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ハズコット宿にいた奴のこと

「ねぇあんた」


 僕に背負われながら不機嫌そうに尋ねてくるヴィクテージの声を聞きながら「なんだいー?」と呑気な返答をする。

 どうやら吹き飛ばされた時に足を怪我したようで、歩けないから仕方なく僕が背負っている、という現状。


「あんたさ、ほんとに日本人なの?」

「え? なんでだい?」

「だってそんなにフランス語話せる日本人初めて見たんだもの、そりゃあ聞きたくなるのも仕方が無いと思わない?」

「いや、よく分からない」

「えぇー……」


 確かに、これほどまでにフランス語を話せる日本人って……多分早々いないと思う。

 でも僕は彼女が知らない秘密を結構隠し持っている。

『魔法』だってその一つだ。戦闘が終わるなり彼女は『ねぇ何あれ!? なんなのあれ!?』と僕の肩を掴んで揺らしながら聞いてきたのだから。


「……僕のお母さんがイギリス人なんだよ。お父さんは日本人だったらしいけど、僕はお父さんの顔を知らないんだ」

「あらそうなの? じゃあ母国語はイギリス英語なの?」

「いや、日本語。イギリス英語も話せるけど、話す機会がない」

「あんた面白いわね」

「そりゃどーも。あ、あそこなんかいいんじゃない?」


『あそこ』というのは、僕の正面に見える宿のこと。

 色あせてこそいないものの、年季を感じられるその立て看板には『ハズコット宿』と手書きで書かれている。


「……いいんじゃない?」

「決まりだね。僕お金持ってないからヴィクテージに頼ることになるけど……」

「構わないわ。こうしておぶってくれてるんだし、せめてものお礼よ」

「そりゃあ嬉しいや」


 身長の小さな母さんを背負っているみたいだ。

 以前……というか、幼い頃は逆の立場だったけど。

 そうなると、今は僕が母さんの立場にあるのだ。

 彼女の鼓動がはっきりと聞こえるのだ。母さんもまた、僕の鼓動を聞きながら背負っていたのだろうと思うともどかしい気持ちになる。

 こんな気持ちだったんだなぁ……。母さん結構恥ずかしかったんじゃないかなこれ。


「すみません、空いてますか?」

「……」


 ヴィクテージが無言のまま、僕は片手で手押しの扉を開けながら宿主を呼んだ。

 ……しかし、


 誰もいない……さっきの騒動で外に出ているのかな?

 それなら違うと思う。宿主は、緊急事態の時であれど必ず看板を『CLOSE』にするのだから。


「……? 誰もいない……?」

「……いいや、違うな。ヴィクテージ、僕ちょっと片手を使うから、しっかり掴まっててくれるかい?」

「え? あ……え?」

「いいからいいから」


「え?」「あぁ……」「うん……?」とヴィクテージが変に納得して僕にしっかりと掴まったことを身体で確認する。

 内ポケットから杖を取り出し、右手で構える。

 魔法を使うにあたって必須となる杖は、失くしたり折れたりなどしたら、わざわざ魔法界の役所まで出向いて再発行してもらわなければならない。

 魔法にも、上級、中級、下級、初級とそれぞれ階級があって、『混属性』の魔法使いは例外とされる。らしい。そうやって僕は魔法学校で学んだよ。


Lass() es() fallen()


 近くにあった花瓶が、バリンッとけたたましい音を立てて割れる。


「ひっ!?」


 カウンターの奥から小さな悲鳴とともに人が倒れてくる。

 とても怯えた顔をしている。何かあったのだろうか?


「……あ、あなた達は……さっきの化け物を退治していた……」

「あぁ……まぁ、はい」

「ちょ、あの、ちょっと助けてくれませんか……?」

「え?」


 転がり込んできたその人は纏う事なき、宿主のハズコットさんだった。

 事情を聞くあたり、どうやら宿の奥になにか大きなものがいるとの事。


「で、あの、なんかそれ虫みたいな動きしていて……私虫嫌いで……」

「あ〜、なるほどなるほど」

「何がなるほどなのよあんた」

「いや、虫って言ったら戯れるくらいしかしなかったから」

「へ!?」


 声をあげたハズコットさんを見ると、そんなの信じられない、というような顔をしていて少しだけ驚く。

 え、これ普通なんじゃないの? 魔法界のみんな(主にシュリーと名草)はみんな虫触ってたけどなぁ……。


「戯れるとか具体的に何したのよ!?」

「え? いやだから、お手手に乗せて遊んだりとか、素手で掴んで観察したりとか……」

「きっしょ!!! きっっっっしょ!!!!」

「じゃあお願いします……」

「任せておくれ。ヴィクテージの怪我の手当を頼みます」

「あっはい……!」


 ヴィクテージを下に降ろして、僕はカウンターの扉を開ける。


Zu() beleuchten( ら せ)


