僕のこと
※注意
「*」がつく言語は日本語です。
「……なるほど。つまり、あんたのいる魔法界ってとこから変なヤツらに連れて行かれて、いつの間にかここにいたと」
あらかた事情を説明すると彼女は分かってくれたようで、うんうんと頷きながら「そうよねぇ……」「そうなるわよねぇ……」と独り言をこぼしていた。
「……驚かないの?」
「驚くも何も……。服装から変わってる人だし、今更そう言われてもねぇ……」
「それ結構失礼に当たると思うんだけど?」
「なによ」
「なにさ」
彼女のエメラルドグリーンの髪の毛が目についた。
その姿の後ろには、呆れるほど大きな山々。
フランスとは言っても、到底現代とは程遠い過去の時代なのだと確信した。
「で? あんた、名前は?」
「歌仙埜牙狼。長いからがろーっていうあだ名で呼んでよ」
「がろー……なんか変なあだ名ね……」
「僕もそう思うよ……」
「いやいやそれ、名付けられ元が言っちゃダメでしょ……」
「で? 君の名前は?」
さっき彼女が発した口調と同じものを真似てみる。
「あんたそれわざとやってんの?」と少々怒り気味な態度を催した彼女はやがて呟く。
『ヴィクテージ』と。
*****
「……それで、今日は年に一回の出身のフランスに帰る日と……」
「そういうこと」
歩きながら、彼女……ヴィクテージは呆れた声を零す。
所々家々が並ぶその遥か向こうには、見たことのない異空間のような雰囲気を醸し出した山々が連なっている。
「あれはなに?」
「どれがなに?」
「あれあれ」
「どれどれ」
僕が指を指した先程の山々を見ると、ヴィクテージはほんの少し顔を顰める。
「え、何あれ……」
どうやら彼女にも見覚えのないもののようで、おでこに手を当てよく見ている様子だった。
「知らないの?」
「知らないわよあんな山。私が旅中に出来たとは到底思えないわ」
「うーんじゃああれは一体何なんだろう……」
二人揃って見ていると、「あ、そこの御二方!」と、僕らを呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
「あら……?」
「……僕達のことですか?」
「そうです! あの、申し訳ないんですがちょっといいですか!?」
顔を合わせる。『どっちでもいいよ』とでも言いたげなその表情を見た僕は、ヴィクテージとその人と一緒に、真昼の商店街を少々小走りで駆け抜けた。
*****
「うわぁ……」
「うーん大惨事だぁ……」
逃げ惑う人々。
叫び声がけたたましく、フランス語がわかる僕でも到底理解出来ないような断末魔があちこちから響いている。
騒然としている住宅街に少々身動ぎした僕は、逆方向に逃げていく人にぶつかりながらも、なんとか体制を保っている。ヴィクテージの方も先程から僕の袖を握っていて、ひとまず離れる心配はないだろう。
「これどうすんの……?」
「決まってるでしょ! 根源を探さないと!」
「う、うん……!?」
今度は僕が彼女に引っ張られる。物凄い力……とまではいかないが、女の子にしては強い方だった。
その時、僕とヴィクテージはこの目でしっかりと見たのだ。
視界の先に、人が人を食べている姿があることを。
「────!!!!」
思わず叫びそうになっていたヴィクテージの手を強く握る。
カニバリズム。僕は事情があって慣れている。が、普通の平民である女の子が見たらそりゃあ発狂しそうにもなる。というか、発狂している。
とにかくまぁ、この子のメンタルが強くて良かったと、そう安心する自分がいる。
脳みそがぐちゃぐちゃになり、もはや顔の原型すらない人の頭を貪り食うその姿は、まるで『怪物』と言えるような笑みを浮かべていた。
「あ……あんたなのね、こんな風にしたのは」
落ち着いたヴィクテージが恐る恐る声を上げる。
「あんたなんでしょ! やめなさいよ、住民のみんなが怯えてるじゃない!」
