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カタクリズム:中編  作者: ウナ
聖剣と魔剣
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6章 第5話 勇者に憧れた愚者

【勇者に憧れた愚者】









セルカ山の洞穴へと戻ったシルトはずっと考えていた

今回の事に何の意味があったのだろうか、と


リッシや少数の女性の命を一時的に救う事は出来たが、

今後の事を考えると本当に救えたのかすら疑問でしかない


アヴァロンの力を抑え込むという目的も解決の糸口すら掴めず、

愚かな正義感で命を投げ出し、本来であればあの場で死んでいただろう

助かったのはアヴァロンのおかげだ、状況から言ってそれは間違いない


コイツが何を考えているのか分からないし、

みんなにした事は許される事ではないけど、

邪悪な存在と決めつけるのは早計に思えた


「意味はあったのかもな……」


アヴァロンという存在が純粋なる悪であると決めつけていたが、

ここ1ヶ月の行動を振り返ると、そうとも言い切れない気がするんだ


僕は何度もコイツに命を救われた、

たとえそれがコイツにとって得になる事だとしても、

結果として命を救われた事に変わりはしない


それにコイツは……


焚き火からパチンッと跳ねる音がして意識が逸れた時、

唐突にアヴァロンの声がする……いつもいきなりなので驚かされる


・・お前は何のために剣を取る


唐突にそんなことを聞いてくる

関係ないだろと突っぱねる事も出来たが、

その質問は彼にとってとても大事なことのように思えた


「今は大層な理由なんてないよ、

 ただ手の届く大切な人たちを守りたい、それだけさ」


心の中で思えば伝わる言葉を僕はあえて声に出していた、

それは自分自身の思いを整理するためでもある


・・守る……奴と同じか


「奴ってのが誰だか知らないけど、

 僕と似たような考えの人は多いんじゃないかな」


・・そういうものか


「そ、だいたいみんなそんなもんさ」


本当にそう思う、みんな誰かを失いたくないんだ

そんな当たり前の事が難しくて、みんな足掻いてる


・・では、以前はどのような理由で剣を取った


「そうだな……強さへの憧れはもちろんあったよ

 強くなって金持ちになって普通の生活を……そう夢見てた

 僕はスラムで育ったから、人間の醜い部分を目にしすぎた

 だからかな、普通に生きて、普通に笑ってる人たちがとても羨ましかった」


・・貴様は孤児だったのか?


「そ、物心ついた時には一人だった

 生きるために何でもしたよ、弱者にはそれしかないからね

 だから力を欲した……幸い僕にはその才能があったみたいだね」


・・続けろ


「人真似をして技術を手に入れて、生きるための剣を研ぎ澄ました

 誰よりも強く、誰よりも強く、そう思って必死に抗った

 でも世の中ってのは理不尽でさ、なかなか"普通"をくれないんだよ」


話しながら過去を思い出し、胸にチクリとした痛みを感じながらも、

僕はアヴァロンに言い聞かす……まるで僕を知ってほしいかのように


「人並みの幸せってのを手に入れたくて、

 そのための努力はしてたし、自信もそれなりにあった

 でもさ、それでも、大切な仲間を守れなかったんだ……

 やっと手に入れたと思ったんだ、ずっとずっと求めてた普通ってやつをさ」


・・普通……か


俺は特別になりたかった、誰よりも強く、誰よりも強く、

俺を妨げるものは存在しないほどの圧倒的力を手にしたかった


「ま、失った後に気づいたんだけどね、大切さをさ

 ホッント馬鹿だよな……なんで気づかなかったのかなぁ」


・・貴様の愚痴はどうでもいい


「まぁまぁそう言うなよ、僕だってこんな話するのは初めてなんだ」


・・ふん


「あの頃から僕は死に場所を求めてたのよ

 仲間の元へ行くために、無茶な依頼ばかり一人でこなしてた

 笑っちゃうのが、どういうわけか一人で全部こなせちゃった事だね

 神ってのはつくづく僕の願いは叶えてくれないらしい、そう思ったよ」


・・神どもは人間ごとき見もしない


「だろうね、実際に会ってみて何となくそれは感じたわ」


・・貴様の言う神とは六神と呼ばれてる奴らのことか?


