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12 魔女狩り公爵



 雨粒が窓を打ち叩く音に、カツカツという足音が加わった。

 水差しを傾けていた手を止め、樫の机に広げた羊皮紙から顔を上げたその時、書庫の扉が勢いよく開いた。


「レダリカ、あんた自分がカールロットの娘だって言って回ってんのかい!?」


 飛び込んできたのはロザロニアだった。艶やかなストロベリーブロンドも、体にぴったり作られたドレスも哀れなくらいずぶぬれだ。


 私が椅子から立ち上がるよりも、本から目を上げないフラウリッツが腕を一振りする方が早かった。姉弟子は天井から降ってきた大きな布に全身をすっぽり包まれ、もみくちゃにされた。


「……まさか。初対面の相手に名前を聞かれるから、ありのままに答えているだけよ」


 わぁわぁと慌てふためくロザロニアが布から顔を出すのを手伝ってやると、彼女はアイカラーがぐずぐずにくずれたのも構わずに、ぎっと睨む相手を変えた。


「フラウリッツ、あんたレダリカに言ってないのかい!? カールロット公爵の悪名を」

「言ったよ。レダリカのひいじいさんのひいじいさんあたりは、当時の魔女狩りの急先鋒だったってね」

「他人事みたいに言うから、ことの重大性が伝わってないじゃないかっ。昔話でもなんでも、それが今でも魔女の間で語り継がれてるのに!」


 魔女狩り公爵。

 数日前に来たダリエルの言い様から察してはいたが、カールロット公爵の名は魔女の間では相当忌み嫌われている。

 大昔、天の大精霊を守護神として崇める信仰が国教に定められたとき、この神の庇護を受けない魔女や魔法使いたちが異端として捕らえられ、粛清された。この魔女狩りで大々的な指揮をとったのが、我がカールロット家だったというわけ。


 歴史的知識として元から知ってはいたが、古代の建国秘話と同じくらい遠い出来事のように思っていた。が、魔女たちにとっては違った。


「その魔女狩りがきっかけで、今も続く“魔女の戒律”ができたくらいなんだぞ! ……洗礼で魔女の名前を新しく与えられたら、家の名前なんてなくなるんだから、わざわざ名乗らなくたっていいだろうに」


 いくぶんかトーンダウンした後半の言葉は、再び私に向けたものだった。化粧崩れが激しい顔は、入ってきたときは怒りを爆発させていたが、今は心配の色を宿している。


 良くも悪くも、魔女たちはわかりやすい。皮肉なことに、正直・勇敢・慈悲を柱とした教会の教えを受ける王国の貴族たちより、ずっと正直だ。

 

 私はロザロニアから回収した布を樫の机の端に置いて、もう一度椅子へと戻った。羊皮紙の上には描きかけの魔法陣。赤黒い円はもう半分くらい乾いてしまっていた。


「……別に、いたずらに波風を立てたいわけではないのだけれど」


 私は自分が水差しから垂らした血の跡を指先で辿った。


「でも、ちゃんと残したいの。私がどこで生まれた、どういう女だったのかを」


 ロザロニアが怪訝な顔をしている。フラウリッツは興味がないのか聞きながら読んでいるのか、ぱら、とページをめくっては、その目で文字列を追っている。


「私の裁判は非公開で行われたって言ったでしょ。あれ、なんでか考えてみたの。邪魔されないため、家の体面のためでもあるけど、多分私が魔女として追放されたっていう事実が広まると、妹のルゼの名誉にも傷がつくからよ」


 それは、未来の王妃を目指すルゼにとって、その父である公爵にとって、とても都合が悪い。

 ぐしゃ、と、握りしめた手の中で羊皮紙がしわくちゃに歪んだ。


「ここに来た翌日、ベネスに聞いたわ。私、王都では病で突然亡くなったことにされたそう。伝染する病気だから葬儀も内々に済ませたとか言い繕ったんですって。笑っちゃうわね?」

 

 皺だらけの羊皮紙を退け、新しい羊皮紙を広げる。その上で、鶏の血で満たされた水差しを傾ける。


「それなら、私が世の中に知らしめてやるって決めたの。カールロット公爵の家から、災厄の魔女が出たことを」


 黄ばんだ羊皮紙の上に、鶏の血を滑らせていく。徹夜で魔導書を写すのと平行して、魔法陣を描く練習にも余念はなかった。


 だらだらと滴り落ちていく血。

 公爵家の名誉も、栄光も、きっとこうして地に落ちるだろう。父やルゼが死んだ後も。私が死んだ後も。


「これも報復の一環。自業自得でしょ、あの人たちには」


 手を止め、同時に顔を上げると、いつの間にかフラウリッツが視線を本から私へと移していた。一瞬目があったが、彼の注意はすぐに羊皮紙の上へ動いた。

 何も言われなかったので、私は続けた。集中するために目を閉じ、呪文を唱える。


 鼻先を熱が掠めた。


「……できてる。かんぺき」


 羊皮紙の真上に生じた炎の塊と、師匠の静かな評に、姉弟子の感嘆のため息。


「……悔しいけど、あんた素質あるよレダリカ」


 傲慢は足元を掬う。一度味わっているから気をつけているが、それでも口の端が上がるのをおさえられなかった。

 ああ早く魔女になりたい。



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