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14 魔法の使い方


「なんだいフラウリッツ。時間空けとけって……おや!」


 言葉を失った私をよそに、彫刻群のあいだから姿を見せたロザロニアは驚きの声を上げた。


「はいロザロニア先輩、この出来映えを評価してください」

「そうだな、どれも文句のつけようなんてないけど、しいていうなら甘いものだけじゃなくてちょっと軽食も」

「おバカさんなのロザロニア。そっちの出来映えじゃなくて、レダリカの転移魔法の完成度についてだし、僕のお手製ラインナップにケチつけないで」


 和気あいあいと続く師弟の会話に、当事者であるはずの私は完全に置いてけぼりを食らっている。


「それなら、昨日も言った通りやっぱり素質あると思うよ。複数の物、液体と固体、割れやすい物、失敗の原因になりやすい要素がこんなにあるのに。しかしワインでよく……ああ、なるほど妖精のシルクの上に。……あ、これフラウリッツが指示しただろ。お茶を温める印はあんたのオリジナル魔法だ」

「バレた。だって僕お茶は夏でも温かい派なんだもん」


 ロザロニアの指摘をフラウリッツは飄々と認める。私はようやく我に返り、彼らのやり取りに割って入ることができた。


「ちょっと、これどういうこと?」

「使ってみるとわかるだろ。やり方があってりゃ、術者は自分の関知しない物だって取り寄せられる。これで相手を陥れることもできるんだから、君はプロとして他人に良いように操られないよう、魔法の扱いには慎重になれよ」

「……」


 すまして言われて返す言葉もない私に、フラウリッツは「なんてね」と目元をゆるめた。


「普通はやっぱり鶏の血でやるもんだ。食べ物が対象だからって赤ワインなんて使っちゃ、成功率を著しく下げちまう。そこを補うのに今回は妖精のシルクを下に敷いたけど、それでもプティングひとつも倒さないのはお見事だ」


「その呪具がもっと沢山あれば、毎朝鶏を絞めなくてすむんだがねぇ」と、メレンゲを手にロザロニアがため息をついた。


「それよりこれ、どうするつもりだい」

「もちろん、居合わせた関係者が責任もって処分するに決まってんじゃん」

「だよね。おー忙しい、三人しかいないのにこんなに作っちゃって、おバカさんなのフラウリッツ」


 言葉とは裏腹に、ロザロニアが嬉々としてメレンゲを口に放る。さく、と軽い音が聞こえた。


「座んなレダリカ」


 教えを乞う相手の言葉に、立ちつくしていた私は条件反射で従った。テーブルに寄せられた長椅子の、ロザロニアの隣に腰を下ろすと、目の前のカップから漂うハーブの香りが強くなった。


「……なんで」

「カモミールって安眠効果があるっていうでしょ」


 独りごちた私に、向かいの肘掛け椅子から答えが返ってくる。

 なぜ急にお茶会が始まっているのだという意味だったが、「ほら」と切り分けたレモンパイを渡してくるロザロニアの笑顔を前に、言葉は形にならなかった。


「本番も同じ要領でやればいいんだから、練習の時くらい心躍るものを使えばいい。はーしかし、ひっさしぶりに泡立て器振ったな。ちゃんと膨らんで良かった」


 肩を回す彼から感じるのは、いつも通りの穏やかさ。昨日も同じ顔をしていた。


「……料理は、誰かにしてもらうのが好きなんじゃなかったの?」


 口をついて出たのは、揚げ足を取るような、些末なこと。けれどこの師はマドレーヌを片手に、かわいくない質問にも口の端を上げて応じてくれる。


「そうだよ。自分のために誰かが用意してくれたものを前にすると、わくわくするだろ」


 緑の目が、いつになく悪戯っぽく見つめてくる。


「しない?」


 自分のために誰かが。

 私のために、この人が。


「……する」


 満足げに広がる笑みから目をそらし、私はカップを覗きこんだ。白い湯気の先の、陽だまりを思わせる優しい色合い。カップをそっと口に近づける。


 舌を撫でて、ゆっくりと胃の腑に落ちていく温もり。今夜はすごく久しぶりに、よく眠れそうな気がした。





 止まない雨音をかきわける靴音に、ようやく、私はカップが四つという意味を理解した。


「はぁーいフラウリッツ! 緊急配達毎度ありっ、て、……レダリカもいたの。あーらら、ロザロニアまで出戻っちゃって、そりゃ小麦粉の減りも早いわけよねぇ」


 麻袋を抱えこんで現れたダリエルの栗色の髪から水が滴っていた。彼女の頭上に、フラウリッツの腕の一振りで乾いた布が転移してくる。

 包まれてあわあわした魔女の手を取り、私は彼女を最後のカップの席へと案内する。小麦粉代は、居並ぶ人魚像の鎖骨の窪みに乗っていた。


 

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