「ん? そうだけど、それ以外いるの?」


・・知らぬならいい、だがこれだけは言っておこう……奴らは神であって神ではない


「は?」


・・気にするな、続けろ


「すっごい気になるんだけど……まぁいっか

 どこまで話したっけな……あ~、そうそう、仲間失ってさ、

 それから新しい仲間ってか、家族ができたんだ

 可愛い可愛い娘が2人もね、これが幸せなんだって実感した」


・・貴様の惚気に興味はない


「そう言うなって、たまにはいいだろ?」


・・ふん


それ以上アヴァロンは文句は言わず、ただ黙って聞いていた


「……彼女たちを守りたい、今度こそ失いたくない

 今の僕はそう心から思ってる、それが力の源になってる」


・・他者の存在は弱点にこそなれど、力の源になどならんだろう


「そうでもないぞ? あんたも大切な人ができれば分かるかもな」


・・大切な人か


否定する言葉を発することは簡単だが、

このシルトという男の尋常ならざる精神力は、

他者……いや、あの猫娘2匹が大いに関わっているのは確かだ


・・それほど良いのか、あの猫娘たちは


「ん? 良いって、可愛いぞ?」


・・なんだ、貴様まさか抱いてもいないのか?


「するわけないじゃん、娘だぞ」


・・奇特な奴だ


「なんだよ、褒めてないだろそれ」


・・あれほどのいい女を何故抱かない、欲情しないのか?

・・それとも貴様は男色の類か?


「お前ホントぶっ飛ばすぞ?

 まぁいい女ってところだけは同意だけどね」


・・見たところ、桃色の髪の方からは好意を感じたぞ


「……しないもんはしない、それだけ」


・・極上の果実が目の前にぶら下がっていて何故手を伸ばさない


「それは僕のものじゃないからだ」


・・いつでも貴様のものにできよう?


「僕はそれをする気がない、お前しつこいぞ」


・・貴様は気づいていないかもしれないから言ってやろう

・・あれほどの上玉はこの世広しと言えどそうはいない、

・・亜人というデメリットすら無意味なほどの上玉だぞ?


