第26話 紅茶のクッキー
「ふぅ」
昼飯を完食した俺は、椅子の背凭れに身を預けて全身の力を抜いた。
昼のまかないは、醤油があるならってことで手軽に作れる醤油味の焼きおにぎりにしたよ。たまに食べたくなるんだよな、あの香ばしい味は。
料理人連中にも好評だったし、これからも時々は作ってもいいかもなって思う。
さて、これから休憩時間だが……俺にはやることがある。
甘味を作るってフランシスカと約束しちゃったしな。
前と同じシュークリームを作ってもいいのだが、料理人としては色々とやりたくなるところ。
ここは、新しい菓子作りに挑戦しようと思う。
といってもあまり手の込んだものを作ると休憩時間がなくなるので、簡単なものだけどな。
まずは、材料集めから。
小麦粉。バター。砂糖。紅茶の茶葉。
紅茶の茶葉は魔王がよく飲んでいる紅茶のものがあるので、それを少しばかり頂くことにした。
石窯に火を入れて──
これで、下準備は完了。早速作っていくぞ。
ボウルに全ての材料を入れて、手でひとつの固まりになるまでよく混ぜ合わせる。これで生地のできあがり。
紅茶の茶葉の代わりにコーヒーやココア、チョコレートなんかを練り込んでも美味いと思う。その辺は色々と試してみてほしい。
完成した生地を一口サイズに分けて、平たいコイン型に成形する。
此処で、ちょっとした遊び心。コイン型だけでは淋しいので、ハート型や星型なんてものも作ってみた。
鉄板に成形した生地を並べて、石窯に入れて焼く。この時に必要な時間は大体十分から十五分くらいだ。
石窯は中の温度を一定に保つのが難しいので、時々様子を見ながら焼いていく。
生地が焼き上がったら、温かいうちに砂糖をまぶす。冷めると砂糖がくっつかなくなるので手早く、火傷に注意しながらやること。
砂糖をまぶしたら、生地を冷ます。手で触れても大丈夫なくらいに冷めたら完成だ。
これが何かもうお分かりだろう。お手軽簡単、紅茶の茶葉で作るクッキーだ。
クッキーはシュークリームと違って工程が少ないから、片手間にちょいと作るのに向いてるんだよな。
それでいて美味いし。優秀な菓子だよ本当に。
甘くなるように砂糖を気持ち多めに使ったから、これだったらフランシスカも文句は言わないだろう。
魔王にも……一応食わせてやるか。
俺は棚から器をふたつ取り出して、クッキーを見栄え良くなるように盛り付けていった。
「約束の甘味。持って来てくれた?」
謁見の間に行くと、そこには都合良くフランシスカがいた。
魔王と一緒にいてくれるとは有難い。菓子を配る手間が一度で済む。
俺は二人がいる玉座の前にワゴンを押していって、クッキーを盛り付けた器を差し出した。
「これ、前に兄様が食べた甘味じゃない」
シュークリームを期待していたらしいフランシスカが微妙に唇を尖らせながら呟く。
「私はあれが食べたかった」
「これも美味いぞ。クッキーって言ってな、俺の故郷じゃ手軽に食える菓子として人気の食べ物なんだ」
「クッキー」
ふうん、とフランシスカが器からクッキーを一枚手に取る。
匂いを嗅いで、言った。
「茶の匂い」
「ほう、茶葉を入れてあるのか。良い香りだ」
魔王はクッキーの香りを堪能した後、それを一口で頬張った。
「固くなったパンと食感は似ておるな。だが、これは単に固いだけではない。仄かに感じる甘味が実に癖になる。指ひとつで食せるというのも良い」
「甘い」
フランシスカはぱくぱくとクッキーを頬張っている。
どうやら、クッキーの甘さが気に入ったようだ。
「勇者よ」
空になった器をこちらに差し出しながら、魔王が言った。
「うぬは同じ重さの金よりも価値がある。うぬを抱えた余の目に狂いはなかったな」
「褒めてるのか? それ」
魔王から器を受け取って、俺は眉を顰めた。
魔王は低く含み笑いを漏らした。
「人間に手向けた賛辞としてはこれ以上のものはない」
「貴方。名前は何て言うの」
俺の顔をじっと見つめて尋ねるフランシスカ。
俺は彼女に手を差し出しながら、答えた。
「真央だ」
「マオ」
俺に器を渡して、彼女は言った。
「私はマオが作る料理が好き。甘味も美味しい。これからも、この城にいて美味しい料理を作ってほしい」
何か、むず痒くなるな。
面と向かってそう言われると、こっちも頑張らなきゃなって気持ちになる。
これも、隷属の首輪の効果なのか? いや。
褒められて気分を悪くする奴はいない。これは紛れもない俺自身の気持ちなんだろうって思う。
俺はワゴンに空の器を置いて、控え目に笑みを返した。
「俺がこの城にいる間は美味い料理を作ってやるよ。それは約束してやる」




