森
(―――冷たい……)
不意にそう感じた。
「!?――ごほっごほっ!!」
意識を取り戻した自覚をしたと共に、息苦しさから咳き込んだ。
(どうして―――?)
私は咳き込みながら自分の手を握りしめる。
(どうして森に居るの!?私は…湖で死ねたんじゃないの!?)
そう心で叫ぶと、泣きながら拳を何度も地面に叩きつける。
夜の風が濡れた黒いワンピースを、体を撫でる度、寒いと感じる私は否応なしに「生きて」いることを痛感し、絶望し、声を上げて泣いた。
――どれ位そうして泣き喚いていたか判らないが、突然痛みと共に視界が上がった。
気がつけば背後の暗闇の中に隠れる様に男達が立っていた。
その中の一人に髪を掴まれた私は、無理矢理男の方へと顔を向けさせられる。
「―――黒髪のヒトか…ふむ……珍しい」
男は私を見つめそう言うと、髪を掴む手に力を入れ、私を森の方へと引きずる。
「こいつも「追加」だ。ただ、行き先は分ける。あれで押さえておけ」
「わかりました」
そのやりとりの後、私は男に返事を返した者の足元へとゴミの様に投げられた。
そうしてあっという間に不思議な模様の付いた手枷の様な物で両手を後ろ手に封じられてしまった。
何が起きているか解らず、私は闇の中で懸命に男達を確認しようと目をこらす…
そして雲間の切れ目からのぞいた満月の明かりの中で彼らを見た私は―――
…自分が生きているのか、死ねたのか…判らなくなった…
――まず彼らには、耳が無かった。
いや、「耳」はあるが、顔の横にではなく、頭上に付いていた。
形も「人間」の物とは程遠い、毛の生えた獣の耳の形をしている。
しかし、「顔」は、「人間」と同じである…が、背後には見慣れない、「尾」の様な物が臀部の辺りから生えていた。
(…どういうこと?…「人間」…なの?)
そう考えた時、私の事を「ヒト」と呼んだことを思い出し、彼らが私とは違う生き物だと結論を出した。
静かに混乱する私に、ニヤニヤと愉しそうに髪を掴んでいた白い髪に緑の目をした男が近づき、
「――「名前」は?」
と声をかけた。
私は咄嗟に拒否する事を頭に過らせたが、ここで反抗するのは不利だと思い、男に従う事にした。
「す…鈴原、幸」
久しぶりに口にした自分の名前を答え、男を見上げる。
月明かりに照らされた男は、私の名前を聞くとさらに笑みを深め、
「…スズハラ・サチ…ヒトの貴族とはまた珍しい。」
と言った。
(?…貴族?)
今や歴史上か海外、物語の中でしか聞かないような言葉に、私は益々この現状が現実離れしていく様に感じた。
「ヒトの貴族で黒髪を持つとなれば―――どういう使い方でも高値く売れそうだな」
男は愉しそうに嗤い、不意に私の首を片手で掴んだ。
「!?…っぐっ!!」
体格のよい男の大きな手によって気道と骨が絞まる痛みに、私は今が「現実」だ気づかされる。
苦しさと痛みから逃れようと眦に涙が滲み、意図せず四肢が動く。
―――だが…
「生きよう」とする体とは裏腹に、
(…このまま絞め続けられれば…――今度、こそ………逝ける…)
焼けつくような首元の痛みの中、私はその瞬間を待ちわびていた…。
意識が遠退き始め、四肢が痺れ、力が入らなくなり、手足がだらりと下がる…
最後に意識を手放そうとしていた私に、
「…お前、自分が死ねると思ってるのか?」
と、男は嗤いながら問いかけてきた。