「そりゃどうも、

 うちの娘たちをそこまで評価してくれんのは素直に嬉しいよ」


・・やはり貴様は奇特なやつだ


「そうなのかもな、でも僕はこれでいいと思ってる

 彼女たちを守ることが今の僕の……生きがいだから」


・・生きがい、か


しばし二人の間に沈黙が流れ、再び焚き火がパチンッと音を立てる

それを皮切りにシルトは大きく息を吐き出し、意を決したように口を開く


「……なぁ、アヴァロン」


・・なんだ


「僕らは、共に生きられないのか」


自分の口から出た言葉が意外だった

ハーフブリードの仲間たちを傷つけたコイツを、

許すことなんて出来ないはずなのに、僕は何故そう口にしたのだろうか


この1ヶ月で見てきたアヴァロンという存在は、

邪悪とも言い難いものであるのは間違いない

だからと言って、善とは到底言えないものなのも間違いない


コイツを引き入れた場合のリスクを考えると、

この提案は正気の沙汰とは思えないものだった

だが、僕はそう口に出していた


・・愚問だな、それは貴様が一番分かっていよう


「だよな、分かってた」


・・ならば何故聞く、無意味であろう


「なんでだろうな……僕にも分からん

 多分それが人間ってやつなんじゃないかな、矛盾してこその、ね」


自分で言って自分で笑ってしまう

矛盾こそ人間、考えてもいなかった

でもそうかもしれない、口に出した今はそう思えた


自分自身に呆れ笑いをしていると、

ふと脳裏をよぎった記憶が彼の笑いを止める


「なぁ、ヘヌの船ってどこにあんの?」


・・言ったであろう、あの墳墓だと


「いや、僕らあの中調べたけどそんなの無かったぞ?」


ハーフブリードの皆で調べたのだ、見つけられないわけがない

特に魔力を見る眼を持つジーンが見落とすとは思えないのだ


・・簡単に見つかる場所に隠すわけがなかろう、貴様は阿呆か


「ったく……言い方ってもんがあるでしょーが」


その時、シルトは村で拾ってきた剣を手にし、

少しだけ抜いて刀身を眺める……おそらくアイアンの長剣だ、

これも1回か2回の戦闘で使い物にならなくなるだろう


「力ってのはさ……剣なんだよな」


・・あぁ、俺の作り上げた最高傑作、カレドヴールッハだ


「そっか、まぁそうだよな」


剣を鞘へと納め、立ち上がる

シルトの表情からは何か晴れたようなものを感じ、

アヴァロンは黙ってこの男を見ていた


「墓に行く前にラーズ寄ってくけどいいよね」


・・好きにしろ


シルトは荷物をまとめて歩き始める

これから必要になる力を求めて、これまでの決着をつけるために


・・・・・


・・・



ラーズへと到着したシルトが真っ先に向かったのは自宅だった


長い間入っていなかった風呂に入り、だらしなく伸びていた髭も剃った

破れていた服を着替え、消耗した秘薬などを補充し、

保存食を口に放り込んで、さっき買った果実水で流し込む


簡単に洗い物も済ませた後に自室のベッド下に手を伸ばし、

わずかな引っ掛かりを見つけてそれを押し上げる

地面の下に小さな空洞があり、そこから1本の鍵を取り出した


その黄金の鍵を手に、彼は分厚い鋼鉄の扉へと向かう、地下倉庫への入り口だ

この扉は魔法が付与されたこの鍵でしか開かない

中にはハーフブリードが集めた貴重な品の数々が保管されている


重い扉を開け、薄暗い地下へと降りたシルトは、

蝋燭の灯りを頼りに部屋の隅へと向かう


ここまでの道のりで使う事がなかった長剣(アイアンロングソード)を、

地下倉庫の片隅に置き、代わりに1本の剣を持ってくる

それは、10年以上前に彼が使っていた幅広剣(スチールブロードソード)

