開かずの部屋
今日彼氏に振られた。
原因は仕事で2人の時間が取れないことから始まったすれ違いだった。
住宅地の中にどど〜んと建っている平屋、それが私の家だ。
「ただいま〜」
家に入ったら私は必ずただいまというようにしている。
私以外に誰も住んでいないのに。
この広い家に昔、祖父母と両親との計5人で住んでいた。
その名残で今も帰ってきたら必ずただいまと言うようになった。
「飲んであいつのことなんか忘れてやる〜」
振られた後とりあえず憂さ晴らししようと思い目に付いた屋台で飲んできた。
一升瓶を2本開けた辺りでおっちゃんに注意を受け、3本目を頼もうとしたらおっちゃんに拒否された。
気持ちよく飲めなかったこともあり私の憂さは全く晴れていなかったのだ。
寝ようと布団に入ってもイライラしているから寝れる訳が無い。
だから私は冷蔵庫から自分が持てるだけの缶ビールを居間に持っていって飲むことにした。
飲み始めてから1時間くらいたっただろうか、時計の針が2を指している。
「ぜっんぜん気持ちがおさまらな〜〜〜い!!」
いつもなら酔っ払うといやな事は忘れられるのに今日は忘れる事が出来ない。
何時も以上に飲んでいるためどの様な行動に出るか自分でも理解できない。
でも今の心境から考えるともし隣に誰かいたら高確率で絡んでいると思う。
「こんな時にお父さんが居たらよかったなぁ〜」
お父さんが急に頭に浮んできた。
それと同時にこの家で一つだけ入ったことの無い部屋のことを思い出した。
「あの部屋に入るなら今よね」
彼氏に振られて、お酒を飲んでも嫌なことが忘れられないあの部屋に入るのは今しかない。
この家で入ったことの無い部屋の事を私は開かずの部屋と呼んでいる、めったに呼ぶことも無いのだけれど・・・。
私は唐突に開かずの部屋の扉を開けようと思った。
開かずの部屋はこの家の一番奥にある部屋の事だ。
開かずの部屋はお祖母ちゃんの部屋の中に在り、私はずっとお祖母ちゃんの部屋にある押入れだと思っていた。
お祖母ちゃんはこの部屋の扉がとても硬くて開けられないと言っていた。
普通の子供なら自分の行ったことの無い所があるなら行って見てみたいと思うだろう。
でも私は人の部屋を勝手に詮索してはいけないと教えられていたため私はその部屋の扉を開けようとも思わなかった。
扉の向こうが押入れで無いことを知ったのはお父さんと最後に話した時だった。
この家は私のお父さんが生まれた頃にお祖父ちゃんが買ったらしい。
お父さんは結婚してもこの家で生活をしていた、いわゆる二世帯住宅だ。
皆私のことをとてもよく可愛がってくれた。
お祖父ちゃんとお父さんは山登りが趣味で私もそれによく着いて行ったし、お祖母ちゃんとお母さんに教えてもらった料理や生活の知恵は、社会に出てからとても役に立っている。
いつでもお嫁に行けると自負している。
当時の私はいつまでも皆に囲まれて送る幸せな日々が続くと思っていた。
そんな日々が終わりを告げたのはお母さんが病気で入院した時からだった。
お母さんが洗濯をしている時に突然倒れたのだ。
幸いお祖母ちゃんがすぐに気づいて救急車を呼んでくれたお陰でその場では大事にはならなかった。
その時の私はお母さんが風邪をひいているのに無理をしたから倒れたと教えられた。
病院の検査によるとお母さんのお腹に腫瘍が出来ていたかららしい。
本当の事を言うと当時12歳だった私がとても心配するからということで嘘をついていてくれたのだ。
その後腫瘍を摘出するための手術をすることになった。
手術は無事成功したのだけれど何故かその後の経過が芳しくなくて家に戻ってからはずっと布団に横になっていたのを覚えている。
家に戻ってから半年後、まともに動ける状態じゃなかったお母さんが突然姿を消した。
最初は1人で病院に行ったのだと思いお祖母ちゃんが病院へ電話するも病院には来ていないとの事だった。
ご近所さんやお母さんの実家、友達に電話して聞いてもお母さんの行方は判らず、家の中を探しても見つからず、警察へ連絡することになった。
すぐに警察は来てくれてお母さんを探してくれた。
でも警察に探してもらっても結局お母さんを見つけることが出来なかった。
お母さんが姿を消した日、家の外でお母さんを見たと言う情報が全くなかったのだ。
情報が無くては探しようも無いと捜索は手詰まりになってしまった。
お母さんの行方不明事件でとても明るく幸せだった家族は一気に暗く静かになってしまった。
次に倒れたのはお祖母ちゃんだった。
お祖母ちゃんはお母さんが行方不明にしまったことに大変ショックを受けていた。
きっと私の知らない所でいわれの無いことを言われたりして精神的に更にダメージを受けていたのだろう。
お母さんが居なくなって老けたなと思っていたけれど、倒れてからはそれ以上の速さで老けていったように思う。
お祖父ちゃんもお祖母ちゃんが倒れてからは趣味だった山登りも行かなくなり、片時も離れずにそばにいた。
