第37話 勇者、苦悩する
十分くらいして、ざわついた俺たちの元にシーグレットが戻ってきた。
「皆よく聞け。城に人間が入り込んだそうだ」
人間、の一言に皆の表情が変わった。
俺は隷属の首輪が填まった喉に手を当てた。
……ひょっとして、新しく召喚されたっていう勇者が魔王と戦いに来たのか?
シーグレットは一同の顔を見回しながら、言った。
「此処にいつ乗り込んでくるかも分からねぇ。オレたちは料理人だが、応戦する準備だけはしておけ。魔族の矜持を見せつけてやるんだ。分かったな」
『はい!』
姿勢を正して返事をする料理人たち。
俺は……どうすればいいんだろう?
俺は人間だ。魔王を倒しに来た勇者と戦う理由はない。むしろ協力しなければという気がしている。
でも……此処にいる連中が勇者に倒される様を見るのも、正直に言うと嫌だ。
こいつらは悪い奴ではない。魔族ではあるが、ただの料理人なのだ。人間と同じように料理をして暮らしているだけの、普通の存在なのだ。
何とか、見逃してもらうことはできないのだろうか?
複雑な面持ちで考え込んでいる俺の肩を、リベロが揺すった。
「マオ、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「……ああ」
俺はリベロの手にそっと触れて、返事をした。
「何でもない……俺は大丈夫だ」
「そう?」
「マオは自分の部屋に戻ってろ」
腕組みをして、シーグレットは俺の顔を見つめた。
「マオは人間だ。此処でオレらと一緒に戦うことはできねぇだろ。かといって今更人間扱いすることもできねぇ。だったら単独でいさせた方がマシだ」
その方が、俺にとっては有難いかもしれない。
その方が……万が一勇者が此処を攻めてきた時に、こいつらが斃れていく姿を見ずに済む。
俺は、見た目で人間だということは一目瞭然だ。勇者に発見されても、魔族と間違われて殺されることはないだろう。
俺は無言で席を立ち、そのまま厨房を後にした。
自分の部屋に戻り、ベッドにぼふんと身を投げる。
警鐘は、相変わらず鳴り響いている。きっと上階では、大勢の兵士が動き回っていることだろう。
俺がこの城に攻め入った時も多くの兵士が前に立ち塞がったから、今回もきっと同じはずだ。
仰向けに寝転がって天井をぼんやりと見つめながら、俺は願った。
どうか、勇者が厨房に攻め入ってくることがありませんように。
魔王だけと戦って、勝って、この戦争に終止符を打ってくれますように。
板ばさみって、こういうことを言うのかもしれないな。
俺は胃の辺りがきゅっと鷲掴みにされたような感覚を覚えながら、ふーっと息を吐いて双眸を閉ざしたのだった。