定期的にサラが手入れをしていたのか、思ったより綺麗な状態だった


それを腰へと下げてから室内を見渡す……

数々の思い出がその場に彼女たちを映し出し、

一人一人の笑顔を見ては口角を少し上げた


地下倉庫を出てから鍵を閉め、再び自室のベッド下に鍵を隠す

居間に戻ってから室内を見渡すと、あちこちホコリが積もっており、

今すぐにでも掃除をしたい気持ちにかられるが我慢した


今回の旅でボロボロになった薄汚れた外套を羽織り、

フードを目深に被り、素顔を隠す


「行ってきます」


誰も居ない我が家にそう告げて彼は旅立つ

自宅を一歩踏み出した瞬間に声をかけられ、

目を丸くしてそちらを見ると、ある女性が手を振っていた

フードを外してペコペコと頭を下げながら近寄り、挨拶を済ませる


「どうも、カティエさん、みなさんお元気ですか?」


「えぇ、うちの子ったら元気すぎて困っちゃうくらいよ、あっはっは!」


この女性は斜向いに住む主婦のカティエ・ロイーズ、

サラとシャルルを引き取った頃に色々お世話になった人だ

シルトの家事全般の師匠の一人といったところだろうか


「最近見かけなかったから心配してたのよぉ、大きな依頼かしら?」


「えぇ、今回は長い旅になるかもしれませんね」


「あら、そうなの? なら家の掃除とかしてあげましょうか?」


「あ、それ助かります、お願いしちゃっていいですか?」


「もちろんよぉ、シルトちゃんの頼みだもの」


照れ隠しなのか分からないが背中を何度も叩かれ、

シルトは苦笑しながらも財布から金貨2枚を出す

それをカティエに握らせ、真剣な表情で言った


「あの家には危険な物も多いですし、

 それを狙う輩もいると思います

 くれぐれも気をつけて……お願いします」


カティエはそれを懐にしまってから満面の笑みを向けて言う


「お隣のエウシンばーさんと交代でやるわね

 "これ"は二人で分けてもいいわよね?」


懐をポンポンと叩きながら言うカティエにシルトは頷き、

フードを目深に被りなおして歩き始める


ラーズで食料を少しだけ買い足してから街を眺めながら歩いてく

今は平和そのものといった雰囲気だ

悪魔の襲来から復興も進み、活気もあり、元の首都に戻ったと言えるだろう


子供たちが笑顔で走ってく姿を目で追いながら、

この平和を維持するためにも自分のやるべき事をやろうと心に誓う


小汚い外套を羽織っているせいか、誰もシルトに気づく者はいなかった

騒ぎになっても面倒なので有り難かったが、

妙な孤独感を胸に秘めながら首都を出る


パピルス平原をただ一人歩く……以前はチームの皆と歩いたこの道を


何とも言えない孤独感が再びシルトの胸をチクリと刺す

今自分は一人なんだと実感すると同時に、

サラ、シャルル、ジーン、ラピの顔が仕草が声が脳内に映し出され、

たった1ヶ月と少しの間だけど懐かしくなってしまった


「待っててくれ」


よっと声を出して岩を乗り越えると、目的地らしき場所が見え始める


「確かこのへんだったよな……」


最近増えてきた独り言に反応する者がいた、アヴァロンだ


・・近いぞ、南南西方向だ


「よく分かるな」


・・上手く隠蔽してはいるが、その程度では俺の目は誤魔化せはしない


「便利な目ですこと」


少しバカにされたと思ったのかアヴァロンは黙り、

道なき道を進んで目的の王の墓と呼ばれる墳墓へと到着した

以前と変わらぬその光景に、嫌な記憶や嬉しい記憶が蘇る


「中でいいんだよね?」


・・あぁ


背の高い、頭を垂れるような形の肉厚な緑色の草むらの中に、

大きな窪みがあり、覗き込むと石造りの扉が視界に入る