家事は女の仕事だと言って手を出さなかったお祖父ちゃんもお祖母ちゃんのために色々とお祖母ちゃんの面倒を見てくれてお陰で当時の私にあまり負担がかからなかった。
私が1人で家のことを出来ると自信が持てるようになった頃、2人が消えた。
お父さんと私は2人の行きそうな場所に手当たり次第電話をかけた。
それでも2人の行方が掴めなかった。
お母さんの時と同じ流れに私の心は不安でいっぱいになっていた。
警察にも捜索願いを出したけれど流れがお母さんの時と重なりすぎて嫌な予感がしていた。
結果は私の予感が当たり、2人が見つかることは無かった。
行方不明者が3人出てしまい、この家に何か悪い物が居るんじゃないかとも思いお払いをしてもらった事もあったけれど今となってはそれも無駄だった。
私のお父さんも行方不明になってしまったからだ。
お父さんと私は嫌な出来事が起こった家だけれど手放すことが出来ないでいた。
この家の中には私達家族の思い出がたくさん詰まっていたからだ。
それにこの家を手放してしまったら居なくなってしまった3人が戻ってきた時に住む所が無くて困るだろう。
私達は0に近い可能性にかけていた。
私が大学を出て4月から新社会人になるんだと思い、それまでにたくさん遊ぼうと友達と遊びまわっていた3月。
別れは急にやってきた。
「3人の行方がわかったぞ!!」
いきなり大声をあげるお父さん。
お父さんのこんなに嬉しそうな声を聞いたのは何年ぶりだろう?
お父さんはとても嬉しそうな顔をしていて、私も嬉しくなった。
「それで3人は何所にいるの?私もすぐ準備するから」
そう言った私の両肩にお父さんは手を置いて言った。
「ちょっと遠い所なんだ、今お前を連れて行っても4月に間に合うか解らないんだ。お前は私が3人を連れ戻すまでの間この家を守ってくれ」
と言って自分の通帳と判子を私に手渡した。
通帳の中身を見て驚いた。
10年くらいは普通に生活できそうなほどの金額がほとんど手付かずで記載されていたのだ。
「お父さん、3人の所に行くのにお金とか大丈夫なの?」
あの通帳を見れば心配にもなるだろう。
お父さんは笑いながら必要な物は全て揃えたから大丈夫だよ、と言っていたけれど私は不安になった。
その時のお父さんに何故か3人が行方不明になった時と同じ不安を感じたのだ。
「お父さんやっぱり私も一緒に行くよ。会社には事情を話して少し遅れるって伝えるから!!」
あの時のお父さんの顔は今でもたまに思い出す。
あんなに必死になった顔は見たことがなかった。
「お前はやっと自分の人生を歩き始めたばかりなんだ。スタートを私達のために躓かせる訳にはいかないよ」
急に必死な顔をされてどういう風に対応すればいいか解らない時、ピンポーンと来客を伝える音が家に響いた。
今日遊ぶ約束をしていた友達が家に迎えに来てくれる約束だった。
普段なら行って来るからと出かける選択肢を選んだだろう、でもこの時はそんな選択肢は浮ばなかった。
「もうちょっと話合おう?今友達に断ってくるから」
ちょっと待ってと言って私は玄関まで行こうとするとお父さんがポツリと言った。
「お祖母ちゃんの部屋の扉は押入れじゃない、本当に駄目だと思った時以外で絶対開けちゃ駄目だよ」
その言葉を最後にお父さんは行方不明になった。
お父さんの言葉がどういう意味を持っていたのかは解らない。
その意味を深く考えている場合でもなかった。
私は今開かずの扉の前にいる。
「一体何があるのかしらね?」
扉に手をかける。
「開かないわね、古い家だから家が歪んでるのかしら?」
<古い家>、そういえばこの家は建ってからもう何十年も過ぎているのに雨漏りとかの問題が起こったという記憶が無い。
(そんなこと今思い出しても仕方ない)
今はとにかくこの扉の向こうを見たくて仕方ない。
私は持てる力の全て扉を開けようとした。
ギィィィ・・・と嫌な音を立てて扉が開く。
「な、な〜んだ錆付いてて開きにくかっただけじゃない」
今になって怖いという感情が出てきた。
「頑張れ私!!我が家の謎を解き明かすのよ〜」
無理に元気を出そうとしなければよかった、余計に怖くなってきた。
それでもここまで来たのだから止める訳にはいかないと意気込んで私は部屋に入った。
気がつくと私は自分の部屋で寝ていた。
昨日家に着いてからどうしたのか思い出せない。
とにかく頭が痛くて考えられそうに無い。
完全に二日酔いだと思いながら水を飲みに台所まで行く。
水を飲んで居間に行くと書置きがあった。
「この字って・・・」
驚きで声が出せなかった。
書置きの字はお父さんの物だったのだから。
書置きには「お前にはまだ早い!!」と書かれていた。
何のことだかさっぱりで考えていると携帯が鳴り始めた。
相手は私の元彼氏からだった。
用件は考え直したのでもう一度よりを戻したいとのことだった。
私は二日酔いだったのを忘れて彼の元へ行く準備を急いで始めた。