お父さんのこと
一ヶ月以上お待たせして申し訳ない……他作品が完結したので、これからは更新頻度が上がると思います!!!!
それでは一ヵ月ぶりの君花どうぞー!!!!
「ねぇ、どこまで登るつもりなの?」
『まだ登ります。というか、頂上まで登りますからね』
「マジか……」
エズの入り組んだ道を、龍君は難なく進んでいく。
……というか、パタパタ飛んでるから、特に疲れは感じてなさそうだけど……。
エズの景色が一望できる頂上まではまだまだある。僕も透明魔法を使いながら、ストーカーのように二人の後をついて行っていた。
いや、ストーカーじゃなくて。この二人がどんな話をするのか、単に僕が興味あったからさ。
それにしても、と僕は考える。
龍にしては小さいような気もする。あれが普段の姿だと言えば、種族的に言っても最弱と言えないか?
とは言えど、最弱というわけでもなさそうな雰囲気を醸し出している。ますます分からない。
「ごめん、あの……休憩していい?」
『えぇ、大丈夫ですよ。だいぶ登りましたし、少し休憩しましょうか』
小さなコンクリートに、ヴィクテージは息をつきながら腰を下ろす。
不思議な子達だ。ヴィクテージは平民なのに貴族みたいな振る舞いをするし、龍君も龍君で弱くなさそうな雰囲気してるし。
なんだかとんでもない人と生物に出会ってしまったなぁ……と、僕は少しだけ身震いしてしまった。
過去のフランスって、ヴィクテージのような子達が多かったんだっけ? それとも、単純にヴィクテージが変わった子なだけなのかな?
どちらにせよ怖いなぁ……。
「そう言えばあんた……どこから来たのよ? というか、その姿が本来の姿なの?」
不意にヴィクテージはそんな質問を龍君に投げかける。
僕も気になっていた。本来の姿なのであれば、僕の感じていた雰囲気というものは気の所為ということになってしまうのだから。
『私はですねぇ……うーん、どう言えばいいのやら……』
と、何故か考えている龍君。
フランスに龍がいること自体おかしい事なんだけどね。僕の習った日本史では、龍なんてこれっぽっちも出てこなかったし。
「なによそれ、どういうこと?」
『あぁいえ、この時代のものでは無いのですがね。姿も姿で、本来はこのような姿をしておりませんよ』
「えってことはもっとちっちゃいってこと?」
『逆ですよ』
逆?
ということは……。
「……でかくなるってこと?」
『そういうことです』
「え?」
え?
同時に声をあげそうになった。
じゃああれは本来の姿じゃないのか。なるほど。
……って、え? ん?
あれよりも大きくなるの?
僕がそう言いたい何よりもの理由は、今の龍君
の全長が、大体尻尾を含めてヴィクテージの頭先から肘くらいまでなのだ。
僕達人間からしたら大きいものではあるけれども、それ以上大きくなることを想像してみても、どうしても思い浮かばない……。
『さて、休憩もしましたし。早く行きますよ、ヴィクテージ!!』
「私、あんたがすんごいキラキラしてて眩しい……直視できない……」
なんて言いながらも立ち上がったヴィクテージと、何故かテンションが上がっている龍君を微笑ましく見ながら、座っていた僕も立ち上がって二人のあとを再び付けようとした。
その時だった。
軽い地響きが起こり、僕も二人も体制を崩す。
「なに!?」
『なんですかね、これは……私の知っている気配がします』
龍君が突如空を見上げてそんなことを言う。
つられて僕も見てみると、その上空には信じられないものが飛んでいた。
大きな翼を持ち、二本の立派な金色の角を生やし、鋭い爪を剥き出しにした、全長四メートル強はある。
そんな見るからにかっこいい体型をしているその姿は、水色の体毛と、お腹に白い体毛を持つ龍だった。
赤い眼光を光らせ、その龍はけたたましく雄叫びを上げた。
その声はあまりにも大きすぎて、僕も思わず耳を塞いでしまう。
「なにあれ、龍じゃない……」
『なんですかあれ、私の父上じゃないですか……』
「は?」
『いやですから、私の父上ですってば』
えっお父さんなの、あの龍。
でも、言われてみれば確かにと、僕は納得した。
水色の体毛に金色の角。お腹には白い体毛。
それはまんま龍君そのものだった。
「え、どうすんのよあれ!! なんか理性失ってない!?」
『大丈夫です! 私がヴィクテージを守りますから!!』
「信用出来ないわよ! あんたみたいなちびっ子に守られるほど私弱くないし!?」
『ダメですヴィクテージ、ちゃんと物陰に隠れていてください!!』
刹那、龍君が僕の方を見たような気がした。