王の墓……間違いなくここだ


ハーフブリードが訪れてから誰も来ていないようで、

砂が扉を隠すように積もっていた

手で砂を払い除け、体重をかけて扉を開いてく……


以前来た時の野営の跡が残っており、

丁度いいと腰を下ろして一休みすることにした


「少し休ませて」


・・好きにしろ


焔石で焚き火に火をつけ、保存食を軽く炙った

ふぅ~と大きなため息をついてから干し肉を頬張る

硬い干し肉は口の水分を奪っていき、ラーズで買った果実水で流し込む

ここまで半日近く休憩なしで歩いてきたため、流石のシルトも疲労していた

少しの間だけ横になり、暗闇の世界……墓の内部へと目を向ける


そこはスラウトのメンバーが亡くなった場所であり、

この鎧と盾を手に入れた場所でもある

倒れている巨像を見て少しだけ嫌な汗が出るが、

あれから動いた気配はないので大丈夫だろう


瞳を閉じると暗黒の世界へと繋がり、

そのまま深い深い場所へと向かうと微睡みに堕ちてゆく


身体は、心は、想像以上に疲弊していた


少しのつもりで眠ったが、起きると焚き火はとうに消えており、

アヴァロンが言うには10時間ほど眠っていたらしい

短時間睡眠が基本のシルトがこれほど眠るのは珍しかった


身支度を済ませ、ゆっくりと歩き出したシルトは、

歩きながら凝り固まった身体を伸ばしてゆく


巨大な円柱に刻まれた狐の紋章を一瞥しながら、

奥へ奥へと足を進めると、常闇の鎧を手に入れた石棺に辿り着いた

両脇にある細道を見てシルトは少しニヤけた


「よし、今回は右に行ってみよう」


あの時は多数決で左に決まったが、

唯一右を選んだシルトはずっと気になっていたのだ、この先が……

しかし、以前通った左側と何ら変わりなく、

緩やかな下りの道が30メートルほど続いているだけだった

がっくりと肩を落としながら大広間に出る


松明の灯りでは先が全く見通せないが、

しばらく歩くと悪臭が漂ってくる……ドラゴンゾンビの亡骸だ

口をハンカチで覆いながら横を通り抜け、最奥の石棺まで来た


「ここで道は終わりのはずだけど」


シルトがそう言うと、黙っていたアヴァロンが反応する


・・少しだけ俺と代われ、ヘヌの船へと(いざな)ってやろう


一瞬だけ迷うが、このタイミングで裏切るとは思えなかったため、

シルトは素直に身体から力を抜いて明け渡す


同時に常闇の外套は闇へと姿を変え、

膨大な魔力の波が辺りに広がり、積もった埃が舞い上がった


「では参ろう、我が船へ」


アヴァロンの姿は一瞬で消え、転移した

深い深い闇の底……王の墓最奥の地下300メートルの地点に


着いた場所は船上だった


木造の船ではあるが漆が塗られており、

6000年近い時を感じさせないどころか真新しさすらある

その漆黒の船には金の装飾がそこら中にあしらわれており、

船そのものが芸術品のような美しさがあった


ふと身体が解放される感覚があり、自分が肉体に戻ったのだと自覚する

改めて辺りを見渡すが、これほど豪華な船は見たことがない

ラーズで暮らすシルトは船自体あまり目にしないのだが……


「これがヘヌの船……」


そう呟いた瞬間、部屋の四方の壁に火が灯され、

この部屋の全貌が明らかになった


「しかし、なんでこんな扉も通路もない部屋に船が?」


シルトか確認した限りではこの部屋は密室である

船の全長は40メートルほどだろうか、かなり巨大な船だ

部屋は船の大きさに合わせたようで一辺は50メートルほどだろうか


無数の火の灯りにより見えはするが薄暗い

だが、壁に刻まれた紋様が呪術的なものであるのは彼にも分かった


挿絵(By みてみん)


