1 凋落
「これは、どういうことですか……」
喉がからからだった。
この国では、魔女や魔法使いは罪人だ。当然魔法や、その中でも人を害するとされる呪詛なんて行おうものなら囚われ、投獄される。
今は滅多にないことではあるが、知識として知ってはいた。
けど。
「レダリカ。あなたは私を、婚約者の悪意にも気がつかない愚鈍な男と思っていたのか」
私は鉄格子を掴んだまま、固まっていた。助けに来てくれたと思っていた婚約者から出てきた言葉が信じられなくて。
「馬鹿にされたものだな」
「で、殿下……」
薄暗い牢でもはっきりと分かる、軽蔑した視線。幼いころから知っている方だけれど、こんな目で見られたのは初めてだ。
相手は、ヴァンフリート様は、もとから美しい人だ。恐ろしいほど美しくて、眼差しひとつで他者を圧倒するすべを知っている方だ。だから、その声すらも冷たく感じるのはいつものことだった。名前を呼ばれるといつも少し心臓が縮む思いがした。
王太子である方なのだからそれも当然、委縮するのは相応しくない女のすること。そう思って、気にしないようにしてきた。諫めるなど、機嫌を損ねるなど、考えただけでも恐しかった。
――だからかえって『そなたこそ、私の婚約者にふさわしい』と、そう言って笑みを見せてくれたときのことは鮮明に覚えている。
あのときは嬉しくて、泣きそうだった。人前で取り乱すわけにはいかないので、わずかに口の両端を上げて微笑むだけにおさめた、けれど。
あのときはすましていたけれど、間違いなく私の、歯を食いしばって積み重ねた努力と息がつまるほどの緊張で形作られた人生のうちで、最も幸福な瞬間だった。
けれど。
「報いはその身で負うことになるだろう。こんな形で婚約をなかったことにするとは思ってもいなかったが、婚儀の前でよかった。王太子を呪うような女を、一瞬でも王族とする失態は免れたのだから」
反響する冷たい声と侮蔑の視線に、思い出が上書きされる。心臓が縮むどころの話ではない、引き絞られた心地がした。吐くかと思った。
「ヴァンフリート様っ、お待ちくださっ……」
渇いた声を精一杯張り上げたが、こちらに背を向けたヴァンフリート様は振り返らずに地下牢から出ていった。扉が閉まり、鍵のかけられる重い音がむなしく響く。
それでも、恐怖をおして溢れ出した声は止まらなかった。
「私はっ、……」
――ウィヴラン王国カールロット公爵家が長女、レダリカ。
その名は王太子の婚約者にして、黒曜石のごとき髪と瞳の美貌の令嬢。宮廷に咲く黒いバラ。舞踏会に舞い降りる美しき黒鳥。厚化粧の女王気取り、違うこれはよその令嬢のやっかみだ。
とにかく、二つ名は枚挙にいとまがなく、栄光はこれ以上ないほど積み上げられていたはずだった。
なのに、この様はなんだ。
初夏だというのに、鉄格子を掴んだ手が、がたがたと震えている。こんな無様な姿、公爵家の娘としても、王家に嫁ぐ、はずの女としても許されない。けれど、焦りと恐怖でどうしようもなかった。
なんといっても。
「私は、魔女なんかじゃありませんっ!」
なんといっても、私はあの人を呪い殺そうとした魔女として、投獄されているのだから。