第34話 残念な魔王
「……よし」
最後の肉巻きおにぎりを葉で包み終えた俺は、額を拭った。
何百とあるおにぎりの包装が、ようやく終わったのだ。
他の料理人たちも、仕事をようやくやり遂げたといった満足げな顔をしている。
単純な作業であるとはいえ、やはりこれだけの数があると結構な労働になるようだ。
「それじゃ、箱に詰めちゃうよ?」
厨房の外から空の箱を担いできたリベロが、箱を床に置きながら言った。
俺たちは手分けして、出来上がった弁当を次々と箱に詰めていった。
そこに。
「それは異世界の馳走か」
一体いつからそこにいたのか、魔王が調理台の上に載った弁当をじっと見つめながら問いかけてきた。
彼の足下には、同じように調理台を見上げているフランシスカの姿がある。
「王、此処は厨房です。王がおいでになられるような場所では……」
シーグレットの言葉に、魔王は片手を挙げた。
「良い。余が此処に来ねばと思ったのだ」
「は……」
魔王の言葉には流石のシーグレットも逆らえないらしく、彼は頭を下げて口を噤んだ。
魔王は弁当をひとつ手に取ると、包みを解き始めた。
作ったばかりでまだ温かい肉巻きおにぎりが葉の中から現れる。
それを宝石を見るような目で見つめ、彼は言った。
「これは初めて見る料理だな。何と申すのだ」
「それは兵士に持たせる弁当だ。あんた、朝飯は食ったんじゃないのかよ」
俺が言うと、魔王は菓子を強請る子供ような顔をして、おにぎりを掴んだ。
「兵が異世界の馳走を食せるというのに、余が食せぬというのは理不尽だ」
うわ、本音炸裂だよ。威厳もへったくれもない魔王だな。
俺がジト目になるのも気にせずに、魔王はおにぎりを頬張った。
ゆっくりと味わって、うっとりと呟く。
「おお、これは……肉の旨味とタレの甘さ、チーズの味がまるで協奏曲のように互いを引き立て合っておる。何と美味な一品よ」
「兄様ばかりずるい。私も食べたい」
魔王の服を掴んで引っ張るフランシスカ。
俺は溜め息をつきながら、包みをひとつ取ってフランシスカに渡してやった。
こいつは自分の意見が通らないと暴れる可能性があるからな。俺を食うと言われるのは御免蒙る。
弁当は一応余分に作ってあるし、此処は素直に食事を差し出してお帰り願うのが得策だろう。
包みを解いておにぎりを頬張り、フランシスカはびっくりしたように目を見開いた。
「これ、今まで食べたどんなお肉よりも美味しい」
「それ食べたら帰ってくれよ。こっちはまだ仕事が終わってないんだからな」
夢中でおにぎりを食べる魔王兄妹にコップに注いだ水を差し出しながら、俺はきっぱりと言い放った。
周囲の料理人たちが遠巻きに俺のことを見つめているような気がするが……それは敢えて気にしないようにしておく。
──おにぎりを食べて満足したのだろう、魔王は満ち足りた顔をして「やはり食事は異世界の馳走に限る」と言い残し、フランシスカを連れて厨房から出ていった。
この分だと、これからも此処に来る可能性があるな、あいつ。
魔王が食事をたかりに来るって、それって一族の王としてどうなんだろう?
魔王と戦ったことがある人間としては、奴にはもうちょい威厳を持って振る舞ってもらいたいものなのだが……
俺は何だかもやっとする自分の気持ちを抑えながら、魔王たちが食べた後の包みの処理を黙々とするのだった。




