第0話 普通のつまらないプロローグ
頬を汗が流れる。そしてその雫は顎にまで到達し、ぽとりと石の床に落ちる。その汗が落ちた場所はすでに水溜りとなっていた。
「5995・・・はぁ・・5996・・・5997・・5998・・・・はぁはぁ・・5999・6000ッはぁはぁはぁ・・はーーあ。しんど。腕立て伏せ6000回完了・・・昨日より10回増えて、やっと6000台に入ったな。」
青年は汗がダラダラの体を、そばに置いていたタオルで拭く。青年の体は薄いがしっかりした筋肉に覆われていた。
そして青年は持ち前の金髪をしゃかしゃかと拭いた。
「そろそろ頃合か。」
先ほど青年は腹筋・背筋・スクワットそして腕立てを終えたばかりである。筋肉のところどころに違和感を覚えており、また体を強い倦怠感が襲っていた。
青年はそばの椅子にかけていた鎖帷子と黒染めの服を順に着る。
「よし、森に行くか。」
その鉛のような体を無理やり引きずって、青年は石作りの廃墟から出てきた。
青年はこの廃墟を自分のトレーニング所として勝手に使っている。もちろんここに人は住んでいない。
家の外装はつるが壁をはっており、コケもところどころにみえる。それに壁に焦げ跡もあった。
内装は簡単な机と椅子が転がり、ぼろぼろでほこりのかぶっているベッドがあるだけである。
だれが何の目的で作ったのかわからないが、あらかたどこかの貴族が狩猟用の仮宿としてつくったのだろう。
ギィ。
家の木製の扉を軋ませながら外に出た。
家の外は広大な森が広がっている。見渡す限り森であるが、別に木自体はそれほど高くない。家ほどの高さの木に囲まれながら、深呼吸する。
俺はここのにおいがきらいである。しかしあえて俺はこのにおいをかいでいた。―――。
さて俺が外に出てきたのは家に帰るためではない・・・
東が俺の家だが俺は西に向かう。そこは森の深部である。
さくさくと草を踏んで進んでいると黒い動く物体が見えた。
表皮は岩のようにごつごつしており、牙は下の犬歯から突き上げるように伸びている。
普通の動物ではない。
『怪魔』
世間はそう呼ぶ。これは既存の動物が怪魔ウイルス(と人は呼ぶ)に侵されることで体の組織が改変されてできる生物である。
「ベースはいのししだろうな。」
そのいのししベースの怪魔はよだれを撒き散らしながら、荒ぶっていた。
よく見るとその怪魔の目線の先に冒険者が三人いる。
冒険者とはその怪魔を倒したり、人助けしたりして生計をたてる職業である。
命をかける職業であるため、金払いは良いと聞く。しかしその中には裏の仕事として要人の暗殺や指名手配犯の殺害などもあるらしい。
見たところ冒険者達は怪魔に苦戦しているようであった。
(冒険者達の腕は悪くない。だが、相手が悪い。)
あのいのししベースの怪魔の体表が剣を一切通さないのである。
俺は急いでかけた。
ここでこの怪魔に”怪我などを負わされる前”に助けたい。そう思ったからだ。
基本的にこの森にいる怪魔はどれも防御力が異様に高い。
そのため、かなり大きめの大剣で叩き割るかハンマーでふっとばす、または押し潰すなどの対策が有効であり、必要となる。
残念なことに、その冒険者のパーティーにその役職はいなかった。
俺は怪魔と冒険者の間に体をすべりこませる。
「君!危ない」
そう叫んだのは冒険者の一人。筋骨隆々のロングソードを持っているおじさんである。
(心配はうれしいが俺にはそんなものは必要ない。)
いのししは急な乱入者など気にせず突進してきた。
チャキン
「はッ」
金属のきれいな音色が抜刀と共に響き、同時に俺は渾身の力で自身の剣を振り抜く。
ズブッ
さっきまで剣をはじいていたのが嘘のように剣は怪魔の腹に吸い込まれていった。
赤い死の一振りは怪魔の頭を通り抜け、血飛沫の弧を空に描く。
赤い鮮血が噴出。
剣の刀身よりでかい体躯は真二つに分けられた。
ドサという鈍い音が響く。
そして俺は剣に付いた血を振り払った。
目の前に残るのは血に染められた木々と二つの肉塊である。
さきほど俺の身を案じてくれたおじさんはあっけにとられた顔でしばらく動かなかったが、しばらくすると顔をニッと笑わせた。
「たいした腕前だな!助太刀感謝する。」
野太い声だ。
このおじさんがこのパーティーのリーダーなのだろう。
残りのふたりはまだあっけに取られていた。一人は大きな盾に槍を持っている金属鎧に身をくるんでいる長身。顔は出ているので男性だと判別できる。もう一人は軽装に金属の胸当てと弓を装備している女性である。
「あっありがとうございます。」
「ありがとうっす」
二人はそれぞれお礼を述べた。
鎧を着た男のほうは丁寧な物腰。女性は快活な性格のようだ。
「なぜこんな山奥に?」
俺はこう質問はするが、実は大体答えの予想はついている。
「【破壊の魔人】を倒しにきたんだよ。国の依頼でな。」
おじさんはそう答えながら目を一瞬ぎらつかせた。
そう、この森を抜けたところには【破壊の魔人】の根城があるのだ。
日食の日に活動を本格的に開始し、王都を破壊すると予言された魔人。それを王都では【破壊の魔人】とよぶらしい。