「ようこそ、我が船へ」


アヴァロンの声がする……だが、いつもの頭の中からではない

シルトの真正面10メートルほどの位置からだ


「な……」


「なんで?」そう言おうとしたが、

アヴァロンがここで決着をつけようと言った意味を今理解した


「なるほどな、ここじゃアンタは実体を得られるってわけだ」


「そういう事だ」


アヴァロンは常闇の鎧、盾、外套を身に着けている

もちろんシルトも身につけたままだ


「我らの決着にはいい舞台だろう?」


「まぁ……そうなんかね」


改めて辺りを見渡す、

確かにこれ以上の舞台はないと言えるくらいには豪華だ


「貴様と俺の剣は世界最強と言えるものだ」


「それは言い過ぎでしょ」


「口を挟むな、聞け」


咄嗟に否定してしまったが、

アヴァロンの圧がそれ以上の言葉を吐き出させてくれはしなかった


「我らの決闘にそのような粗末な武器は似合わん」


そう言うと、アヴァロンは船の一角へと歩き出す

彼が向かった先には扉があり、船内に入れるようだ

船内へと消えたアヴァロンをしばらく待つと、

彼が2本の同じ剣を持って戻ってくる


「これを貸してやろう」


片方の剣をシルトへと投げ、片手で受け取ったシルトは、

少しだけ剣を抜いて目を開く


「これは……すごいな」


「ほぉ、見ただけで分かるか」


「まぁね」


その剣は刀身は濃いオレンジ色で斑模様になっている

見たこともない金属だったが、似たものは知っている……オリハルコンだ


「聖鉄と呼ばれる金属で作らせた剣だ」


「せいてつ……オリハルコンじゃないのか?」


「貴様らはそう呼んでいたか、だが貴様らの聖鉄とは比べ物にならんぞ」


そう言って剣を抜いたアヴァロンは軽くその剣を振る

すると、剣の軌跡にそってオレンジ色の残光が煌めいた

強力な魔法が付与されているのも間違いなさそうだ


「あの勇者候補の小僧の腕に聖鉄が使われているようだったが、

 あんなものはゴミでしかない、本物の聖鉄とは輝きが違うのだ」


2度、3度と剣を振るたびに残光が煌めき、

シルトも釣られて剣を抜く……驚くほど軽く、そして手に馴染む

気味が悪いくらいに目が惹きつけられる刀身からは、

ただならぬ気配のようなものを感じられた


シルトが数回振ると、空気を両断するという妙な感覚を味わった


「なんだこれ、すごいな」


「であろう? これが剣というものだ」


「確かに、これに比べりゃミスリルの剣ですらゴミみたいなもんかもな」


アヴァロンが人の武器を馬鹿にしていた理由が分かり、

同時に少しだけ悔しかった


「気に入ったか?」


「あ、うん、そうね」


シルトの腕にも馴染んだようで、数回素振りを繰り返し、

鞘へと納めてから小さく息を吐き出し、

素晴らしい剣を手にして上がってしまった気持ちを落ち着かせ、

冷静に、冷淡に、冷酷に、アヴァロンを見る


これからコイツと殺し合いが始まるんだ、この武器を使って……

シルトは鞘をしっかりと握り締め、再びアヴァロンを見る


「いい眼だ、俺を殺すことしか考えていない眼だ」


アヴァロンもまた剣をしまい、

瞳を閉じてから大きく息を吐き出して瞳を開く

その眼は純粋な殺意しか宿っていない


「魔法の類は一切使用禁止、剣の技術のみで殺し合おうではないか」


「ん? わかった」


シルトにはその提案が意外だった

奴が外套の力をフルに使えばこちらに勝機はほとんどないだろう、

だが奴は剣の技量だけで勝負をすると言っている

何故? という疑問はあったが、シルトにとっては好都合なため、

これ以上追求するつもりはなかった


「では始めよう……我々の宴を」


両者が足を少し開き、重心を下げる

それと同時に抜剣し、鏡合わせのように同じ構えをした


互いの距離は約7メートル、少なく見積もっても2歩以上はかかる、

対処法を考えるのと動く時間には十分だ

焦って飛び出せば負ける……それはお互いに理解していた


ジリジリと歩み寄る二人の距離は6メートル、5メートルと近づき、

それが4メートルになった瞬間に両者が同時に動き出す

シルトやアヴァロンにとっては4メートルが間合いなのだ


同時に動き出した2人は全く同じ動きと軌道で剣を振りかぶり、

聖鉄の剣がぶつかり合い、激しい火花とオレンジ色の光が散る


互いに1歩引き、シルトは盾の下部を前へと構えて、

その上部に剣を這わせる……突きの構えだ

アヴァロンは下段に剣を構え、盾を上段に構えた


たった2秒程度の睨み合いだったが、2人にはとても長く感じていた

彼らの精神は研ぎ澄まされ、1秒という時間は長く長く延ばされてゆく


先に動いたのはシルトだった

盾で突きをするように前に突き出し、

その表面を剣の突きが這う、2つの突きを同時に放つ技だ

途中で剣だけ軌道を変え、盾は真正面に、剣は右肩を狙っている


アヴァロンは上段に構えた盾を振り下ろしてシルトの盾を叩き、

下段から振り上げた剣でシルトの突きを弾く

しかし、その結果はシルトも想定内だ


下段から弾かれた突きは上を向いており、

そこから振り下ろされる一撃は上段からの強烈なものだ

