第30話 人間の本気
自分で言うのも何だが、ロールキャベツは絶品だった。
トマトソースにコンソメを使ったのが効いたな。やっぱりコンソメは作って正解だったな。
皿を洗いながら、俺はついと調理台に視線を向けた。
大量の羊皮紙を広げたシーグレットが難しい顔をして唸っている様子が目に入る。
料理長は料理以外にも仕事があるんだな。大変だ。
まあその辺には首を突っ込む気はないので、自分の分の仕事を終わらせたらさっさと上がらせてもらおう。
早いとこ風呂に入ってゆっくりしたい。
フライパンを洗って、鍋を洗って、洗ったものを布巾で拭いて。
そうして淡々と作業をしていると、遠くからがちゃがちゃという金属質の足音が。
「おい」
カーミラだ。
難しい顔はそのままに、シーグレットが顔を上げて彼女を見た。
「何か用か。料理はもう残ってねぇぞ」
「今日の食事を作ったのは誰だ」
厨房をぐるりと見回して言う彼女。
後片付けをしていた料理人たちの視線が、一気に俺の方へと向いた。
シーグレットものんびりとこちらを見て、彼女の問いに答える。
「今日の料理の発案者はマオだ」
「……まさか人間が作った料理だとはな」
カーミラは俺を見るなり苦虫を噛んだような表情をした。
つかつかとこちらに歩み寄り、俺の全身を──といっても半分は調理台に隠れているのだが──舐めるように見つめて、言葉を続ける。
「今日の食事は兵たちに好評だった。力が漲ると、食事の後に訓練を始める者が続出したほどだ」
食事しただけで滾ったのか。何て手軽な連中なんだろう、魔族って。
食事が兵士の士気に関わるって話、マジもんだったんだな。
馬の目の前に人参をぶら下げる話じゃないけど、兵士に頑張らせたい時は美味い料理を目の前にちらつかせればいいんじゃないか?
「三日後に、屋外演習がある」
びっ、と人差し指をこちらに突きつけて、彼女は言った。
「兵を鼓舞するような弁当を作れ。今日の料理を作るほどの腕の持ち主なら、この程度のことは容易いだろう」
兵を鼓舞する……って、難しい注文だな。
魔族にだって人間みたいに好き嫌いはあるだろうし、全員が全員満足するような料理を作るのは簡単なように見えて結構難しいんだぞ。
弁当だから、持ち歩いて零れるような汁物の料理は作れないし。
俺は腕を組んで少し考えた後に、答えた。
「弁当だろ。持ち運びの問題があるし、そんなに凝ったものは作れないぞ」
「お前の意見は求めていない。私が作れと言ったら黙って作れ。人間風情が意見するな」
何だよそれ。俺は奴隷か。
……まあ、実際魔王の奴隷みたいなもんなんだけどさ。
俺が憮然とカーミラを見つめ返すと、彼女はふいっと俺から視線をそらして厨房を出ていった。
途中、戸口をくぐったところで一度立ち止まり、顔だけをこちらに向けて、言ってくる。
「私を唸らせる一品を作ってみせろ」
足音が、通路に反響しながら遠ざかっていく。
俺は溜め息をついて頭をかしかしと掻いた。
「責任重大だねぇ」
ふふ、と微笑むリベロ。
シーグレットはふっと短く息を吐いて、俺に言った。
「オレも最初はお前のことを人間如きがって思ってたが、今は違う。お前はこの厨房を背負ういっぱしの料理人だ」
こちらに歩いてきて、俺の肩をぐっと掴む。
「あっと驚かせるもんを作ってあいつを見返してやれ」
見返す、か。料理であいつの認識が変わるとは思えないが、やれるだけのことはやろうとは思っている。
相手の胃袋を掴めばこちらの勝ちなのだ。料理人には料理人なりの戦い方があるってことを見せてやろうじゃないか。
俺はすぅっと深く息を吸って、自分自身にも言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「売られた喧嘩は買う、それが俺の流儀だ。人間の本気は怖いってことを見せてやるよ」