おぉ、勇敢だなぁ。
……じゃなくて。
「危ないよヴィクテージ、下がってないと……!」
「何も出来ないあなたの方が下がっていた方がいいわ、あれはあなたがどうこう出来る相手じゃない!」
『──おや?』
不意にそのカニバリズムマンは、僕達の頭の中に直接響くような……所謂『テレパシー』というやつで話し掛けてきた。
『*……そっちの青髪の、久しいな』
「は? 何言ってんのあいつ……何語?」
そいつが話す言語は日本語だった。
そりゃあ外国人のヴィクテージが聞いたら何言ってんの共なるわな。
「うーん?」
だが僕自身、記憶の中で少なくともこんなカニバリズム野郎とは面識もないし、見覚えもない。
「*うん、知らないんだけど」
『*なに? ……まぁ良い。七十年前のようにはいかないぞ
────歌仙、智之』
「*はいい? それは僕の祖父の名前なんですけど?」
「どういうこと……? ねぇ、あんたも何言ってんの……?」
一応、現在僕の話している言語は、敵の方に合わせて日本語で話している。
そんなことを話していた刹那。
ヴィクテージに繰り出された攻撃が、真っ直ぐ彼女を狙い撃つ。
持っていたドルヒで防ぐも、一枚上手の攻撃に耐えきれずそのまま三十メートル後ろへと吹き飛ばされた。
「ヴィクテージッ!」
「……っっつ……」
駆け寄って状態を見る。
あちこち擦り傷を負っているものの、大事には至っていないようで、意識もハッキリしていた。
「何あれ……なんなの……? ドルヒじゃ防げなかった……」
「…………そうか」
思い出した。
カニバリズムの魔法使い。名前は『オルビアナ』。祖父が若い頃、カニバリズムの魔法使いとして恐れられ、依頼を受けた祖父が撃退しに行ったというお話を、僕はなんべんも聞かされた。
祖父が生きていた以前、僕は祖父から教わっていた。
『撃退方法』を。
「……ちょっと、ここにいてくれる?」
抱いていたヴィクテージを優しく地面に降ろし、僕は軽い足取りで前に出る。
「え……ちょ、ちょっと! 無茶よそんなの!」
「大丈夫。僕にしか出来ないことなんだ」
ニッコリと彼女に微笑んで、僕はそう言う。
『*ほう、やっと来たか、歌仙─』
「*智之。君はそう言いたいんだろうけど……」
着ていた着物の中から、あるものを取り出す。
『*それは……ッ!』
「*残念だったね。僕は歌仙智之の孫。歌仙埜牙狼さ」
『杖』だ。
魔法使いにとって、欠かせない重要アイテム。
混属性の人達なんて、こんな杖を使わなくても魔法が出せるんだから、ビックリしちゃうよね、ほんと。
「*『Auftauchen』」
僕の周りから、地面に含まれている砂鉄が顔を出す。
「*『Zu erfassen』」
それは真っ直ぐ直線上を描き、オルビアナに向けて飛ばされていく。
『*ちっ……! 『Lass es fließen』!』
どこからともなく現れたその水は、やがて砂鉄を飲み込んでいく。
「*『Schärfe』」
……が、砂鉄は水を貫き、やがてオルビアナの身体までも貫く。
雷は水に強く、水は火に強く、火は氷に強く、氷は風に強く、風は雷に強い。
オルビアナは、今の五人の混属性が世界に知られる前、突如として現れた混属性の一人だった。
だがさっきも言ったように、僕の祖父に見事退治され、魔法界から立ち去った『元天才と名乗られた混属性魔法使い』だったのだ。
『*が…………ァ……う………………』
暫く呻き声をあげていたオルビアナはやがて動かなくなり、その姿はサラサラと砂のように散り散りになっていった。
「……………………」
一部始終を後ろで見ていたヴィクテージは呆然としていた。
驚いていた。
「……え? だってあんた……なにも……」
ポツリポツリと数珠繋ぎのように言葉を発した彼女を見直して、僕はこう言ったのだった。
「今日の宿を探そう」と、ただ一言だけ。