そして、下へと弾かれた盾を捨て、シルトは剣を両手持ちする


この一撃にかける気だった


アヴァロンは下段から振り上げた剣を手首を返して振り下ろし、

先程弾いた盾はシルトの振り下ろしに対応しようと持ち上げられる


上段と上段の振り下ろしがぶつかり合うが、

シルトは両手持ちだったため、アヴァロンの剣を弾き落とす

その勢いのままアヴァロンを斬り伏せようとするが、

持ち上げられた盾に阻まれ、それは叶わなかった……が、

シルトはアヴァロンの盾を軸に飛び上がり、

空中で回転しながらもう1発の縦斬りを放った


アヴァロンは弾かれた剣で対応しようとするが間に合わず、

盾を更に上段に構えて防ぐ、だがそれがシルトの狙いだった


今アヴァロンは視界が自身の盾によって阻まれている

ほんの僅かな時だったとしても、シルトを見失っているのだ


シルトの剣とアヴァロンの盾がこすれ、火花を散らす

アヴァロンから見て徐々に左へと逸れてく事で彼はトドメの一撃を放った

盾の左側、そこへ現れるであろうシルトへ向かって、下段からの突き上げだ


しかし、シルトは現れず、見えたのは手放された剣だけだった


「馬鹿なッ!?」


今シルトは剣と盾、両方を手放したという事だ

戦闘中に両方を捨てるなど死にたいやつしかしないだろう

だが、シルトは勝つつもりだった


アヴァロンの右側へと降りてきたシルトの手には、

聖鉄の剣の鞘が握られており、

鞘による鋭い突きはアヴァロンの喉に吸い込まれた


「ガッ」


言葉にもならない声が漏れ、1歩2歩と後ずさりするアヴァロンには、

着地したシルトが盾を拾って追撃してくるのが見えた


呼吸が出来ず態勢も崩れているが、その一撃は何とか盾で防ぎ、

剣で反撃をしようとするが、それは鞘で弾かれ、

左手は大きく手を広げるような形になってしまった


その隙を見逃してくれるほどシルトは甘くはない


盾でアヴァロンを押しながら彼の態勢をさらに崩し、

鞘を一瞬だけ手放して空中で逆手に持ち替え、トドメの一撃を放った


それは、まさにトドメだった


鞘はアヴァロンの右眼球をえぐり、脳髄まで届いていただろう

顔面に鞘が刺さったまま動かなくなったアヴァロンから離れ、

奴の剣を拾ったシルトはアヴァロンへとそれを向ける


「僕の……勝ちだ」


右目に鞘が深く刺さったままのアヴァロンは笑い出す


『くくっ……はっはっはっはっ!

 負けだ、負けだ! 俺の完敗だ!』


その言葉を聞いてシルトは大きく息を吐き出した

安堵したとも言えるが、彼はまだ気は抜いていない

アヴァロンという男をそこまで信用できてはいないのだ


「貴様、死ぬ気だったのか?」


大の字で顔面に鞘が刺さったままのアヴァロンは問う


「んなわけないじゃん、死にたくはないよ」


「ならば何故……何故剣と盾を捨てられた」


アヴァロンにはそれが不思議でならない

自分だったらそんな死に直結しそうな愚かな行為はしないからだ


「生きるためだよ」


「生きる……ためだと?」


理解が出来ない、あの行動は明らかに自殺行為だ


「僕はね、生きるためなら恥もクソもない、

 利用できるものは何でも使うし、勝つためなら何でもする」


「しかし、その生きるために必要な武器と防具を捨てたではないか」


理解が出来ない、何故そんな……そんな恐ろしい事ができる


「生きるために捨てることもある」


「…………」


アヴァロンには衝撃的な一言だった

生きるために武器を捨てる? やはり理解は出来ない

だが、実際にこの男はそれで俺に勝った、それは事実だ


「貴様の生への執着……即ち、あの2人のおなごがそれか」


「そそ」


「それが……強さか」


「そそ」


アヴァロンは左目を閉じて考え込む

やはり理解など出来はしない……だが、一理あるのかもしれない

シルトの言う強さ、俺にはそれが足りないのかもしれない

だから勝てないのかもしれない


かもしれない、かもしれない、かもしれない


全ては可能性の話でしかない、しかし事実もある

シルトの武具を手放す行為は一見無謀としか思えないが、

それが……俺には恐ろしくて出来ないその勇気が勝利へと繋がっていた


「勇気……勇者か、チッ」


自分に足りないものを理解してしまった

何故俺は勇者になれなかったのか、6000年経った今、分かってしまった


「こんな単純なことにも気づけないとは……俺はなんと愚かだったのだろうか」


アヴァロンの残された左目からは一筋の涙が零れ落ちる

悔しさ、惨めさ、そして嬉しさ

様々な感情が彼の中を駆け巡り、一滴の涙となった




魔と化したアヴァロンが泣いたのは、実に6000年ぶりだった




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― 新着の感想 ―
[良い点] シルトの決意と、両者の対決、そしてアヴァロンが流した涙。今回もグッとくる内容でありました! またラーズの自宅や平原へ向かうシルトの心情、ヘヌの船についての描写も印象的でした。
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