばーさんが実は魔女で、知らないうちに魔法の英才教育受けさせられてた!」


 ……いた。本人。


 いつの間にか、窓の外の大きな枝に緑の目のカラスがとまっていた。それが部屋の中へ降り立って、文字通り肩の荷を下ろして身軽になった私は体を向ける。


「お帰りなさいフラウリッツ。魔女集会、どうだった……」


 の、と言う前に人の姿に戻った男が、べネスに「聞いた? お帰りなさいだって奥さんみたい」と聞えよがしに耳打ちしている。


「あら、アタシからも言ってあげるわ、愛人風に。『お帰りなさぁいフラちゃん、ちゅっ』」

「いいね、今すぐ手切れ金払いたくなる」

「こっちも待ってたんだぞフラウリッツ、あんた無しじゃもうどうにもならないんだ」

「照れるよロザロニア。何、こっちから引っ張れって?」


 遠出の心配をした自分がバカみたいだと思いながら茶番を見届けてやると、「で、レダリカは集会が気になる?」と男が自ら投げかけてきた。両手で網を上げる漁師のように、床に尻をつけて脚を上げているロザロニアのブーツの踵を引きながら。


「え、ええ。魔女の集会なのに、ロザロニアやべネスは良かったのかしらって」

「全員集合なんてごく稀だから平気でしょ。今回はクラリスの処断があるから、僕は絶対休みたくなかっただけで。……ああ、彼女のことが気になるのか」


 反応しないようにしたつもりだったが、フラウリッツには丸わかりだったらしい。ロザロニアがまた不機嫌そうな声を出した。

 

「あんな女、もう気にするなレダリカ。厳罰が下っても自業自得だろ。……いった!!」

「……ええ、もちろん。……踵持って引っ張るのは危ないんじゃないの?」


 足首が妙な音を立てたロザロニアが涙目で悶絶している。「もう何やってんのよ!」とべネスが履き口を広げるのに加わった。


「周りもね、やっぱりクラリスに対して冷ややかだよ。ただ殺しが未遂だったから、最後の判断が慎重になる人が多かった」


 そう言ったフラウリッツは「これもう買い取って切っちゃいなよ」と、ぴちぴちのブーツを見下ろして呟いた。べネスがまなじりを吊り上げる。


「で、その結果クラリスはレダリカへの接触禁止と、この森への立ち入り禁止が決定。もしレダリカがクラリスを見かけたり、または誰かが森にいる彼女を目撃したら、そのときは魔法で殺しても集会はノータッチ。……いくよ、せーのっ」


 すぽっと音でもしたかと思うような勢いで、ロザロニアの脚が革のブーツから引き抜かれた。反動で本人は後転した。


「やだロザロニア、大丈夫?」

「あらあら髪で床掃いちゃって。……フラウリッツの呪具なしで、あの子どうやって生きていくのかしら。わけもわからないうちに洗礼を受けて、魔女以外の生き方知らないでしょうに……あーこれ、シワになったわねぇ」

「あたた、ありがと、平気。……私が言うのはずるいかもしんないけど、そうやってまわりが憐れんで甘やかすから、あいつも付け上がったんだろ。貧民街で飢えてた方が幸せだったとは思えないね。……ブーツ、ごめんって。睨むなよ」

「じゃ買い取って。筒の部分、叩いて少し広げてあげるから」

「えぇ……」


 額を突き合わせる魔女と男魔女の横で、フラウリッツがパイプに指先で火をつけた。


「レダリカ、今日の夕飯四人分頼める? 女神と食事できるとくりゃ、きっと優しい仕立て屋は割引してくれる」


 上がりはじめた煙に返事をする前に、べネスの顔が輝いた。



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