第42話 召喚されたのは……
空気が魔法陣に向かって流れ始める。
魔法陣の中心に生まれた見えない何かが、辺りの空気を吸い寄せているのだ。
さながらそれは、雲のない台風のようであった。
俺はワゴンを掴んで、魔法陣の傍から離れた。
空気の流れは次第に強くなっていく。
ぱりっ、と電気が弾けたような音が鳴り、魔法陣の上にひずみが生まれた。
「来たれ、異世界の勇者よ」
魔王が杖の先端を魔法陣に向ける。
それを合図にしたかのように、ひずみがばくんと大きく口を開けた。
俺もこうやってこの世界に来たのか──
喉を鳴らしながら、俺は新たな異世界からの来訪者の登場を待った。
ふっ──とひずみから吐き出されるように現れる小さな影。
それはごとんと音を立てて、魔法陣が描かれている床に落ちた。
ラベルが貼られた透明のペットボトル。
それには日本の文字で『本みりん』と書かれていた。
……へ? みりん?
目を瞬かせる俺を他所に、ひずみは次々と何かを召喚し続ける。
その勢いは留まるところを知らず、遂には雪崩のようにどちゃどちゃと物を吐き出し始める始末だった。
これには流石に魔王も面食らったようで、杖を構えた格好のまま唖然とひずみの様子を見つめている。
「……勇者?」
召喚された物の山を指差して問いかける俺の言葉にも反応を示さない。
結局。ひずみが自然消滅するまで物の召喚は続き、謁見の間は、それによって足の踏み場もないくらいに散らかってしまったのだった。
魔王が異世界から大量に召喚したのは、日本のスーパーに置かれていた商品と思わしき食材の数々だった。
だって書いてある文字が日本語だし、値札が付いてるんだもんな。これ。
種類も豊富で、この世界にはないような調味料がずらりと揃っていた。
コンソメ。出汁の素。ソース。カレー粉。ゼラチン。ベーキングパウダー。
鶏がらスープの素もある。中華スープ飲みたいって思ってたからタイムリーだな。
こっちは……日本酒だ。リキュールもある。
どうやら、スーパーの陳列棚の一角が丸ごと召喚されたみたいだな。
俺としては人間が召喚されるよりはこっちの方が何倍も有難い。
だってこれだけ日本の調味料が揃っていれば、それこそ何でも作れそうだからな。
「あんた、凄いな」
俺は中濃ソースのボトルを手に取って、言った。
魔王は神妙な顔をしてしばし考え込んだ後、こんなはずじゃなかったとでも言いたげなニュアンスで呟いた。
「……勇者の召喚は叶わなかったか。術は間違ってはおらぬはずなのだが」
「人間は召喚できなかったみたいだけど、これだけピンポイントで食材を召喚できたのは評価に値するよ」
「……異世界の馳走が……」
「これだけありゃ何でも作れるぞ。下手に料理ができない人間を召喚されるよりはいいと俺は思うけどな」
物音を聞きつけてやってきた兵士たちに、散乱した調味料を集めてくれとお願いした。
流石にこれだけの量を一人で片付けるのは大変だからな。
「此処にあるこれ全部、俺が貰うけど構わないよな?」
「異世界の勇者でなければ興味はない。好きにするが良い」
「どーも」
兵士たちの手によって片付けられていく調味料を見つめながら、俺はこれから作る料理の数々に思いを馳せた。
明日から早速これらは使わせてもらおう。料理が今までよりもずっと楽になるぞ。
楽して美味いものを作るのは料理の基本だからな。
明日からの料理が楽しみだ。




