第39話 魔王の命令
俺が真っ先に向かったのは謁見の間だった。
俺が寝ている間に何があったのかを知るには、此処に来るのが最も手っ取り早いと思ったからだ。
用事がない奴は入るなと扉を守っている衛兵に止められるかと思ったが、衛兵は俺のことをちらりと見ただけで特に制止しようとはしてこなかった。
俺は両手で扉を押し開き、謁見の間に足を踏み入れた。
玉座には、魔王が座っていた。相変わらずの様子で、頬杖をつきながら正面を見つめている。
「おい」
俺が近付くと、魔王はゆっくりと俺に視線を合わせて、口を開いた。
「手ぶらだな。異世界の馳走を持って来たのではないのか」
「勇者が来たんだろ」
俺が問いかけると、魔王はゆるりと首を左右に振った。
「勇者ではない。あれはただの人間よ」
勇者でなくて残念だ、とでも言うように、若干肩を落とす。
「余が相手にするまでもない者だ。うぬと戦った時よりも血が騒がぬ、まことつまらぬ一時であった」
警鐘が鳴り止んだのは、魔王が侵入者を倒したからか。
此処に来るまでに戦いの痕跡らしきものは見なかったし、俺が思っているよりも平穏に事が片付いたんだな。
魔族が強かったのか、それとも侵入者が大したことなかったのか、それは分からないが。
「勇者よ」
俺の目を見据えて、魔王は言った。
「余は、余の命を狙った人間の戦士を倒した」
それは分かったよ。さっきあんたがそう言ったからな。
「余は生きている。生きている以上は、労力を使えば疲れもする」
とてもそうは見えないが。
まあ百歩譲って本当にそうだったのだとして、何故それをわざわざ俺に言うのだろう。
「これは、うぬが異世界の馳走で余を労うべきなのではないか?」
……おねだりですかい。
もう完全に威厳とか体裁とか考えてないな、魔王さんよ。
俺は溜め息をついて、腰に手を当てた。
「料理なら毎日作ってやってるだろ。それじゃ不満なのかよ」
「うぬが以前作った異世界の甘味。あれは極上であった。あれを出しても良いのだぞ」
こっちの言うことを全然聞いちゃいない。
本当に魔族ってのは欲望に忠実な生き物だな。
「異世界の甘味を作れ。これは命令である」
命令、ときたか。
命令と言われると従わざるを得ない。俺の首に填まっている隷属の首輪がそのように力を働かせてくるからだ。
まあ……いいんだけどさ。菓子を作るくらい。
俺は後頭部を掻いて、応えた。
「作るのはいいけど……菓子は基本的に時間かかるからすぐにはできないぞ。できるまで大人しく待ってろよ。厨房に突撃とかしてくるんじゃないぞ、気が散るからな」
「うむ。此処で待っているから早く作るのだ」
全く、でっかい子供を相手してるような気分になるよ。
俺は踵を返して謁見の間を出た。
今から菓子作りか……既に夜だし、夜勤の連中が厨房に入る時間との兼ね合いもあるから、あまり手の込んだものは作れないな。
まあ、いい。厨房にある材料を見て何を作るか考えよう。
窓の外に見える巨大な月を見ながら、俺は早足で厨房に向かった。