僕に気づいているのだ。
僕が二人のあとを付けていることは、ヴィクテージにはもちろん龍君にも知らせていない。それがたとえ気の所為であっても、僕にはヴィクテージも龍君も守る権利がある。
『頼みましたよ』
ものすごい力でヴィクテージが僕の方向に飛んでくる。
慌てて受け止めたと同時、透明魔法が解けて僕の姿が顕になってしまった。
「は!? なんであんたがここに……!!」
「話はあとだ、とりあえずなんとかしないと……」
『いいえ、あなた達にはここにいてもらいます』
龍君が可愛らしく羽根をパタパタさせ、龍君のお父さんの方向を向きながら呟く。
それを僕が止めようとするや否や、急に風が吹き荒れてヴィクテージを庇うようにその姿を覆った。
風が止むと同時、僕は目を開けて龍君の方を見る。
「……はぇ」
そこにいたのは、いつもの龍君ではなかった。
龍君のお父さんと同様、その姿は纏うことなき本物の龍だったのだ。
これが彼の、本来の姿なんだろう。太陽に輝く龍君は、心做しか僕の男のロマンと言うやつを沸き立たせてくれた。
『……何故だ、何故ここにいる!? 貴様は地へと葬った堕天使であろうに!!』
龍君のお父さんは呟く。
ものすごいイケボ。龍君には劣るけど、それでもイケメンボイス。かっこいい。
って、そんなことを考えてる暇はない。
地へと葬った……えーっとつまり、龍君のお父さんが空から出てきたから……。
「……もしかして龍君、地上の種族じゃなかったりして……」
「えなにそれ、怖いこと言わないでよ……私夜眠れなくなるじゃない……」
もっと上に居る種族なのかもしれない……と、二人で言い合った僕達は、僕にとって本日二回目の身震いをしてしまった。
『やだなぁ父上、あなたが天使ならば、僕は悪魔ですよ』
『黙れ!! 貴様はもう我の子などではない!!!』
『では、親子の関係は決裂……ですか?』
龍君は少し悲しそうに呟く。
それがまるで、このあと起きることが予想出来ているかのように感じて、僕もヴィクテージも少し寂しい気持ちになった。
『なら話は早いです。今この瞬間から、あなたと私は赤の他人。種族は同じであれど、私達はもう親子ではないのですからね』
『黙れ……黙れ黙れ!!!』
お父さんの方が何かを唱える。
その『何か』が、僕には理解出来てしまった。
ドイツ語の『ほろびのうた』だ。辺り一面の生命力を奪い、最悪、自分の身を滅ぼしてしまう危険な魔法の一つ。
僕の世界における禁断の魔法の一つでもあった。
「不味い……!! Stoppen Sie!!!」
咄嗟に魔法で口元に攻撃を仕掛けてなんとか詠唱は防げた。
が、多少身じろぎした龍君のお父さんは『何故だ……何故だ!!!』とフランス語で言い放つ。
『……行きますよ』
ぶわっと砂埃が舞う。
目を開けた時には龍君の姿ははるか小さくなっており、空中で戦闘をしている様子が目に見えた。
ヴィクテージの手を優しく掴みながら、時々流れてくる弾幕のような攻撃を守護魔法で防ぐ。
「……援護は、しに行かないの?」
ぼそっとヴィクテージがそんなことを言った。
「……あれは、あの子の戦いだから。僕らはこれ以上関わっちゃいけない」
守護魔法を解いて、僕はその問いに答える。
あれは龍の世界。僕らが想像しているよりも、遥かに厳しく、遥かに儚い世界。
魔法界にある図書館で、『龍が住まう天の世界』というタイトルの本を手に取って捲っていた記憶が脳裏で再生される。
『人間が関わってはいけない。関わるべき領域ではない。もし関わってしまったらというその後は、私たちも知らないのよ』と、母も教えてくれたほどだ。
と、龍君のお父さんの攻撃が僕らの近くへと放たれる。
守護魔法を発動させようとした僕は瞬間的に察してしまった。
『守護魔法が出ない』
いわゆる魔力切れだ。魔力は生命力と連結性は無いものの、魔力切れとなるとヴィクテージを守りきれない。
ヴィクテージを抱きしめて庇おうとした時、強い風に煽られて僕の身体は飛ばされてしまう。
「ヴィクッ……!!!」
手を伸ばしたその時だった。
『いけませんヴィクテージ!!!』
僕らの近くに降り立ち、翼を広げる龍君の姿が見えた。
途端に大きな煙が辺りを包み込み、彼女が無事なのかが確認できなくなってしまった。
そうして煙が晴れた時に見たのは、
「……あんた、なんで……」
攻撃をもろに受けてもなお、ヴィクテージの前に立っている龍君だった。
『がろー……あの方には何を言ってももう無駄なのです』
「でもあれは君のお父さんじゃ──」
『いいえ。もう違います』
