11 魔女ダリエル
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「はあーい、フラウリッツ! お望みのもの、もってきたわよーん……って、まだいたのねカールロットの小娘」
扉の外には、栗色の髪をサイドで三つ編みにした魔女が、大きな紙袋と麻袋を抱えて立っていた。はちきれそうな紙袋からはバケットが二本はみ出していて、麻袋は端から見ても分かるくらい、拳大の球状のものがぎっしり詰まっている。
「ええ、おかげさまでね、ダリエル。明日も、きっと明後日も私はここにいるわよ。フラウリッツの弟子なんですから」
「まったく。いっくら超一流の魔法使いとはいえ、あいつも物好きね。こんなに次々弟子を取るなんて。それも、よりによってカールロットの娘を」
薄紫の瞼にオレンジの口紅を合わせた魔女ダリエルは、笑顔から一転して渋い表情になっていた。
ストレートな憎まれ口にすまし顔で対応した私は注文した品を順々に受け取ると、言われた通り乾いた花瓶の底から銅貨を五枚拾って渡した。魔女は軽々と小脇に抱えていたが、麻袋は私の片手では持っていられなかった。
「あら、魔女はみんな後天的に魔女になるから、“どの家に生まれたか”で差別はしないって、超一流の師匠から聞いたのだけど?」
「ふん、よく聞きなさい、この減らず口。お前の父親がこの城の主に何かしたら最後、国中の魔女や魔法使いが結集して、傲慢な“魔女狩り公爵”の首をかっきりにいくからね」
「まあ、それは困るわね。父への報復は私の生きる目的なのに」
魔女は私の返しに眉をはねあげたが、むっつり黙り込んだあと、「……ま、これおまけするわ。新たな娘を養う城主のためにね」と、何もないはずの空中から瑞々しい桃をぽんぽん、ぽぽんと出現させて、私が抱える紙袋の中に勝手に入れた。そして私の反応も見ずに、来たときと同じフクロウに変身して去っていった。
「……」
桃は大きく、食べごろだ。私の手のひらから溢れるほど大ぶりな桃が四つもあっては、あの細身の魔法使いひとりでは食べきれないのは明白。
……少し、生意気すぎただろうか。
「……あら」
顔を上げると、庭の中を狐が横切っているのが見えた。
どこから入ったのだろうと眺めていると、狐は見られていることに気がついたように足を止めた。
途端、その足元から風が巻き起こり、次の瞬間、そこには首もとに黄金色のスカーフを巻き付けた中年の女が立っていた。
狐に化ける魔女と会うのは初めてだった。
「おやまぁ、少し見ないうちにずいぶん痩せましたね、ロザロニア」
「……残念ながら、姉弟子は不在です。初めまして狐のご婦人。私はフラウリッツの新弟子、カールロット公爵の長女レダリカと申します」
「っ、カールロットですってぇ!?」
優雅に微笑んで歩いてきた狐の魔女が立ち止まってのけぞる。驚きはやがて嫌悪か侮蔑に変わるだろう。……ほらね。
この城に来て、十日ほど。
わかったのは、毎日のようにやってくる来客はみんなフラウリッツの同胞で、かつほとんど女ということ。
というのも、一般の世間からは隔絶された魔女や魔法使いは、仲間同士の繋がりをすごく大切にする上に、男の魔法使いは数が絶対的に少ないらしい。結果、毎日のように誰かしら、女性がフラウリッツに会いに来ることになる。
そして、王国ではひれ伏さない者の方が少ないわが生家。どうやらこの界隈では禁忌の名前である模様。