 部屋の中が暗い。一応魔法で辺りを照らし、また歩き始める。

 気づいているとは思うけど、僕が魔法学校で習う呪文のほとんどは『ドイツ語』。

 たまに『フランス語』や『ヘブライ語』なんてのもあるが、それは上級魔法使いになってから使える魔法だ。

 階級で決められた魔法使いは、それよりも上の階級の魔法を使うことは禁止されている。例えば、中級魔法使いが上級魔法を使ったり、初級魔法使いが下級魔法を使ったり、など。


 担任の先生から魔法使用の許可が出て止むを得ず、ということは稀にあるが、それは魔法界で60年ほど前に勃発した『魔法大戦争』の時のみ。

 戦争ごと以外では先生方も滅多に許可を出さない。だから、使う人も何かと少ない。


「どれどれ……うん?」


 とあるところを照らした。何か動く影が見えたからだ。

 その動いた影の正体はというと、


「……モンスター……いや違う、何この子……」


 潤んだつぶらな瞳、おでこに生える二本の角。

 ドラゴンだ。しかもまだ子供の。

 何事もないかのように突っ立っているように見えるけど、内心すごい怯えてるんだろうなぁ……足震えてるし。


「……ドラゴンだ……ドラゴン、可愛い、龍……ねぇ、龍だよね?」


 言葉が通じるかは分からないが、一応問いかけてみる。

 確かに頷いた。僕は見たんだ。テンション上がってきた何この子かわいい。


「どうしよう……可愛い、どうしよう……」

「ねぇなんだったのよ、遅いわよ……ってえ?」


 あとから駆けつけてきたヴィクテージが同じくドラゴンを見て「……可愛い、ねぇあんたこの子うちで引き取ろう?」なんて言い出した。


「僕もそれは賛成だ……可愛い…………おいで、怖くないよ」


 優しい口調で問いかけると、そのドラゴンは警戒を解いたのかゆっくりと近づいてきた。


「そうそう、大丈夫。僕らは君を傷つけるような人じゃない」


 僕の目の前まで来たその子の頭を撫でてみる。

 多少身じろぎはしたものの、すぐに大人しくなった。

 どこから来たのだろうか。異世界とかだったら帰してあげなきゃいけないよね。


「ねぇヴィクテージさんや、ここのフランスってのはこういう風にドラゴンとかモンスターとか出るのかい?」

「アホなのあんた、出る訳ないじゃないの。可愛いとは思ったけど、内心すごい驚いてるし、どこから来たのかもわからないし……」

「だよねぇ……そうだよね…………」


 やがてハズコットさんもやって来て、ドラゴンだということも踏まえて、敵意がないことをちゃんと説明する。


「うーん、それならいいのだけれど……最近食料の倉庫から盗み食いらしきあとが見つかっていたから……もしかしたらこの子なのかも……」


 なんてぼやきながらうんうんと唸り出すハズコットさん。


「え? 何してんの君。ダメじゃんそんなことしたら」

「ヒィッ!?」

『!?』


 声のトーンをかなり下げて、少々強い口調で怒ってみせた。

 案の定ドラゴンもヴィクテージも短く悲鳴をあげている。

 ……実は僕、『がろー先輩を怒らせてはいけない』っていう噂が魔法学校の後輩達に広まっていて少しだけ困っている。

 まさかこんなところで起こる羽目になろうとは。僕も怒りたくはないんだけどね、ちょっと躾がなっていないかなぁって。


「ダメだよ〜、自分で狩りを覚えなきゃさぁ。ね?」

『…………!!!!………………!!!!』


 涙らしき液体ををポロポロ無限に零しながらこくこくと何回も頷いている。

 ……なんだかすっごい申し訳なく思ってきた。ドラゴンに情けをかける人間っているんだろうか……。


「今だったら謝ったらハズコットさんも許すと思うからさ。ほら、一緒に謝ろう?」

『……!!……!!!!』

「その場で土下座し始めた! 素直すぎて逆に申し訳なくなるよやめて!!」

「大丈夫です、大丈夫ですから、そんな土下座までしなくても……」


 慌ててドラゴンに顔を上げさせるハズコットさん。

 それに合わせて顔を上げたドラゴンはハズコットさんの顔を見ると……また土下座し始めた。

 すっごい気を遣うドラゴンなんだなぁ……可愛い。


「あの、もし良かったらこの子、埜牙狼さん達で引き取って貰えませんか? うちでは、その……」

「え? 僕はいいですけど……ヴィクテージは?」

「がろーそう言うならいいわよ?」


 見たところ怪我はなさそうだし、大丈夫かな。 

 かくして、何故かドラゴンが仲間入りした僕達であった……。

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あの日、私はあなたの栞だった。も是非、御一読お願いします。
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