僕の言葉を遮って、龍君は声を上げる。
『あれは僕にしかどうしようも出来ない事なのです。確かに親子ですが、もう親子ではないのです。血の繋がった赤の他人なのです』
虚ろな目で、寂しそうに、狂った自分の父親を見る龍君。
数秒して、龍君に攻撃を仕掛けてきたお父さんに対して、龍君は何か構える姿勢を取っていた。
『これが最後ですよ』
シャキンッと右手の爪が音を立てて鋭くなる。
魔力が一気に爪に集まり、再び砂埃が宙を舞う。
ヴィクテージの傍に寄り添い、魔法が使えなくともと彼女を守りつつも、僕はその光景を見届ける。
『Pierce』
足を踏み出し、龍君はお父さんに向けて思いっきり突進する。
この上ない風に煽られ、僕もヴィクテージも目を瞑った。
龍にしては小さな身体だ、と僕は感じていた。普通の龍であれば五メートル以上はあるだろう。
龍君の年齢は分からないが、おそらく若い方だということは分かる。僕達よりは、遥かに歳上なんだろうけども。
龍君のお父さんは、突進してくる息子を抵抗もせずにそのまま受け止める。
その時に突き刺さった龍君の爪は、遠くから見ていてもとても痛々しいものであった。
『強く……なったな』
『……いえ、そんなことはありません。これもあなたのおかげですから』
龍君は少しだけ微笑んでいた。
その微笑みにどういう気持ちがあるのかは、僕にもヴィクテージにも分からないが……きっと、感謝の意味も込めているのだろう。
『素直でないな。我も素直ではないが……お前はもっと素直でない』
サラサラと、砂のように身体が崩れ落ちていく。
崩れ落ちたそれは、エズの大きな海に吸い込まれ……やがて形をなくしていった。
『……そうか、お前が求めていたものは……この青い海のような……純真な……』
その言葉を最期に、龍君のお父さんの身体は全て塵になる。
空を切った龍君の両手は、少しだけ血に染まっていた。
『……ヴィクテージ』
やがて帰ってきた龍君は元の可愛い姿に戻り、僕ら二人の前に降り立つ。
心底驚いていた。あんな力が隠されていたなんて、思いもしなかったと。
龍君の身なりは少しボロボロだった。そりゃあ攻撃をもろに受けたら、こうなるのも無理はない。
「なんでよ……」
『?』
「なんで? ねぇなんでよ、なんで私なんか守ったのよ!!!」
『ヴィクテージ……』
「私はあの時死んでもいい存在だった!!! 役立たずで、ただ見栄を張る……一人の平民なのよ……」
ヴィクテージは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
子供のような目で龍君を見つめるヴィクテージに、龍君はいつもの虚ろな目から一変、ニッコリと笑顔に表情を変え、そして言った。
『言ったはずですよ。私がヴィクテージをお守りしますと』
正義感が強い。
僕はそう感じた。
ヴィクテージは泣きだしそうどころか既に泣いていて、龍君の近くに歩み寄る。
「……私、あんたのこと誤解してた。ほんとの力知らなかったから……。……ごめん、私が悪かったわ」
『言わなかった私も悪いのです。ですから謝らないでください、ヴィクテージ』
「嫌よ、私の気の済むまで謝るんだから……」
龍君を持ち上げて胸に寄せるその姿を見て、僕はふと昔の記憶を思い出した。
メイルと一緒にいた時の記憶だ。彼女もまた動物好きなため、道端で鳴いていた仔猫をその場で可愛がっては、抱き寄せていたことが何度かある。
『飼えなくてごめんね、お母さん猫アレルギーだから』なんて、通じもしない言葉を仔猫に投げかけていたっけか。
「……さ、帰ろっか。エズの頂上はまた今度登ろう。ハズコットさんが待ってるよ」
……自然と、心苦しくなって。
それ以上僕は思い出すことをやめてしまった代わりに、二人にそう言ってエズを降りるために足を進めた。
***
翌日、ヴィクテージと二人で考えて、龍君に『コル』と名前をつけた。
ヴィクテージとコルは見違えるほど仲良くなっており、出会った時よりもヴィクテージの笑顔が多くなった気がする。
僕とのご飯の争奪戦は変わらないが、それも笑って見ているほどなのだから。
……ただ、まだ一つ問題があって。
コルを名前で呼んでいるのはいいんだけど、僕を名前で呼んでくれないことなんだなぁ……。
そんな小さくもあり大きくもある問題を抱えながら、僕達はフランス軍の駐屯地へと足を運ぶのであった。
御一読お疲れ様でした!!
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