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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある少女が幸せになる少し前のお話

作者: 高槻ずき

この歳で同じ世代の、というか、同い年の子の葬式に出ることになるとは思いもしなかった。連日放送される死亡事故のニュースも、どこか遠い出来事のように感じていた。


 雨がアスファルトに打ちつけられ、跳ねる。雨は嫌いだ。傘を差していても足元は濡れてしまうし、ちょっとだけ癖のある髪が更にうねるのも嫌だ。雨が降った時の湿った土のような匂いも苦手だし、雨が物を打ちつける音はノイズのようで好きじゃない。

 でも今はそんな雨音よりも、啜り泣く声や嗚咽が耳朶に響いた。それは残響となって細く、長く、頭の中に残り続ける。


 クラスメイトだった水川さんのお葬式には、親族の他に学校の先生とクラスメイト、そして部活で一緒だった子が出席している。私達の高校の制服は、黒に赤のラインのセーラーなので、なんだか今は本当の喪服のように見えた。


「美咲さんもこっちにきて愛依さんを見送ってあげて」


「はい」


 そう言って目を真っ赤にした先生が私の手を引く。

 水川さんをのせた霊柩車がクラクションを鳴らし、ゆっくりと動き始めるのが見える。私は水川さんを、手を合わせながら静かに見送った。


「美咲さんは、愛依さんとはあまり交流無かった?」


 先生は周りの子と様子の違う私を見て、私が水川さんにあまり感心が無いと思ったようだ。


「いえ、その……、まだ実感が湧かなくて」


 咄嗟に出た言葉は本当の事だったけれど、まるで言い訳をしているようだった。

ただ、周りが涙を流す中、涙一つ出ない自分がひどく冷たい人間のようで、うしろめたさがあったのは確かだ。

 別に全く交流が無かったわけじゃない。水川さんは本当に気さくで、誰とでも仲良くなれる人だった。話しかけた事のないクラスメイトはいないのではないだろうか。それぐらい、水川さんはいつも色んな人と話をしていた。


「そうよね。だって……、あまりにも突然で、交通事故だなんて」


 水川さんは部活動の帰り道に、居眠り運転のトラックに撥ねられて亡くなったそうだ。その事はここ数日、ずっとニュースで取り上げられていた。


「愛依さんはまだ高校二年生で、行きたいって言っていた大学だって、夢もまだ……。本当に、本当に、やりきれないわ」


 先生は肩を震わせながら、噛みしめるように言う。

 出席した先生方、部活で一緒だった子、そしてクラスメイトの全員が、水川さんの別れを惜しんで泣いていた。


 ふと、この光景を見ながら、とても不謹慎で、一生胸の内から出すことが許されないであろう思いが沸いて出る。

 水川さんが羨ましい。

 私が死んだ時に泣いてくれる人はどれだけいるのだろうか。水川さんのように別れを惜しまれながら送ってもらえるのだろうか。多分、そんな人はいない。そしてそれは私のせいだ。私は今まで、他人と関わり合うという事をまるでしてこなかった。


「美咲さんも、愛依さんの分まで生きなくちゃね」


「そう……、ですよね」


 私が愛依さんの分まで……。どう返せば良いのか分からず、言葉に詰まる。だから、私のそれは、返答というよりも相槌に近いものだった。


 水川さんの告別式が終わってすぐ、私は逃げるように式場をあとにした。故人を羨む人間ほどあの場にふさわしくない奴もいないだろう。それに、水川さんとの思い出を共有できる相手もいないし、一人呆然と立っていても周りの空気に水を差すだけだ。


「理絵さん、ただいま」


 家に帰ると、雨の中、叔母の理絵さんが花壇の手入れをしていた。花壇にはアネモネが咲いており、あっという間に新年度が来てしまう事を思い出させられる。


「ああ、美咲ちゃん、おかえりなさい。 その……、どうだった? 水川さんってクラスメイトだったんでしょう?」


 理絵さんは、水川さんと私がクラスメイトだったという事しか知らない。なので、その声音は、測りかねているような気遣うものだった。


「最後に水川さんを見送る事ができたので良かったです」


「なら良いんだけど……。 あ、お昼まだよね? 今準備するから、ちょっと待ってて」


 水川さんとの関係について言及するところは無く、理絵さんも私が水川さんと深い交友があったわけではないのだと察したようだった。


「いえ、あまりお腹は空いていないので夕飯に頂きます」


 告別式の雰囲気にあてられて、食欲は全く沸かなかった。それになんだか疲れてしまって、今すぐベッドに横になりたい気分だ。


「そう? お腹が空いたら言ってね、すぐに準備するから」


「ありがとうございます」


 私は二階の自室に戻るやいなや、制服も脱がずにベッドに横になった。あの式場の重苦しい空気がまだ肺の中に残っている気がして、全てを吐き出すように、深くため息をつく。


 水川さんが亡くなったあの日、私は水川さんと日直当番で一緒だった。水川さんは私の方が字が綺麗だからと日直日誌を渡して、教室の花に水やりをしていた。その時、『お花の水やりも美咲ちゃんに頼めば良かったかな』と言って、それだと私サボりになっちゃうか。と笑っていたのを思い出す。私の名前が綺麗で、花も私に世話される方が嬉しいんじゃないかと、水川さんは言うのだ。

 些細な思い出がふと蘇ってくると同時に不思議と涙が溢れる。他人との接し方なんて忘れてしまった。そんな私にとって、水川さんはどうしようもないほど眩しくて、憧れの存在だった。水川さんと仲良くなれなくて本当に良かった。私は今度こそ耐えられないだろうから。親しい人がいなくなる寂しさはもう二度と味わいたくなかった。

 別れの後の孤独は、今よりもずっと孤独だ。


 この時期、日が落ちるのもすっかり早くなって、涙が引いた頃には辺りは暗くなっていた。ただ、夕飯までは少し時間があるようなので、散歩に出ることにする。

 今だけ、雨の鬱陶しさをあてにしたかった。

そのうち長編で、この少女が幸せになるお話が書けたらいいなぁと思っています。

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