俺は前に違う冒険者に教えてもらっていた。
そしてその日食の日というのが今日なのだ。
・・・・・ザワ・・・・・
一瞬の動物のざわめき
するとどんどんと空が暗くなってくる。
空を見上げると太陽が欠けていた。
日食が始まったのだ。
「始まってきやがった。さて龍が出るか蛇がでるか。まあ森を抜けてみれば否が応でも出会うことにはなるが・・・」
そういえばあんちゃん、まだ森を抜けるまで距離があるし【破壊の魔人】も怪魔もいねぇ。悪いが剣をしまってくれねぇか?職業柄剣があると落ち着けないんだ。」
「あ。すまん」
そして日はどんどんと月に喰われていく。光が闇に飲まれる。
「でもその必要は無いんだ。お前達も早く剣を抜いてくれ。」
「は?あんちゃん何言ってんだ?」
そして光は完全に闇へと消えた。
月は俺たちの世界も飲み込んだように、周囲を闇で覆う。
ザッ
地を蹴り、人の足が踏み出した音
「お前ら剣を抜けっ!!!」
張り詰めた声で叫んだのはおじさんであった。
さすがと言うべきか、残りの二人は戸惑いながらもすばやく剣と弓を構える。
ギィィンッッッ
その直後おじさんは自分に向けられた斬撃をうけとめる。
俺の斬撃を。
しばしの硬直。おじさんの額に冷や汗が浮かぶ。
「なぜだ。なぜ俺たちを助けたお前が、」
「俺はお前達を助けたんじゃない・・・・俺の獲物が怪魔に殺されないようにしたんだよ」
月に隠された太陽がまた姿を現しだす。
その光に照らされるのは、おじさんの憤怒の顔と、そして俺の笑みであった。
いままで傍観していた鎧の男と弓の女もやっと俺を敵と認識し、臨戦態勢に移行する。
鎧の男は盾を前に突き出し、俺に体当たり。弓の女は三歩ほど下がり弓の弦をめいっぱい引く。
「おっと気をつけろよ、攻撃するぞ」
「ガッッ!!・・・・ハ」
飛んだのは赤い鮮血。
さっきまで突進していた鎧の男は宙に浮かぶ。そしてまるで紐でつるされたマリオネットのように空に飛んだまま静止した。
その腹には大きな穴が、赤い死を叫ぶ口が血というよだれを垂らしながら大きく開いている。
俺の体勢は依然としておじさんと切り結んでいるまま。
それなのに鎧の男はやられた。
「何を・・・・ナニをしたァァァ」
おじさんは宙に浮く仲間の死体を見ながら叫ぶ。
「ダイチさん!避けてくださいッッ」
後ろの女が、涙を浮かべながらも俺の丁度死角となる、おじさんの後ろから弓を放つ。
たぶんダイチというのはこのおじさんの名前であろう。
(しかし仲間が目の前でいきなり死んだというのに固まらず、すぐに攻撃に移れるのは賞賛に値する)
矢は一直線に俺をめがけて飛んできた。
ガッ
矢が刺さる。
しかし俺から5メートルほど前に。
またもや鎧の男同様、矢は宙に浮いたままピタリと静止したのだ。
「「!!!!」」
さすがに次はおじさんも女も愕然として動きが止まる。
ドチャ
さっきまで宙で血の滝を降らしていた鎧を着た死体がその下に出来た血の池に落ちた。
それを皮切りに、女はやけくそにに矢を打ち始める。もうすでに頭がパニックを起こしているのだろう。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでぇーッ。なんで矢が届かないのよッ!!!」
矢はすべて俺から5メートルほどのところでピタリと止まる。
もう女の目にはとめどない涙があふれていた。
(もうこいつは戦えないな)
そう思い
「防御が手薄になってるぞ。ちゃんと殺気を感じ取らないと。」
シュパッ
「キュエ」
風を裂く音が響き、女の胴体と首が袂を別つ。
女の首は恐怖の顔を貼り付けたまま宙を舞った。
その目は宙に飛んでいる数秒間、状況を必死に整理しようとぎょろぎょろと動く。
ゴン
放物線を描き首は地に落ちた。
残るはおじさんただ一人。
「ハァッ ハァッ お前は一体何なんだ・・・目的は」
おじさんは搾り出した声でそう叫ぶ。
もうすでに太陽はその姿を取り戻そうとしており、昼の明るさが舞い戻る。
そして俺は不敵に笑い、声高々に答えた。
「俺が、俺こそが【破壊の魔人】だ!!」
それと同時に剣を振りかぶり、地を蹴る。
おじさんは筋肉を最大限膨張させ受けの体勢にはいった。
(悪手だな)
俺の剣は先ほどの怪魔同様、サクリとおじさんの剣を割っていき、体もろとも斜めに切り裂く。
刹那の悲鳴
そしてその筋肉の固まりはぬめりと赤い線を引き、ゆっくりと落ちていった。
その空にはしだいに距離を広げていく二つの天球が並んでいた。
青年は口をゆがめ、笑みをつくる。
しかしその目は・・・笑っていなかった。
わざわざ貴重な時間を割いて読んでいただきありがとうございます。作者の茅岡 数珠です。ちなみに「数珠」と書いて「ズズ」と読みます。今回が初投稿で初執筆です。至らない点は多々あると思いますが、温かい目で見ていただけると幸いです。今回ですが題名からもわかる通り第0話で、まだこの話の本題に入っていません。題名の要素がでてくるのは次の話からなので、ぜひ読んでいただきたいと思います。




